001
澄み渡る晴天の下、白いロボットが街道を歩んでいく。
ミグノンでは魔動機一機で横幅がいっぱいだったが、この辺りでは二機がすれ違っても余裕なだけの広さがあり、ゼフィルカイザーも助かっていた。なにせ、日が昇ってから何度も馬車とすれ違う。
ちなみに馬車と言いつつ馬型の生物が引いていた馬車はごく数台。現時点で一番引いた馬車馬替わりは巨大な芋虫だった。そのうち成虫になるのかとかいろいろ気にはなるが、気にしては負けだろう。
その様子を見ていたコックピット内のアウェルが、ふとつぶやく。
「北に行けば行くほど人が増えていくな」
「そりゃそうですよエル兄。もうじきカーバインですからね」
それに言葉を返したのはゼフィルカイザーの肩に乗るパトラネリゼだ。座りながらハッスル丸を抱いている。
トリセルを出て三週間ほど、ミグノンを出てからなら一月近く。パトラネリゼもアウェルやセルシアには大分と馴れたようで、このように気さくに呼んでいる。
村八分にされていたらしいアウェルもこういった妹分ができるというのは悪い気はしないのだろう、特にどうこう言うこともない。
ただ、カーバインに近づくと人の流れが増える、というのはゼフィルカイザーにすればおかしな話では合った。
今まで聞いた話からすれば、南に向かうのは難民の類のイメージがあったからだ。だが、それらしい一団も見られはするが、大半は商材を積んだ荷馬車ばかりだ。
『人の流れがあるということは栄えているということだろうが、内乱で負けたのではないのか?』
「では久々に説明しましょう。
カーバインは竜巣山脈を源流とする大河、トアラル河の南岸に築かれた町です。
元は建国王が竜巣山脈攻めの橋頭保として築いた砦が元になっていると言われており、実質的なトメルギアの南端の都市です。
大河を用いた物流の拠点であり、また開拓地への玄関口として大いに栄えていた地なのです。
また先ほども言いましたように元が橋頭保ですので、建国王は己の腹心にその地を任せたと言われており、他の領地に比べてもかなり自由な裁量が与えられていたとか。
なので内乱以前から半独立のような状態で、先王のころから本当に独立するのではないか、と疑われていたらしいです」
「つまり、例の美姫を欲した、というのは口実に過ぎなかった、と?」
パトラネリゼの膝の上に乗るハッスル丸が、問いを放つ。この忍者はここのところこういう体勢でいることが多い。
「公王本人の思惑はお姫様だったんでしょうけど、家臣が止めなかったのはそのあたりの事情なんじゃないですかね?
大河の南に築かれたカーバインは天竜王に対して背水の陣にて不退転の覚悟を示したものと言われてますが、逆を言うとトメルギア側に対しては大河を利用した鉄壁の防御力を誇るんですよね。
その上愚王が、最も功を立てたものにカーバインを与える、なんて言ったらしく」
「……ええと? どういうことなんだ?」
『魔物が出た。仕留めた奴が総取りと村長が言った。どうなる?』
アウェルがわかりやすいようゼフィルカイザーが噛み砕いた例を示すと、アウェルは即座に理解した。
「そりゃ抜け駆けする奴が出たり足引っ張っる奴が出たりして大変……ああそういうことか」
「結果、欲を出した領主が独断専行しては敗退を繰り返してトメルギアは一気にガタガタに。
むしろカーバインの近隣領主はギルトール伯爵家を王に抱くことを真面目に考えだす始末。
ガリカント・ハルマハット卿、リリエラさんのお兄さんが相手の筆頭騎士に一騎打ちを挑んだのもそうした事情があったそうです。
どちらかが死ねば、双方拳の振り下ろしどころは見つかる、ということで」
「……で、どうなったのよ、そのあとは」
ゼフィルカイザーの背後、というよりは頭の後ろから、そんな声がかかる。
「一騎打ちの結果はリリエラさんの話した通り。
そして筆頭騎士の留守を利用してトメルギア側のルイベーヌ侯爵の軍勢がカーバインを包囲し、戦況は一転。ギルトール伯爵家は降伏し、王は約束通りルイベーヌ侯爵家にカーバインを与えたそうです」
「大河による防御があったのではござらんか?」
「軍事関係は疎いんで詳しくはわかりませんけど、まったく別の地点から渡河して未踏破地域を突っ切ってきたということです」
(ハンニバルかい)
