006
二人が入ると同時、操縦席のハッチが閉まる。促されるまま入った操縦席は、二人がまるで見たことのない様式の物だった。
二人とも戦闘用の魔動機を直接見たことは数度しかない。だが作業用の小型魔動機なら日常的に取り扱ってもいる。そしてアウェルの師匠、ひと月前に死んだセルシアの父は、基本的な構造はどの魔動機も変わらないと言っていた。それからすると、操縦席の構造は未知にもほどがあった。
ゼフィルカイザーがあおむけになっているためと、明かりが何ヶ所かについた赤い光だけなのでわかりにくいが、腰かけるためのものと思しき部分がある。アウェルがどうにかしてその部分に体を滑り込ませると、操縦席全体に光が灯った。同時に不思議なことが起こった。
【慣性制御機構を起動します】
ゼフィルカイザーの物とは異なる、人のものともドラゴンの者とも違う、なんの抑揚もない声。
それが響いたとたん、それまで背中を下と感じていたのが、急に足のほうが下に感じるようになった。同時に、
「おわっぷっ」
アウェルの頭の上にいたセルシアが、アウェル目がけて落ちてきた。ちょうど胸の部分がアウェルの顔面に突っ込み、
「ちょ、姉ちゃんどいてくれ! 畜生そんなに柔らかくねえ!」
「お前あとで練習台な」
「申し訳ございませんお姉様!」
どうにか体勢を整える二人。その様子を見て、
(あーこいつら今すぐ放り出したいなー)
こんなことを思うゼフィルカイザー。アウェルが席に着くと同時、視界の一部にコックピットの様子が映りこんだ。
この急場に何をやってやがるか、と毒づいていると、またアナウンスが流れる。
【アームドジェネレーターを確認】
【アームドジェネレーターの認証、ならびに操作方法のインプリンティングを行いますか?】
ロボットアニメやゲームを死ぬほどやってきた男は、その文章から大体のことを推察しきった。
アームドジェネレーターというのはおそらくパイロットのこと。細かい原理はわからないが、パイロットを武装出力炉などと呼んでいる以上、パイロットがいないとこの体の武装は使うことができないのだろう。
そして初めて乗ったものがすぐ動かせるよう、操作方法をダイレクトに伝えるシステムも搭載していると見える。
(構わん、やれ。早くしろ!)
機能に承認を出すと同時、アウェルの頭にバイザーのようなものが覆いかぶさる。何事か、と思ったアウェルの目の前に、様々な画像が一気に流れ込んできた。
時間にして5秒ほど。しかしその間に、アウェルの頭の中にはこの機体の基本的な操作方法が全て入っていた。なによりもアウェル自身が、そのことに驚きを隠せないでいる。
「すごい……本当に魔動機とはかなり違う。
だけど……これ、コントロールスフィアだよな」
座席の両側にある、丸いものに触れる。すると、操縦席内が一斉に明るくなる。
「ゼフィルカイザー」
『なんだ』
「虫のいい話だとは思うけどさ。オレに任せてくれ」
その言葉にはどこか確信のようなものがあった。座席の後ろの空間、先ほどまで引き留めていた彼の姉と思しき娘も、その言葉に何も言わない。
『……わかった。信じよう』
コックピット内のディスプレイに、一文が流れる。
【You have control】
白い機体が、ゆっくりと起き上った。
ドラゴンは再び立ち上がったそれに気づくと、今度こそトドメを刺そうと羽ばたいて飛び上がった。最初の不意打ちでも用いた高空からのパワーダイブだ。相手が手練れであれば避けられるやもしれないが、あの体たらくではかわせまい。
ドラゴンの全質量が乗った体当たり。それに対してゼフィルカイザーは来るなら来いとばかりに両手を掲げた。
「馬鹿が! 貴様の物わかりの悪さ、その機体ごと粉砕してくれる!」
真正面から突っ込む。不意打ちの時とは違う、ドラゴン自身にとっての最大威力。それが白い機体に直撃し、
「な――」
両の手で突進が受け止められる。その威力は殺しきれないのか、そのまま押され、両足が地面に溝を刻むが、じきにそれも止まる。それに、その場にいた者のうち一人を除いた全員が驚愕を隠せずにいる。
一体は当のドラゴン。いま一人はコックピットの座席に捕まり、様子をうかがうセルシア。そして、
(なんだ、何が起こったんだ!?)
