004
「はぁ……」
物憂げな顔で花瓶から引き抜いた花をくるくると回すセルシアに、寒気を通り越して吐き気を覚えるパトラネリゼ。
「様になってるのがまた腹が立つというか……!」
昼食の後に女官がサイズが合いそうなドレスを何着か見繕って持ってきてくれたのだ。
通信もできずやることもないので、パトラネリゼはセルシアを着せ替え人形にしていた。
当初は嫌がっていたのだが、
(きれいに着飾ってると男の人とかドキっとするかもしれませんよ? と言ったら即座に堕ちやがって!)
で、一番似合うと思ったものを今着ている。
とはいっても、特別飾り立てたようなものではない白いドレスだ。
レースが少々つけられているくらいで、宝飾などは皆無。露出した肩や首筋がなまめかしい。
元々の素材がよすぎるせいで、下手に飾り付けようとするとかえって違和感が出るのだ。
シンプルイズベストというか、ここまでコーディネイター泣かせの素材もそうあるまい。正直パトラネリゼの手には余る。
ちなみにパトラネリゼはパトラネリゼで別の服に着替えていた。と言っても、子供用の侍女服なのだが。
「平民に着せるドレスなどないということですか。おのれ権力」
良く似合っているのだが、本人はぎりぎり言っていた。
しかし、ああして恋する乙女をやっているセルシアを見ているとつくづくムカムカくるというか。
先ほどから何度か爆音を聞いているので、アウェルやハッスル丸は既に城に潜入している、そう考えていいだろう。
現状彼女たちにできるのは暇をつぶすことくらいだ。
一応パトラネリゼもこの部屋を覆う結界をどうにかできないかと試してはいたが、民間の魔法使いがどうこうできるレベルのものではない。
賢者と言うのはあくまで知識を収集し周りのために役立てる職業、極論すれば雑学王である。
対して魔法は魔法専門の知識を収集し、それを実践するための修行を要する。
パトラネリゼ程度の魔法が使える人間は大きな町なら2、3人はいるものだが、しかしこの結界に使われているのはそういうレベルの物ではない。
(まるで魔法文明のころの一線級の技術そのままですよ、これ)
これを、なんらかの魔道具を使って敷いたというならまだ話は分かるが、己で術を組んで敷いたというなら、あのガルデリオンという青年はいよいよもって得体が知れない。
恋愛は自由だろうし、あの男個人そのものは真っ当かもしれないが、こうきな臭いものが付きまとう状況でほいほいくっつかせる道理もない。
だが、世の中は無常であった。
「私だ、ガルデリオンだ。入らせてもらう」
「あ、ど、どうぞ」
セルシアの返事を聞いて部屋に入ってくるガルデリオン。その姿は完全武装のそれだった。
出迎えたセルシアは頬を赤らめながら、ちらちらと目線を向けたりそらしたり。
恥じらう乙女そのものな反応をスルーしつつ、パトラネリゼは切り出した。
「ごほん。何の用でしょうか」
「すまないな、手狭な思いをさせて。先ほどから城に侵入者が入っている。
大丈夫だとは思うが、もし何かあったらここを移動するのでそのつもりでいてくれ」
「って、わざわざそのために来たんですか?」
「私でないと結界が解けないからな。何度も言うが、私は君たちを危険な目に遭わせたいわけではないのだ」
淡々としつつも真摯に、そう告げるガルデリオン。
慌てて窓に張り付いたパトラネリゼが見たのは、炎上する庭園とそこで戦うゼフィルカイザーたちの姿だ。
「ゼフさん……! シア姉、ゼフさんですよ!」
「知らないわよあんな鉄クズ」
「て言っても、あの様子だとエル兄も乗ってますよ?
