005
『さあ行きなさい、下僕十二号、五十八号!
戦果を挙げればまた褒美を賜らせま――はんぎゃああああ!?』
一瞬で金ぴかの機体が達磨になった。ヴァイタルブレードからの連続射撃が両手足を根元から抉り飛ばしたのだ。
「うるさいのは潰した。次」
『くっ、よくも我が主を! 我が槍を受けるがいい!』
向かってきたのは細身の機体、ラギメッツだ。腰だめに構えた槍による刺突が見舞われる。だが、間合いが遠い。
槍の長さや機体の伸びを加味しても、到底届かないだろう距離だ。
しかし、ラギメッツが刺突を放ち、機体が伸びきった瞬間、衝撃がゼフィルカイザーを襲った。胸のあたりを強打されたような衝撃を受けて後ずさるゼフィルカイザー。
『かはっ……く、今のは一体!?』
言う間に第二撃。バランスを崩したゼフィルカイザーを今度こそ槍の一閃が襲う。
紙一重、体を捻って一撃を避けるが、槍の刃がわずかに脇腹を斬り抉った。
(痛えええええっ!? くっそ、十文字槍とかだったら今ので終わってたぞ!?)
だが、ゼフィルカイザーとアウェルは見た。その一閃の延長線上の地面が不可視の衝撃を受けて吹き飛んだのを、だ。
「機道魔法か」
『ぐっ……おそらくな。槍の威力を飛ばす能力か。
風の魔法か単純に衝撃を飛ばしているのかはわからんが』
脇の下でそのままになっているラギメッツの槍を左手で掴み止める。ゼフィルカイザーの馬力は並の魔動機を凌駕しているのだ。
ラギメッツが槍を引き戻そうとするがピクリともしない。
そのまま右手のヴァイタルブレードを振りかぶったところで、
『俺を忘れてもらっちゃ困るなあ』
スレイドニアが、その棍棒を振り下ろしてきた。同時、槍を手放したラギメッツがその場を退避する。
打撃そのものは遅い。棍棒ごと切り裂いてやろうとヴァイタルブレードを軌道修正し、そのまま迎撃の動きに入る。
だがヴァイタルブレードと棍棒が接触した瞬間、ゼフィルカイザーの全身を重圧が襲った。
『がああああっ!?』
「だ、大丈夫かゼフィルカイザー!?」
『く、いいから避けろ、まともに奴の攻撃を受けるな!』
もう片方の棍棒が振り下ろされるのを避けるゼフィルカイザー。棍棒が空振り地面にあたったその瞬間、半径10m近くにわたって地面が陥没した。
『あれも機道魔法か……! アウェル、なんともないか?』
「あ、ああ。お前は大丈夫なのか?」
『どうにか、な』
全身のあちこちがアラートを上げていたが、今は止んでいる。
人間で例えると滝に突っ込んだような上からの重圧を感じたが、威力そのものはそこまででもなかったらしい。
ラギメッツが事前に回避したことを思えば、おそらくは範囲攻撃の類か。
『おそらく打撃が当たった周囲に重圧を加える能力だ。くそ、あちらの方が面倒か』
目の前には槍を拾い上げるラギメッツとそれに並び立つスレイドニア。
『私も巻き込まれるところだったではないか』
『へえへえ。あんなもん食らうようなら役に立たねえだろうが』
状況はよろしくない。ゼフィルカイザーは諸々のパラメータを見る。
ヴァイタルブレードの弾丸は先ほどハクダ相手に余計に撃ったせいであと三発。高品質弾はまだストックがあるが、アレは非常用に残しておきたい。
ミサイルはギモアのときから変わらず、閃光弾と衝撃弾。どうするか。
『おーっほっほっほ! どうです、わたくしの新たな下僕は!
