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002

「追え、逃がすな!」


 鎧を着こんだ近衛兵が黒装束の忍者を追いかけていく。頑張を着こんだハッスル丸はバイドロット相手に幾ばくかの時間を稼ぐと即座に逃げ出し、こうして近衛兵を引きずり回している。


「これでアウェル殿が捕まっていないといいでござるがなあ。

 しかしいい加減疲れ申した」


 頑張も動力は自身の魔力だ。本式の魔動機に比べれば燃費はいいが、しかし魔力を食うことは食う。

 なのでハッスル丸は非常手段に出ることにした。都合よく目の前に曲がり角が見えたので、そこで直角に曲がり姿を隠す。


「くそ、すばしっこいやつめ……!」


 後ろを追いかけていた近衛兵の集団が曲がり角に差し掛かる。しかし、その先にはなにも見当たらなかった。

 ちょうど城の裏手にあたる場所で、はるか向こうの角まで何もない。無論、走り去る影も見当たらない。


「どこにいった? 壁でも登って行ったか……ん? なんだこいつ」


「クエ?」


 近衛兵の一人が足元にそれを見つけた。白黒にくっきりと色分けされた、変な生物だ。


「……なんだこいつ。こんなの公都らへんにいたか?」


 周りに聞くも、首を振る近衛兵たち。


「なんの生き物なんだ? 魚か?」


「虫じゃねえの?」


「獣っぽいけどなあ。おいお前、この辺に全身黒ずくめの怪しい奴が来なかったか?」


「クエッ」


 その生き物は手というかヒレというか、よくわからない器官で向こうの角を指した。あちらへと走り去ったということなのか。


「よし、追いかけるぞ!」


 全員走り去っていく。それがいなくなったところで、


「ふっふっふ、忍法変わり衣、とはちと違うでござるがな。さあて、ここからは生身で行くとするでござるか」


 ペンギンはいつも通りどこを見ているかわからない目つきで装備を整える。現状全裸のところに巻物から取り出したあれこれを装備して忍者ペンギンが完成、そのままひたひたと歩き出す。

 公都に入ってからこちら、ずっと気になっていることがあった。その確認である。

 ハッスル丸は扱う術の関係上、地脈を読むことに長けている。いわゆる地面の中を流れる魔力や生命力のラインのようなものだ。それが、公都は妙に歪んでいる。

 地脈がゆがむことそれ自体は大したことではない。自然的な要因で地脈に吹き溜まりのようなものができたり、そこによどみが溜まって瘴気が大量発生したり、それに当てられて凶暴化した魔物が出る。そうしたことは南の大陸でよく目にしたことだ。しかしながら、公都のこれはどうにも人為的な気配がしていた。

 昼間公都を走り回って情報収集に勤しんでいたハッスル丸はそのついでに地脈の要所となるようなポイントをいくつか調べてきたのだ。結果、魔力の込められた楔のようなものが見つかった。


「つまり瘴気雲が常時漂っているのもそれによるもの、と。あのバイドロットとかいう妖人といい、ゼフ殿ではないが本当に魔族ではないでござろうな」


 魔の森の妖人はある意味で分かりやすかった。あれはおそらく瘴気に当てられすぎて狂った人間だ。しかしバイドロットはそれ以上の陰の気を漂わせながら、しかし正気を保っているように思えた。

 ただ、かつて戦った妖人に似ているということはすなわち弱点も同じである可能性がある。それは、


「奴らと同じなら瘴気が濃い場所でなくば命を保てぬはず」


 魔の森の妖人は森の外へ獲物を求めて出てくるが、一定時間内に帰らないと命を失う。一部の魔物もそのような特徴がある。そうしたことからすればおのずと見えてくるものがある。


「奴は己が生きるために公都に瘴気雲を張っている、ということでござるか。なれば、これも援護となるはず」


 城の裏庭、草むらに隠れて突き立つ楔を蹴り抜くハッスル丸。公都の周りをいろいろ探ったところ、ここが地脈のゆがみの起点になっていた。

 抜いた楔の代わりに自分の苦無を突き立て、呪符を巻きつける。

 なんにせよ賽は投げられている状況だ。リリエラについては知らんし、アウェルについては、自身の手で勝利と成功を掴むという経験をするべきだ。ハッスル丸はそう考えていた。

 まあゼフィルカイザーもついているし大丈夫だろう。そう考えて城のほうを振り返ると、


「――んんんん?」


 地響きとともに、城の一角が崩れ落ちた。




「よし、いい武器ゲット。手のほうが硬いけど攻撃範囲が狭いからねえ」


 そう言いながらヘレンカが振り回しているのは大理石の柱だ。天井まで届く長さのそれを軽々と片手で振り回して、襲ってくる近衛兵を片っ端からなぎ倒している。


「あ、あの、おばさん? その柱引っこ抜いたところが崩れたんだけど?」


「あ、そう。で、それが何か問題?」


 関係ないとばかりに襲ってくる兵士をホームランしていく。壁に叩き付けられて赤いしみと化すか窓の外に放り出されて地面に咲く花となるか。彼らにはその二択しかない。


『私たちはとんでもないものを呼び起こしてしまったのかもしれない……』


「今更の気がするぞ」


 場内の明かりに照らされたヘレンカの姿は、肌のツヤといい、赤い髪の光沢といい、見れば見るほどセルシアによく似ていた。

 しかし一方でセルシア以上に蛮族スタイルだ。いうなればセルシア蛮族アップデート版である。

 身に着けているのは見てみれば獣の毛皮だ。それを適当にちぎったものを体に巻きつけている。四肢にたぎっている力はセルシアを凌駕しているのが容易く見て取れる。なにせ肌のツヤこそ同じだが、張りが違う。中に詰まった肉の重さは数段上なのだろう。