なんなんですかあの魔動機、いえ、精霊機? 凄い勢いで炎を出してますけど」
「バイドロットの機体だ。悪いが、あの少年の腕前では相手にならないだろうな」
何気ないガルデリオンの一言。そこには嘲弄の響きはない。ただ事実を言っているだけのようだ。だがしかし、
「いえー、なんか全然当たってませんよ? 全部避けてますけど」
「……なに?」
慌ててバイドロットが窓に近づいてくる。そこには大炎上した城の庭園と解け落ちた城壁。
そして固定砲台と化したラグナロクとその攻撃を避け続けているゼフィルカイザーの姿。
「ほらシア姉も見たらどうですか。エル兄だって頑張ってるんですよ……あの、ガルデリオンさん?」
横を見れば眼下を見下ろすガルデリオンの頬を一筋の汗が伝っていた。表情こそ変わらないものの、焦りの雰囲気を漂わせている。
「あの馬鹿が! 近接特化機のラグナロクで遠距離戦をやってどうする?
霊鎧装もまるで使いこなせていない、事を大きくするなと言ったのにこれほどの被害を出してどうするのだ……!
それにあの白い機体、昨日とは動きがまるで違うな。乗っているのはあの少年か?」
「あら、アウェルに会ったの?」
自然に隣に立ったセルシアの問い。それにガルデリオンは頷き返す。
「先ほど城内で。すぐにあの機体に搭乗していたがな。
しかし、いい腕をしている。セルシア、彼は君を姉と呼んでいたが、どういう関係なのだ? 彼も王家の血を?」
「違うわよ、あいつはあたしの弟分。一緒に住んでたおじさんおばさんの子供よ」
「そうなのか」
さも興味を失ったというような反応のガルデリオン。王家の血筋を目的としているのだから、そこは重要なところだったのだろう。
だがセルシアの次の言葉で、ガルデリオンがそれまでにない様子を見せた。
「父さんも、おじさんおばさんもいない今となっちゃ、あたしのたった一人の家族よ」
「――そう、なのか」
(……? なんですかね?)
無関心というわけではないが、興味とも言い難い反応。仮面からのぞく顔は一見すれば何の変化もなさそうに見えるが、今一瞬、明らかにこわばった。
「……セルシア。あの炎を纏う機体、ラグナロクは極めて危険なものだ。単純な性能で言えば私のエグゼディを凌駕する」
「それで?」
「弟の命を案じるならば、私の提案を呑んでほしい。そうすれば奴を止めてやろう」
「あなた、それでも騎士ですか!?」
パトラネリゼが激昂した。おおよそ騎士たるものが言っていい提案ではない。だが、ガルデリオンには悪びれる様子はない。
「なんとでも言え。すべては大義のため。利用できるものはすべて利用させてもらう」
「ッ! ちょっとはマシな人かと思ったら、あなたも邪教の人間と変わりませんね!
大義だのなんだのと言っておきながら取る手段がそれですか、恥を知りなさい!」
「言わせておけば……!」
ガルデリオンが手を振り上げる。パトラネリゼは反射的に目をつむるが、待っていてもその手が振り下ろされる様子はない。
恐る恐る目を開けてみれば、手を振り下ろすことなく歯噛みするガルデリオンの姿があった。
あの冷淡な様子からはとても想像できない。
「ぶたないんですか」
「君らに、危害は加えない。そう約束したからな」
どうにか息を落ち着け、改めて外を見下ろすセルシアに向き直るガルデリオン。
「たった一人の家族を失う、それは辛いものだぞ。セルシア、どうする?」
「どうするって言っても。もう終わったっぽいんだけど?」
「――なに?」
再度窓に張り付くガルデリオン。
見れば、ラグナロクそれ自体の姿は見えないがラグナロクが放っていた赤炎と紫炎が見えなくなっている。
「最強の四天王機を退ける、だと……あの白い機体はいったいなんだというのだ?」
