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005

 ラグナロクが尖塔に突っ込み、セルシアを手にした直後に炎の弾を放った。その爆風に、パトラネリゼが吹き飛ばされた。

 それを見た瞬間、ゼフィルカイザーの機体は一瞬固まり、しかし直後猛然と走り出した。

 アウェルがセルシアに気を取られて即座に反応できなかった中、ゼフィルカイザーが操作権限を奪って走り出したのだ。


(落着予想地点、わかる。落下までの時間、わかる)


 無駄に物理演算が精密なロボットゲーをやり込んで障害物ごしの曲射だのやっていたせいで、そのあたりは勘でわかる。

 また、今の自分の機体性能も大体把握している。

 ゆえに、冷酷な結論が見いだせた。


(――間に合わない)


 速度が足りない。

 ぎりぎりで間に合っても先ほどのアウェルとはついている速度が違う、手の慣性制御で衝撃を殺し切れない。

 そして落下予想地点は火の海だ。

 どうやってもパトラネリゼは落下して死ぬ。

 ロボットアニメではロボットは落ちてくるヒロインを容易く抱きとめることができるが、現実はそう甘くない。

 物体は人が思っているよりはるかに早く落ちるのだ。

 そして、その落下エネルギーは並大抵の手段では殺し切れない。

 現実は非情なのだ。


(だからって諦めきれるか。こちとらチートロボットだぞ)


 正義のロボットが人命を諦めていいはずがない。

 子供が死ぬのを座視していていいわけがない。

 それはゼフィルカイザーにとっての絶対の矜持だ。いいや、それ以上に、


(あのポンコツに死なれたら目覚めが悪い……!)


