002
「内乱の影響って確かにあちこちに残ってるんですね」
「おっちゃんが全部追い払ってたんだろ?」
「ということは追い払われた側があるわけで。
国土の最南端の領地を攻めるため戦力を移動させる、ということは地元の戦力が無くなり移動の最中に糧秣を買いあさることになるのでござるよ。
ちらほらと聞けた話から統合すると、そのあたりで他の土地の者に対する不信感、というのが染みついておるようで」
「……どういうことなんだ?」
『あとで簡単に説明してやるから、な?』
「うちの町なんかでも昔トメルギアに住んでたって人が結構いたんですけど。
確かに無茶な買いあさりで冬を越せなくなってこっちに来たって言ってた人はいましたね」
「近隣にあった村が内乱のせいで無くなった、というのも聞いたでござるしな。
まして十年以上前の話だというのに人心が癒されておらぬのは、確かに為政者の質が問われても仕方なし」
「……ええと?」
『お前ら、もう少しわかりやすい話をしてやれ』
一行がいるのは町の中の食堂だ。人で賑わっており、一行も特別奇異の目で見られてはいない。
ごく普通のことだが、トメルギアに入ってからは初めてのことだ。
トメルギアに入ってから交通は良くなったので、旅路そのものは快適になった。だが、一方でどうにもやり辛いことが多い。
というのも、住民の対応がどこかよそよそしいのだ。
カーバインを出てから最初についた町はまだよかったが、その次あたりから住民の余所者に対する対応が明らかに刺々しくなった。
『辺境は人情味があったことだなあ』
「ま、人同士が助け合わぬとやっていけぬのが開拓地の必然ゆえ。
とはいえ排他的になることも往々にしてあることを考えれば、この大陸の辺境は心が豊かであったと言えるでござるな」
セーフルーム内でモニター越しにそんな会話をするゼフィルカイザー。
トメルギアは暴政や邪教によって荒れている、という話を聞いていたのでどれほどかと思ってはいたが、当初はそんなことはないように感じられた。
だが、人々の刺々しさが明らかにそうでないということを告げている。実際、一行は行く先々で不審な目で見られた。
ゼフィルカイザーが町のそばに隠れているのもそのためで、余計な不信感を駆り立てないためだ。
それからすればこの町は人々の表情も明るく、雰囲気もどこか晴れ晴れとしている。
こうしてほっとできるのはカーバインの手前の町、ジャベを出て以来だ。おかげで一行も気を緩めていられる。
「んー、この料理もなかなか。いやー、生で食ってた自分が情けないわ」
一人会話に加わっていなかったセルシアはのんびりと料理に舌鼓を打っている。
どうやら川魚を焼いたものらしい。丸焼きになった川魚にクリーム状のソースがかかっている。
この蛮族のことだから手づかみで行くのかと思いきや、意外と器用にナイフやフォークを使って食べているではないか。
魚も骨がきれいに残ったまま分解されていく。
『意外だな。食事マナーはしっかりしているのか?』
「あれはそういうんじゃないって。
ほら、一級の捕食者は効率的な食事の仕方を本能で知ってるんだよ」
アウェルの指摘が恐ろしい。この少年は姉貴分をなんだと思っているのか。
言っているうちに身と付け合せを間食したセルシアは残った魚の骨を一口で飲み込み、もしゃもしゃと口を動かしてから咀嚼する。そして飲み込むと、次の料理に手を付ける。
今度は肉だ。ゼフィルカイザーの目では鳥ではなく獣というくらいしかわからないが、湯気を立てる肉の上にソースがかかっている。
今度はフォークで一突きにした肉をまたも一口である。
「まぐまぐ……ごくり。んー、味付けはいいんだけど、肉の味に関して言えば自分で獲った肉のがうまいわね。
あれよ、ちんまいののとこで出たでかいの、アレの肉が今のとこ一番美味かったわ」
当人的には何気ない一言だったのだろう。だが、その一言に食って掛かる声があった。
「聞き捨てならんな娘!
我が領地の賜物が余所のものに劣るだと!?」
騒がしい食堂にそんな声が響いた。何事かと思い店内を見回すセルシアたちだが、声はすれども姿は見えず。
「ええい、ここだここ!」
「ん?」
視線を下げて見れば、テーブルと同じくらいの高さの背丈をした子供がいた。
外見を一言で言えば犬人間である。毛並みがよくやたらともふもふとしており、来ている服からしておそらく少年だろう。
服は一目見ただけでもしっかりとした作りであることがわかり、その身なりからそれなりの身分の子供であろうことがうかがえる。
「あらかわいい。ほーれもふもふ」
「ああ、喉は、喉は……っ」
即座に手を出すパトラネリゼと、身もだえする犬の少年。ゼフィルカイザーはこういう物怖じしない性格には結構感心していた。
まあ、そうでなければ蛮族や忍者と旅などできまいが。
犬の少年は正気に戻ったのか、パトラネリゼの手を振り払って改めて向き直る。
「ええい、無礼な。
我を誰と心得る、このギモア男爵領領主が嫡男、アノペドフ・ギモアなるぞ!」
「へー」
「ふーん」
「あ、パンおかわりで」
「拙者は魚料理を」
(このフリーダム集団が……!)
