007
それからは慌ただしくなった。
セルシアが野営地に人を呼びに行き、ハッスル丸がトリセルへと連絡に走った。
エルフが事前に魔物までも狩りつくしていたのは幸いと言えばいいのか、時間こそかかったがトリセルまで人々を連れて行くのはさほど難しいことではなかった。
トリセルにつくと、一行は大きく歓迎された。
昨日のトリセルにあった絶望感はなく、明るい空気が漂っていた。
行方知れずになっていた人間は一人残らず助け出されたということだから、町の人間の喜びもひとしおだろう。
リリエラの一党は今は町の外にキャンプを張って過ごしている。なにせつい数時間前まで町を捨てるかどうかの瀬戸際だったのだ。
町の中もまだ混乱しており、盛り場など営業しているはずもない。
リリエラは騒動が避けれるということでこの事態を喜んだが、配下のごろつきたちが町から届けられた酒樽を空けて騒いでいるのを見るとその安堵は長持ちしそうにない。
ゼフィルカイザーの提案で、手柄は大体リリエラの一党のもの、ということにした。
リリエラが先にエルフの討伐を行っており、自分たちはこれに加勢しただけである、と。
言っていることは事実だし、むしろ自分たちが邪魔したことを隠しているのだが、アウェル達もこれを了承した。
礼金についても町の状況を鑑みて自分たちが必要な分だけ受け取り、残りはリリエラへと受け渡した。
ゼフィルカイザーは日を置けば損傷も消費した弾薬も元に戻るが、リリエラたちのほうはそうはいかない。
何よりゼフィルカイザーには、双方行き違いがあったとはいえこの騎士に迷惑をかけたという意識がそれなりにあったのだ。
そうしてトリセルに戻り、事後処理をあれこれとこなし、用意された宿でとっぷりと眠り|(ただし例によってゼフィルカイザーの本体は外壁の外である)、また起きてあれこれと話をして、今はまた夜だ。
今、一行は用意された宿の一室にいる。アウェル、セルシア、パトラネリゼ、ハッスル丸、通信機越しにゼフィルカイザー。そしてリリエラと、ドロフと名乗った犬頭の副官だ。
「んじゃ、そっちの報酬を払ってもらいましょうか」
セルシアが口火を切る。リリエラの言っていた、セルシアの両親の素性についてだろう。副官が横目でリリエラに問うが、リリエラ自身が頷き、話を始めた。
「まず改めて。私はリリエラ・ハルマハット。トメルギアの元騎士だ。一応、王家の直参だった」
「ハルマハット……あの、リリエラさん。ハルマハットって、あのハルマハットですか?」
思い当たる名だったのか、パトラネリゼが問う。リリエラは無言で首肯した。
『何か特別な家名なのか?』
「特別も何も……あの、リリエラさん、言ってもいい、ですか?」
「いいよ。私が自分で言うよりも嬢ちゃんが言ったほうが信用できるだろう」
「それでは。ハルマハットって言うのは、代々トメルギアの公王機を担う騎士、つまり公王代理騎士を輩出してきた家柄なんです。
王が直々に戦場に出るのは問題がありますし、それに王が必ずしも魔力に優れていたり戦闘の才があるとは限りません。まあ、トメルギア王家は魔力に関しては問題ないんでしょうけど。
爵位こそ高くないですが、ある意味で別格として扱われてきた家だと聞いています。ですが……」
そこで、リリエラのほうを一度見るパトラネリゼ。リリエラは無言で続きを促した。
「トメルギアの内乱の際に、先代の公王代理騎士ガリカント・ハルマハットはカーバインの筆頭騎士に敗北。その失態から、家は取り潰しになったと」
「そう気遣わなくていいよ嬢ちゃん。
兄さんは正々堂々と戦うも敗北。相手の騎士は命を取ることまではしなかったんだけど、王はその失態を己に恥をかかせたとして兄さんを斬首した。
家は落ちぶれて、私はその再興のために頑張ってて、でもまあこんな様ってわけさ」
「あんたの素性が何の関係があるのよ。あたしの両親の話は」
「関係大ありさ。私の兄さんを倒した相手、カーバインの筆頭騎士こそがナグラス・ブレイゾート卿。あんたの父親さ」
その言葉に、セルシアとアウェルがうけた衝撃はいかほどのものだったか。二人が凍りついた表情をする間に、ハッスル丸がそれとなく席を立つ。セルシアとリリエラの間に入れる位置で、
「恨みはないのでござるか?」