 ただその一心で、自分の中の機能諸々に手を伸ばす。

 極限の集中力のせいか、時間すら引き延ばした感覚を覚える。まるでアニメのようだ。



 ――そう思った時に、届いた。



 自分の全身に、右腕の展開機構のようなまだ使われていない機構が大量にある感覚。そしてそれを封鎖している何らかの障害のようなものに。


【この先の機能は封鎖されています】


 セーフルームとも違う。普段見ているゲージやターゲットサイト、パラメータに塗れたコックピットモニターのような視界とも違う。

 そもそも今自分は何で何を認識しているのか確信が持てない中、青にノイズの走る空間の中にその文字だけが浮かんでいた。


「使わせろ」


【この先の機能は封鎖されています】


「関係ない。このままだとパティが死ぬ。使わせろ」


【使用に際して甚大な障害が発生する恐れがあります】


「どうせ一度死んだ身だ、今更だろ。

 つうか、チートロボって注文したのに全然チートしてねえんだよ。こっから先にその機能があるなら、とっとと出せ。

 消費者センターに凸るぞ」


【本当に後悔しませんね】


「いいから」


 ゼフィルカイザーは拳を握りしめた。

 いや、今自分の体があるのかないのか、そもそもここがどこなのか、自分が一体どこの何を目にしているのかはまるでわからないのだが。

 拳を握りしめて、


「とっとと寄越せ……!」


 それを眼前のメッセージへと叩き付ける意識を強く持った。

 そのためなのか、あるいは別の要因なのか。システムメッセージだけでなく、そのノイズの走った空間そのものが砕け散り、膨大な何かが飛び出してきた。

 それは莫大な情報の束だ。この機体の本来の制御OSのようなものがあふれ出し、自分の中を突き抜けていく。

 全部を拾い集めることはできない。そんな時間もない。その中から必要なものを探し出す。

 そういうのは得意なのだ。プラモの改造の時、ジャンクパーツを漁って必要なパーツを見つけ出すように。

 そしてそれを掴んだ。この場において必要な機能を。他のものは、また必要な時に探せばいい。

 また拾えるものかはわからないが。


【サポートOS消失】


 暗闇に満たされた世界に、そんなメッセージが記された。

 それが何を意味するのかは分からない。とてつもなくマズいことをしてしまったのかもしれない。

 だが、そんな後悔はどうでもいい。


【ガイダンスシステム維持不能】


 システムメッセージも徐々にノイズにまみれて霞んでいく。その中で、


【どうか よき新世界の旅を】


 最後に流れた一言。

 なんとなく。本当になんとなくだが、あの神を自称する者の自分へのはなむけだと直感し、


『――ブースト、ON』


 戻った感覚で持ち出した機能に火を入れる。

 ゼフィルカイザーの全身が、爆裂した。




 とさり、と軽い音とともにパトラネリゼは何かの上に落着した。

 転落死というのは意外と苦しくないらしい。


「死んだんならこの全身の痛みも何とかしてくれませんかね、あだだだだ」


『いや、死んでないからな?』


 その声に驚いて目を向ける。緑のカメラアイを輝かせる白面。

 ゼフィルカイザーの顔が、そこにあった。

 下を見ればそこはゼフィルカイザーの手であり、さらにその下は、


「え? 空中? ……ちょっと待ってください、なにがどうなって!?」


 見れば、ゼフィルカイザーが宙に浮いている。

 背中のバックパックを筆頭に肩や脚の用途のわからないでっぱりだった部分から火のようなものを噴いて機体を飛翔させていた。


「……飛べたんですか、ゼフさん?」


『オレも聞いてないぞ!? つか、すげえ驚いたんだけど!?』


『例によって機能不全だったらしい、すまん』


 とは言うが、一番驚いたのはゼフィルカイザー自身だ。

 ブースターくらいあればいいのに、と思っていたら、膨大な情報の中にそれがあった。なので使ったら、ブースターをふさいでた部分がいきなり炸裂して機体が飛び出したのだ。

 ロボットを飛ばせるのは得手だが、あくまでゲームの中のことだ。

 初めての飛翔でバランスを保って目標まで接近してキャッチできたのは奇跡と言っていい。


(せ、正義のロボットだからな!? こここ、これくらいできて当然だし!?)


 改めて言うが、一番驚いているのはゼフィルカイザー自身だった。


「っとに、いい加減出し惜しみはやめてくださいよ、このポンコツ!」


『誰がポンコツだ誰が。お前が通信機の充電をちゃんとしてればもっとスマートに行けたんだぞ』


「なんですかそれ聞いてません。やっぱりあなたの説明不足じゃないですかこのポンコツ!」


『ぎぎぎ、言わせておけば……!』


 と、パトラネリゼの言葉が切れた。と、思ったら急に涙目になった。緊張の糸が切れたのか。


「もう、助けに来るならもっと早く来てくださいよ、このポンコツ!」


『……すまん』


「いいですよ、もう……助けに来てくれたんですし。ありがとうございます、ゼフさん」


 涙を拭いながらはにかむパトラネリゼ。頬が赤いのは、泣き腫らしているだけではないかもしれない。

 それにゼフィルカイザーもほっこりとして、


『おーいお二人さん。イチャついてるところ悪いんだけど』


「『イチャついてない!」』


『いやまあいいんだけど。ゼフィルカイザー、なんかこのメーターが赤く点滅してんだけど』


『あ゛』


 気づいたゼフィルカイザーは即座にブースターを切った。途端落下しだす機体。


『ちょ、おま!?』


「きゃあああああ!?」


『捕まっていろパティ!』


 地面に落着する寸前で再度ブースターを点火、噴き出した推進力が落下エネルギーを殺したところを、なんとか着地する。

 ブースト移動の基本だ。ドッスン着地は硬直するし、この状況でそんなことをしたらパトラネリゼがえらいことになる。


「お、お、脅かさないで下さいよ!

 やっぱりポンコツ、ポンコツです!」


『いや、そう言われてもな――がっ!?』


 地面に降り立った直後、全身に軋みが来る。視界全体にノイズが走り、コックピット内でも各種表示が出鱈目な数字を出し始めた。

 あたりはまだ火の海だ。パトラネリゼを取り落しては元の木阿弥、と思ったところに、


『水克火、忍法消防団の術!』


 唐突に噴き出した水が火を掻き消していく。

 毎度のことながら変な術の名前、もといおいしいところを持っていくペンギンだ。片腕を亡くした影鯱丸があたりの火を鎮火させていく。

 とはいえ、ラグナロクがばら撒いた熱量は絶大だ。芝生や庭木が燃えている程度はどうにかなっても、融解した土や外壁はそう簡単にはいかない。

 そんなところに、ベルエルグが走り寄ってきた。


『大丈夫かい!?』


『騎――ガガガ、ぎ、ザー』


 喋ろうにもまともに喋ることができず、ノイズが混じる。コックピットハッチを空けて身を乗り出したアウェルが代わって返事をした。


「なんか急に動けなくなったんだ! 頼む、肩を貸してくれ!」


『分かった! さ、ほら!』


『すま―ジジ、リー』


 どうにか火の気を避けていたところまで引きずってこられて、そこで腰を下ろすゼフィルカイザー。

 あたりにはリリエラの一党だけでなく、火を免れた近衛たちもいる。

 さらにダーザインの姿。襲ってこないあたり、ハクダ以外の誰かが乗っているのだろう。この状況なら大丈夫と、ゼフィルカイザーはどうにかして先ほどの空間へと意識を飛ばす。

 だが、たどり着いたのはなぜかセーフルームだ。だが様子は一変していた。いつもの畳敷きのスペースはそのままだが、その先、ワイヤーフレームが無限遠にまで続いていた空間は漆黒のノイズに塗りつぶされ、赤いシステムメッセージが縦横を無視して不規則に流れていた。

 表示内容はいずれも同じだ。


【再構築中 現在32%】


(ブースト機能を持ちだしてねじ込んだせいで、機体のシステムがバグった?)


