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006

 トメルギアの典礼官は代理騎士と並びトメルギアの権力機構から物理的にも切り離された立場に置かれている。

 彼らは公宮の後ろに立ち並ぶ墓所の、そのはるか下、地下にある建国王の墓所の守り人である。

 常時五名が存在する典礼官は建国以前から伝わるトメルギアの秘事を口伝しており、欠員が出た場合は貴族の中でも特に選ばれた家の幼子を迎え入れ、典礼官として育て上げる。

 これについてはトメルギアの絶対法の一つであり、古くはこの影響で一つの家が断絶しかかったこともあるくらいだ。

 彼らは世俗のいかなる富、名声、権力にもへつらうことはない。

 そんなものが霞むほどの責務を彼らは背負ってきたのだ。

 だが。このたびの継承問題については、さしもの彼らも頭を抱えざるを得なかった。




 もともとトメルギアの公王家は少子に悩んでいた家だった。

 そのため継承権争いこそ起きなかったが、逆に常に断絶問題と付き合うことになっていたのだ。

 また、どれほど問題のある人物であろうと、ほかに適格者がいない以上は王として戴かざるを得ない。

 典礼官たちはトメルギアの血を残すことを最優先事項としており、王家を掣肘するのは有力貴族の仕事と割り切っていたためだ。

 だが、今まではそれでもやってこれた。問題のある王と言ってもせいぜい放蕩が過ぎる程度が関の山だったのだ。

 少子に悩むトメルギア王家としては、女遊びに夢中になる王などいっそ頼もしいくらいであった。

 だが。先代の王は致命的に過ぎた。


 有力貴族を遠ざけ、己のイエスマンで周囲を固め、あろうことかカーバインのギルトール伯爵家を滅ぼし、その旗頭エイラルノーシュを失わせ、それにとどまらず代理騎士家までも取り潰した。

 典礼官の責務はトメルギアの血を残すこと。

 だがその真意は、いずれ甦る邪神と、それに対抗する勇者の力となるため。

 彼らはそう口伝し続けてきた。

 しかるに、建国以来の功臣の家を二家も潰し、国家の力を大きく損なわせた先代の王は典礼官たちにとっても過ぎた愚物であった。

 その種からイルランド王子が生まれてきたことは彼らにとって何よりの慰めとなった。

 だが、その王子が正妃の不義によって生まれた子であり大魔動機に受け入れられなかったとき、典礼官たちはその歴史の中で最大の難事に直面することになった。


 他にも候補者はいる。だが、その候補者はあの愚王以上の愚物であり、現在進行形で国を衰退させている元凶なのだ。

 なにせ典礼官の最若手が誑かされ、その結果として一人欠員が出てしまった。

 かつてならばそれでも血を残すためその継承を認めただろうが、致命的な前例を見た後となっては典礼官たちもこれを認めることはできなかった。

 大魔動機を残すためにトメルギアを滅ぼしては元も子もない。


 そうして頭を抱える彼らに這い寄るものがあったのだ。

 シンフェギメルア教主バイドロットである。彼は言った。


「ヘレンカ妃が王との間に子を成している可能性がある」


 曰く、スレイジア正妃はヘレンカ妃への意趣返しと息子の地盤を確固としたものとするために騎士ナグラスの行方を追っており、この過程でシンフェギメルア教の力を借りていたという。