「その後、ルイベーヌ侯爵はカーバインをよく治め発展させているということです。カーバインそのものはそこまでの被害が無かったらしいですからね」
パトラネリゼの説明を聞いて、つくづくトメルギアという国に不安を覚える。その最大の原因はゼフィルカイザーの背中側に腰かけて、一人南を見ている赤い髪の少女だ。
パトラネリゼがこまめに手入れをしているおかげで、今日もその髪はピンクがかった赤い輝きを放っている。
リリエラ・ハルマハットによれば、セルシアはギルトール伯爵家の姫を母に持つトメルギア王の落胤である、という。本当なら厄種どころの話ではない。
ゼフィルカイザーはあくまで邪神を退治することが目的であって、国だのなんだのに干渉する気は全くない。できてもしたくない。
『セルシア、本当にいいのか? 今なら引き返すこともできるが』
念のためセルシアに聞くが、セルシアはひたすらぶっきらぼうに言い返す。
「その、カー……なんだっけ? とにかくカーなんとかまでだけは行く。
あのババアにムカつくこと言われたし、はっきりするところまで行かないと落ち着かない」
内心でゼフィルカイザーは首を傾げる。
リリエラにセルシアの両親の出自を聞いたあと、去っていくリリエラをセルシアは追いかけて行った。そこで何を話したのか、仲間の誰も知らない。ただ、その日から明らかにセルシアが不機嫌になった。
食事を食べる以外では部屋から顔を出さず、同室のパトラネリゼ曰くベッドでひたすらシーツにくるまっていたという。
そうして三日ほど、その間皆はトリセル復興の手伝いをしていたのだが、唐突に部屋から出てきたセルシアは夕食の席でアウェルに問うたのだ。
「危ない目に遭うかもしれないけど北に行きたい。ついてきてくれる?」
と。
アウェルは一も二もなく了承した。
「リリエラさん、何を言ったんでしょうねえ」
小声で尋ねてくるパトラネリゼに、ゼフィルカイザーも自分が聞きたいという調子で返す。
『わからん。が、騎士殿に聞いてみても答えてくれんしな。カーバインに行けばわかる、と』
一行はエルフを倒してから一週間ほどの間トリセルに逗留してそれから旅立った。
一方、リリエラたち一党はセルシアと話した翌日の、さらに次の日の早朝に急遽トリセルを発った。曰く、エルフのモツの鮮度がどうこうという話だったが、あとで聞いてみれば、
「なんであんな荒くれ者率いてるんでしょうかね、リリエラさん」
『騎士殿、部下を見捨てれば普通に名を上げれそうなんだがなあ』
「できない御仁だからあのような放浪生活をしているのでござろう」
ごろつき同然の部下たちが方々で騒ぎを起こし、長居ができなくなったのだそうだ。ここまで来ると憐れまざるを得ない。
ただ、複製した通信機は渡したままにした。信頼できる相手であるというのは確信できたし、ゼフィルカイザーがこの世界に降り立ってから出会った中では唯一まともな女性だ。いや、あの貧乏くじっぷりをまともに入れていいのかどうかは迷うが。
しかし、今後トメルギアという国に踏み込んでいくことを考えれば、その内情を知る人間と誼を通じておくのは悪いことではない。
リリエラたちもトメルギアに向かうという。ガンベルの整備などを真剣に考えねばならないからだ。
罪人として手配されてはいるものの、リリエラ自身の知己で頼れる筋もあるらしいのでそのあたりは問題ないだろう。
その後、一行も北への道を進んできた。道中寄った町や村で、道中の獲物を捌いたり、もめ事に手を貸したり。
(あとまあ、ブツも完成したしな、うん)
内心ほくほくとしているゼフィルカイザー。コックピット内に置かれた木製の自分のフィギュアの完成品を見ればそうもなるだろう。木目調なのが寂しくあるが風情もある。
(今まで鏡に映してもらったり水面に映してみたりいろいろやってみたが、やはりこうして立体化するのが一番ディテールが分かりやすいな)
流線型と直線の入り混じった、スーパー系寄りリアル系とでも言うべきボディライン。
細すぎず、しかし太っているというほどでもないがっしりとした体格。自分では確認できないが再現度は相当高いはずだ。それになにより、細部の凝りようは並大抵ではない。
『ふ。ふふふふふふ』
「一体どうしたんだ、ゼフィルカイザー」
「あれですよ、エル兄が彫ってた人形が出来上がってからずっとあんな感じじゃないですか」