特に五十八号はあなたを血祭りにあげるためにたらしこんできた新入りの古式持ちでしてよ!』
『あの女、胴体と頭だけだってのに本当にうっとおしいな』
「あいつ人質にした方が早い気がしてきた」
『させん……!』
ラギメッツが疾駆し、槍を連続で繰り出してくる。ゼフィルカイザーはこれを大振りに避ける。そうせざるを得ない。
細かくかわせば余波を受けてしまうためだ。
そこに、後ろから近寄ってくるスレイドニア。大きく棍棒を振りかぶり、
『避け損ねても恨むなよー』
機道魔法を炸裂させようとした、その瞬間。スレイドニアがバランスを崩して盛大にすっ転んだ。
見れば、片足がいつの間にかできたぬかるみに突っ込んでいる。
『忍法雨上がりの肥溜め――すまぬ、待たせたでござる』
仰向けに転んだスレイドニアの胴体の上、影鯱丸が腕を組んで立っていた。
『こちらは拙者にお任せを。古式とやるのは久々にござるが――なに、これも修行よ』
『くっそ、なめんじゃねえ!』
影鯱丸がいた場所を棍棒が薙ぐが、すでにいない。起き上ったスレイドニアがあたりを見回すが、
『こっちでござるよこっち』
『んなっ!?』
今度は頭の上である。
(あのぶんならあっちは大丈夫だろ。遅い重量級と忍者とじゃ話にならん)
ゼフィルカイザーは問題なしと判断した。あのぶんなら対人戦闘も慣れているのだろう。
問題はこちらだ。あまりの猛攻にアウェルは攻めの手を打てていない。
加えて得物のリーチ差もある。ヴァイタルブレードでは斬撃が届かず、射撃を行うにも相手は速度を生かして距離を詰めてくるため狙いを付ける間がない。
ミサイルも同様で、衝撃弾をこの距離で当てれば自分も被害を受ける。閃光弾はハッスル丸としめし合わせができていない以上、あちらに被害が出かねない。
ヴァイタルブレード最大の欠点が、剣とレールガンを同時に使用できないということだ。砲身と刀身が一体なのだから当然と言えば当然だが。
変形の間と出力モードの切り替えで2秒近く確実に持っていかれるが、この状況で2秒は致命的だ。なにより、
『ちっ、その図体でよく避ける!』
『生憎とスペックだけは高くてな!』
こちらはじわじわと削られていっている。痛みとしては強い擦り傷程度なのだが、塵も積もればなんとやら。
修復はされていっているが、その分エネルギーを持っていかれている。おかげで攻撃に回すエネルギーがいまいち足りていない。
O-エンジンの大出力ならば、重力波で強引に倒すこともできるだろうが、
(戦ってるうちに少しは目の色が戻ってきたが、とてもそこまでテンションを上げれる状況じゃないな)
だから今ある手札で目の前の敵を倒さなければならない。
ラギメッツは本体に槍だけで多機能とは言い難い。動きはガンベルやギルトマとは比べ物にならないが、逆を言うとそれだけだ。
ベルエルグのように汎用性の高い能力を備えているわけでも、フラムフェーダーのように圧倒的な大火力を有しているわけでもない。
フラムフェーダーが最上位の魔動機という話だったので、それからすれば眼前の機体は古式でも並みの機体なのだろう。
(むしろデザインそのものは量産機くさいしな。魔法文明のころの量産型なのかもしれん)
鋼色の鎧も逆を言えば無塗装なわけである。獲物が槍一本というあたりは雑兵というか足軽のように感じられる。
だがそれにこれだけ押されているのは乗っている奴の腕がいいということなのだろう。
『ふふふ、いい槍捌きですわね。そいつを討ち取ったなら他の槍をわたくし相手にも振るわせて差し上げますわよ?