 胸もセルシアより随分と大きいのだが、


(ありゃほとんど胸筋だなあ)


 おっぱいではなく筋肉である。そういうのが好きな人間にはたまらないだろうがゼフィルカイザーは遠慮こうむる。

 女の好みはと聞かれたら本気で思いつかないが、少なくともあんな体脂肪率が5%切ってそうなのは嫌だ。あれだけ似ているからアウェルなら惹かれるかもしれないがと、そう思うのだが。


『アウェル、微妙に機嫌悪いか?』


「いや別になんでもない」


『また女の影に隠れていると気にしているのか? しかし、先ほどのはお前のファインプレーだぞ。

 あの女をこうして味方に……本当に味方か? いやまあ、とにかく利用できたのはお前のおかげだ。

 あの場でとっさによくあんな出まかせを思いつけたな』


「出まかせって、何がさ」


『セルシアが父親似だというあれだ』


「いや、だってその通りだし」


 そう言うアウェルの言葉には、やはり確信めいたものがあった。それに妙な不快感も。

 まるで、セルシアがヘレンカに似ていると言われるのを嫌がっているような。


『……私はナグラスという人物を知らんからわからんのだが、そうなのか? 見た目は母親似としか思えんが』


「言ってることはわかる。でも、違う。セルシアはあんなんじゃないし、それに、あんなふうになってほしくない」


 半ば願望なのだが、しかし言葉は切実だった。そう言うのもわかる。

 なんと言うべきかわからないが、あえて言うなら、セルシアはここまでではない。


『ちなみにどういうところが父親似だというのだ』


「めんどくさいところ」


 きっぱりと言い切った。ナグラスなる人物がいかなる人間かは知らないが、そんなところが似ていていいのか。だが、


「あっはっは。なるほどなるほど。あたしのガキはナギーみたいにめんどくさい奴なわけか。そーかそーか……楽しみで仕方ないわ」


 ご母堂ご満悦である。本当にどういうことなのだろうか。


『……とにかく、もう作戦がどうこうって状況じゃない。私も城へ侵入中だ。合流するからそれまで何とか持ちこたえろ』


「最初っからそうしてたほうがよかったんじゃ?」


 それこそ今更である。


(黒騎士や災霊機が出てきたら危険だからと頭を捻った結果がこれだよ。どうしてこうなった……!)


 致命的に歯車が狂ったのはハクダに遭遇したリリエラが暴走したあたりだ。

 とにかくこうなったらこのバグキャラをうまく誘導して、ロボットを呼び出す前に標的を始末するしかない。

 そうする間に、廊下の先にさらに兵隊が集まってきた。

 これだけいたのにあのザル警備だったのかと呆れるゼフィルカイザーである。その奥には黒ローブを従えたバイドロットとハクダ、加えて黒騎士の姿。


「この魔女が、いったい何が狙いですか!」


 エロいほうの魔女(ハクダ)血生臭いほうの魔女(ヘレンカ)へと叫ぶ。彼女にブーメランというものの存在を教えてやりたいところだ。


「いやね、この坊主にあたしのガキが来てるって聞いてねえ。ちょいと会わせてもらえないかしら?」


「あ、会ってどうするつもりですか?」



「決まってんじゃん? どっちが強いか確かめるだけよ」



(あかん)


 前言撤回、新手の敵が増えただけだった。一方、敵方にも動揺している者がいた。


「バイドロット卿、一つ聞くが。あれが王妃だと?」


「正確には側室ですが」


「貴族の令嬢と聞いたのだが」


「伯爵家の出ですわね。潰れましたけど」


「森の蛮族にしか見えんのだが」


「娘もそんな感じだったでしょう」


 などなど。あの様子からすると存外普通の奴かもしれないと思うゼフィルカイザーだが、今は好機だ。都合よくターゲットのほうから来てくれたわけだ。


「見つけたぞ黒ずくめ! セルシアを返せ!」


「ん……? その声、あの白い機体の駆り手か。となると、やはり姫が狙いか」


 仮面越しに、アウェルとガルデリオンの視線がかち合った。アウェルは何となく思った。こいつは敵だと。だが、この状況で真面目に相手をしてやる気はない。


『なあご婦人。あの向こうにいる黒い鎧の騎士だがな、あいつはセルシアを捕縛した奴だ。つまりセルシアより強いぞ』


「へえ……おもしろい」


 ヘイトコントロールの成功に内心ガッツポーズのゼフィルカイザー。だが、あちらの判断力は早かった。


「ハクダ、城を少し壊すぞ。二人とも出ろ、災霊機の開帳を許す」


「な、バイドロット、貴様!」


「奴は別です、古式でも倒せるかわかりませんので」


 前に出た黒いローブ、おそらく司祭の格だろううちの一人がカードを出す。まだ廊下には人がいるのに、である。


「来いジビルエル!」


 ず、と黒いものが収束し、人の形を成していく。それは膨張するに従い、城の内壁を砕いていく。そうして城内を二階分ぶち抜いて完成した闇色の機体は、その腕を無造作に振り払った。城の建材ごとである。

