003
『と、そういうわけなのだが。騎士殿はいまどちらに?』
真っ暗な夜道を街道を早足に歩くゼフィルカイザーは、歩かせるのをアウェルに任せある人物に連絡を取っていた。
リリエラ・ハルマハット。辺境でまみえたトメルギアの元騎士だ。実のところ昨夜の時点で連絡はしていたのだ。
公都が近い中でパーティに不和の気配を感じたゼフィルカイザーは、リリエラの助力を請えないかを尋ねていた。以前公都務めをしていたと言っていたから何かしらのことは知っているだろうと思ってのことだ。
すると意外なことに、あちらも公都に用があり今向かっている最中だという。
『私らは公都の一歩手前の峠にいるよ。あんたらの通ってくる道なら通りがかるはずさ。
しっかし、嬢ちゃんがねえ。確認するけど、襲ってきた連中はさっき言ったとおりでいいんだね?』
『ああ、知っているか?』
『クソ王女のことはよーく、ね。
ラギメッツとスレイドニアも知ってるよ。それぞれそこそこ名の通った家の機体さ。あとでどうにか回収しないとね。
乗っていた騎士は?』
『そう言えば確認していなかったな。ハッスル丸?』
後部座席に座るペンギンはその言葉に首を捻って唸る。
「コックピットのほうは見たのでござるがな……中に乗っていたのは騎士らしい格好の、干からびた死体だったでござる。
ああいった死体には見覚えがあるでござる。人を傀儡にする妖人、というのがうちの里に出たことがござってな。
それに操られたのがあのような様になっていたでござる」
やはり邪教の秘術的ななにかだったのだろうとゼフィルカイザーは思い、問題の二体について尋ねる。
『その、二体の黒い機体なのだが。
パティによれば一体は精霊機だということなのだが、トメルギアの精霊機は一体ではなかったのか?』
『正確には三体だね。リュー以外にも二体精霊機があって、ルイベーヌ以外の侯爵家が一機ずつ持ってる。
だけど、今はどの精霊機も稼働してないはずだよ。精霊機は駆るものを精霊機自身が選ぶからね。なにより、どちらも黒い機体ではないよ』
『その機体を操っていた邪教の司祭は、その機体を災霊機と呼んでいた。なにか心当たりは?』
『言葉自体にはないけどね。邪教の司祭が見たこともない魔法や魔道具を使うってのは以前言っただろう?
まさか精霊機みたいなもんを使ってくるとは思わなかったけどね』
このあたりの話については予想の範疇内だ。実際のところ災霊機なるものの正体もゼフィルカイザーは予想がついている。
(精霊機が精霊の力とかを使っているなら、おそらく闇の力とか悪霊的なものを使う機体なのだろうな。邪教らしいというか)
あの鉄火場では余裕がなかったが、こうして余裕があればその程度の想像をつかせるのはわけはない。
問題はその次だ。
『それではその、エグゼディと言っていた黒い魔動機については?』
『悪いけど、聞いたこともないね。黒い古式魔動機は何体か心当たりがあるけど、そんな名前の奴じゃないし。
第一、その機体はあんたより大きかったんだろう?』
『ああ、それが何か関係あるのか?』
その疑問にはアウェルが答えた。目をしかめながら、暗視モードのモニター越しに道を確認しつつ、
「あるぞ。でかい魔動機ってのは骨董魔動機がほとんどだからな」
『骨董? どういうことなのだ?』
「魔動機の身長が大体みんな同じなのは、あれくらいのサイズが馬力と必要魔力量のバランスが一番取れるからなんだよ。
