003
「っとに、どういうことなんだよ」
「あたしが知るわけないでしょうが」
「ちょ、ちょっと、息が、息が」
騒ぎ出した人だかりを抜け出した一行は、町の路地裏に身をひそめていた。アウェルはともかく、セルシアに手を引かれて走ったパトラネリゼは目を回している。ゼフィルカイザーはその様子に同乗しつつ、
『ちょっと待て、ハッスル丸はどこ行った』
「は、ハッスル丸さんなら、例の騎士を、"処分"しておくって」
『……あいつのことだから空気の読める対応をしてくれると思いたいんだが』
不穏極まりない言い回しに若干不安になるゼフィルカイザー。
もっともあの忍者はいわゆる忍びらしい面も備えている。進んで事を荒立てるようなことはしないだろう。おそらく。
「しかしセルシアの母ちゃん? どういう人なんだよ一体。
貴族のお姫様って言うんだから、もっとこう、慕われてたり? するもんじゃないのか?」
「領主の娘と言ってもいろいろだとは思いますけど、ああいう反応って言うのは聞いたことないですよ。
もっとこう高嶺の花的な扱いか、庶民派で領民に慕われてるとかそういう」
『まるでセルシアに対する反応のようだったな』
「まったくだ」
「ですねえ」
「あんたら命が惜しくないのか」
かちり、と鍔鳴りがして慌てて押し黙る二人と一機。しかしながらこの状況はどうしたものか。
「とにかく予想以上にシア姉が目立ちますね。顔はまた隠しておくとして、騒ぎも起こしてしまったしどうしましょうか」
「まず、おっちゃんのことを聞いて回るほうがいいんじゃないか?
あの様子ならおっちゃん、今でも慕われてるみたいだし」
「あのぶっきらぼうな父さんがねえ」
「普通にいい人だったじゃんか。そりゃ普段はあんまり喋らないし、操縦訓練の時は厳しかったけどさ」
ため息をつくセルシアと、反論するアウェル。
つくづく件の人物、ナグラス・ブレイゾートがいかなる人間だったのかわからないゼフィルカイザーである。
『セルシアより強かったということは、やはり生身でドラゴンを倒せるような力を持っていたのか?』
「そういうんじゃないわよあの人は。たぶん素の強さならあたしのほうが圧倒的に強いと思うし。
ただ、技量が尋常じゃなかった。
あたしが全力で斬りかかってもあっさりいなしてコレだもの」
自分の首にトンと手刀をあてるセルシア。あの弾丸のように飛び交うセルシアを見切っていなせるというなら、それは確かに恐ろしい腕前だろう。
「最近はあたしも十本に二本か三本くらいは取れるようになってたけどね。
たぶん本人が言ってたとおり腕が鈍ってきてたってことじゃないかって思う。あきらかにキレが落ちてきてたし」
「確かにそうかもな。うちの父ちゃん母ちゃんが死んじまってから、おっちゃん随分と落ち込んじまったし」
とはいえ人柄や前歴に直結する話でもない。とにかくハッスル丸が合流してからまた聞き込みをするほかないと考えたとき、路地の入口に立つ大きな人影があった。
「――二人とも下がりなさい」
即座に前に立ち、剣に手をかけるセルシア。人影は騎士の姿をしていた。
先ほどの二人組とは異なり、服は華美さとは縁が遠く丈夫さを優先して作られていることがうかがえる。
そして人影はおもむろに腰の剣を抜くと、一足で斬りかかってきた。金属音が路地裏に響く。セルシアはこともなげにその一閃を己の剣で受け止めていた。
が、逆を言えば眼前の相手には剣を抜かなければ対応できないと、そう判断したということだ。
おまけに後ろにはアウェルとパトラネリゼがおり、路地は狭く後もない。
騎士はやや緑がかった肌をした髭面の巨漢だ。ゼフィルカイザーからすると、豚の亜人でないほうのオークに見える。その目はセルシアよりも、その手にした剣を見ていた。
注意が逸れた、そう判断したセルシアは一気に攻めたてようと腕に力を込めた、その時。
「何故ナグラスの剣をお前が持っている」
眼前の巨漢の騎士がそう問うた。語調は静かで、言葉には誠実な響きが見える。
「あたしが、父さんの剣を持っててなんか悪いのか」
「――あいつの娘、だと」
巨漢が剣を引き、鞘に納める。セルシアもそれ以上攻めようとはしない。
「俺はメググト。ナグラスとは同僚だった者だ。あいつの娘とはどういうことだ。あいつはどこで何をしている」
「父さんは死んだわよ。ひと月くらい前に誰かに殺された。あたしはら辺境から出てきたのよ」