「見てた限り、白いのが強いっていうよりは火吹いてた機体がヘボだっただけだと思うわよ」
セルシアの言葉を聞いたガルデリオンが歯を軋ませる。この状況はそれほどまでに予想外だったらしい。
だがすぐに気を取り直し、部屋を後にしようとする。
「どこ行くのよ?」
「私が出る――これが最後だ。弟の命が惜しければ私の提案を呑んでほしい」
ガルデリオンからはパトラネリゼでもわかるくらいに殺気が漏れ出していた。
だが、セルシアは平然とした様子で、仮面越しにガルデリオンを真っ直ぐ見据えて、ただ一言尋ねた。
「あなたさ。無理してない?」
「――っ」
結果として、この動揺のために気付くのに遅れたのだ。
三人のいる塔へと突っ込んでくる、その火も絶え絶えとなったラグナロクに。
「っ……シア姉、シア姉は!?」
パトラネリゼは今にも崩れそうな尖塔の縁に捕まりながら慌てて周りを見回す。
あの黒と赤の機体が突っ込んできた。そして、半身を部屋に突っ込んでセルシアを捕まえていったのだ。
自分はそれに追いすがろうとして、落ちそうになった。部屋が壊されたせいか結界も消えてしまったのだろう。
回せる範囲で首を回すと、赤と黒の機体がそこにあった。
先ほどまでの熱量はどこへやら、風前の灯といった体のラグナロク。その右手にはセルシアの姿。
捕まるときに頭でも打ったのか、あるいは何か細工でもされたのかぐったりとしていた。
そのラグナロクの中では、もはや後がない者が悪あがきのために全精力を尽くしていた。
『ハクダ、そちらはどうしている』
『機体を捨てて逃げているところですわよ! 派手に出しておいて何なんですのこの役立たず!』
「いいから俺の言うとおりにしろ。地下に行って私の名で典礼官を集めておけ。贄を抑えた」
ラグナロクのコックピット内、バイドロットは念話でハクダに指示を飛ばしつつ、目を血走らせながら機体が手につかんでいるものを見る。
髪留めが取れたのだろう、赤い三つ編みが、夜風にさらわれてほどけていく。
そして視線をいくらか上げれば、半壊して崩れそうになっている尖塔の上部があった。
動くものは見えない。殺せたのか。だがそれが淡い希望だというのはバイドロット自身が一番よく知っている。
『は? 何なんですの一体。わたくしの王位はどうなるというのです』
『いいから黙って言うとおりにしろ。このままでは俺もお前も殺されるぞ……!』
『……っ、ああもう、わかりましたわよ、わかりました!』
ヤケクソ気味な返答を聞き届けたバイドロットは改めて己が突っ込んだ尖塔を見る。これで殺せていれば言うことはなかったが、案の定生きていた。瓦礫の中から立ち上がってくる銀髪の黒影。
「バイドロット、貴様ァ!」
『ひっ、来るなあああ!』
空いた手で炎の弾丸を放つラグナロク。先ほどまでの石壁を融解させるほどの威力はどこへ行ったのか、部屋を吹き飛ばす程度の威力しかない。
だが、それで十分だった。パトラネリゼの小さな体を吹き飛ばすには。
「あっ」
「っ!? トネルパセリ!」
実はパトラネリゼです、と言っている暇などあるはずもない。あっという間に落下していく。
そんな中、思考は妙にクリアだった。
(あー、爆風の衝撃であっちこっち痛い。
このくらいの高さ、シア姉なら余裕で着地できるんでしょうが私は人間ですしねえ。
落下減衰の魔法、私の力量じゃ減衰しきれませんし呪文唱えてる暇もない。
こりゃ死にましたか)
死を割り切らなければならない。ゼフィルカイザーにはそう言ったが、自分のこととなると話は別だ。そうそう割り切れるものではない。
怖くて泣き出しそうになるが、涙をこぼすその前に何もかもが終わるだろう。
だが。
死を割り切らねばならないと、その言葉を聞いていたほうは、どうやら全く割り切っていなかったらしい。