小さいのは問題ないんだが、あれより大きくなるとその辺の釣り合いが取れなくなるんだ。
機体がでかくなると重量が増えるだろ? そうなると、自重を支えるために絶対必要なミュースリル量があるんだけどそれがかなり多くなっちまうんだよ。
それを魔法文明のころに試行錯誤した結果、今のサイズに落ち着いたらしいんだけどな。
中にはその試行錯誤の最中の、妙にでかい機体ってのがたまに見つかったりするんだとさ」
『だから骨董か』
「そ。大体は機道魔法が生まれる以前の機体で、内部フレームの技術も大したことがない。そのくせミュースリルは普通の機体の五割増しくらい使ってる。
だからそういう機体はバラして新物の材料にしちまうことがほとんどなんだ」
『そうなると、あの機体は』
「……骨董魔動機の中でも上物なんだろうが、動かしてる奴は、相当な化け物ってことになる。
おっちゃんが言うには、魔動機の背丈が一割増えるごとに稼働に必要な魔力は二割から三割増えるって話だったからな。
お前より頭一つもデカかったら倍近くになるはずだ」
なにより機体自体も尋常ではなかった。
大きい機体や重い機体が遅い、とはゼフィルカイザーは思っていない。その分高出力の動力やブースターを積むことで速度を増すことが可能だからだ。
だが、旋回性などはどうにもならない。慣性の法則は絶対だ。
だからこそスレイドニア相手に影鯱丸が引っ掻き回すという戦法が通じたわけだが、だというのにあの機体はゼフィルカイザーと同等かそれ以上の運動性を見せていた。
ということは、それを実現できるだけの駆動系、そしてそれを十全に動かせるエンジン、つまりは乗り手が操っているということになる。
アウェルの言うような脆弱なフレームや、燃費を浮かすために最低限のミュースリルしか使用していないということは考え難い。
その上、中身が疲労していたとはいえ影鯱丸を捉える操縦技能。
『そんな奴はトメルギアにいないよ。
名のある騎士は何人かいるがね、あんたらを一方的に倒せるような機体とそれを使いこなす騎士なんてのは聞いたことがない』
『騎士殿が出奔してから出てきた可能性は?』
『考えにくいね。一応、代理騎士の家系なんでトメルギアの魔動機や代表的な騎士家は全部網羅してるんだよ。
だけどあんたが言うような機体は思い当たらない。
なにより精霊機モドキの霊鎧装を斬り裂いたんだろう? 精霊機を一撃で両断できるほど質のいい魔剣はもうこの国には存在しないんだよ』
「その言い方だと、前はあったということでござるか?」
ハッスル丸の疑問にリリエラは僅かに言いよどむが、その回答をしてくれた。
『ナグラス卿が使っていたギルトール伯爵家の旗頭、エイラルノーシュが持っていた剣がそれさ。
だけど王家に刃向った者の機体ということで機体ごと鋳つぶされた。
その剣だって確か焔色の刀身だったからね。黒い剣ではないよ』
(正直予想はしていたが、完全にトメルギアとは別枠の奴らしいな。そして邪教ともおそらく別枠、と。ライバル枠か)
裏を取ったゼフィルカイザーはそのように納得した。
ロボットアニメにおける必須要因、ライバルキャラならびにライバルメカだ。
少なくともゼフィルカイザーはあのエグゼディという黒騎士に何かを感じていた。あのとき、止めを刺す直前あの機体はこちらを見ていた。
それにいかなる意図があるのかはわからないが。
(ひょっとすると俺のような超科学の産物で、あの黒い鎧は隠すための外装とか?)