「……あいつが、か。信じたくはないが、あいつがその剣を手放すなどほかに考えられんか。
もう一つ聞きたい。お前は何故ヘレンカ姫に瓜二つなのだ。お前の母親は何者だ」
「それが知りたいからここまで来たの。あたしの母親はその姫って奴なの? どういう女なの、そいつは」
しばし天を仰ぎ、改めてセルシアに目をやるメググト。
「とりあえず一緒に来てもらおうか。姫がカーバインに舞い戻ったという噂のせいで町中大混乱だ。中には町を捨てて逃げ出そうとする奴もいる始末でな。
町中に捜索命令が出ている。逃げられるとは思わんことだ」
「冗談……」
剣を抜いたままのセルシアは、そのまま斬りかかろうと腰を落とす。だが、アウェルがそれを止めた。
「ちょっと待ったセルシア。ここは言うとおりにしとこう」
「あん? どうしてよ」
「これ以上騒ぎになるのはマズいし、あとこの人がおっちゃんの知り合いだっていうのは本当だ。
緑色のおっちゃん、あんたナグラスのおっちゃんに酒代返してないだろ。おっちゃんがぼやいてたぞ」
「なんで知ってるんだお前」
「オレおっちゃんに魔動機の操縦教わってて、その時おっちゃんがぼやいてたんだよ。
同僚の髭面のやつに酒三本と飯五食とあと女代二回分返してもらってないって。最後の女代って何のことかわかんないけど」
とたんにばつの悪そうな表情を浮かべた男は、頭をぽりぽりとかいた。
「もう二十年近く前だろうに、ナギーのやつどんだけ執念深いんだ。というか、そのケチくささ間違いなくナギーの奴だな」
「ケチって、おっちゃんがか?」
「唯一の趣味が貯金だったからなあ。
小銭を手でさらってると気が落ち着くとか言ってたが俺には理解できんかった。あと無駄に溜め込んでるから同僚や姫にたかられまくってた」
「……おっちゃんが残した金がだいぶとあったんだけど。銅貨で大量に」
「今後の蓄えとかじゃなくて間違いなく趣味だぞそれは。
給料も銀貨でもらえるのをわざわざ銅貨で頼んでたからな。あいつアホだろ」
メググトの言葉に苦笑いするアウェル。気のいいおっちゃんが残してくれた財産が蓄財癖というか小銭集めの賜物と知れば子供心にはショックだろう。
「とにかくナギー、ナグラスの縁者と言うのはわかった。だが、頼むからおとなしくしてついてきてほしい。
こちらとしても危害を加えるつもりはないし、そういった事はしたくない。
それにそっちの姫似の嬢ちゃんと事を構えるのは遠慮願いたいんでな」
「そりゃお姫様に似てたら手は出しにくいですよね」
「いや、死にたくないからだ」
きっぱりと言い切ったメググトの言葉に、パトラネリゼも苦笑い。
おかしい。大の大人が自分よりはるかに小さい少女にこの反応。
セルシアの力を知っている人間ならともかく、姫に似ているというだけでそこまで避けるというのは。
「あのー、ちょっとお聞きしたいんですが。あ、私はパトラネリゼ、ミグノンの賢者エンホーの弟子です。
その、内乱の原因になった美姫ってどういう方なんですか? シア姉、じゃなくてセルシアさんが似てるって言うんで顔は隠してきたんですけど、騒がれるまではともかく、騒ぎ方がちょっと予想の斜め上というか」
途端に苦々しげな顔をするメググト。思い出したくもないと言わんばかりの表情で、
「お前ら、アレは姫と言う肩書はついていたがな。あれはそんな真っ当なもんじゃないぞ。カーバインじゃナグラスの奴以外誰も太刀打ちできなかった竜殺しだからな」
「……竜殺しってあなた」
「ありゃもう二十年近くになるか。カーバインの庇護下にある村にドラゴンが現れてな。生贄を要求してくるから助けてくれって言われて騎士団が出たんだが、現地に着いたら先に聞きとめて走って行った姫がドラゴンを縊り殺してたんだよ、素手で」
「素手で」
「そう素手で」
至極真面目に言うメググトの目が嘘は言っていないと告げていた。アウェルもパトラネリゼも聞いているゼフィルカイザーもドン引きだ。セルシアに至っては冷や汗を垂らしている。
「……そいつ何者よ。あたしだってこの剣がないとドラゴンなんて殺せなかったわよ。素手じゃ無理」
「やったことあるみたいな言い方だな」
「殺ったわよ」
「えっ」
「殺った。まああたしの独力じゃないけど。この剣でぶった斬った」
今度はメググトの顔が青くなる。もとが緑色の肌なので血の気が抜けると独特の色になり、ゼフィルカイザーには新鮮だった。