そう尋ねる。こういう時のハッスル丸の気遣いはなんともありがたい。これで体長60㎝ほどのペンギンでなければもっと様になるのにと思うゼフィルカイザーだ。
だが、リリエラはかぶりを振る。
「正々堂々、騎士同士の一騎打ちだったんだ。なんの恨みもないわけじゃないがね、その勝敗をどうこう言うのは筋違いってもんさ。
それに、私にとってナグラス卿は恩人でね。あたしの剣、元は兄さんの剣なんだけど、これは行方不明になってたんだけどね、ナグラス卿がひそかに回収してうちまで届けてくれたのさ。
本人は公都に出向く用があったからそのついでみたいなことを言ってたけどね。そう、その剣もね、その時に見覚えがあったんだよ」
リリエラは、壁に立てかけられたセルシアの剣を指す。
「……父さんは、その、カ? なんて言ったっけ?」
「カーバインだよ、カーバイン。なんですぐ忘れるのさ」
「いいでしょうが別に。そんで、そのカーバインとかいうところで騎士をやってたの?」
「そうだね。低い身分からたまたま功あって騎士叙勲を受け、伯爵家の筆頭騎士にまで成り上がり、その姫の寵愛を受けたという騎士。
私の若いころ――まだ若いまだ若い、いけるいける――ゴホン、子供のころは、公都でも有名だったよ。
騎士物語そのままのような騎士が辺境にいるってね」
『パティ、知らなかったのか?』
「私が生まれる前のことですからちょっと。ハルマハットの名前もトメルギア王の愚行の筆頭例ってことで聞いてただけですし」
「あの愚王の最大の愚行は、内乱を起こしたことさ。カーバイン領主のギルトール伯爵家の美姫を欲してね」
「あの。まさかとは、思いますが」
パトラネリゼがわなわなと震えながら、恐る恐るといった調子でセルシアを指さしつつ、リリエラに尋ねた。
「まさか、これが?」
「類推も交じるけど、たぶんね」
パトラネリゼの顔がいろいろと言葉で説明しがたい風にゆがむ。もっともその気持ちはゼフィルカイザーにもよくわかる。
「なによ?」
「察しが悪いねえ……そのギルトール伯爵家の姫ってのが、あんたの母親ってことさ。
ただそうなると、あんたには辛い話になるんだが」
「……なによ」
「ギルトール伯爵家は、最終的には降伏してその姫を残して全員が処刑された。そして、姫はトメルギア王の側室にされた。それが十六、いや十七年前だ。
公都務めしてたころにその姿は何度か見ててね。あんたによく似てるんだよ」
「……すっごい嫌な予感がしますが」
『同じく。なにか? コレが王家の落胤だとでも?』
確かにあの垢にまみれた浮浪児に比べれば、今は見違えるほどの外見だが。
しかし中身を知っていると、とてもコレが王家の血を引く姫君などには見えない。
「んー、要するにあたしの父さんが実の父親じゃないかもしれないと?」
「そうなるね。ナグラス卿と姫は関係が噂されてはいたけど、その時点で子供がいた、なんてことはなかったはずだ」
「十七年前ならそりゃあたし生まれてないはずだしねえ」
なんというか。セルシアは普段と変わらない様子だった。むしろ傍らのアウェルのほうがよほどおろおろとしている。
その様子に、リリエラも首を傾げる。
「まあ、なんていうかね。父さんはあたしに割とそっけなかったからさ。そういうことだったって言うなら、まあ納得が行くというか」
「あんたが納得するならそれでいいんだけどね」
『ただ、そうなると何故王家の姫として育てられるはずの者が辺境にいたのだ?』
「その辺は私にはわからないよ。ただ、あんたが本当にトメルギア王家の血を引いているっていうなら、第一王位継承者ってことになる。
トメルギアには王子がいるが、確か今年十三か四のはず。それにトメルギアは王位継承権に男女の差はないしね」
「いや、そういうのどうでもいいし」
「だろうねえ」
苦笑するリリエラ。こういう奴だということはいい加減わかっているのだろう。
『騎士殿は、このことを利用する気は』
「他ならいざ知らず、ね。ナグラス卿が娘として育ていた嬢ちゃんを利用するなんて申し訳が立たないよ。
んなくらいなら騎士廃業するね、ってまあ今は実質廃業中か」
「……話についていけない」
『理解できんほうがいいからやめとけ、な?』
アウェルはそう言うが、実際、聞いているゼフィルカイザーも気が重いのだ。
(NTR話とか午後六時枠に要りません! これだから中世ファンタジーは……!)
