003
人間だったころは自堕落な生活だったこともあり、寝起きはかなり悪かった。ぼんやりと目覚め、そのまま横になったまましばらくしてようやく目を覚ます、そういうスタイルだった。だが今の状況は寝起きがいいという言葉で済ませていいのか。
【メインシステム起動】
人だったころの目が覚めた感覚と同時、機体のメインシステムが起動する。まだ目を空けていないのにもかかわらず視界に大量に映るのは大量のシステムメッセージ。オレンジ色でチェック中となっているのがグリーンに染まっていくにつれて、体の感覚が確かなものになっていく。
眠った時はセーフルームで布団の中だったはずが、目を覚ますと強制的にこちらのボディ、というのは気分としては複雑なものだ。やはりこのあたりも設定変更は可能だが、ゼフィルカイザーは今朝はあえてロボットの体で起きることを選んだ。
【システムオールグリーン】
機体が己の意識と一致する。今自分は膝立ちの体勢だ。
下を見ればテントが一つ。中ではセルシアとパトラネリゼとアウェルが眠っている。今一人のペンギンはと言えば、一人黙々と火の番をしていた。
カメラアイに光が灯ったのに気付いたのか、ゼフィルカイザーに朝の挨拶をしてきた。
「おはようでござる、ゼフィルカイザー殿。お早いお目覚めで」
早いとは言うが、まだ日がさし始めたばかりだ。時計を見れば六時前。
『そちらこそ、火の番すまなかったな。私が見ているつもりでいたのだが』
「いやいやこの程度、拙者も無理言って同行させてもらっている立場でござるしな。子供らはまだ寝ておるし」
実際、何と言おうがハッスル丸が同行してくれているのは助かっているのだ。まだ二日三日の付き合いだが、それだけでも旅と言うものに対する経験値の差を知らされる。どこでも生きていけるだろうセルシアは別としても、アウェルやパトラネリゼには負担があったようだ。
そういった感覚が無くなっただけでも、彼が同行してくれているのは大きい。
「では、番を任せてよいかな? 拙者、朝食を取りに行ってござる」
『了解した。気をつけろよ』
「なあに」
ニヒルな口調で言って、その姿が掻き消える。こうしたところは間違いなく忍者だ。ただ、
(あれでペンギンじゃなきゃなあ。そこまで言わんがアデリー以外なら違うんだろうに)
表情が超読みづらい。変化がないわけではないのだが、今どういう表情をしているか全く読めないのだ。
(まあいいや、慣れるしかないだろ)
思って、立ち上る。三人を起こさないように極力音を立てないように注意し、立ち上ってから大きく体を伸ばす。
全身からみしみしと音がして、駆動系もアラートを上げてくる。が、伸びを続けていると、しばらくしてアラートが止まる。
そのまま体をあちこち動かしていく。その動作は、順番がところどころ食い違ってはいるが、
(まさかロボットになってラジオ体操やることになるとは思わなんだ)
ぼやきながらも、機体をあちこち伸ばしていく。音を立てるのでジャンプするようなものは省きながら体を動かしていく、と、
「あーもう、うるさいですねえ。なんですかいったい」
と、白い髪の少女がテントから這い出てきた。
『起こしてしまったか。音を立てないように注意していたつもりだったのだが』
「それだけガシャガシャ装甲が擦る音やらブンブン風切る音やらしたら気づきますって。ねえ?」
「おう。何やってるのさゼフィルカイザー」
同じく這い出てきたアウェルがゼフィルカイザーに尋ねる。
『昨日お前が言っていたことが胸に響いてな。私も努力をせねばならないと思ったのだ』
「え? いや、ゼフィルカイザーは十分強いじゃないか。
それに魔動機、じゃないロボットだっけ? それに鍛えるところなんてないだろ」
『そうでもない。私とてアウェルの足を引っ張っているのだ。駆動系の不備などでな』
格好つけてはいるが要は関節が硬い、ということだ。この体、馬力はロボットのそれだが、可動域はゼフィルカイザーが人だったころをほぼ完璧に再現している。
つまりは体がもともと硬い上に運動などほとんどせず、前屈をやっても手が床につかないような人間の可動域そのままということだ。
前屈に関しては今の体でやれば確実に腰が破損するだろうからやらないにしても、四肢の関節の硬さはかなり致命的だ。
『だからそれを解決しようと思い、私も努力をすることにしたのだ』
「ふーん。で、なんなんですかその踊り。なにかのまじないですか?」
『もともとは人間の体操だ。体をほぐしたり健康維持に効果があるらしい』
「へえ。んじゃあオレもやってみよう」
「あ、じゃあ私も」
「ただいまでござる。む、何やら楽しげなことを」
しばらくして。
「あーよく寝た、おはよ……ひっ!?」
テントから這い出たセルシアは、未知の光景にかつてない声を上げてのけ反った。そんなことは初めてのことだった。仲間三人と一機が朝日に向かってラジオ体操第二を黙々とこなす光景は、それほどの衝撃だったという。
「基本は相手の動作を読む、ということでござるな。そのあたりはゼフィルカイザー殿もわかっておられるかと」
『まあ基本だな』
対人対AIを問わず敵の動作を把握するのは基本中の基本だ。
「そして周りを見て、状況を把握しておくこと。これも肝心でござるな」
「戦ってる最中にそれって難しいんだけど」
「こればかりは慣れでござるよ。
昨日軽く試合って思ったでござるが、別段体のキレが特別悪いということはない。
腰の物も差しておるし、鍛練自体はしておったのではないかな?」
「おっちゃんにもらった練習用だよ。おっちゃん、魔動機の操縦はみっちり教えてくれたけど剣のほうはさっぱり教えてくれなかったし。
見よう見まねで素振りしてただけでさ」
「となると足らぬは戦いにおける動き方と戦況把握の術とあとは慣れと」
『それは全部と言わないか?』
「いやいや、食べるものも足らずに大きく育てなかった者もいるでござるよ?