ゼフィルカイザー本人である。コックピットのディスプレイにメッセージが流れると同時、ゼフィルカイザーの体の感覚が変質した。
それまで自由に動かせていた体がほとんど動かせない。視界が一段遠ざかり、先ほどの緑色のフィルターが視界を覆う。
一方で触覚というか、触るものを認識できてはいる。ゼフィルカイザーの体がゼフィルカイザー以外の者の意志によって動かされ、ドラゴンの体当たりを受け止め、いなし切った。それをしたのはコックピットに座る少年である。
この場でこの状況に一切の迷いもないただ一人が、思いのままにその機体を操りだす。
「おりゃああああああ!」
ドラゴンが力任せに投げ飛ばされる。余りのことに反応できなかったのか、ドラゴンは翼を広げる間もなく落着。
「信じらんねえ、なんだこの馬力。うちのディアハンター3号の比じゃない」
起き上ったドラゴンが見たのは、投げ飛ばした場所から動かず、悠長に体のあちこちを動かすゼフィルカイザーの姿。そのこちらなど眼中にないという態度に、ドラゴンの怒りは頂点を超えた。
だが、ゼフィルカイザー、否、それを操縦するアウェルは、殴りかかってきたドラゴンを容易くいなし足を払う。
「関節がちょっと硬いか? 思ったほど可動域広くないなあ」
転んだ体制のドラゴンが尾を打ち据えようとするもこれをバックステップでかわす。
『一体、アウェル、お前は一体何者なのだ……!?』
驚愕の声は、格闘を行っている、というか行わさせれている当の本人のものだ。それに答えたのは問われた本人でなく、その背後で様子を見守る娘のほうだった。
「こいつ、あたしの父さんに魔動機の動かし方みっちり教わってるからさ。村のなかでもアウェルより魔動機動かすのがうまい奴っていないし。
でもアウェル、あんた体大丈夫?」
『体、とは?』
「アウェルはそんなに魔力があるほうじゃないのよ。作業用ならともかく、こんなでかい機体動かしてたら――ていうか、そもそも動かせるはずがないんだけど」
「大丈夫だ姉ちゃん。魔力持っていかれてる感覚はないし、こいつ本当に魔動機じゃないっぽいわ」
座席両肘の先端に設置された、アウェルがコントロールスフィアと呼んだ部分。そこに手を置き、機体を自在に操りながら、アウェルはセルシアにそう返す。
(どうやらこいつ、ロボットを動かす才能はあるようだな。一種のニュー……いやいや、戦闘適正だけでそう断じてはいかん。しかし、しかし、だ)
『すまないアウェル、動きをもう少しソフトに頼めないだろうか』
「へ?」
『いや、起動直後だからなのだろうか。関節が軋みを上げていてな』
(てえか関節もあっちこっちの筋? もめっちゃ痛い!)
体の操作権はアウェルにあるが、機体の体としての感覚はゼフィルカイザー自身にあるままだ。そのため、アウェルの操作についていけていない部分からのフィードバックが痛覚として伝わってきているのだ。
(というか、なんでしっかり痛覚まであるんだよ!
そしてあれだ、体の感覚が生身のときとあんまり変わらない! ロボットに転生ってこういう意味か!?)