いつも通り頭を抱えるゼフィルカイザーだ。彼はこう思っていたのだ。
(ついに来てしまった、貴族のドラ息子が……!)
この後の展開は容易く読める。
1・美女なのでセルシアを要求する。年齢的に近いパトラネリゼかもしれない。
2・素晴らしい作りのロボットであるゼフィルカイザーを献上するよう要求してくる。
このどちらかだ。貴族の息子なんてものがロボットアニメに出てきたときには大概この手の展開が待っているのだ。
世の中探せばまともな貴族もいるのはゼフィルカイザーも知っているが、この国の頭が腐り落ちており、後釜が劇毒を滴らせているのを既に知っている身としてはまるで信用がならない。
案の定、一行の反応に癇癪を起すアノペドフ。
「無視するな貴様ら! ええい、装いからして旅の者だな!
誰か、店の者は誰かある!」
ぱんぱん、と手をたたくと女将らしい女性が出てきた。
輪郭は人なのだが耳が牛っぽく、体つきも豊満である。
「あら坊ちゃん。どうかなさったんですか」
「なに、この旅の者が我が領地の実りを侮辱したのだ。我が領地で獲れたビーフトンがそこらの肉に劣るなどと!」
(牛なのか豚なのかなんなのその生き物!?)
だが、その言葉にパトラネリゼが大きく驚いた。
「これがかのビーフトンなんですか、畑の肉と言われる?
初めて食べましたよ私!」
「これ畑から獲れるの? 肉の味しかしなかったんだけど。
はー、そう言われると凄く思えてくる」
(えっ……えっ?)
ゼフィルカイザーの演算回路は完全にオーバーヒートしていた。
彼はこの世界の常識を少しは理解したつもりでいたが、どうやら世界はまだまだ彼の想像の上を行くようだ。
「ふふふ、我が領地の三大名産の一つなのだ。
だがいかなる肉なのだ、我がビーフトンに勝るというのは」
「ファングボアです。推定十年物の」
「…………た、大したことはないな! ないよな!?」
「いや坊ちゃん、ビーフトンじゃファングボアには流石に勝てませんって」
「ぐぬぬ……かくなる上は、アレだ! アレを持てい!」
「アレですか、高いですよ?」
「支払いは我が持つ! このまま余所にやってはギモア男爵家の名が廃るわ!」
肩を竦めた女将が厨房に引っ込んでいく。
しかしながら、この騒動に周囲は別段騒ぐ様子もない。どころかほほえましい目で少年を見ている。
一体どういうことなのかと考えつつも、それ以上に気になって仕方がないことがあった。
『パティよ。ビーフトンとはなんなのだ』
「畑の肉、と呼ばれる超高カロリー高タンパク作物です。
ただそれ故に下手な育て方をすると土地が枯れるとまで言われまして。さらに本当に肉のような味や触感にするには血のにじむような管理が必要と言われています。
魔法文明のころの文献に曰く、最上等のビーフトン"コゥヴェ・アグゥ"はいかなる肉にも勝る味として珍重されたとか」
「む、喋るペンダントとはけったいな。そなた、それはどこで手に入れたのだ」
耳ざとく会話を聞きとめたアノペドフがパトラネリゼに迫る。
今回通信機を持っているのはパトラネリゼだ。もっとも今回に限らず、カーバイン以降はパトラネリゼが持っていることが多い。
アウェルは割と大人しめで積極的に前に出る性質ではないし、ハッスル丸は相手に警戒される。
必然、人との折衝にあたるのはパトラネリゼになりがちなこともあり、パトラネリゼが持っていた方がゼフィルカイザーとしても安心できるのだ。
言うまでもないが最後の一名は論外である。
「いえいえ、これはちょっとした魔法のアイテムでして。
私が試作したものなんですが御覧の通りポンコツで要らんことを逐一聞いてくるんですよ」
『貴様、誰がポンコツだ……!』
「自律しているのかこれは? そなたすごいな!