まあ実際、セルシアが父と思っていた人物とセルシアの実母がどのような関係だったのかはわからないのだが。
そんな中、セルシアが改めて尋ねた。
「もう一つ聞きたいんだけど。うちの父さん、誰かに殺されたっぽいんだけど、思い当たる節ない?」
「――それは」
「念のため言っておくけど、父さんは腕が鈍ったとか言ってたけどそれでもあたしが勝ち越せない程度に強かった。
それを殺してのける、最低でも相打ちに持ち込めるような相手、知らない?」
「……一つ、心当たりがある。今トメルギアを荒らしている、邪神を崇める教団があるんだ。そこの連中は怪しげな術を使い、見たこともない魔物を呼び出す力を持っている」
リリエラは苦々しげな顔でそのことを語る。
『邪神、とは伝承にあるあの邪神のことか? 魔法王国を滅ぼしたという』
「らしいね。内乱以降トメルギアはいろいろガタガタになってたんだけど、そんな中、どこかから現れて、王家にすり寄ったのさ。
あの王はその活動をあっさり許可してトメルギアで悪さをするようになった。確か鎖国も元はその教団が言い出したことだ」
『悪さ、とは』
「それこそなんでも、さ。曰く、邪神は苦悶の声を喜ぶ、だから我らは人々を苦しめることでその声を邪神に捧げているのだ、とかなんとか。
で、とある村で悪さをしてる教団の奴らを血祭りに上げたら、殺人罪で国を追われることになってね。
ただ、私が殺した中に混ざってた教団の上のほうの奴は妙な魔道具を大量に使ったり、見たこともない魔法を使ってた」
(絵に書いたような邪教団だな。ここまでお約束が過ぎるともうギャグか。いや、被害が出てるなら笑えんか)
「まあ、ともあれ今宵はもう遅い。細かい話はまた明日にするとして、今日は解散としましょうぞ」
ハッスル丸の号令で全員がひとまず力を抜いた。ゼフィルカイザーもまだ聞きたいことはあるが、急いでも仕方がないことだ。
宿を出ていくリリエラたちだが、それを呼び止める声があった。後ろを振り返れば赤い髪の少女。他の仲間はいない。
「あと一つだけ聞きたいことがあった。
父さんは、あたしに母親のようになるなって言って死んだ。どういう女なの、そいつ」
セルシアにとって、何よりも聞きたかったのはその一点だ。ただ、この話はほかの皆に聞かれたくなかった。アウェルには特に。
ナグラスのことについてはアウェルも聞く権利があると思い同席させたが、母親については自分の問題だ。
「それは――まあ、そうだね。あんたに似てる。外見も、たぶん性格も。知ってる人間ならすぐにわかるくらいにね。
だから、あんたが平穏に暮らしていきたいならこれ以上北へは行かずに辺境に戻ったほうがいい」
言葉には、セルシアを思う気遣いが感じられた。この女騎士は見た目や取り巻きの割になんともお人よしらしい。
だが、改めてセルシアを見据えると、
「だけど、あんたがそういうものに立ち向かう覚悟があるのなら、北のカーバインへ行きなさい。そして、トメルギアへ。
ナグラス卿があんたに言った言葉の意味は、たぶんあんた自身で意味を理解するべきだ。というか、理解できるかどうかが、あんたにとって何より重要なことだと思うよ」
「それ、答えになってないんだけど」
「そうだねえ」
苦笑するリリエラ。目の前のムキになる少女を見ていると、自分の知る女の姿が被る。
赤い髪の女。トメルギアにとっての災厄の象徴とも言える二人の魔女の片割れ。ある意味で自分の人生を狂わせた最大の元凶のうちの一人。
