003
「あえ?」
そんな気の抜けた声が虚空にこだまする。周囲を見渡しても暗闇のみ。自分の体の感覚はあるが、目の前にあるはずの手の平すら見えない。
ここはどこなのか、そもそも自分はどうしてこんなところにいるのかと、己のつい先ほどまでの行動を思い返す。
「ええと?
ロボオタである俺は確か久々に秋葉原まで出てきてあちこちのショップを梯子して有り金はたいてあれこれ買い込んで……
あ、そうだ、通りの向こうのショップに限定版モデルが展示されてたもん、で……」
ついつい信号も見ずにダッシュで通りを渡ろうとしたところ猛烈な衝撃を食らったような覚えがあり、そこで己の記憶が途切れている。
臨死体験なう、ということなのか。首筋を寒気が走ったところに、
「残念だが、臨死ではなくもう死んでいる」
そんな声と共に、暗闇の中、彼の前方に光が現れた。光は最初ただの光であったのが、徐々に人のような輪郭をとっていき、男性的なフォルムの姿になる。
「いやいや、ちょっと待て。いろいろ突っ込みたいところがあるんだが、な
によりも……あんた誰? 光るおっさんの知り合いとかいないんだけど」
「おっさんとは失礼な。これは君の中にある大いなる存在のイメージに近い姿をとらせてもらっているだけだ」
「大いなるって、あんた本気でなにさ。神かなんかか」
「君の知る概念の中では、それが最も近い存在だ」
重々しく頷く光るおっさん。神だというそれは、彼が死を遂げたということを告げてきた。故に彼は次に、最も重要な質問を放った。
「俺が死んだっていうけど、死因は」
「トラックに轢かれて」
「じゃあ俺の今日一日の成果は!?」
「……は?」
予想だにしていなかったのか。そんな質問に、神を名乗るおっさんの顎が落ちる。
「いや俺関東とはいえ都内に住んでないし秋葉原に来るって行っても結構な重労働なんだぞ!?
それで気合入れてやって来て新作のフィギュアやらプラモやら買いまくったばっかだったんだぞ!? いやまあ今時ネット通販すればどこでも買えるもんではあるんだけどさ? だけどこういうのはこう、その場のノリっていうのかさ!?
やっぱり大量に商品が積んである中で目当ての品を見つけてレジまで持っていく、その過程こそが重要だと思うんだよ! 立体物は特に!
そういう行いが少年のころのときめきを取り戻させてくれるんだ!
ああとにかく、俺が買い漁ったフィギュアと超合金とプラモと新調した工具とその他諸々はどうなった!?」
「貴様と一緒にミンチになったに決まっておろうが」
「シット……! 神は死んだ!」
「目の前目の前」
「うるせえお前なんか神じゃないやい! 小学生に面倒事押し付けそうな外見しやがって!
そんなに言うなら今すぐ俺に専用ロボを授けてみせろ!」
「なるほど、不可能ではないが」
その一言に彼の動作が凍りついた。
「ほーらどうせ無理なんだろ――え?」
「まったく、例外であるということは理解していたがここまで外れているとは……ともあれ本題に入ってもいいかな?」
腕を組みながら肩を落としてため息をつく自称神。心なしか顔に青筋が降りているようにも見える。一方の彼は即座に正座し、
「どうぞ、お話をお続けください、神」
礼節ただしく続きを促す。
「まあいいだろう。君は本来ならまだ死ぬ運命にはなかった。しかしながら君自身の取った行動によって本来の運命にないはずの死を迎えてしまったのだ。これは本来ならあり得ないことなのだよ」
「というと……ひょっとしてあれか。いまどき流行りの転生させてくれるとかそういうのか」
「話が早いね。そうだよ」
なるべくフランクさを装って首肯する神。それに対する彼の反応が、
「断る」
このとおりである。この間0.1秒も空いていない。
「何故に!?」
「お前の外見が胡散臭いからだよ!」
「何故だ!? 先ほども言ったが君の中にあったイメージの姿だぞ!
こう、大いなる力を持ち、勇気ある者たちに戦う力を授ける存在という」
「それ俺の好きなロボットアニメシリーズの黒幕じゃねーか!」
「……え? 黒幕なの?」
「最新シリーズだと自分の休暇のために戦いを中学生に押し付けてな。
受験シーズンになっても戦いから解放されずに受験失敗したそいつらに復讐されてたぞ」
「えー……なにその展開」
「シリーズが続きすぎてマンネリ打破しようとしたらそうなったんだと。
去年は去年でロボット与えたクラスが天才ぞろいでロボがトドメに出てくるだけだったし、さらにその前は学級崩壊してて先生がロボに乗ってたし」
「うわぁ……ま、まあその辺の話はそれくらいにしておいて、だ」
神、話の流れを断ち切って強引に話題を戻す。
「とにかくだ。己の選択で運命を曲げる、という点で君は稀有な魂を持っていると言える。
そんな君にとある世界を救ってほしいのだよ。無論、それに必要となる力は望みどおりに与えよう」
両手を広げ、勧誘してくる神。それに対する彼の反応は相変わらず渋めだ。
「いや、俺そういうのそこまで興味ないし」
まったく興味をひかれないわけでないのだが、一方でそれにダボハゼのごとく食いつくほどでもない。それが彼の正直な感想であった。
「剣と魔法の世界だが」
「なお嫌だよ。俺運動嫌いだし」
「おっと間違えた。正しくは剣と魔法とロボットの世界だ」
その一言に目の色が変わる
「――なに?」
「だから魔物とかがいて、それに対抗するために人間が剣や魔法やロボットで戦っている世界だ、と言っているんだが」
「ファンタジーロボット物?」
「大体あってる」
「よしレッツ輪廻!」
「変わり身早いな!?」
「いやだってロボットだぞロボット!
