007
オレたちが何をしたと、少年は運命を呪った。
剣を置くべきだったのだろうかと、少女は己の行状を鑑みた。
天丼もほどほどにしろやとロボットは内心で毒づいた。
三者三様、詳細は違えど現状を嘆いている。眼前の光景を見ればそうも思うだろう。空にはざっと見て3、40を超す竜の群れ。先ほど仕留めたドラゴンと同程度か、それよりも巨大なものばかりである。
だが、正直それらは三人の目に映っていなかった。いや、映ってはいたが、視界の中央にいる"ソレ"に意識を持っていかれていた。
先ほどのドラゴンが小屋ほどもあるのなら、その一体は小山ほどのサイズがあった。全身を漆黒の鱗が覆い、垣間見える皮膚は血潮のように赤い。羽ばたきながら巨体を支える翼は6枚3対。腕も2対を備えている。だが、そんな視覚上の情報すらどうでもいい。それほどまでにそのドラゴンは威圧感を放っていた。
(50mはゆうに超えているな……間違いなく、あいつが親玉だ)
山を下りる間もなく現れたドラゴンの群れ。それに包囲され、逡巡した間に現れたその巨龍に、3人は射すくめられた。
「我が仔らを殺したのは、貴様か」
人の言葉が紡がれる。語気としては先の2体の竜にくらべればむしろ冷静、穏便とすら言えるものだった。だが、3人はその一言だけで総毛だった。
生身のアウェルとセルシアはもちろんのこと、鋼の体を持つゼフィルカイザーすら、である。
魔力、と呼ばれる力がある。この世界の誰もが、否、ありとあらゆる生物、植物、さらには一部の鉱物すらもが備えている超常のエネルギーである。それは用いる術を持つものが使えば、火を起こし、水を清め、風を吹かせ、大地を揺るがすことができるとされる。
だが、眼前の竜。それは、莫大すぎる魔力が直にプレッシャーとなって、周囲の生けとし生ける全ての者に降り注いでいる。その威圧感が物理的な圧力すら伴って、ゼフィルカイザーたち3人を打ち据えている。
「答える術を持たぬか、まあよい」
その目が、嘲弄の色を帯びる。異形の目である。虹彩も瞳孔も持たない、ただ金色に光っているだけの目が、全部で25、顔に並んでいる。左が18、右が7である。左右が不揃いなのは、右の顔が大きく潰されているためだ。
よく見れば、その巨龍は全身のいたるところに傷を持っていた。ただ古いというだけではない。かの竜がいかに強大だろうと、さすがに命に係わるであろうことが予見される、そういったレベルの傷が首や胴体にいくつか残っていた。ただ強大であるだけでない、歴戦の存在であることがそれから見て取れる。
「その姿、かの者の御使いか。なるほど、我が主、邪悪の神の復活を妨げるため遣わされたと見える」
『邪神だと、それが貴様らの主だというのか……!?』
「左様。じきに我らが神は甦る。その供物として貴様らの苦しみ、嘆き、怨嗟を集め捧げねばならぬ。
さあ、苦悶の声を上げるがいい」
『断る!』
両足のスリットが展開。残り7発のミサイルが同時に発射される。発射されたミサイルは7本の尾を引いて巨龍に迫り、直撃。空に爆炎の花を咲かせ――
「その程度か」
爆風の中から無傷で現れた顎が、閃光を吐きだした。炎ではない、もっと別の何か――後にゼフィルカイザー達はそれこそが真のドラゴンブレス、超圧縮された魔力による破壊光線だと知る――を前に、
『腕を突き出せ!』
「お、おう!」
『バリアあああああああ!』
広げた両腕から、先ほど放たれたビームと同じ色の光が障壁となって展開、ドラゴンブレスと衝突し、双方がはじけ飛ぶ。拡散したドラゴンブレスは山肌を削り、バリアの余剰エネルギーが足元を煮たたせていく。
(ちょ、熱、あぢいいいいいいい!)
実際の時間にして5秒ほど。しかしその間は3人にとって無限にすら思えた。
ドラゴンブレスが止む。ゼフィルカイザーは健在だが、白い装甲はあちこちが煤けていた。
「大丈夫かゼフィルカイザー!?」
『な、なんとかな……お前たちこそ無事か?』
「オレたちはなんともないけど……」
(搭乗者保護は完璧のようだな、ありがとう注文通りだよちくしょうめ!)