ゼフィルカイザーが鎧を着こめばちょうどあれくらいの体格になる。
が、さすがにそれは盛り過ぎだろうと自分の想像を払いのけ、機体の調子のほうに目をやる。
赤かった部分は大半が黄色まで落ち着いたが、完全修復にはまだ時間がかかる。胸の傷は表はほぼ塞がり外目には元通りだが、中はまだズタズタだ。
こうして早足で歩くのも正直つらいが、時を置くのは得策ではない。見れば、リリエラの通信機との距離は5㎞を切っていた。
『もうしばし待ってほしい。あと少しで合流できそうだ』
暗視モードで映るその都は広大だった。カーバインですら比にならない巨大な都市。
しかしながら、空には星明りの一つもなく、通りのわずかな明かりを除いては暗闇に満たされていた。
都の西のほうは聞いた通りなら海なのだが、海水のきらめきの一つも見えない。そのせいで、奈落が口を空けているようにすら思える。
都の最奥にそびえる公宮も同じで、城壁にかがり火が見える以外はほとんどが闇に閉ざされている。
居住区らしき場所に至ってはそもそも人の息吹を感じられない、完全なゴーストタウンだ。
ゼフィルカイザーたちはビーコンの誘導に従ってリリエラたちと合流した。峠の裏手、公都から影になるあたりの開けた場所に、リリエラたちは陣取っていた。
見た限り人数はさほど変わっていないが、大きな変化があった。ガンベルが二体ともギルトマになっていた。
『騎士殿、まさか盗み出したのか』
「失礼な事言うんじゃないよ」
開口一番の毒舌を一言で流してくれたあたり、リリエラはやはり器があるのだろう。
膝をついたゼフィルカイザーから降りたアウェルとハッスル丸だが、地面に降りてすぐに膝をついてしまった。
ハッスル丸はどこが膝なのか正直わからないが。ごろつきの一人が心配そうに抱え起こす。
「おい、大丈夫か坊主?」
「ちょっと、疲れたっていうかさ」
どうにか立ち上がるが、顔色は良くない。
考えてみれば、今日一日はほとんど飲まず食わずなのだ。
「誰か、なんか温かいもの用意してやりな。
しかしすまないね、わざわざ」
『それはこちらの台詞だ。騎士殿はあれからどうしていたのだ?』
ゼフィルカイザーもどかりと腰をおろし、リリエラに尋ねる。
「幼馴染の女友達のところに厄介になっててね。
邪教が領地を荒らしてるっていうんで、その討伐を手伝ってたんだよ。あのギルトマもその報酬さ。
私らの使ってたガンベルは引き渡したからね、あれも潰してギルトマにするつもりだろうさ」
言われてみれば、ごろつきたちもいくらか見栄えのいい恰好をしている。リリエラも以前はボロボロになった軍服を着ていたが、今は似たような作りの、新品に近い服装だ。
割とぴっちりとした作りのせいで、リリエラのメリハリのついたボディラインが浮き出ている。
配下のごろつきたちはよく我慢できていると感心する。
『しかし、騎士殿は指名手配になっていたはずでは?』
当人曰く邪教徒を斬ったせいで国を追われることになったという話だったが、リリエラは苦笑いを返す。
「正直私がどうのっていう状況じゃないらしくてね。
ごく一部の領地を除くとどこもかしこも邪教やクソ王女の被害を受けてえらいことになってるらしくってさ」
『クソ王女とはあれか。客引きの娼婦のような格好の痴女か』
「あんたらも会ったんだったね、あのろくでなしに」
リリエラが顔を歪ませる。
元が名家の令嬢というだけあって、彼女は無頼を装ってはいるが根のところは礼節が通っている。
だが、このときはどうしようもないくらいに本人の憎悪がにじみ出ていた。
『……なにかあったのか、アレと』
「国を追われた件、あれがそもそも王女にハメられたせいだったんだよ」
そう言ったのはドロフと名乗っていたリリエラの副官だ。余計なことをいうなという風にリリエラが睨むが、当人はどこ吹く風だ。
「まあ、あの女はタチが悪くてね、夜会なんかでも評判は最悪だったよ。なんせ、よその騎士を誑かして引き抜いていくからね。
あいつに婚約者を寝取られた知り合いがどんだけいたか」
『ちょっと待て、騎士殿が国を出る前からあんなんだったのか』
「十代のころからあんなんだったわよ。