「……やっぱり姫の娘にしか見えんが、ナギーが他の女と子供こさえるとも思えんし……とにかく、ついてきてくれ。ここの領主がお前らを探している」
「しっかし、ナギーの娘がドラゴンを殺した、ねえ。これも血……って、繋がってるかどうか分からんのだったか?」
頭巾をかぶりなおしたセルシアを含めた一行は、メググトに言われるままついていく。最初の邂逅の時はどうなるかと思ったが、もともと気さくな人柄らしく、道中そんなことを聞いてきた。
「そうだけど、父さんもドラゴンと戦ったことがあったの?」
「つうか、あいつが最初に上げた功がそれだよ。
さっき言ったのよりも前にドラゴンが出たことがあってな。川向こうの村でカーバインの領地じゃなかったんだが、うちのほうが近いからうちに助けを求めてきたんだよ。で、そんときも姫が直行した。
んだけど騎士団が着いてみたら、ドラゴンは倒されてて作業用の魔動機が火吹いてて、ついでに姫がノされてた。
当時従卒だった俺もついていったんだが、あの時は驚いたわ」
「その作業用の魔動機って、まさかおっちゃんが?」
瞠目しながらメググトに尋ね返すアウェル。
「おう。聞いてみたら、どうも村に来る魔物は全部あいつがその作業用の魔動機をちょっと改造した程度の機体で倒してたらしくてな。だけどドラゴン相手だと流石に相打ちになったらしい。
んで、到着したら獲物がもう死んでて癇癪起こした姫がナギーに襲い掛かったんだが、ナギーがそれを殴り倒したんだとさ。
後でナギーが言ってたが、ドラゴン相手にするよりよっぽど肝が冷えたらしいぞ」
「普通、お姫様を殴り倒すって斬首ものだと思うんですが」
「俺らにとっちゃ英雄もいいところだったね。なんせ姫に勝てる人間だ。
伯爵も罪に問うどころか絶賛してナギーを騎士に取り立てたんだよ。
じゃじゃ馬がちょっとはおとなしくなるかもしれないって言ってな」
(なにそれおかしい)
ゼフィルカイザーは聞けば聞くほど頭が痛くなるその話にドン引きしていた。アウェルやパトラネリゼも苦笑いを返すばかりだ。
「ドラゴンを殺しに行ったのはナギーに対するあてつけみたいなもんだったしなあ。自分なら生身で勝てるんだ、みたいなこと言ってたし」
その言葉自体はとくに何の意味があったわけでもないのだろう。だが、その一言でセルシアの足が止まった。皆が見れば、立ち止まってうつむいている。
今の一言に何か思うことでもあったのだろうか。
「……父さんは、その姫ってのと付き合ってたの?」
再度歩き出しながら、押し殺した声でそんな質問をするセルシア。メググトは首を捻りながら知った限りのことを答える。
「傍から見てる分にはそう見えたけどな。実際のところはわからんし、あんなことになっちまったしな」
「メググトさんはギルトール伯爵家に仕えてたんですよね? なのに今はルイベーヌ侯爵に仕えてるんですか?」
パトラネリゼが疑問を発する。そのあたりはゼフィルカイザーも気になっていたことだ。
町がこうして栄えているのだから、住んでいる人間はそこまで引きずってはいないとは思う。だが、目の前のメググトは当時ギルトール家に仕えていた身だ。しかし特に陰がある様子もない。
「悪いのは全部王家、ってか現王だしな。ルイベーヌ侯爵はむしろ被害者だぜ。
内乱が泥沼化したもんだから意を決して代理騎士様とカーバインを攻めたんだよ。
だけど代理騎士様はあんなことになっちまうし、包囲後に王がやらかしたことを思うとなあ」
「王がやらかした、って」
「おっと、すまん。侯爵に口止めされてることだ、さすがに言えん。
とにかくルイベーヌ侯爵はカーバインを賜った。そう言えば聞こえはいいが、元の領地を追い出されて左遷されたようなもんでな。
元の領地は王家の天領になっちまうし」
「考えてみれば侯爵ってトメルギアの爵位では一番上ですよね。それで辺境送りってうまみがまったくないんじゃ」
『パティ、この国は侯爵が一番上なのか?』
「建前としてはトメルギアは魔法王国の公爵なわけで。それよりえらい爵位は存在しちゃいかんわけですよ」
ロボオタのゼフィルカイザーとしてはそこまで興味があることでもないが、聞くだけ聞いておくとそのような答えが返ってくる。
「なんだがな、あちこちの小領主が欲をかいて負けまくったもんで引っ込みがつかなくなっちまったんだよ。