他にも形質的に戦いに向いていない者もおるわけで……とまあ、この辺りは生身の話でござるがな。
しかし魔動機での戦いも基本は変わらんでござる」
(今更だけど重いなあ、この世界。
いやまあ、欠食児童がニュースに取り上げられる日本と一緒にしてはいかんか)
『形質、というのは身体的な特徴のことでいいのか?』
「そうでござるな。拙者のように魚っぽい……いや、鳥なんでござったか?
まあそういった特徴のことでござるよ」
(ぽい、じゃなくてまんまペンギンだよお前は!)
内心でそう叫ぶ。男三人がそんな風に、戦闘談義をしている一方。
少女二人はゼフィルカイザーの肩の上にいた。もっと言うと、ぶすったれたセルシアをパトラネリゼがなだめていた。
「いい加減機嫌治してくださいよ、ほら」
「べっつにー。機嫌悪くなんてないしー。びびってなんかないしー」
微妙に顔を赤らめつつ、口をとがらせるセルシア。ひきつった顔をみんなに見られたのが相当堪えたらしく、このように朝から拗ねたままだ。
「あーもう。子供じゃあるまいし……」
(とことん実年齢と精神年齢が一致せんなあ、このパーティ)
横目にそれを見つつ、コックピット内にも意識を向ける。機体の主導権をアウェルが持っているためでもあるが、こうやって方々に同時に気を回すことにも慣れてきていた。
『次の町はもうすぐなんだったか?』
「ええ、トリセルの町です。ミグノンともよく取引があって、この辺の村の中心みたいなところなんです、けれど」
『けれど?』
「モルッドはトリセルの傘下だったんですけど、ドラゴンが来たことを伝えに行っても門前払いを食らったそうなんですよ。それもかなり荒っぽく」
「その町には戦力は?」
話を聞きつけたハッスル丸が質問してきた。こういう時はプロの忍者であるということを感じさせる。
「ミグノンと同じですよ、ガンベルが三機あったはずです。
通常、ドラゴンは一匹あたり最低でもガンベル二機、できれば三機で応戦するべしと言われてます。
まあ二匹いたわけで、結果的にはよかったのかもしれませんが」
『が?』
「使いに行った人の話ですと、どうも様子がおかしかったらしいんですよね。
どれだけ取り合っても町にも入れてくれないからすぐ帰ってきてしまったそうなんですけれど、あとから考えるといくらなんでもおかしいって。
そりゃそうです、ドラゴンが出たなんて話なら聞かないわけにはいかないですからね」
つまり、それらから推察できることは一つだ。ドラゴンか、あるいはそれ以上の厄介にその町が直面している可能性がある。
頭の回る三人がその結論に達したとき、丘の向こうから何かが猛然とかけてきた。即座に警戒態勢を取ったゼフィルカイザーが見たのは、馬車だ。
もっとも馬車というがそれを引いていたのが四足歩行のバッタだったのだが。
(もはや突っ込むまい)
諦めつつ、馬車を避ける。これまでの旅路で他の旅人なり行商人なりとすれ違うことは数度あったが、いずれもある程度立ち止まって会話を交わした。
あちらからすればゼフィルカイザーが物珍しいし、こちらとしても情報はほしいからだ。行商人なら魔物の素材をやりとりできる可能性もある。
だが、今回の馬車はゼフィルカイザーに目もくれず南のほうへと走り去った。パトラネリゼも冷や汗交じりにそれを見送る。
モルッド村を出るとき聞いた限り、自分たちがドラゴンを倒して以降、モルッドからトリセルへと向かった人間はいないはずだ。
つまりドラゴンが討伐されたことをトリセル側は知らないはず。それなのにモルッドへと向かうということは。
「こりゃ、本当にドラゴン以上の何かが待ってるかもしれないですね……」




