003
「しっかし、こんなボロボロのガンベルでよく戦ってるな」
「なにおう、ほとんどはお前のとこの魔動機が壊したんじゃねえか」
「いやいやこれ見ろよおっちゃんたち。このミュースリルのボロボロさ加減、並みじゃないぜ?
これ再製錬が要るレベルだぞ?」
空が白んできたころ、今日のエルフ討伐に出るためガンベルの整備をしていたリリエラ一党に交じってアウェルの姿があった。
アウェルが指さしているのはガンベルの傍らに立つゼフィルカイザーによって外された、装甲版の中の金属の線の束だ。
『アウェル、これはミュースリルというのか?』
「ああ。ミスリルっていう金属となんかのの合金で、魔力を流すと伸び縮みするんだ。魔動機は例外なくこれで動いてる。
それで魔力を流してれば少々損傷しても修復するんだけどさ」
アウェルがさしたそれは、銀色というには随分曇っている。
ミスリルというのがあの有名な魔法金属ミスリルなら、こうも濁った色をしているのは違和感がある。
「ほこりやらが入るとミュースリルが傷ついて、それでほこりを含んだまま修復しちまうんだ。
それがあんまりたまると、本来の柔らかさが無くなっていってしまいには折れたり割れたりするようになっちまう」
「つってもなあ。俺らみたいのじゃ、とてもじゃねえが細かい整備なんてやってらんねえんだよ」
(考えてみればこいつら、謎な連中だな)
以前にも思ったことだ。一つの町の駐留戦力の平均がガンベル三機だとするならば、ガンベル二機に古式魔動機一機を備えるこの一団は相当な戦力を持っているということになる。
なのに一か所に固まらず、こうして流浪している。最初は強盗団か暴力団の類かと思っていたが、昨日のリリエラのそぶりを見る限りそういった様子でもない。
(見た限りは世紀末をエンジョイするモヒカンそのものなんだがな)
トゲの生えた肩パッドをしているものなどを見るとつくづくそう思う。
「どうだい? なんとかなりそうかい?」
そこに、女の声がかかる。リリエラだ。両手に金属製のマグカップを持っており、一つをアウェルに手渡してくる。中にはコーヒーが湯気を立てている。
(コーヒーなんだよなあこれ。香りもそうだったし)
「ちょっと無理だな。リリエラさん……で、いいかい?」
「オバン呼ばわりされなきゃなんでもいいよもう」
諦め顔でそうぼやくリリエラ。二十九ということはゼフィルカイザーの元の年齢が二十六なのでそう変わらない年頃だ。
だが、纏っている雰囲気はその年齢差以上の隔たりを感じさせる。
「動かす分にはいいと思うけどさ。たぶん戦闘行動で本気出したらどっかの腱が切れると思う。
てか、乗ってる奴ならもうわかってると思うぞ。こんだけくすんでると元の七割くらいの馬力しか出ないだろ」
「やっぱりそんなんかい。しかし、まだ小さいのによくそれだけわかるね」
それはゼフィルカイザーも思ったことだ。他については、所詮辺境の村人の少年と言わざるをえないのに、魔動機に絡んだ知識は相当なものがある。
「小さかないやい、もう十四、あと一つで大人の仲間入りだぞ。んで、おっちゃんに散々仕込まれたからな。魔動機は整備が肝心だって」
「なるほどね……ナグラス卿はあんたからみてどんな人だった?」
「おっちゃんか? いい人だったぞ。村の連中はなんか陰口叩いてたけど、オレにとっちゃ大事な師匠だ」
「そうかい。まあ、そうだろうね」
遠い目をするリリエラ。どうもセルシアの父とは因縁があるようなのだが、それがなんなのかはまだわからない。なにせ、それが今回の成功報酬だからだ。
「やだ。なーんであたしらが手伝わなきゃならないのよ」
リリエラが合同でのエルフ討伐を申し出たが、セルシアはにべもなくこれを蹴った。
「いやいや姉ちゃん。オレらも迷惑かけたしな?」
「それにほっとくと被害が拡大しますよ」
「報酬はわれらとあちらで山分けということでござるし、正直あんなものが湧いておってはここから街道に出るまでも危険にござる。
受けざるをえんと思うでござるよ」
皆で全力で解きほぐそうとするが、ぶすったれた顔のままだ。
『なによりほら、またエルフの肝が食えるぞ』
ぴくり、と耳と鼻が動いた。こういうところは本当に正直な娘だ。ため息をついて、仕方なさそうに、
「仕方ない。あたしも出るわ。非常食、あんたも来なさい」
「拙者、そのうち食われるんでござろうか」
ぼやくハッスル丸を捨て置いて、セルシアは続けた。
「アウェル。あとちんまいの。あんたらは残れ。白いのは知らん」
「え……」
その時のアウェルの表情は以前にも見た物だ。あの時、村の人間にセルシアを脅す材料にされていたと知ったあの時と同じ顔だ。
「いや、あの。セルシア? ゼフィルカイザーはオレがいないとまともに戦えないんだけど」