王の大号令のもとトメルギア全軍が動く一歩手前の状況だったらしくてな」
「最初から姫を引き渡す、と言うことはできなかったんですか?」
「んなことしたらトメルギア王家が断絶するって。
だってのにあの色ボケ王、見た目の噂だけで側室によこせとか言ってきやがって」
(なにそれこわい。なんなのその女)
セルシアにそっくりどころか上位互換の匂いがしてくる。
「と、ここだ」
メググトが指したのは高い塀に覆われた巨大な邸宅だ。台地の上にいるゼフィルカイザーでも、拡大せずにその位置がわかるほどの広さ。その邸宅だけで村の一つも収まってしまいそうだ。
「どうも、騎士メググト。そちらは?」
「今騒ぎになってる一行だ。話して同行願った。侯爵と客人は?」
「侯爵は練兵場でお待ちです。お客様は町に走り出て行ってからまだ戻ってみえません」
「よし、わかった。もし戻ってきてもなるべく足止めしろ。ほらこっちだ」
促されるまま入っていく一行。塀の中はやはり広く、奥のほうに邸宅が見える。だが、その前にある広場は庭として整備されているわけではない。
草地にはなっているが、幾度となく巨大なものに踏み荒らされた跡がある。おそらくは魔動機の練習場も兼ねているのだろう。
事実、その一画には六機もの魔動機が立ち並んでいた。うち四機は同じ形状をしており、ガンベルに似てはいるが形状がやや異なる。ガンベルよりも装甲が肉厚に見え、より重量級といった印象だ。
「メググトのおっちゃん、あの機体は?」
「ありゃギルトマっつってガンベルに代わる新型さ。
コアもミュースリルの配置もガンベルと変わらないが、内部フレームを軽く粘りのある素材にした分、外装を厚くしてある。今のトメルギアじゃあれが主流になりつつある。
……あれも原案はナギーの奴が出したんだよ。完成したのは割と最近なんだがな、ナギーにも見せてやりたかったもんだ」
「んで、その隣の豪華な機体とさらにその隣の悪趣味な機体は?」
四機の隣に間を空けてならぶ二機のうち、一機はギルトマをより強化したような外見をしている。
さらにその隣の機体は、悪趣味と言うのはまあゼフィルカイザーにも納得が行く。
なにせ金色だ。
金色なのだ。
(別に全身金色の機体が悪いってわけじゃないんだが、あれはないなあ)
全身が金色のロボットと言うのは意外と珍しい物ではない。ロボットアニメ史上を垣間見れば、その存在はいたるところに散見できる。
それがスタイルよくまとまっている物もあれば、そういったものを通り越してインフレの彼方にたどり着いてしまった機体もある。また、真の力を発揮することで金色に輝く機体などと言うものもある。なのでゼフィルカイザーは金色のロボットに別に偏見はない。
だが、金色のロボットにはもう一種類ある。金持ちが財力にあかせて作った成金ロボの類だ。それも大概悪役。
目の前の機体からはそういう臭いが全力で漂っていた。
細身の騎士鎧のような外観をしているのだが、いたるところにカーブを描いた棘が突き出ている。そして肩のアーマーは足回りに反比例するように大きく、金色の装甲には直にバラと思しき花の細工が掘られている。
それ以外にも無駄としか思えない装飾があちこちに施されており、調和のまとまりもまるでない。はっきり言って悪趣味だった。
「あっちのは近衛用のギルトマで、その隣のは……なんつったっけ?
なんか長ったらしい名前だった気がするが思い出せん」
「あれ絶対重量バランス悪いだろ。足回りもミュースリル量が釣り合ってるように見えないし、作ったやつ馬鹿じゃねえの?」
「見ただけでわかるとかすごいな坊主。でも本人に言うなよ、公都のお偉いさんだから」
そうして広場の一角にある建物に通される一行。ハッスル丸が合流していないのが気がかりだが、
(何かあった時のことを考えればあいつが別行動なのは都合がいいか)
ゼフィルカイザーはそう納得した。自分は自分で別行動なのだ。幸い、本体側からも監視が効く場所なので何かあれば即座に対応できる。
通された建物は練兵場と言ったとおり、普段はここに努めている衛兵や騎士が鍛練を行う場所なのだろう、いかにも訓練場と言った風情であった。
そしてそこに初老の騎士と、帯剣した若い騎士が待ち構えていた。
「メググトです。件の一行を連行してきました」
「ご苦労。私はブルグルン・ルイベーヌ。今はカーバインの領主をしておる」