最初に見たとき、あまりにも似ているものだから眼前の少女には複雑な思いを抱いた。だが、この数日を通してリリエラは思ったのだ。
この娘は、外見も、それに表面上の性格も似ているが、それでもあの女と違うと。
そっけなかったと言ったが、ナグラス卿は娘や当人が思うよりも父親をしていたのだろう。
「じゃあ、一つだけ。あの女とは違う自分になりたいなら、アウェル君をもっと信じてあげなさいな。
男の子は格好つけたがるものだからね、格好つけさせてあげるのがいい女ってもんだよ」
「べ、別にあいつは関係ないでしょ!? そりゃ、あの白いのに乗るようになってからちょっとはマシになったけどさ。でもあんなの道具に頼ってるだけじゃない!!
あーもう、寝る!!」
捨て台詞とともに宿に戻っていくセルシア。リリエラは相変わらず苦笑しながら、肩をすくめた。
「ま、一朝一夕でどうこうなるもんじゃないしねえ。ま、考えてみることだわさ」
時を二日ほど遡る。ちょうど、ゼフィルカイザー一行がリリエラの野営地で眠りについたころ。
「では、ナグラスもセルシアは村にはもういないのだな?」
「へ、へえ。もう半月ほど前になりやす、白い魔動機で私らを脅して、村の備蓄を持ち去りやがったんでさあ」
大仰な身振り素振りでそう語る村長。だが、村長の顔は真っ青だ。黒騎士は至って平静に、村長の話を分析する。
「半月か。姫がこの近辺で身を寄せるとなるとミグノン、あるいはその北のトリセルか。
間にある村の可能性もあるか……魔動機があるとなると目立つだろうし、直接聞き込みをしていったほうがいいか」
一人ごちて、村長を一瞥し、
「聞きたいことは聞いた、これは礼だ」
懐から先ほどの金塊を放り投げる黒騎士。村長は慌ててそれを拾い上げ、誰にも見られないようにそれを懐に収める。
とはいえ、広場には黒騎士と村長の二人だけだ。他には誰もいない。
あたりには異臭が立ち込めていた。原因は明白、広場に転がっている、ズタズタにされた肉塊――ドラゴンのものだ。
断ち切られた肉塊はいかなる手段によるものか、滑らかすぎる断面をのぞかせていた。体液の一滴もこぼれてはいない。
「とにかく姫を早急に抑えないと話にならん」
言って、黒騎士は己の背後にあるものを見上げた。漆黒の鋼に赤いマントを羽織る鉄騎。夜闇にまぎれるため細かな造形はわからないが、その機体には返り血の一滴もない。一足で飛び上がり、機体へと乗り込む。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! この村には助けが要るんだ、頼む、力を貸してくれ!」
泣き叫ぶように村長が嘆願するが、黒の魔動機は一瞥すらせず空を見上げる。すると、その機体がふわりと宙に浮かび上がった。
瞠目する村長をしり目に高度を上げていき、彗星のように飛び去ってゆく。
「なんなんだ……一体なんなんだ!」
後には、先の見えない暗闇だけが残された。
ついに発現した己のチート機能の一端に戦慄したゼフィルカイザー。
だが、旅路はなおも続く。
ゼフィルカイザーがこの世界に降り立って約一月。
一行はとうとう大陸唯一の国家トメルギアの玄関口へとたどり着いた。
大河を背にした城塞都市カーバイン。
セルシアの両親の手掛かりを求めて訪れたそこには、邪教の魔の手が忍び寄っていた。
次回、転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~
第八話
トメルギアの魔女 ※エロいほう
次回もお楽しみに!




