004
練兵場に簡単な椅子が置かれ、そこに腰かけて質問が行われた。
侯爵が切り出したのはセルシアの素性についてだ。会った相手がメググトだったということもセルシアにとっては幸いだった。道中の会話でメググトが聞き取ったことをそのまま説明し、侯爵はそれを頷きながら聞いていた。
「メググト卿、実際どう思う」
「ナグラスの縁者だ、ってことは確かだと思います。あいつが自分の剣を手放すわけがないので。
ただ、母親については……」
「なるほど。セルシア、と言ったな。なぜこの町に来た?」
「母親のことについて知りたかったからよ。父さんは、あたしに母親のようになるなって言って死んだ。
そしたら、旅の道中で出会ったオバハンが父さんの素性やらなんやら教えてくれたんでね。一応来てみたのよ」
「その女性は何者なのだ?」
「リリエラ・ハルマハットさんですよ」
パトラネリゼが代わりに答える。セルシアが覚えているわけがないからだ。その名を聞いて、侯爵が目をひそめた。
「待て。リリエラとは、ガリカントの妹か?」
「あ……指名手配されてたんでしたっけ。
いえね? 道中でちらっと会っただけですよ?」
慌ててパトラネリゼが誤魔化そうとするが、侯爵は手を振ってそれを止める。
「なに、気にするな。私もガリカントには引け目があってな、奴の妹をどうこうする気などない。あの娘は今どうしているのだ?」
「なんと言いますか、あー……ごろつきを率いて辺境を転々としています」
「……まさか盗賊にでも身をやつしているのか?」
「いえそういうわけではないんですけどね?
なんというか、まあ、苦労してらっしゃいます」
他に答えようがないといった表情でパトラネリゼは締めくくった。侯爵は何とも微妙な表情になりつつ、
「まあ、生きているなら良しとしておこう、うん」
自分でなんとか納得していた。すると、それまで難しい顔でうなっていたメググトが手を挙げた。
「どうしたか、メググト卿」
「いえ、その嬢ちゃんの母親なんですがね。
ナギーは嬢ちゃんに母親のようになるな、つったんだな? 確かに?」
「ええそうよ。他には何にも。独り言だけ言って、それで死んじゃった」
「……やっぱり、母親は姫じゃないかと思います。ナギーがそんな風に言う女が他にいるとは思えないんで」
「ヘレンカ姫は側室入りしてそう経たずに身ごもり、だがその子は死産になったと聞く。その子が、ということか?」
そう言ってうつむく侯爵。首を傾げたアウェルが、メググトに尋ねる。
「おっちゃんってそのお姫様のことが好きだったのか? それならそんな風に言わないと思うんだけど」
「あの二人の関係はちょっと言葉にしがたいというかなあ。まあ正直、姫はうちの領内じゃはっきり言って嫌われててな。
なんせ内乱の直接の原因だし、それ以上に本人が自分以外意に介さない人間だったからな。
だが、姫のことを一番嫌ってた人間はまちがいなくナギーだ」
「それっておかしくない? なんで一番嫌ってた人間の娘をこうして育ててたのよ」
「だからあの二人は複雑なんだっての」
「なんだか難しい話なんだが、お前なら分かるか、ゼフィルカイザー」
『頼むから私に話を振るな。この問題は私の能力を超えている……!』
ロボット狂いが過ぎて女にほとんど興味を示さなかったゼフィルカイザーだ。
性欲は溜まるし対象は人間の女なのだが、男の性か、ひとたびはなってしまえばそれまでなのだ。その上ゼフィルカイザーの滾りは大概ロボット絡みの何かに向けられていた。
結論から言えば、彼には色恋の経験なぞ皆無だった。ロボットアニメにも当然恋愛要素は仕込まれているが、それがメインの題材ではない。
いや、中には男女関係がこじれた挙句世界の危機な作品も多数あるし、三角関係がシリーズのお約束になっている作品もあるが、ゼフィルカイザーは大体ロボットが本体と思ってロボットアニメを見ていた。
ましてこんなややこしい恋愛劇|(そもそもこれが恋愛の話かどうかも区別がついていない)にどうこう言える身分ではなかった。
「こうなると、本人に問い正すしかないか」
「本人って父さんもう死んでるけど。あたしらで埋めたし」