む、その杖……よもや賢者殿か?」
「へ、杖? ああ、これですか?」
パトラネリゼが普段持ち歩いている、彼女の師から手渡された杖だ。音からして木製なのだろうが、よほど頑丈なのかこれまでの旅でも傷らしい傷はついていない。
とはいえ今までの旅でも特に触れられることはなかったものだ。
パトラネリゼもたまには持ち出すが、最近はゼフィルカイザーのコックピットに放り込みっぱなしになっている。
「賢学院の紋章が入っておるではないか。
しかし港は閉じておるし……む、そう言えば辺境の果てに賢者の知恵によって潤う町があると聞く。よもやそこに縁のある者か?」
「え、ええ……賢者エンホーが弟子、パトラネリゼです。
あの、失礼ですがどちら様で……?」
「先ほど名乗ったではないか、男爵家嫡男、アノペドフ・ギモアであると」
「いやいやいや。貴族のボンボンって言ったらもっと横柄で威張り散らして周りの顰蹙を買うような……」
「そなた貴族をなんだと思っておるのだ。我らは領民のために尽くす立場であるぞ、かような真似が許されるか」
渋い顔を通信機に剥けるパトラネリゼ。ありえん、という顔である。
ゼフィルカイザーも正直そんな気分だ。あんな王女なので末端まで腐っていると思ったらまともすぎる。
「あーはいはい。坊ちゃんもその辺で。ご注文の品が出来上がりましたよ」
会話に割り込んできたのは女将だ。一抱え近くある大皿をテーブルの上にどんと置く。
その上に乗っていたのはよくローストされた鳥が丸一羽。
皮がパリッときつね色に焼け、脂の焦げるにおいが画面越しにも伝わってきそうだ。
(ぐっ、久々のメシテロか……! ああくそ、おろしポン酢が欲しい……!)
その肉のたたずまいにただならぬものを感じたのか、セルシアの目つきが変わる。
格下を貪るのではなく、対等の敵を狩る目だ。
す、と自然な動作でナイフが構えられる――と、その先端が消えた。
人の動体視力では到底追えない動きでナイフが肉を切り裂く。その動作を確実に認識できたのはハッスル丸だけだった。
僅か数瞬、銀色の光が丸鳥の周りを飛び交った。
傍目にはそう見えただけだろう。しかしセルシアの手が止まるとその直後、鳥がバラバラに切り裂かれた。
無造作に切り裂いたのではない、部位ごとに、丁寧に切り分けられている。
そこに、おもむろにフォークが差しのべられる。その光景はおごそかですらあり、余人が口をはさむ余地などない。
セルシアがフォークを突き立てたのは、もも肉だ。肉汁がしたたり落ち、ほんのりと赤みを残した焼き加減は絶妙と言っていい。
その肉に桜色の唇が触れ、白磁のような歯が肉と皮を噛み裂いた。途端、電流のようなものがセルシアを貫いた。
「――これは、なんていう……」
ゆっくりと咀嚼されていく肉。その光景は普段のセルシアからは思いもよらないものだ。
ごくり、と肉が嚥下される。食べる、という行為の一工程が終了したのだ。
そうして訪れた静寂の中、つ、とセルシアの頬を涙が伝った。
「……セルシア?」
「うまい」
「へ?」
「うまい。ごっつ美味い。今まで食った肉の中で一番美味い」
泣きながらがつがつと肉をむさぼっていくセルシア。
アウェルとパトラネリゼもおっかなびっくりと切り分けられた肉をつまみ――同様に滝のような涙を流し始めた。
「くそ、美味い、ほかに言いようがない……!」
「なんちゅうもんを、なんちゅうもんを食わせてくれたんですか……!」
三人の様子を見て満足そうな表情のアノペドフが、大仰に言い放つ。
「くっくっく、どうだ! これぞ我がギモア男爵領が甦らせた六面鳥よ!」
「六面鳥……!? 魔法文明における三大地鶏、ゼクスヘッド・ターキーですか?
まさか現代の世に生き残っていたなんて……!」
(あ、これ頭が六つある鳥だな。気配でわかる)
流石に慣れてきたゼフィルカイザーは何となく勘で察した。
余談ではあるが、後で現物をみたらその通りの怪生物だった。シメるときは六頭を一刀で刎ねるのがコツだとか。
「この地に入植した我が祖先が野生化したものを見つけ、代々増やしてきたのだ。くくく、美味かろう……!」
そんななか、例によってどこを見ているか分からない目つきでたたずむ男が一人。鳥を食いながらも微妙なオーラを醸し出している。
『どうしたのだハッスル丸』
「……美味いんでござるが。拙者、鳥なんでござるよな?
これって共食いに当たらんでござろうか」
『鳥食う烏だっているだろう、気にするな』
ペンギンが魚以外を食っていることに関しては今更であった。