2歳のころからロボットアニメに毒され続けてきた俺の念願がついにかなう時が来たんだぞ! これを喜ばずにいられようか!
ただの剣と魔法の世界ならロボットアニメもプラモもロボゲーもないから願い下げだったがな!」
全身で喜びを表現する彼の有様を見ながら、神は小声で呟く。
「適任だと思ったんだが……これ人選を間違えたか?」
「なんか言った?」
「いやなんでも。ともあれそういうことなので、望む力を言いたまえ」
「専用機の仕様とかでもいいのか?」
「構わんよ。ただ、初めのうちから無用の騒動を避けるために、できれば機体のサイズはあちらの世界のロボットの標準サイズくらいで頼みたいが。
大体7,8mくらいなんだが」
「んー、最近やってるロボゲーのロボと同じくらいのサイズか……それ、鉄の棺桶みたいなのじゃないだろうな」
「まず搭乗者の安全性の確保だな、了解した」
どこから出したのか、光るおっさんは手にしたメモ帳にペンを走らせている。
「えーと、んじゃあまず永久機関と自己修復機能搭載。これ必須で。
あと全地形対応可能な作りにしといてくれ。どういう世界かしらないけどあるなら宇宙も行けるようによろしく」
「いきなり贅沢だな」
「あと、当然っちゃ当然だけど乗ったらすぐ動かせるように操縦方法とか即座に分かるようにしといてくれ。それと俺以外動かせないように。
んで無茶苦茶な機動しても死なないように慣性制御システムも完備で」
「慣性制御完備、と。重力制御でどうにかしていい?」
「そいつは素敵だ。てか今気になったんだけど、その世界のロボットって魔法チックなもんで動くのか?」
「ああ、乗り手の魔力で動くものばかりだが。そうか、君自身に膨大な魔力を与えればいいんだな、よしわか」
「そういうのいいから。俺の専用機だけリアル系っていうか、科学路線の機体にすることって可能か?」
言葉を遮り、そんな注文を付け加える。
「できんことはないが……なんでまた?」
「他にもロボットがいる世界で主人公だけ特別な機体に乗っている。まあこれは当然のこととしてだ。その特別が同じ規格のなかで優れてるってだけじゃなんかありがたみないじゃん?
だからこう、そこから逸脱したようなのがいいなーと」
もはや言葉もない、といった風にメモを走らせつつ、続きの注文を促す神。
「んじゃリアル系路線だからビーム兵器とバリアくれ。それと手持ちの刃物系の武器。
ビーム弾くやつがいたら嫌だから実体弾の銃火器もほしいな。あとミサイル。それと弾薬は無限に作れるようにしといてくれ。
それに必殺技でなんかこう、手の平からバーっとなんか出るフィンガー系の武器たのむ。
それだけだと不安だから、一撃でどんな敵も吹っ飛ばすような超強力な武器もよろしく」
「ちょっと待てメモ取ってるから。
しかしなんでこう注文内容がやたらとアバウトなんだ。お前みたいなオタクはやたらとこういうのに凝ると相場が決まっているものだが」
「いやー、ロボットオタクではあるけどミリタリオタクとかではないからなあ。SF考証とかもめんどくさいし。
ロボゲーの数値基準でもいいけど作品ごとに違うしなあ」
「けっこのニワカが」
またも毒づく光るおっさん。彼は彼で今更気にする様子もなく注文を続ける。
「あとは俺が呼んだらどこからでも来るようにしといてくれ。それと乗ってる奴の気力とかで威力が変わるようなシステムとかって行ける?」
「不可能ではないがデメリットにしかならんと思うぞ、そんなの」
「大丈夫だ、ロボに乗れるだけで俺の気力は限界突破だ!」
「まあ分かった、と。ロボットについての注文は以上でいいのか?」
「あー、あと一つだけ。最強で無敵の機体にしといてくれ。主人公機が負けちゃ駄目だからな」
「それも了解した。お前自身についての注文はなにかあるか?」
「俺についてって言われてもな……ニコポナデポSEKKYOUくらい? そもそも俺、転生物とかってそんなに詳しくないし。
まあ言葉とかはちゃんと通じる方向で。外見も困らない程度の十人並でいいしな。ロボット物で美形はライバルキャラのやることだし。
適当な年齢になったら空から降ってきたロボと遭遇とかそういうシチュエーションが理想ではある」
「それはくらいって言わないと思うんだよね! そこまで行くと善処はするが確約はできんぞ!」
ヤケクソ気味の神に対して彼はよきにはからえと返す。もうどっちが上で下なのかがわからない。輝くおっさんはげんなりしながらメモ帳を閉じる。
「ああ疲れた。流石は例外だ、三千世界を見渡してきたがここまで面倒な人間はそうはいなかったぞ。あとそうだ、機体名はどうする?」
彼はしばらく首を捻ってから、決断的に答えた。
「ゼフィルカイザー。そう、ゼフィルカイザーだ」