「あー、これな。正直微妙に不満なんだけどな」
「いやどこがでござる? 普通に売り物になると思うでござるが」
「てきとーな木材使ったせいで木目の柄がちょい不満でさ」
と言うが、パトラネリゼにもハッスル丸にもどこが問題なのか分からない。見る限り、精巧にゼフィルカイザーを再現しているように見えるのだが。
『よし、ならば塗装だ』
「お前いきなり何言ってるのさ」
『安心しろ、製造機を使えば塗料も作成可能だ。なんなら可動部も仕込んでみようか』
こんなこともあろうかと製造機のカタログ内から塗料をきっちりと選別しておいたゼフィルカイザーだったが、アウェルはローテンションだった。
「セルシアの件が片付いたらな。ちょっとしばらくは余裕ない」
『すみませんでした原型師様……!』
「ゼフさん、この話になると妙に下手になりますよね」
「アウェル殿の精妙なる腕前に感服しておるのでござろう。あれほどの腕前はそうおらぬでござるよ。うちの地元のスーパー仏師、慶を思い出すでござる」
「……ハッスル丸さんの与太話に突っ込まないとか、ゼフさんどれだけ感動してるんでしょうか」
そうして今、直にトメルギアというところまでやってきた。道行く人に聞けば、今歩いている緩やかな丘を登りきれば見えるというが。
「お、あそこが頂上みたいだな」
アウェルがごく自然に歩みを早めさせる。
エルフシャーマンの呼び起こしたウッドゴーレムとの戦い。あれからアウェルの様子が特に変わったということはない。だが、ゼフィルカイザーのほうでは十分な変化があった。
まず、機体の出力がやや増した。本当に僅かな差でしかないが、ロボットゲームでエネルギーゲージの管理に神経を使っていたゼフィルカイザーにはそのわずかな差が十分に体感できた。
その出力が回せるようになったためだろう、ミサイル生成や機体の再生率もほんのわずかだが増した。
ただ、粒子の生成速度の向上に関してはあの一瞬だけだったようで、それ以降は元のペースでしか増えていない。何かあったときの対策に使わないようにしているため、今は粒子残量はどうにか二割と少しをキープしている。
リリエラの配下と戦った時のことを思い出す。あの時、システムメッセージは主動力のリミッター解除にはアームドジェネレーターの出力上昇が必要とあった。そしてアームドジェネレーターとはパイロットのことであり、あの一瞬アウェルの中で高まったものが何かと言えば、
(感情、だろうな)
あの時起こったことを解説するのは、ゼフィルカイザーにとっては説明書を見ずにプラモを素組みするよりも容易い。
自分があの光るおっさんに注文した機能の一つに、搭乗者の気力によって威力が変わるシステム、というのがあった。
当初はメイン動力にかかっているリミッターのことだとばかり思っていたが、実際にはウッドゴーレム相手に見せた機能、あれがそうなのだろう。
腕の装甲が開き、放熱板のようなものが出てきたのには心底驚いたが。
(浪漫でも自分の体に実装されてると思うとぞっとするな)
搭乗者を武装出力炉と呼ぶその真意がゼフィルカイザーにはおおよそ理解できていた。この機体にはメインの永久機関以外に、搭乗者自体をエネルギー源とする動力機関が搭載されている。システムメッセージが表示していたO-エンジンというのがそれだろう。
そしてそれは搭乗者の感情の起伏によって威力が変わる、などという単純なものではなく。おそらくだが、
(感情の力、それ自体をエネルギーに変えるような機能が搭載されてる、と考えていいだろうな)
トリセルを出てからこちら、戦う機会そのものは何度かあった。
だが、その中であの時の力が発動することはなかった。そこから推察されるのはアウェルの感情の力が足りていないということ。
アウェルが悪いというわけではなく、あの時、セルシアの危機において抱いたほどの感情が無ければあの力は発動しないのだろう。
だが、それは極めて危険なことでもある。
あの機能が発動している最中、ゼフィルカイザーはアウェルから操作権限を取り上げることができなかった。
つまり、あの力を誰にどう向けるかはアウェル次第ということになる。そしてあの時はセルシアを守るという一点に終始していたからよかったものの。
(怒りや憎悪のスーパーモードとか洒落にならん……!)