「その辺のごろつきでいいでしょうが。
大体ね。あんたあたしの父さんに言われたって言うけど、それならあたしだっておじさんおばさんからあんたのこと頼まれてるんだけど。
これ以上危ないことさせるわけにはいかないわよ」
「でもさ、でも」
「はいそこまで」
そう割って入ってきたのはリリエラだ。
「私のベルエルグも傷ついてるし、そっちの白い魔動機が十全の状態じゃないとこっちも困るのよ。
それにうちには私とやりあえるような腕前の魔動機乗りはいないんでね。その子が私とやりあったっていうのが本当なら出てもらうよ」
「オバハンは黙っててくんない?」
今までにない殺気でリリエラを睨み付けるセルシア。だが、リリエラに臆する様子はない。どころか、何がおかしいのか含み笑いをしている。
「――何がおかしいのよ。それともそんなに死にたいの?」
「いやまあおかしいっちゃおかしいわ。いやほんと、アレの娘とは思えないねえ」
その一言に、剣を抜こうとしていたセルシアの手が止まる。
「……忘れてた。あんたに会ったら聞きたいことがあった。あんた、あたしの父さんについて何か知ってるの?」
「知ってるもなにも――いいや、そうだねこうしようか。あんたらの一味がエルフ討伐を手伝ってくれるなら、さっき言った分け前に加えてあんたの両親について教えてあげようじゃないか」
「――あたしは、別に、そんなもんどうでも……」
口ではそう言うが、動揺は隠せていない。
セルシアの父がどのように死んだかは、ゼフィルカイザーもアウェルから聞いていた。
何者かによって殺された可能性が高く、最後にセルシアに「母親のようになるな」と言い残したという。
二人の親子仲は物心ついたころから二人を見ているアウェルから見ても複雑なものを匂わせてならなかったらしい。
そしてセルシアの両親の素性を知っているらしい目の前の女頭目は、自称騎士。こうしてごろつきの一団を仕切っているあたり、没落したか罪を犯したかのいずれかで出奔でもしたのだろうが、騎士であるという点は事実だろうとゼフィルカイザーは判断していた。
(これらの条件から導き出される結論は……可能性が高いのは王侯貴族の落胤かなにかか)
人並み外れたセルシアの容姿。さらには騎士、つまり軍人である人間をうならせるほどにアウェルを鍛えたその父親。
ロボットアニメにおいて、ヒロインが実は王家の血を引いているというのは最早様式美ですらある。ゼフィルカイザーが以上の材料からその結論に達するのは容易なものだった。
とはいえあくまで推論であるし、己の推論などこの赤い髪の少女には何の意味もないだろうことは理解できていた。
むしろ、このやりとりで今までうすうす感じられていたことが一つ確信できてしまった。
(俺、こいつに嫌われてるなあ。まあ大事な弟分を危ない目に遭わせる元凶と言われれば、否定はできんが)
ただ、背伸びしたがる年齢でああも抑圧されているアウェルの気持ちもよくわかる。むしろこれだけ過酷な世界でただ守ってやるだけというのはそちらのほうがマズい気がする。
「セルシア。オレ戦うよ。オレも、おっちゃんのことが知りたい」
揺らいでいるセルシアに、意を決したアウェルが告げた。何か言いたそうにするセルシアだが、言葉にならず。
「……寝る」
そのままテントに引っ込んでしまう。
基本的に不器用な娘なのだろう、ゼフィルカイザーはそう思っている。決して悪い人間ではないのだが。
おろおろとしたパトラネリゼ、相変わらず表情の読めないハッスル丸に対して、リリエラは一人、また含み笑いをしていた。
『どうしたのだ、頭目殿』
「いやなに、若いっていいなってね。
……いや、本当、若いっていいなあって……あははは」
どんどん目が曇っていく。なら言うなと誰もが思った中、リリエラはアウェルの頭を撫でまわした。
「よく言った」
ただそれだけだが、アウェルは少しだけ晴れやかな顔をしていた。
それが昨晩のことだ。エルフは夜間は動かないと言うが夜間に活動する可能性が一切ないわけではなく、また要救出者がいても夜間の救出作業は共倒れしかねないという極めて現実的な判断によって、日が昇ってからの出撃となった。今はその準備の最中だ。
パトラネリゼは負傷者の治療をしているし、ハッスル丸はすでに先行して偵察を行っている。セルシアのみ、へそを曲げて狸寝入りを決め込んでいる。
整備の手伝いをするアウェルを、リリエラは相変わらず楽しそうに眺めていた。嫌な予感がしたゼフィルカイザーは、念を入れて釘を刺しておく。
『頭目殿』
「なんだい?」
『いくら日照っているからといってアウェルに手を出すなよ』
「あんたは私をなんだと思ってるんだい……!」