手が思ったとおりに、まるで生身のときと変わらないように滑らかな動作で動いた。一方で手首がぐるぐる回転はしなかった。
自分の意識的な問題なのか、ボディがもともとそういう風に設計されているのかは知らないが、あまり無理な駆動をされては身が持たない。
「そりゃすまない。で、ゼフィルカイザー。オレのほうからもちょっと頼みがあるんだけど」
そう謝りつつ、アウェルもゼフィルカイザーに頼みかける。
「なんか武器ない?」
その口調には若干の焦りが混じっていた。
ドラゴンはまたも起き上がって襲いかかってくる。
両腕を走らせてくるのを、ゼフィルカイザーも両腕で受け止めて組み合う。だが、ドラゴン側のほうが体格が大きく、質量もあるのか、じりじりと押しこまれていく。
「どうにも頑丈すぎてまともにダメージが入ってない……! このままじゃジリ貧だ!」
座席の後ろからかちりと鍔鳴りの音。
「セルシア、座ってて」
『手持ち式の武器があるはずだが……いったいどこに』
言うやいなや、ゼフィルカイザーの視界に矢印つきのビーコンが現れた。首だけを向けたその先には最初の滑空突撃でついでになぎ倒されたコンテナと、そこから転がり出たらしい武器らしき物体。
両刃の剣のようであり、肉厚の銃身を持つ火砲にも見えるなんとも不思議な代物。
『あった! あのコンテナのあたりに――ぐああああああっ!』
指示を飛ばそうとした矢先、組み合った姿勢のままドラゴンが火炎を浴びせてくる。先ほどよりも至近距離な分、ダメージは大きい。
「大丈夫かゼフィルカイザー!」
(ぐっ、この状況を何とかするには……待てよ、さっきはパイロットがいないからロックされてた、今なら!)
意識だけで視界に浮かぶインターフェースを操作、目当てのものを見つけ、使用条件を設定。同時、ゼフィルカイザーの両足のふくらはぎに走っていた4本のスリット、そのうちの一本の前側に穴が開き、円筒形の物体が射出された。射出された物体、ミサイルはドラゴンをすり抜けて飛んでいき、
「おい、なんだか知らないけど外れたっぽいぞ!?」
アウェルのそんな言葉に刃向うかのように弧を描き、ドラゴンの背中に着弾、爆発によって片翼を付け根から抉り飛ばす。
たまらず火を止めのけ反った隙に、ゼフィルカイザーはコンテナに走り寄り、目的の武器を手にする。
【認識 種別:重力式ブレードレールガン】
流れたシステムメッセージを早目で見送る。刃渡りは4m超、先端が尖っていない、板切れのような形状をした両刃剣だ。
持ち手の部分には刃に沿った柄と、根元に複雑な機構を備えた銃把をともに備えている。読んで字のごとく、刃のついたレールガンだろうとゼフィルカイザーはあたりを付け、アウェルの操作するとおりそれを構えた。
「おのれ下等生物があああ!」
そこからは一方的と言う他になかった。突き出した腕を切り落とされ、振り上げた尾も切り落とされ、炎を吐こうとした顎を空いていた左手が捕まえ、
(こうか!?)
その手から迸った閃光が、ドラゴンの首から上を消し飛ばした。鎧袖一触とはまさにこのことである。
(なるほどな。掌にビーム兵器が積まれているわけだ。で、近接攻撃よし、射撃してもよし、と。中の二人はどうだ?)
意識すると、視界の四分の一にコックピット内の映像が流れてくる。
映った画像の中では、セルシアが呆然とした顔を浮かべていた。さも目の前のことが信じれない、といった様子だ。
一方のアウェルは緊張が解けたのか、肩で息をしながら呼吸を整えている。
『私が未熟なばかりにすまない。だが助かった』
「いや、助かったのはあたしらのほうもだけど……最後の、なに?」
『必殺武器のようだ。最初から使えていればよかったが手間取った。重ねて済まない』
――気力制限なんてつけるんじゃなかった、マジで!
シチュエーションにまでこだわった男はこの期に及んで後悔した。
だが、今の戦闘に呼び寄せられたのか。後悔に暮れる暇もなく、羽ばたきの連なりが空を覆った。