「そうじゃなくて母親のほう、ヘレンカ姫、今はヘレンカ妃か? そっちだよ」
「……生きてるの?」
考えてみれば、故人だとはリリエラも言っていなかった。
「公都でピンピンしてるはずだぞ。ですよね侯爵」
「参内するたびになるべく顔は見ていくからな。前に会ったのは一年前になるが、町の酒場で博打に興じていたぞ。
負けが込んだので胴元を殴って踏み倒していた」
「変わってねえなあ……どうか帰ってきませんように、どうか帰ってきませんように」
北西の方角を向いて手を擦り合わせるメググト。その様子が必死すぎてとても笑えない。
「それで、この話を聞いてあんた、どうするの?」
セルシアが改めて切り出す。眼前の相手が単なる興味本位で自分たちを抑えにかかったとはセルシアも思っていない。
「……これから先は、難しい話になるが。実はな」
侯爵が己の本件を語りだそうとしたその時。練兵場の扉が勢いよく開かれた。
「そこまでですわよ! 観念しなさい奸物!」
入ってきたのは女だった。後ろには二人、一行が見覚えのある者を連れている。さきほどセルシアが倒した二人の騎士だ。
いかなる目に遭ったのか、二人とも頭だけがずぶ濡れの状態である。どちらも殺気をたぎらせた目で一行を睨み付けている。
「わたくしの話を聞くやこの町で手勢もろともわたくしを葬ろうとするとは。
それにヘレンカ妃の娘と既に通じていたとは、これは明確な反逆行為ですわよ、侯爵」
白い生地のところどころに華やかな模様が赤で染め抜かれ、金糸で縁がとられたその衣服は見ただけで最上等の代物だとわかる。
形状は裾の長い貫頭衣、シルエットだけを見ればチャイナドレスに近いものだが、まっとうな服かと言われると微妙だ。
胸元を筆頭にヘソ回り、両横腹、背中とあちこちが菱形に切り取られており、そこから素肌が覗いている。そう、女はこの一枚を肌に直で着ていた。
チャイナドレスを髣髴とさせるスリットは、腰どころか脇まで達しており、前後をつなぎ合わせる黒紐の交差がむっちりとした肉と艶めかしい肌をより際立たせている。
スリットからパンツの止め紐らしきものが丸見えになっている一方、ブラ紐は見当たらない。それ以前にぴっちりと肌に張り付いた衣服の、双丘の先端。そこが、ノーブラを誇示するかのように起立していた。
(いや、ちょっとこれはエロすぎないか? 午後18時枠には出せんだろこんな奴)
ゼフィルカイザーから見てもそう思える。
肌色面積で言えばセルシアも負けていないのだが、スポーツ下着と勝負下着が別物であるのと同じように、セルシアとこのエロい女の露出度は全くの別物だ。
目の毒と言わんばかりにメググトは目をそらし、アウェルもうつむきながらチラ見して、気づいたセルシアがその頭をはたいている。アウェルがセルシア以外の女にも興味を示したのは喜ぶべきなのかどうか。
パトラネリゼはパトラネリゼでジト目でその容姿を観察していた。いや、どちらかというとその目つきは鑑定のそれに近い。
「さて、申し開きはありますか、侯爵」
「むしろこちらが問いたいところですが。私はヘレンカ妃に似た娘が町中に出た、という話を聞き、その素性を問うために連行した次第。それを叛逆などと、言いがかりも甚だしい」
「それでは私の手勢が橋の真ん中で逆さ吊りにされていたのはどういうことで? 聞けば、二人ともその娘にやられてその先は覚えていない、ということですが」
(ハッスル丸なにやってんの……!)
ゼフィルカイザーは全力で頭を抱えた。と同時に、この前後の会話で状況を何となく把握した。問題が明らかに政治的な方向に滑り込んでいる。余計に頭が痛い。
「なにこの女」
「ちょっと、いけませんよシア姉!
たぶん娼婦の人です、あれはお仕事の格好でしょうから指を指したりしちゃいけませんって」
「誰が娼婦ですって!? このトメルギア王女ハクダ・エメル・トメルギアに向かってなんて失礼な!」
激昂して怒鳴る女。そのいきりたちように、豊かな金色の髪と豊満な胸が激しく揺れる。またしても顔を赤らめるアウェル。ゼフィルカイザーも、もし生身の肉体であったら前かがみになっていただろう。
(……というか、俺のマイサンってどうなってるんだ!?)
