006
トメルギアは邪教の跋扈によってずいぶんと荒れ果てた。
王が勅命で活動を許可し、王女が庇護者になっていたため、その活動を妨げることが困難だったためだ。
リリエラを筆頭にその活動を妨害しようとしたものが悉く追放や左遷となったのも大きい。
しかしながら、公都に関して言えば秩序が保たれていた。
侯爵家の一つにして正妃の実家であるベリエルクガン侯爵が公都の治安維持を仕切っていたためだ。
しかしその一方で常に公都を覆う暗雲のせいで公都を去る民も少なくはなかった。
結果としてこの十年ほどで公都の人口は半分以下になってしまった。
さらにここ数か月の間で公都の情勢が激変したのも大きい。
というのも正妃の不義が発覚しその責任を追及する声が上がった結果、ベリエルクガン侯爵はわき目も振らず自身の領地へと戻り籠城の姿勢を取ったためだ。
結果、公都は軽く末法の世と化していた。
『正直遷都待ったなしだと思うんだが』
『建国王の絶対法、都を絶対動かすなってのがあってね。
まあこっちとしては助かってるよ。公都の防衛隊がまともに機能してたらあんなところに陣取ってられないよ』
リリエラの言ももっともだ。むしろあの場所なら駐屯地を置いておいても罰は当たらないだろう。
『しかしまあ、王家はどれだけ信頼を欠いてるのでござるか』
『みんな諦めて次代の王に託すつもりだったからねえ。
イルランド王子は神童と名高かったし、取り巻き排除済みの愚王がとっととくたばればあの売女とその取り巻きなんぞ即潰せる、そう思ってたからね』
『……ゼフィルカイザー。例によってわかんないぞ』
『村長がパープーでその身内もアッパラパーだが、余所に預けた息子は超まとも、ついでに預かってるほうも超まとも』
『わかった』
しかしつくづくこの国は歪だ。というか、国の体裁を成していないようにすら思える。
その気配を察してか、リリエラが述べた。
『まあ、内乱で王家は諸侯の信頼を完璧に失ったのさ。
トメルギアでも最古参の家を二家も潰しておいてその後の沙汰もぞんざいだったからね。
公都よりのほうはともかく、東のほうなんかは王家の存在なんて忘れてるよ』
(冗談でもなんでもなく戦国時代待ったなしなんじゃないか、この国)
政経の知識皆無なゼフィルカイザーでもそう直感するくらいである。
だが、かといってセルシアをそのための神輿にするのはもっと論外だ。あれをおとなしく玉座に縛り付けておけるはずがない。
(カーバインでメググト氏が言ってた、姫を嫁がせたら王家が終わるってのもそういう意味なんだろうな)
日も傾いた時間で、暗雲は西のほうが赤く染まっている。
そのおどろおどろしい赤さが海に映り不気味に光っていた。地獄の釜が開いたような光景とはああいうのを言うのだろう。
『とにかく作戦を確認する。
といっても難しいことはない。そちらが潜入してセルシアと騎士殿の目当てを見つけて脱出。
こっちも闇夜にまぎれて公都に侵入するから、脱出時にはこっちで騒いで戦力の目をこっちに向ける。その流れでいいな?』
『左様でござるな。拙者が昼間見て回った限り、公都にはそう大した兵力はないでござる。
城内の警備にしても大したことはなさそうでござった』
『……正直なところ、お前ひとりでもなんとかなるんじゃないのか?
得意だろこういうの』
『とは言えんでござる。ゼフ殿の申す通りなら二人が捕えられておるのは城の尖塔の一つでござろう?
流石に見咎められずに潜入するのは厳しいでござるし、できたとしても脱出時に確実にバレるでござる』
流石潜入破壊工作のプロである。そのあたりは隙がないし過信もない。
だが、最大の問題はその塔がどれだかわからくなってしまったことだ。通信機の信号が途絶したせいで詳細な場所が分からない。
事前の反応からある程度高い位置にいることだけはわかっているのだが。
『アウェル、最終確認だ。
正直お前が行く必要はあまりない。むしろ足手まといになりかねない。
でも行くか?』
『行く。行って、セルシアを連れて帰ってくる』
これだ。だがゼフィルカイザーは止める気もない。ここで最後まで人任せにするようならどうかと思ったが。
(傭兵としても軍人としてもいらん手間増やしてるだけだから止めるべきなんだがな。
正義のロボットとしてはこういう馬鹿は手伝ってやらにゃいかんだろうよ。
……なによりここでポイントを稼がせてやらんと本気でマズい……!)