 慌てて腕で前を覆ったアウェルは、次の瞬間足元の感覚がないことに気付いた。


「え?」


 腕の直撃こそ食らわなかったものの、倒壊に巻き込まれて城の外へと放り投げられるアウェル。

 死んだ、と思った。

 飛び散る瓦礫の間を飛び交う赤い髪の女がちらりと見えたが、自分はあんなことはできない。このまま地面に落ちて死ぬのが関の山だ。そんなところで、


『慣性制御全開!』


 なにか、硬い物の上に落ちた。接触する前に体が急に減速し、そのままそこに降り立つ。ゼフィルカイザーの手の上に。


「ゼフィルカイザー!?」


『ま、間に合った……』


 心なしか息を切らしたような声で喋るゼフィルカイザー。つい先ほど侵入中だったというのにどういうことなのか。

 見れば、リリエラ一党のギルトマの姿もある。


「どうやって入ってきたんだ?」


『「ハクダさまに踏まれにきました!」と言ったらすぐ通してくれたぞ。まあそっちが城内で暴れてたせいでもあるんだが、この国いろいろ駄目だろう』


 アウェルを乗せながらそうぼやくゼフィルカイザー。城門は開け放たれ、城門の警備兵はリリエラ一党のゴロツキたちが縛りあげていた。

 最初に現れたジビルエルが地響きを立てて着地し、城の崩壊した部分からさらに一機、ジビルエルが降り立つ。闇色の装甲はこの夜闇にまぎれて、暗視モードでも見づらいことこの上ない。


「で、ゼフィルカイザーどうする? こっちの攻撃は効かないんだよな?」


『ビームは試してないからわからんが、期待しないでおいたほうがいいだろう。ただ、策はある。ちょうど二体で出てきてくれたしな。

 お前こそ大丈夫か?』


「あー。なんかもういろいろありすぎて、うじうじしてるのが馬鹿馬鹿しくなった。セルシアじゃないけどとりあえずこいつらにリベンジだ」




 ひたり、とバイドロットたちの前に降り立った赤い髪の女に、残った近衛兵たちが身構える。

 だが、その中をかき分けて進み出た者がいた。ガルデリオンだ。


「ほう、自らお出ましとは手間が省けるねえ」


「セルシアには会わせてほしいと頼まれたのだがな。こうなっては是非もなし」


 鍔鳴りをさせて漆黒の剣を抜くガルデリオン。だがヘレンカは構えもしていない。こうして対峙していても特に敵意も感じていない。

 ふいに、ヘレンカがガルデリオンに問うた。


「あんた、あたしのガキを倒したんだって? んじゃあちょい聞くけど。そのガキ、あたしに似てた?」


「? ああ。よく似ていたが」


「ふうん。だけどあっちの坊主がホラ吹いてた感じもなし、ねえ。

 もっとつ聞くけどさ、色男。うちのガキ、あんたのもんにしたの?」


「――――質問の意図が分からんが。あのような山猿に懸想するほど私は暇ではない」


「その様子じゃまだかい。でもまあ、ねえ……」


 何事かぼやいて、そのまま踵を返すヘレンカ。どうしたのか。


「いやいや、今夜は出直すとするわ。うちのガキがどっちに転ぶのか、試してみるのはそれからでも十分さね」


 そう言って城郭の倒壊部から身を躍らせるヘレンカ。なにがなんだかもうわからない。


「……ま、魔女が去ったぞー! やったー!」


 近衛兵たちが喜びの声を上げる。その一方で城の敷地では白い機体とギルトマ二機の三機とジビルエル二機が戦っている。


「まあ、見たところあちらの機体は災霊機に通じるような武装はないようです。じきに決着がつきましょう」


 バイドロットがそう言うが、ガルデリオンは怒気を隠そうともせずに来た廊下を戻り始める。


「あら? どうされたので?」


「姫のほうに詰めておく。あれが陽動とも限らんからな。

 バイドロット、貴様の災霊機の使用を許すからさっさと仕留めろ。あの分だとそう持たんぞ、あの二機」


「な、なにをおっしゃるので? むしろ仕留めろと言うならば黒騎士殿がその剣を振るわれればよろしい。姫のほうには私が」


「お前が姫に殺されない程度に強かったらそうしてやる。ではな」


 そのまま足早に去っていくガルデリオン。慌てて再度眼下の光景に目をやった先では、ジビルエルの一機に白い機体の拳がめり込んでいた。

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