そして、本来男なら真っ先に気にすべきことに今更気づいた。機体の股間部にはキャノンもブレードも仕込まれていない。それ故だろうか、セーフルーム内でも股間には砲塔やそれに併設されたツインジェネレーターの感覚はなかった。
戸惑うゼフィルカイザーだったが、そんなことは関係なく状況は進んでいた。
「え? 王女? そんな人がわざわざそんな格好を?
あの、ひょっとしてその格好、ファッションでやってるんですか?」
「ええ。公都の職人よりすぐりに織らせた一品ですわよ?
あなたたちのような下賤の者には糸くずすら触れる機会がないものですわ、目に入れられただけありがたいと思いなさい」
「いえー、ファッションでやってるなら痛々しいというか、正直見苦しいなーと。
扇情的なのが悪いとは言いませんけど、そこまで行くと下品一歩手前というか。
自分を魅力的に見せたいのにエロさしか売るものがないっていうのはどうなんですか」
着飾ることに一家言あるパトラネリゼとしては言わざるを得なかったのだろうが、それが余計に相手の怒りに油を注ぐ結果となった。
「小娘ええええ! 下僕十五号、十八号、あの娘を辱めなさい!」
殺せ、ではないあたりに眼前の女の性根の悪さを見て取ったゼフィルカイザー。タカビー系悪役女の類なのだろうが、アレは相当性質の悪い輩だろう。
「王女、私の邸内で!」
「黙りなさい、わたくしはトメルギア王家唯一の直系、わたくしの言葉は勅命と知りなさい――!」
配下の騎士がパトラネリゼへと斬りかかる。だが、その前には二人が何もできずに敗北した相手がいることを完全に失念していた。
練兵場なので広さはある、剣を抜いて襲い掛かってきた二人だったが、
「爺さん、連れが狙われてるから迎撃するわよ」
セルシアはそれだけ言って、返事も待たずに疾駆。柄の悪いほうの騎士の胸元に手を当てると、
「――シッ!」
全身のバネを駆動させた一撃を見舞う。
打撃と言うよりは投げ技なのだろう、地面と平行にすっ飛んだ騎士は、そのまま練兵場の壁を突きやぶり外に転がり出る。
ついで優男風の騎士。こちらは先ほどまともに交戦したから恐ろしさはわかっているようで、すでに引け腰になっているところをあっさりと突かれた。剣を構えているにもかかわらず懐に入られ、先ほどと同様の一撃。
再度練兵場の壁に大穴が開いた。
「え……え? なんですのこれ。なんなんですの!?」
「次はあんたかオバハン」
「誰がオバハンですか! わたくしはまだ二十六ですわよ!?」
「十分嫁き遅れではないですか。
口答えする分リリエラさんより見苦しいですねえ」
現代の日本人が聞いたら物議を醸しそうな言葉を吐くパトラネリゼ。だが、日本人よりも前に言われた当人が眉根をゆがめた。
「は? リリエラ? わたくしがあの女よりも見苦しい、ですって……!?
ええい、こうなったら……!」
即座に身をひるがえし、外に出ていくハクダ。勢いがつきすぎて裾が盛大にめくれあがり、布面積がきわめて少ない下着があらわになるが気にも留めない。
またアウェルがチラ見しているかと思いきや、妙に白けた顔をしている。
『アウェル、今のは気にならなかったのか?』
「いや、何も思わなかったわけじゃないんだけど、なんていうか……あんだけモロだと、ありがたみねえなー」
『お前も一つ大人になったな』
ごすり、と抉るような音がアウェルの頭に響いた。それと同時に地響きがする。
「まさか王女、魔動機を持ち出したのか!?」
「侯爵、ここは危険です。御嬢さん方も外に」
お付きの騎士が侯爵や一向に促し、外へと避難する。
そこにいたのは先ほどの悪趣味な機体と二体のギルトマだった。見れば取り巻きの騎士二人の姿も見当たらない。どうやらそろって乗り込んだらしい。
『こんなにわたくしを愚弄してくれたのはあなたが初めてでしてよ、おチビさん。じわじわとなぶり殺しにしてくれる……!』
「く、こうなったら……来い、ゼフィルカイザー!」
ビシっとポーズまで決めて通信機を掲げるアウェル。町に赴く当初ゼフィルカイザーが言っていたのだ。
いざという時に通信機で呼べば私が現れるはずだ、と。
古式魔動機には専用の格納機能を備えているものがある。アウェルたちが知る限りだとリリエラのベルエルグだ。
機体自体が格納機能を持った魔道具と契約しており、それを用いて出し入れが可能なのだ。用いている術こそ違えど、ハッスル丸の魔動機も同様だ。
もっともそれにも魔力が要求されるのでアウェルには縁のない話だったが、ゼフィルカイザーは魔力を要求しない機体だ。
なので格好つけて呼んでみたのだが。
「……あれ? 来ない? おーい、どうしたゼフィルカイザー?」
『ふ、ふふふふふ……おのれあの光るおっさんめ……!』
通信機からは謎の呪詛が聞こえてくる始末。
何故かと言えば当然だろう。ゼフィルカイザーの視界に映っているのは赤い矢印のついたラインと、【コールがかかりました】のシステムメッセージ。
これの意味するところは一つ。即ち。
(なにか、走って行けと!? 呼んだら来るように言ったじゃないか!?