思春期の初恋に過剰反応な気もするが、これまで道中を共にしただけにこのままだと目覚めが悪すぎる。
午後六時に胸糞悪いもの放送させるわけにはいかないのだ。
結論から言えば、潜入自体はつつがなく成功した。
公都務めの経験が長く、また元々の身分から城の抜け道なども把握した人間がいれば当然である。
「しかし本当に公都の守備も質が落ちたねえ」
「侯爵家の兵が詰めていたときはここまでではなかったそうで。
とはいえ、侯爵が公都を退転すると侯爵の手勢や公都に詰めていた諸侯も一目散に逃げ出してしまったらしく」
そんなことを話しながら城内を何食わぬ顔で歩いている三人とも変装済みだ。
もっともリリエラはそのままの格好でも本人の雰囲気も相まって騎士然としているし、ハッスル丸は適当に倒した衛兵の鎧を着こんでいるだけ。
アウェルもそこそこ身綺麗な服に着替えているだけだ。
「なぁ、これでバレないのか?」
「現にバレておらんでござるからなあ、と」
言っているそばから、廊下の向こうから騎士風の男が歩いてくる。こちらに気付き首を傾げこそするものの、特別不審がる様子もない。
「お疲れ様です」
「あ、はいお疲れ様です」
リリエラがびしっと挨拶をすると、相手も反射的に挨拶を返し、そしてそのまま廊下を歩き去っていく。
「本当にバレてないな」
「本職の人間がいるというのは重要なことでござるよ。
しかしリリエラ殿もなかなか堂に入ったもので」
そうは言うがリリエラは不服そうだった。
「衛兵の質が落ちてるだけだよ。
私だったら見覚えのない顔があったら即座に呼び止めるからね」
「やはり、ベリエルクガン侯爵が退去したせいでござるか」
ハッスル丸が偵察がてらベリエルクガン侯爵の屋敷を訪ねたのだが、荒れに荒れ果てていたらしい。
ルイベーヌ侯爵に預かった手紙が役に立たなくなってしまったのだ。それをリリエラに話すと、リリエラはため息をついた。
「ベリエルクガン侯爵かい。あの人が即座に逃げ出したってあたり、公都の状況が垣間見えるというか」
「どういう御仁で?」
「規模としては国内最大の貴族で、昔は日和見主義だったらしいけどね。
内乱でいろいろあってから責任感じたのか、公国の掌握を目指してた人さ。
愚王もいろいろあって内乱以降は政務はほぼ放り投げてたからね、この国を回してたのは実質的には侯爵だったのさ」
『ならばトメルギアのこの荒れようは?』
「内乱のころトメルギアを牛耳ってたのは愚王の太鼓持ちどもだったからね。侯爵はその排除と、王子の教育に力を注いでたのさ。
なんだけどそのせいで地方に目がいかなかった。
カーバイン攻めで落ち目になった家が傾いていくところに邪教とクソ王女がすり寄った結果がいまのトメルギアさ。
侯爵が愚王の勢力を排除したころには、邪教とつるんだ王女が一大勢力になっちまってた。
私も、出奔して地方や辺境を見て回らなきゃ気づかなかったがね」
「ゼフィルカイザー?」
『ちょっとまて……村の顔役がドンパチやって一番偉い奴が決まったと思ったら、不作に悩んでる家の弱みを握った村長の身内が同じくらい偉くなってた、いや、これで合ってるか?』
道中の世間話で済ませるには複雑な話題で、ゼフィルカイザーもぽんとたとえ話に落とし込めているか自信がない。
「まあそんな感じかね。
しかしそうなるとイルランド王子はどうなったのやら。たぶん侯爵が連れて行ったと思うんだけど」
「ところでリリエラ殿、常々疑問に思っていたのでござるが、死んだ王にはその王子とセルシア殿以外に子はおらんのでござるか?」
その言葉にリリエラが言いにくそうな顔をして答えた。
「なんていうかね。トメルギアの王家は代々子供が少ないんだよ。
先代、いや、愚王が死んだから二代前か。それに三代前も一人っ子だからね。
四代前の王には姉がいて、それがベリエルクガン侯爵家に嫁いでるけど、そこから前もほどんど一人っ子ばっかりのはずだよ。
愚王なんか妃以外にも侍女やら下女やらに手つけまくってたけど、こうして嬢ちゃんに目がつけられてるあたり他に子供はいなかったんだろうさ。いたら侯爵が押さえてるだろうしね。
