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「まぐまぐ……やっば、なにこれうまっ!?
ちょっと食べて見なさいよアウェル、凄い甘いうまいし、なんていうかこう、うまいわよ。てか食べないならよこせ」
少ない語彙で、手にした果実の味をべた褒めするセルシア。手こそ引いたものの苛立ったままのセルシアにリリエラが差し出したのがこの果実だった。
アウェルとセルシア、ハッスル丸の手元にも同じものがある。
この分だと食べるものなのだろうし、毒でもないのだろう。
もっとも目の前にいるのはセルシアだ。セルシアだけ平気で自分は毒にあたるという可能性も十分ある。
だが、手の中の果肉から漂ってくるえもいわれぬ芳香にはどうにも抗えなかった。
「いや、そこまで言うなら食うけど」
「これも知識の探求のため、これも知識の探求のため」
「初めて見るものでござるなあ。いざ」
おっかなびっくり、三人も口をつける。とたん、甘みと程よい酸味が口の中で爆発した。
アウェルやパトラネリゼが食べたこともないような甘みと風味が口内と鼻腔を見たし、酒も飲んでいないのに酩酊感のようなものを味わわせる。
二人は知らない、これが美味に酔うということなのだと。
「む、なかなか。帝国の至宝と言われたウルトラゴールデンラズベリーアッポーに匹敵するでござるな」
(どんなんだよその果物! てえかベリーなのかリンゴなのか!?
むしろアイスの名前っぽいぞ!? ペンギンのくせに草食なのは……いや、これ以上言ってるとキリがないか)
同格の物を食べたことがあるらしいハッスル丸はそこまでの反応でもないが、しかし驚嘆しているのは確かだ。
ゼフィルカイザーとしては一口食べただけで顔面筋が崩壊してあられもない表情をしている二人を見ていると、食べてみたいやら怖いやら。
四人と、それにリリエラを加えた五人はたき火に当たっていた。余人の後ろには体操座りのゼフィルカイザー。
ゼフィルカイザー自身は現在セーフモードである。セーフルーム内に設置した二枚のモニターで、カメラアイとアウェルの首にぶら下がった端末からの光景を見ていた。
「こりゃ相当高級な果実ではござらぬか?」
「そうね、これ一つで金貨十枚ちょいになるわ。まあ鮮度が難点だけど。
あたしのこれなんか三十枚くらい。それくらいの値段がつくものよ」
言いながらリリエラは別の形をした果実のようなものから中の汁をすすっている。ココナッツのようだ、とゼフィルカイザーは思う。
4人が食べているのはしいて近い形状のものをあげるならマンゴーか。
「いや本当にうまいわ。こんなのくれるなんておばちゃんひょっとしていい奴?」
「今はあんたをどうやって葬るか考えてる最中だよ……!」
(つくづくナチュラルに喧嘩吹っかけに行くなあ)
「んで、一体どこで獲れるのこれ?」
「獲れるって言うか、あれよ。エルフの肝。ついでに言うと私が飲んでるこれは心臓」
ぶっ、とそれを貪り食っていたアウェルとパトラネリゼが噴き出した。セーフルーム内のゼフィルカイザーも同様だ。
「ごほっ、ちょ、エルフって、あの!?」
「そ。美味いでしょう」
「いやそりゃ美味いけどさ!?
ゼフィルカイザーじゃないけど、ああも人間っぽいのの内臓っていうのは……ちょっと待てセルシア、どこに行く」
アウェルが気づいた時にはセルシアは立ち上がり、森のほうへと足を向けていた。もっともアウェルとて、わかっていて聞いているのだが。
「ちょっと昼のエルフの残骸漁りに行ってくる」
「そうだと思ったけど頼むからやめてくんない!?
死肉あさりとかおっちゃんがあの世で泣くぞ!?」
「安心しなさい。これは果物とか野菜っぽいなにかよ。それでも問題なら生きてるのさばいてくるから」
「この闇夜に何物騒なこと言ってんですか!? 死にますよ!?」
周囲が全力で説教してどうにかとどまらせつつ、セルシアがリリエラに尋ねた。
「というかリリエラさん、襲ってきたら大変だと思うんですけど、ちゃんと警戒はしてるんですか?」
「私としちゃ、ミグノンで会った嬢ちゃんがなんでこんなとこにいるのかのほうが気になるんだけどね。安心しな、あいつら夜は動かないから」
今まで出てきた果実のような内蔵。さらにリリエラのその言葉で、エルフがどういう生物なのか、ゼフィルカイザーは見当がついた。
『頭目殿、昼は本当に済まなかった。その上で尋ねたいことがあるのだが』
「おお、声が出た。これ、本当にこの魔動機が喋ってるのかい?」
「そうですよー。割とすっとぼけたところがありますけれど基本はいい人、じゃない、ロボットですよ」
『お前にすっとぼけてると言われたくもないわポンコツ賢者』
「なんですと!? ポンコツはあなたでしょうがこの見かけ倒し!」
「あーもう、子供同士の喧嘩ならよそでやりな!」
(……ごふっ)
幾度目かわからない致命傷がゼフィルカイザーの心に突き刺さる。
「っとに、これだから自律魔道具の類は……リューの奴を思い出すなあ……んで、何の用だい」
『うむ。エルフとは、あれは植物だな?』
「え? やですねえゼフさん、植物が動いたりするわけないじゃないですか」
「いいや、その通り、エルフは植物だよ。なかなかの洞察力だね……どうしたんだい賢者の嬢ちゃん」
「ほっといてください。ええほっといてくださいな。
ゼフさんどうしてわかったんですか」
膝を抱えてうずくまるパトラネリゼ。最近賢者という肩書が機能していないが、同情はすまいとゼフィルカイザーは思う。
『お前たちが食べている部位が果物じみているというのもあるが、呼吸せず夜は活動しない、というので見当がついた。つまり日中は光合成を行っているということだ』
「コウゴウセイ? なんですかそれ」
『植物は光を浴びることで栄養を作り出すことができるのだ。これが光合成。逆に夜間は光がないため普通に呼吸をするはずだ』
つまり植物系モンスターの類だということだ。むしろここまでのことを踏まえてゼフィルカイザーが思うのは、
(エルフっていうかドリアードじゃねえか! おもっくそ別物だよ!)