 そして、バイドロットの配下がヘレンカ妃によく似た娘の姿を確認していたというのだ。

 彼は言った。この娘を王として推戴しよう、と。

 正直典礼官たちはまるで信用する気はなかった。

 だが一方でハクダを王とするよりは確実にマシだ。

 娘というのもいい。イルランド王子と娶せれば、理想的な形で国家を再建することができる。

 しかし、その過程で眼前の邪教の男は邪魔でしかない。だが、バイドロットは言ったのだ。


「ハクダの夫として戴冠の儀に列席させてほしい。それさえ見届ければ、私は愛するハクダと共にこの国を去ろう」


 なんと、勝手にいなくなってくれるという。さらに、最悪の不良物件も引き取ってくれるというのだ。

 典礼官たちにとってこの提案はこれ以上ない物だった。

 だが、虫のよすぎる話でもある。戴冠式に列席させろ、というのも引っかかる。

 あるいは奴は大魔動機を狙っているのでは、そう言う声も上がったが、しかしそれは不可能なことだ。

 大魔動機は契約者に加え、トメルギア王家が旗頭としてきた機体、すなわちフラムリューゲルかフラムフェーダーが無ければ起動することができないのだ。

 フラムリューゲルは王家への恨みを呟くのみとなり、フラムフェーダーはルイベーヌ侯爵が決して渡さないだろう。

 だから、彼らはその条件を呑んだのだ。




「して、その娘がヘレンカ妃の。確かによく似ておられる」


「死産となった子だとするとちょうど年のころも合う。あの魔女には上も散々悩んでおったようだが、こうして一粒種を残してくれたというならばありがたい」


「いやいや、さすがは功臣の家の娘ということですかな」


 日付も変わろうという時間帯であったが、そんな折にハクダが地下墓所を訪ね、典礼官たちを叩き起こしたのだ。

 バイドロットが皆を集めろと言っていたと。ハクダだけならば無視するところだが、バイドロットがとなると話は別だ。

 事実、後になって現れたバイドロットは気を失った一人の娘を抱きかかえていた。薄紅色の髪の美しい娘。ヘレンカに瓜二つである。


「いやいや、ありがとうございましたバイドロット殿。

 いずれ正式に戴冠の儀を行う際には、貴殿の要望どおり列席を」


「ならん、今すぐだ。今すぐに戴冠の儀を行え」


 焦燥にかられたバイドロットが血走った目で言う。

 だが、事は重大だ。都を退転したベリエルクガン侯爵にも伝えれていないのだ。

 しかし、バイドロットをなだめにかかった典礼官の一人が突如としてその全身を発火させたのだ。

 術を編んだ形跡もなにもない。バイドロットが殺気を込めて睨み付けただけで、その典礼官は業火にもだえ、物の十数秒で黒い消し炭と化した。


「早くしろ……! でないとこの娘の命はないぞ!」


 さらにあろうことか、抱きかかえた娘に刃を突きつけるバイドロット。

 典礼官たちもその様子に冷や汗を垂らしている。明らかに平静ではない。だが、この場で下手な対応をすれば自分たちが二の舞になるのはそれこそ火を見るよりも明らかだ。

 なにより。


「い、いいでしょう。我々としても、その娘が本当に王家の血を継ぐのか早く確認したくあります」


 イルランド王子の戴冠の儀での失望感は、彼らに深い影を落としていた。


 あのようなことは御免だ。

 この娘が当たりなのならそれですべてがうまくいく。


 失望から二月あまり、彼らの焦燥も限界に達していた。

 か細い希望にすがっていた彼らを責めることはできないという者もいるだろう。

 だが、結果として起こったことを思えば、彼らは叱責を免れない。彼らが罰を受けることがなかった、否、できなかったのは幸いなのか。それもわからないことだ。




 急かされ、足早に通路を進む典礼官たちとバイドロット、それとハクダ。

 通路の先の広間、ただ一言、君に幸あれ、と、ただそれだけ刻まれた建国王の墓碑の脇を通り過ぎる。

 その向こう、巨大な石扉に典礼官が呪文を唱え、その扉を開放した。

 その先には正真正銘魔法文明の遺産である通路が伸びている。

 真っ暗闇の空間の中、二本の光の線が通路を示しており、その床はいかなる建材か、傷一つない滑らかさ。そのはるか先に、その部屋はあった。

 真なる玉座と呼ばれるもの。その実は魔動機のコアである。

 イルランドはゼフィルカイザーたちにそう言ったが、それは若干言葉が足りなかった。

 その魔晶石は魔動機のコアの三倍強のサイズがあった。真紅の輝きを湛えるその石からは、部屋に見えているものだけでも魔動機が数機作れるだろうほどのミュースリルが伸びている。