子供が少ないのは邪神の呪いを帯びたせいだとか天竜王の生き血を浴びたせいだとかいろいろ言われてるね。
まあ、嬢ちゃんや坊主には悪いけど、こんなことはいつか起こるんじゃないかってトメルギアの諸侯はみんなどこかで思ってたはずさ」
(ファンタジー事情も積み重なると厄種でしかないなあ)
ゼフィルカイザーは正直、お家騒動ネタに胃もたれしていた。
剣と魔法とファンタジーに加えてロボットの世界だが、その性能でチート無双ができているわけではないし、ゆるいノリのファンタジーのようにのんびりとした冒険ができているわけでもない。
もっとも、ロボットアニメ基準で見ればこうした後継ぎ問題でモメると言った話はよくあることなのだが、自分が関わるとなると厄介ごと以外の何物でもない。
ゼフィルカイザーは知らんぷりもできるが、たとえばパトラネリゼあたりにとっては故郷に騒動が波及する可能性もあるわけで。
(俺はもっとこう、80年代後半から90年代くらいの子供向けのゆるいノリで冒険活劇ができると思っていたのに……!
舞台設定が違うだけでリアル路線じゃねえかよ)
そこに生きている人間にとっては現実なので仕方がないのだが。しかし、気づいてみれば随分と歩いているような。
階段も上がったものを一度降りてまた上がっている。
『騎士殿、本当にアテがついているのか?』
「あんたから聞いたような内装で高いところっていうと要人拘束用の尖塔だろうけどね。城内は侵入者対策で複雑な作りになってるんだよ。
正門から謁見の間までなら一直線なんだけどね――」
ぼやくリリエラが口を閉じるように指図する。
曲がり角からまた人がやってくる。再度やり過ごそうとして、城内だというのにペットを二匹連れた男が現れた。
首輪に繋がれたペットのうちオスのほうが引きつった声でメスに問いかけた。
「な、なあハクダ? 散歩に誘ってくれたのはありがたいんだがなんなのだこれは?」
「あら、ペットプレイですわよ? 何度もしたことがあるではないですか」
「いやいや、なんで俺もお前も繋がれているんだ?」
「あらあら、なんでも言うことを聞いてくれると言っていたではないですか」
「いやあれは言葉のあやで」
「まあまあ。たまには普段やらないことをやるのも気晴らしになりますわよ?
あら人が見ていますねえ、ほらそんなに恥ずかしがらずに」
そんなことを話す二匹に話しかけるリードを持った騎士風の男。
「は、ハクダ様。わたくしは繋ぐより繋がれる方が」
「あらあらあら。今宵の褒美が不満ですって? なら、もう褒美は上げませんわよ?」
「うぐぐぐぐ」
一行は放心していた。
四つん這いになっているのは黒い衣服を着た長身痩躯の男と、露出度高めの犬っぽい恰好をした女だ。
女のほうには見覚えがあり、男のほうはオレンジ色の髪をオールバックにしているあたり、パトラネリゼの報告にあった邪教の教主バイドロットだろう。
そしてそれを首輪に繋いでリードを引いている困惑顔の男は、ハクダの下僕の類だろう。
アウェルもハッスル丸もいいかげんパターンを覚えた。
「……なんだあれ」
「しっ、アウェル殿見てはいかんでござる。まだ早い――リリエラ殿?」
アウェルの目をふさぐハッスル丸、その二人を置いてプレイ中の三人に歩み寄っていくリリエラ。
ハッスル丸は背筋が凍った。今のリリエラからは全力のセルシアに匹敵する鬼気を感じられる。
「あら、なんですの? 女官がわたくしたちに何の用――げ」
「死ねよやあああああ!」
それから起こったことは一瞬だ。リリエラが音もなく腰の剣を抜いてハクダに斬りかかるも、ハクダは全力で飛びのいた。
四つん這いの体勢から飛びのく奇怪な動作はセルシアを髣髴とさせる。僅かに遅れて、ハクダのいた場所に白刃が突き立った。
「り、り、リリエラ・ハルマハット!? 化けて出ましたかこの嫁き遅れ!」
「お前が言えた台詞かこのド腐れビッチぃイイイイイ!」
リリエラは一閃ごとに必殺の気を込めて刃を振るが、ハクダはけったいな動作でそれを避けて回る。
「てめえのクソ兄貴が死んだんだってなあ!?