それともされる方が好みかしらね、あなたは。だって昨夜は』
『ちょっと黙ってていただきたい!』
『隙あり!』
油断したところをヴァイタルブレードが一閃。装甲の一部を抉るが、中のミュースリルには届かない。仕切り直しとばかりに間合いを置くラギメッツだが、腰を据えることなく体を左右に揺らしている。
『ち。レールガンを警戒しているな。あれが弾丸を飛ばすものだ、ということは認識しているらしい』
最初にハクダに見舞ったのでこちらの武器の性能を把握されたのだろう。自分の機体も遠距離攻撃を用いるため、同種の攻撃への対策はしているようだ。
「くっそ……!」
『覚えておけアウェル。戦場ではあまりやすやすと手札は切るな。
ここぞという時に切らなければ、それをしのいだ相手は必ずその対策をしてくるものだ』
「……わかった。そのついでに、一つ思いついたんだが」
そう言って、アウェルは己の考えを述べた。ゼフィルカイザーはその言葉を聞いて、
『やはりお前も成長しているのだな』
そう呟く。人だったら目をぱちくりとさせていただろう。だが、
『そのためには奴の一撃を凌ぐ必要があるぞ』
「余裕。セルシアに比べたら大したことない」
『ならば、行くか』
ヴァイタルブレードを斬撃の形に構えて駆け出すゼフィルカイザー。
ラギメッツは迎え撃つ姿勢から槍の衝撃を飛ばす。これをステップでかわすゼフィルカイザーだが、そのわずかな隙を狙い、本命の刺突。
恐らくこれが彼の必勝のパターンなのだろう。だがしかし。
「それは、さっき見た」
簡潔に言ってその槍を今度は避けきった。必殺技は出したら必ず仕留めるべき。でなければ必ず相手に対策されるものだ。
ロボット物において無敵の必殺技などというのはそうない。むしろ古い作品などでは必殺技が出ては対策され、そのたびに新たな必殺技を、が基本だ。処刑用BGMと共に敵を葬る必殺技も、ある程度番組が進むと必ず必殺技が通じない敵が出てくる。
だからこそこちらは安易にレールガンを使うべきではなかったし、一方でそれで一機確実に無力化したのはアウェルが戦闘馴れしてきた証左でもある。
そして相手はこちらに対する侮りがあった。あるいは褒美に対して目がくらんだのかもしれないが、どっちでもいい。
槍を避けたゼフィルカイザーはそのまま斬撃を放つが、間合いが足りない。それを見越してラギメッツは避けようともしない。
逆袈裟に繰り出された、音叉のように二股に分かれた剣を――結果、三度衝撃が機体を襲った。右足、胴体、左腕と、斬撃の線をなぞるように三か所、弾痕が抉れている。
(俺も毒されたもんだな)
剣は剣として、銃は銃として切り替えて使うべきもの。
ロボットゲームのやりすぎで、その切り替えが常識として染みついていたゼフィルカイザーには盲点だった。
ここはゲームのシステムに縛られてはいないのだ。
銃火器を剣のように振り回してもいいし、照準通りに引き金を引かなければならないということもない。
衝撃に姿勢が崩れたところに、既にブレードモードに変形したヴァイタルブレードを一閃、弾痕をなぞるようにラギメッツを引き裂いた。
『ぐああああっ!?』
機体が火花を噴いて倒れ込み、そのまま動かなくなった。胸部のコアのほのかな光が止んだあたり、機能が停止したらしい。
それを見届けて、深く息を吐くアウェル。こちらは済んだのでハッスル丸のほうを確認した。
ゼフィルカイザーが戦っている最中も轟音が鳴り響いていたが衝撃波がゼフィルカイザーに見舞われることはなかった。
恐らくこちらに被害が及ばないように誘導していたのだろう。
クレーターだらけになった場所のその真ん中で、スレイドニアが全身のいたるところから火花を散らしている。見れば肘や膝といった関節部が軒並み火花を噴いている。
その頭頂部には影鯱丸が刃を収める姿があった。恐らくその忍者刀で、装甲の隙間から関節を破壊したのだろうと推察する。
結果を見れば完勝と言っていい。アウェルもいくらか晴れやかな顔になっているし、このタイミングで攻めてくること自体は予見していたから驚くほどのこともない。
(ま、あの女が阿呆で助かったってことなのかね)