女同士って普通それなりにドロドロしたもんがあるわけだけどね、アレに近い世代のトメルギアの貴族の子女はアレ憎しでみんな仲が良かったわけよ」
女の世界は魔境であるというが、それが一致団結するほどのビッチとかどれだけアレなのかとゼフィルカイザーは改めて引いた。
「トメルギアには二人の魔女がいる。その一人があのクソ王女さ」
吐き捨てるように言うあたり、ただハメられたというだけではないらしい。だが、そこに突っ込む度胸はゼフィルカイザーにはなかった。
なので話を変える。
「しかし騎士殿も公都にいったい何の用が? その幼馴染の領地でも問題ごとが?」
「いや、わりかし悶着なくやってられたよ。うちの馬鹿どもも最近しつけに気合入れたらちょっとは大人しくなったからね。
ただまあ、嬢ちゃんと会ったからなのかね。私もちょっと心機一転というか、ケリを付けなきゃいけないことがあると思ってね」
「惚気と子供自慢でいたたまれなくなったくせに」
副官の一言に殺気をたぎらせるリリエラだが、すぐにそれが消沈し、そしてしゃがみこんでのの字を書きだす。
こういう方面で打たれ弱すぎだろうと思うが、本人の落ち込みっぷりが尋常でないので何も言えないゼフィルカイザーである。
「はぁ……旦那も知ってる奴だしさ。結婚式にも出たしさ。今でも仲がいいのは別に喜ばしいことなんだけどさ。
だけどこう、さあ。もう少し気遣ってくれてもいいっていうかさ。
それに子沢山でさ。貴族なんだからいいことなんだけど、どの子もかわいいけどさ。だけど子供自慢とか。
周りの近況聞いたら同年代で結婚してないの私だけだし。あと三か月で三十路……そもそも四捨五入したらとっくに……」
(き、気の毒すぎる……!)
久々に会った友達が子育ての愚痴をこぼす悲哀。男には理解できない領域である。
気のせいか、リリエラの周りに上空に漂っているのと同じ瘴気雲が見える気すらする。
「あー、隊長? ロボット殿が困ってみえますよ?」
「あんたが余計な事言うからだろうが……!」
立ち上がったリリエラはそう毒づいた後、顔をぴしゃりと叩いた。
「ん。まあ、それでさ。リューの奴を迎えに行こうと思ってね。
王家への忠義とかはもうどうでもいいけど、あいつを一人にしておくのは辛しさ」
『リュー、というのは』
「この国の公王機、紅蓮の精霊機フラムリューゲルさ。
精霊機は己の意志を持ってるんだけど、あいつは兄さんが殺されて以来、誰に使われるのも拒否してるらしくてね」
そこにはただ武器を取りに行くというのではない、対等なもの同士の友誼が感じられた。と同時、意志あるロボットがいるのだということに喜びを覚える。
そんなことを思っていると、通信アイコンが音を立てて点滅した。パトラネリゼに持たせたほうの通信機だ。
慌てて通信をオンにするゼフィルカイザー。すると、向こうからは切羽詰まった声が聞こえてきた。パトラネリゼの声だ。
『ぜ、ゼフさんですか!? よかった、私どうしたらいいのか……!』
『パティ!? どうした、何かあったのか!』
パトラネリゼがここまで動揺しているのは初めてのことだ。まさかセルシアに何かあったのか。
ここまで急いできたつもりだったが、時すでに遅かったというのか。
『そ、その、なんて言ったらいいのか。
あの、確認ですけどこの通信、ゼフさん以外には聞こえてませんよね!?』
『ああ。大丈夫だ。落ち着け、何があったのだ』
念のため確認、通信はゼフィルカイザー自身にしか聞こえていないし、今ゼフィルカイザーの話している声もパトラネリゼの通信機に向けてしか通じていない。通信機の向こうで深呼吸する音が聞こえる。
『そのですね、シア姉が、シア姉が……』
『セルシアが? 一体どうしたというのだ?』
命にかかわるような事態にでも陥ったのか。
或いはファンタジーのド定番、貞操に関わるような事態か。
どちらにせよマズい、そう思ったゼフィルカイザーが聞いた言葉は、想定したそれらの事態を上回るものだった。
『シア姉が、他人の名前を覚えました、一発で……!』
(なん……だと……!?)
ゼフィルカイザーの思考回路がショートした。