ぶっ殺してやるつもりだったがしょうがない、代わりにてめえが死ねえええええ!」
「ちょ、あなたどうしたんですのその言葉づかい!?
前はもっと箱入りっぽかったじゃないですか!」
「教えてやるから代わりに死ねえええええ!」
斬撃がリード線を断ち切り、自由になったハクダは残る二人を置いて全力疾走で逃げていく。
そしてそれを猛追していくリリエラ。
後に残されたのは目をふさがれた少年と塞ぐ鎧姿の男。そして首輪に繋がれた邪教の教主とそれをつないでいる男。そしてさらに通信機越しにその様子を聞いていただけのロボット。
ロボットは音声だけではあるがおよその状況を把握しており、先ほどとは亜空間の方向に気が重くなっていた。
いろんな意味で手に負いかねる。
(あの痴女どうしようもねえなおい。そしてあの喪女もどうしようもねえなおい)
取り残された鎧の男とリードを握った男は視線を交わし、
「……で、ではこれで」
「ああ。何も見なかったということで」
両者はお互い気まずそうに背を向け、その場を立ち去ろうとし――
「ではないだろう! 侵入者だぞ!」
がばりと立ち上がった邪教主がそれをとどめた。舌打ちしたハッスル丸は渋々向き直る。
「なんでござるかな。拙者はあの騎士殿が王女殿下をお尋ねだということで案内しておっただけでござるが」
「アレを訪ねてくる女などアレに恨みを抱いている人間しかいないだろうが。通す衛兵などおらん」
『なんつー嫌な信頼だ』
「で、ござるなあ」
ハッスル丸の言葉をあっさり看破するバイドロットに感嘆の声を漏らすハッスル丸とゼフィルカイザー。
仕方なし、とハッスル丸は一瞬で鎧を脱ぎ捨てる。
「さてでは改めて。シンフェギメルア教主バイドロット殿とお見受けするが」
「ほう、下郎の分際でよく知っているな。褒めてやろう」
「いやいや。拙者ごとき、貴殿の相手が務まるものか不安でござる――アウェル殿、逃げられよ。彼奴はマズい」
ハッスル丸が背後のアウェルにそう声をかける。その声にはいつもの冗談めかした雰囲気がない。
「あ、相手は二人だしなんとか」
「ならぬ。彼奴からは嫌な臭いがするでござる。
魔の森に住まうという妖人を何度か退治したことがあるでござるが、あれよりこやつのほうが濃い。
なにより、人とは思えぬ陰の気」
『アウェル、ここは退け。ハッスル丸がこう言うからには危険だ。
それに案内人がいない状況ではどうしようもない』
アウェルが今持っている通信機はリリエラが持っていたものだ。欲を言えば人数分用意したいところだったのだが、自己修復を優先していたために物質製造機を動かす余裕がなかったのだ。
おかげでリリエラがどこに行ったかも連絡を取る手段もない状況だ。
「なあに、拙者は拙者でどうにかするでござる。さ、行かれよ」
「……っ、悪い!」
廊下を真逆のほうへとかけていく。残るは対峙する邪教主と忍び、そして所在無さげに状況をうかがう騎士。
「ば、バイドロット殿、私はどうすれば?」
「侵入者だぞ、応援を呼んで来い。
ハクダなら放っておけ、ゴキブリよりしぶといからな」
「つくづく嫌な信頼で――」
二人の間に静寂が走った。それは僅か数秒のことであり、
「"邪炎"!」
「水剋火ァ!」
爆炎と濁流がぶつかり合った。