全身の激痛に耐えながら、視界内に出た大量のエラーメッセージに目を通す。
見たところ、機体そのもののダメージは軽微のようだ。装甲も煤けてはいるが内部構造には被害はない。しかし、
(こんなもん、長期戦になったら俺がショック死するわ!)
ハードに対してOSは脆弱であった。
(必殺武器必殺武器、注文しといた超火力の必殺兵器は……!)
フィンガーでは手が届かぬ。おそらく手から射撃もできるが、試している間に追いつめられかねない。そうなると、初手で確実に葬り去るしかない。
呼び出したメッセージウィンドの中にそれを見つけ、
『アウェル、私の最終兵器を使う……! 奴へと向き直れ!』
「わかった……! 頼むぞゼフィルカイザー!」
重々しい口調でそう告げた。同時、胸部のオーブ状の部分の上半分を覆っていた装甲が上に開き、全球が露わになる。その危険を察知し、巨龍が再度ブレスを放とうとするが、わずかに遅かった。
ゼフィルカイザーが、その武器名を、
(えーと、胸から発射されるビームっていったらあれしかないわな)
その場で思いついたままに叫んだ。
『ギャザウェイ・ブラスタアアアアアア!!!』
大気が爆熱し、空が焼け焦げた。そうとしか言えない、先のドラゴンブレスすら子供だましに見える一撃が、空を染め上げた。青にも緑にも見える光が巨龍を一瞬で飲み込み、大気ごと原子のチリへと砕いていく。
途方もないエネルギーが空気すら煮立たせ、周りにいた竜もそれにならって焼け焦げる間もなく消し飛んで行く。
破壊が収まった時には、空には雲一つなく、山を覆っていた雪も蒸発したのか消え失せていた。あたり一面の森も爆風によってなぎ倒されている。
「や、やったのか?」
「これで殺れてないってことはないでしょうよ……」
あまりの光にモニターの映像が飛び、ようやく戻ってきたその光景を見て絶句する二人。そしてそれを成した本人も同様だ。
(いや、いや、いや。なんだこれ。奴が空飛んでなかったらえらいことになってたぞ……!?)
内心ため息をつきながら、その破壊跡を眺め、地面に向けて撃った時のことを想像して肝――現在はおそらくラジエーター的な何かになっているだろう――を冷やし。
はるか彼方。星を覆っているだろうリングに起きた異変に、今度こそ絶句した。
ドラゴンの群れを葬り去った一撃はあろうことかリングにまで届いたのだろう。巨大な爆発光とともに、リングが欠け、空に入っていた切れ目にさらに切れ目が入る。
もしその光景を星の外から見ていたものがいたのなら、齧られたドーナツを連想するだろう。
それを、
「…………!!」
黒衣に身を包んだ騎士が、
「な、何ごとですかあれは!?」
白い髪をした少女が、
「ほう……」
鉢金と鉄面の奥で光る眼光が、
「あらあらまあまあ……」
人を足蹴にしながら冷笑を浮かべた女が、
「あっはっは、たーまやーってか!」
海賊帽を被った娘が、
「なにあれ? うう……でもそんなことよりごはん……」
宝石のような輝きの瞳が、
「古の火――」
猫のような眼をした女が、
「――――」
鴉のような眼をした男が、
他にも数えきれないほどの多くの人が、人でない者たちが、その光景を目の当たりにした。直接目にしなかったものも、日の巡りとともにその有様を目にした。
誰も彼もがそれを見て思ったのだ。何かが始まったという、言いようのない予感を。
そしてその張本人たちは。
「……お、オレは言われたとおりにやっただけだからな!?」
『道具を使ったものの責任という言葉があるが』
「とりあえずあたしただの同乗者だから。無関係ってことで一つ」
そんなことなど関係ないとばかりに、ぎゃーぎゃーといがみ合いながらも、その場を助かったことを喜び合っていた。
こうして異世界への転生を果たしたゼフィルカイザー。
しかし少年たちを助け村へと向かったゼフィルカイザーに辺境の洗礼、そして異世界のロボットが襲い掛かる!
次回、転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~
第二話
「壮絶! 村社会に迫る脅威!」
『ではこの村を焼き払うとするか』
次回もお楽しみに!