 単純に考えればそういうことになる。だが、だとしたら今の自分はなんなのか。

 命ある存在ではなく機械にインストールされたものなのか。

 いや、それならばこうしてバグが起こっている状況、自分の意識だってまともに保てるはずがない。

 幸いに、再構築とやらはそこまで鈍足ではない。意識を機体に戻すが、当初の駆動系が逆回転するような違和感は流石にもうない。


「ぜ、ゼフさん? 大丈夫ですか? なにか無茶をしちゃたんじゃ……」


『なに、気にするな――お、喋ることはできるようになったか』


 まだ若干の軋みを覚えるが、動くこともできる。だが操作の違和感を感じ取ったアウェルが不安げな声を上げた。


「ゼフィルカイザー、無理しなくていいんだぞ?」


『なに、大丈夫だ。それにセルシアは――』


 見れば、ラグナロクの姿はもうない。どこに消えたのか。


『あとハッスル丸、お前何をやっていたんだ』


『ちと調べ物を。この地に沸いておる瘴気の雲をなんとかできんかと思ったのでござるよ。

 しかし肝心な時におらんとはすまんかったでござる』


『いや、間に合ったしいい。それで騎士殿は』


『王子を保護したんでね。今はあっちの機体に近習と一緒に乗ってるよ。

 とりあえず近衛をまとめて城の外に避難してもらおうと思ってね――構えな』


 リリエラの一言に警戒態勢を取る一同。闇夜にあってもなお闇色に輝く機体が一同に対峙した。

 黒騎士エグゼディ。

 つい一日前、ゼフィルカイザーを叩き斬った機体だ。だが、剣を抜く気配はない。


『待て。今、私に敵対する意思はない』


 盾を置き、両手を上げて交戦の意志がないことを示すエグゼディ。

 聞こえるガルデリオンの声も偽る様子はないが、一方でどこか切羽詰まった印象を受ける。


『聞きたいことがある。真なる玉座とはどこにある』


『なんの話だ。貴様らはそれを、いいや、それによって起動する何かを狙っていたのではないのか』


『何故、それを知っている……!?』


 ゼフィルカイザーの問いにエグゼディが身じろぎした。

 だが、ややあって、


『――まあいい。バイドロットは私の配下だが、奴は私に背いた。

 この地下にある大魔動機を持ち出してくるかもしれん』


「ゼフさん、たぶん本当です。あの人は嘘はつかないみたいですし、あの火を使う精霊機はガルデリオンさんにも攻撃してきましたから」


『トネルパセリ? 無事だったのか』


「あ、すみませんそれ偽名です。賢者のパトラネリゼと申します」


 そんなやり取りを横に、ゼフィルカイザーは思考回路を回す。


 この状況。

 邪教主と黒騎士の思惑は別だった。

 そして邪教主は予想以上の小物で、追いつめられて黒騎士に反旗を翻した。


 ――考えるまでもない。ピースが揃いすぎている。

 この状況でのお約束など一つしかない。


『王子はいるか!? 騎士殿でもいい、真なる玉座はどこだ!?』


「ちょ、ゼフィルカイザー!」


『あの邪教主はセルシアを鍵にその大魔動機を起動させるつもりだ!!

 早く止めないと手遅れになるぞ!!』


 その時、ゼフィルカイザーは空気に違和感を感じた。ゼフィルカイザーだけではない、空気に触れている人間すべてがその変化を感じ取った。


「お、おい。なんだ、急に寒く……?」


「見ろ、火がどんどん消えてくぞ!」


 兵士が指さした先、ドロドロに溶けて熱気を放っていた城壁がみるみる間に冷え固まっていく。

 それどころではない。ぴしりという音が地面から聞こえた。何かと思えば霜だ。急激な勢いで地面に霜柱が立っていく。

 庭園の池の水もいつの間にか凍りついていた。


「ちょ、寒っ、寒いですよ!? 真冬、いえ、それ以上!?」


『鎧を着てる奴はすぐ脱ぎな! 凍傷で張り付いて剥がれなくなるよ!

 くっそ、なんだいこりゃ!』


 まるで熱量が直に食われているようだ。そうゼフィルカイザーが思った時、地響きが起こった。

 一同がいる場所からは僅かに見える城の背後にある平たい建造物、それが崩壊し、残骸が消えていく。

 まるで地割れにでも飲み込まれるかのように。


『あの場所には、なにが?』


『あそこは歴代王族や貴族、それに建国期の礎となった人々の墓所があるのですが、一体何が』


 ダーザインから少年の声、イルランドのものだ。

 何が、と問うが、ゼフィルカイザーには何が起こるか既に予想がついていた。

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