……あ、呼んだら空間転移で召喚できるとは言ってないか。
ともあれあのおっさんめええええ!)
久々の呪詛を漏らしつつ、慌てて駆け出す。全速力で走るが、示されたラインに添付された距離は4㎞。
『すまん、いつもの機能不全だ! そちらで逃げ回っていてくれ!』
「またかよ!?
おい姉ちゃん、ゼフィルカイザーの奴、走って来るから逃げ回ってろってさ!」
「はぁ!? あの白いのとことん役に立たないわね!」
「まったくですよあのポンコツめ!」
『貴様ら覚えてろよ……!』
『あの、あなたたち? 誰と話してますの?
というか、無視しないでもらえます?』
目の前の危機をガン無視して仲間内の吊るし上げを始めた一行に、所在無さげだった金色の機体が思わず声をかけるが、
「あ、いたの。こっちは戦犯吊るすので忙しいからどっか行ってくんない?」
そう言ったセルシアのいたところに、鉄塊が降り落ちた。ギルトマの持つ剣の一撃だ。土ぼこりがたち、皆そろって目をしかめる。
『くっそ、ハクダ様の目の前でまで恥かかせやがって、これでちったあ思い知ったか?』
「なんということだ……姫が、トメルギアの希望が……」
その光景に崩れ落ちる侯爵。だが、アウェルもパトラネリゼも気に留めた様子はない。なぜならば。
「おっそい」
『は?』
引き戻した剣の上にしゃがみこんでいる赤色の髪の少女の姿。
「流石にこれ斬るのは手間だし。しゃあない、引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておきますか」
一方のゼフィルカイザーは全力疾走で崖を駆け下り、町の入口に到着していた。入口そのものは大きく、ゼフィルカイザーがくぐるにも問題はない。
問題はその手前で待ち構えている二体のガンベルだ。
『おい待て、貴様どこの所属だ!?』
『すぐに降りろ! 場合によっては攻撃するぞ!』
このような反応を返される。とはいえ当然ではある。
なにせガンベルとは一線を画す速度で崖を駆け下りてきたロボットが、息を切らして肩を上下させているのだ。挙動不審以外の何物でもない。
とはいえ、ゼフィルカイザーも急がずにはいられないのだ。
『すまない、領主の館で騒動が起こり呼ばれたのだ。急ぎ向かわなければならない、通してくれ』
『なに? 侯爵の館にだと? ますます怪しい奴め』
『今すぐに降りろ! 降りなければ攻撃する!』
これである。ゼフィルカイザーの脳裏にはホクホク顔で戦利品を抱えていたところを職質に遭った過去がよぎった。しかし、今はそれを気に留めている場合ではないのだ。
だが、かといって押し通ってはアウェル達に累が及ぶ。どうしたものかを考え、
(よし、この手で行くか)
即座に後ろを向く。そこにあるのは今しがた下ってきた崖だ。観念したのか、あるいは逃げるつもりかとガンベルが身構えたとき、
『ド、ドラゴンの群れが……!』
ゼフィルカイザーがおののきながら指さしたその先。そこには天を埋め尽くさんばかりのドラゴンの群れが映っていた。
『なんじゃこりゃあ!?』
『くそっ、おい、侯爵に知らせないと……』
二機のガンベルが身じろぎし、後ずさる。その隙を見逃さず、
『すまん!』
地を蹴り、二体の間を通り抜けた。同時にドラゴンの群れも掻き消える。ゼフィルカイザーがカメラアイで崖に映していたものなので当然だ。
(くっくっく、何かに使えるかと編集した画像を用意しておいてよかったぜ)
ほくそえみつつ、町の中を白い機体が走って行く。