ということだ。もっともあの森ヤマンバとでもいうべき凶暴性を目の当たりにした後ではドリアードにすら失礼な気がする。
「植物が光を浴びると元気になるって言うのはそういう理屈があったんですか!?
コウゴウセイ、光合成。なるほど……って、ちょい待ってくださいな。てことはまさかあいつら、日光を浴びてると無限に活動できるってことですか!?」
『水分も要するから無制限とは行かないはずだ。頭目殿が心臓が弱点だと言ったのもそのせいだろう。
しかし、森を痛めつけると出てくるとなると、和解することはできないのだろうか』
ゼフィルカイザーの言葉にリリエラがかぶりを振る。
「あんたらはまだエルフってもんを勘違いしてるね。あれはそんな単純なもんじゃない。
嬢ちゃん、さっき狩りに行っておかしいとは思わなかったかい?」
日が暮れる少し前、セルシアとハッスル丸は森に狩りに出ていた。なお、三人はこの間ずっと正座させられていた。
「そういや、えらい獲物が少なかったわね」
「同じく。苦労したでござる。ひょっとして何か関係が?」
「大ありさ。エルフは人を森へと攫って行く。人だけじゃない、動物もさ。
むしろ人を襲うようになったってことは、森の中の動物は全部狩られるか逃げ出すかした後だと思っていい。
そんで捕まった動物はどうなると思う?」
「餌にする……いやでも植物でござろう? 植物が動物を食うなどと」
『あるぞ?』
「えっ?」
『私のメモリーの中に食虫植物というのがあるが。虫を食って栄養に変える植物だ。
エルフが植物だと思ったのもそうしたものを知っていたからだ』
「さっきの光合成といい、ゼフさんが私の聞いたこともないような知識を……!
ハァハァ、お、お願いです、もっと、もっとお話ししてください!」
(うっわ、久々に見たなあパティの暴走)
上気した顔でハァハァ言う幼女。一部の性癖にとってはごちそうさまなのだろうが、ゼフィルカイザーからすればドン引きだ。
「正確に言えば、餌ってより肥やしにされるのさ」
リリエラの訂正を聞いてぞっとするゼフィルカイザーたちだ。
さしものセルシアもその意味するところが分からないわけではないのだろう、冷や汗を垂らしている。
「しかし、そうだとするとトリセルの町の人々は絶望的でござるな……」
「ん? なに、ひょっとして近くの町に被害でも出てるのかい?」
「ああ。近くのトリセルの町がエルフに襲われたんだ。
最初に討伐隊を出したけど帰ってこずに、逆にエルフが襲ってきて人を攫って行ったらしい」
「……そりゃどれだけ前の話だい?」
「長老殿の話では、最初にエルフが散見されるようになったのが半月前、人に被害が出始めたのが一週間前でござったか。
討伐隊が出たのが三日前で、その日帰ってこず、一昨日の昼にエルフの群れが襲撃してきて大量に人を攫って行ったと言うておったでござるな。
ガンベルが破壊されたのもその時だと」
『今更だが、奴らが何を使ってきたのかちゃんと聞いておくべきだったな……』
「で、ござるなあ。勇み足にもほどがある」
こちらの話を聞いたリリエラはぶつぶつと何ごとか独り言を言って、
「それなら、まだ助けられるかもしれないね」
そう言った。そのまま立ち上がり、野営地全体に響き渡る声で激を飛ばす。
「野郎ども、近くの町がエルフに襲われていたそうだ! だがまだ助けられるかもしれない――うまいことすれば謝礼とエルフのモツでしばらくは安泰だよ!
明日の朝には出る、今日はとっとと寝な!」
もう彼女が主人公でいいんじゃないか、そう思ってしまうゼフィルカイザーだった。