古式とはいえ以前に戦った相手ほどでもなかったのが幸いした。改めて、黄金のダルマへと向き直るゼフィルカイザー。
『ひっ……わ、わたくしに乱暴するつもりですわね! 美人画みたいに! 美人画みたいに!』
『貴様なんぞどうでもいいわ。で、この女どうする』
『流石に殺すのはまずいでござろう。
なに、禁術で四肢の自由を奪い人質にすれば話は早く済むでござる』
『お前が敵でなくてよかったと心底ほっとしてる』
生身の体だったらちょっとはそそられたのかもしれないが、と若干惜しくなるゼフィルカイザーだが、ここまで性根の腐った女だといろいろとどうでもいい。
なんにせよ最優先排除対象が進んで出てきてくれたのには助かった。
とりあえずコックピットをこじ開けて対象を確保しようとにじり寄った、その時。金色の残骸に黒いしみのような物が生まれた。
それはじわじわと這いずっていき、立体化して一つの像を結ぶ。
現われたのは黒いローブを纏った人影だ。一行が道中で何度か相手にした邪教シンフェギメルアの信徒と似た姿だが、ローブの意匠が幾分か異なっている。
ローブの影からは人の顔。だが裾から出た手は毛皮と鋭い爪を持つ獣のものだ。
「困っておいでのようですねえ、ハクダ王女」
『あ、あなたは。バイドロット様の』
「念のためついて行けと言われたのですが正解でした。全く、最初からわたくしにお命じ頂ければよいものを。
で、助力は必要ですかな?」
『必要に決まっているでしょう! わたくしを助けなさい!』
「ふむ。ですが何の対価もなく、というわけにはいきませんなあ。
そうですな。これが終わったら一晩、わたくしの犬になってもらいましょうか。
くくく、王女たるもののプライドを踏みにじる。その苦痛、シンフェギメルアもさぞお喜びになるでしょう」
手をわきわきとさせながら下卑た口調で告げる黒ローブの男。だがそれに即答する声。
『一晩犬プレイですわね!? わかりましたから早くなさい!』
「……えー。あの。シンフェギメルア教としては嫌がってもらわないと困るのですが。
あの、王女。あなたの一番嫌な事はなんですか?」
『他人の幸せですわ』
ゼフィルカイザーは思った。こいつ明確に人類の敵ではなかろうかと。後のことを含めてもここで血祭りに上げたほうがよくはなかろうかと。
『殺るでござるか?』
『お前はロボットの心を読むな。で、茶番は終わりか?』
ヴァイタルブレードを金色の残骸に突きつける。
邪教徒が謎のマジックアイテムを使ってくるのは確認済みだが、先日のゴーレムならおそらくなんとかなるだろう。
最悪、レールガンの最大出力で消し飛ばせばいいだけの話だ。
だが男は臆することなく懐から一枚のカードを取り出した。複雑な紋様が描かれた黒いカードを。
『――アウェル、奴を潰せ!』
「え、あ」
アウェルは即座に反応できない。
その意図を組んだハッスル丸が動いた。黒いローブの男へと影鯱丸が迫り、忍者刀を見舞おうとするが、その刃が黒いもやのようなものに阻まれた。刃はもやに僅かに斬り込むが、それ以上刃が進まない。
そのままもやがどんどん大きくなり、男を飲み込んでいく。もやの中から男の声が響いた。
『改めて名乗ろうか。我はシャーグル・ファーゼイ。バイドロット様よりシンフェギメルアの真なる力と司祭の位を賜った者。
その力をここに示してくれよう。現われよ、災霊機ジビルエル!』
黒いもやがゼフィルカイザーと同程度の大きさになり、それが凝縮してゆく。そしてそれが現れた。
光沢をもたない闇色の装甲。どこか生物的な印象を受ける意匠を持った巨躯。顔の部分に輝く五つ横並びの赤い目。
「な、なんなんだ、こいつ……!」
棒立ちのままのその機体、機械かどうかもわからないが、それにヴァイタルブレードを振るうアウェル。だが、ジビルエルは防御姿勢すら取らず、ヴァイタルブレードが首元に直撃した。だが、
『――なんだ、この手ごたえは!?』
まるで砂の塊を殴ったような、威力が根こそぎ吸収されたような感触。刃が纏う斥力場が空気を渦巻かせているが、ジビルエルは身じろぎもしない。
『不信心者め。邪神の力、とくと思い知るがよい』