ロボットアニメの歴史において、怒りでパワーアップというのは昔の作品ではよくあったが、近年になってくると怒りは冷静さを失わせ、むしろ己を追いつめると描写されることが多くなった。
なにより、怒りを直に力に変えて怒りのままに振るえるというのは最悪と言っていい。
(今から考えると、あの村できっちり止めておけれたのはファインプレーだったな俺)
下手をすると虐殺で済まなかったかもしれないという事実に今更ながらぞっとする。
なにより不安なのが、この力にはおそらくまだ先があるだろうということだ。右腕に搭載されていたのなら当然左腕にも同じ機構が仕込まれているだろうし、それ以外の部分についても可能性はある。
なによりあの時流れたシステムメッセージはこう書いてあった。
【アームドジェネレーター出力上昇 最低基準値クリア】
【O-エンジン トライアルドライブ】
【フェーズ2へ以降 メインジェネレーター リミッター限定解除】
トライアルというくらいだ、O-エンジンはおそらく本来の出力をまだ見せていない。そして主動力もまだ完全な状態ではないはずだ。
だが、片腕だけで物体を消滅させるような力を振るえたという事実。
あらためて、チートロボットそのものになってしまったという重圧がゼフィルカイザーの身に刺さる。
コックピット内の自分フィギュアに目をやって、ふと呟く。
『神にも悪魔にもなれる、か』
「え? ゼフさん、何か言いました?」
『いいや、なんでもない』
最古参のロボットアニメの一節を思い起こす。だが、この場合神にも悪魔にもなれるのはどちらなのか。
ゼフィルカイザー自身なのか、それを操っているアウェルなのか。
そんなことを考える間に、丘の頂上に着いた。そこから、絶景が一望できる。
今まで一行が歩いてきたのはどうやら台地だったようで、ここからは坂を下って行かねばならないらしい。その台地の下に、広大な町並みが広がっていた。
ミグノンやトリセルといった辺境の街並みとは比べ物にならないほど雑多な、人の息吹があふれる光景。
現代日本を知るゼフィルカイザーからすればこれでも小さく見えるが、それでも感動を覚える。
悪く言うわけではないが、これに比べたら確かにミグノンでも辺境と言わざるを得ない。文明圏の香りが確かにそこにはあった。
街並みはそのまま北に広がり、ある一線で途切れている。そこにあるのは広大な川だ。
大河というだけあり、これほどの河はゼフィルカイザーもテレビの旅番組などでしかお目にかかったことがない。
それほどの広大な川が、カーバインの街並みを横切り、森の中を突っ切っていく。河には一本の橋が架かっていた。あれほどの幅を持つ川にどうやってかけたのか、そこを行き交う人々がゴマ粒ほどの大きさで見える。
「あれが……」
いつの間にか、背中側からゼフィルカイザーの顔の横に立っていたセルシアが、その光景に息をのんだ。
「あれが、父さんの故郷」