 どこか有機的な印象を受けるその一室で、典礼官はバイドロットにそのコアを指示した。


「では、その宝玉に娘の手を」


 言われるなり、バイドロットはセルシアの手を掴みとり宝玉へと当てる。

 途端、宝玉に幾重もの魔法陣が浮かび、そこに大量の文字列が並びだした。

 認証が成功した。

 それに喜んだ典礼官たちだが、三人の中でも最高齢である典礼官長が首を傾げた。


「……おかしい。かつて先王の戴冠の儀のときよりも、流れる文字列が多いような」


 呟いている間にも文字は流れ続け、最後に一言が浮かんだ。その一言に、典礼官たちが総毛だった。


【最高位権限ノ因子ヲ確認シマシタ オカエリナサイマセ 我ラガ姫】


「――ッ!? ば、バイドロット殿、この娘は何者なのですか!?」


「言っただろう、王の娘だと。

 これで認証が済んだのなら、それは事実だったということではないのか?」


「そんなはずはない、今の言葉はこの機体の、否、この国の、世界の真なる主が帰られたときにのみ現れる者。

 まさかこの娘、いや、このお方は……!?」


「真なる主? ならば問題ないだろう。なぜならこの国は俺が戴くのだからな!!」


 豹変したバイドロットはセルシアを放り投げると篭手をした左手をコアへと接触させた。すると再度魔法陣が浮かぶ。

 再度膨大な文字列が流れるが今度は短かった。だが。


【初期化終了 火ノ司ヲ確認 起動準備完了】


 最後に現れた表示に典礼官たちは今度こそ愕然となった。


「馬鹿な!? 起動状態にある公王機が無ければこの機体は動かないはず!!

 フェーダーもリューゲルもないというのになぜ!?」


「だから公王機を持ってきたんだろうが。フラムリューゲルより後期型の、な」


 そう言うバイドロットが掲げる焔色の手甲。精霊機の顕現器であると気づいた典礼官長は、狼狽し、


「そんなものが存在するはずが――まさか貴様は」


 何かに気付いたようだったが、その言葉を最後まで言うことはできなかった。

 三人纏めて先ほどの典礼官のようにその場で発火し、あっという間に燃え尽きたためだ。


「ふん、手間取らせるからこうなるのだ」


 バイドロットはコアを操作する。するとミュースリルが生き物のようにわななき、セルシアを吊し上げて拘束した


「見た目はいいのだがな、こうも化け物だとそそりもせんわ。

 筋張っていて肉付きも悪いし、このままこの機体の鍵兼燃料として枯れ落ちるがいい。

 ああ、念入りに拘束しておかんとな」


「流石ですわバイドロット様」


 ハクダを引き寄せたバイドロットは、その口を吸い、


「かつて言ったよなあ。俺はお前が求めたものをくれてやる。だからお前は俺が求めたものをよこせと。

 だからこの国、いや、この大陸の王の座は俺がもらう――安心しろ、使い心地がいいうちは貴様を王妃にしておいてやる」


「あらあら逆ですわよ。わたくしが女王、あなたはその花婿ですわ」


 真なる玉座を後にしたバイドロットは通路の半ばあたりでラグナロクを顕現。

 通路がはじけ飛んだ後には広大な暗闇の空間が広がっていた。

 そしてラグナロクの炎に照らされるそれを、バイドロットとそれに抱かれるハクダは見た。

 黒金(くろがね)のたてがみを持つ巨大な大蜥蜴の姿を。


「これがわたくしたちの力……この大陸を制するための」


「そうだ……駆逐してやるぞ黒騎士、いいや、混ざりものの小僧が……!!」

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