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038-006

 大魔動機の攻性防壁、というよりは水蒸気爆発のごとき全方位への攻撃に、視界を持っていかれる。


『ッ……っとに、なんだってんだ、あいつ! つうか、いねえぞ!?』


 ゼフィルカイザーの前に、背中でかばうように降り立ったテトラの姿。傷を負った様子はまるでない。


『無事なのか、テトラ殿、キャプテン』


『この程度、なんともないでヤンス。あっちのアニキ、守りはともかく攻めは大したことないみたいでヤンス』


『ぐ……それよりゼフ殿、まだ終わってござらん! 彼奴の気はまだ――』


 強化武装を取り外して立ち上がる影鯱丸。どうにか駆動系は生きているらしい。

 ハッスル丸の警戒を受けてゼフィルカイザーはセンサーを巡らし、求める機影をあっさりと見つけた。賢学院の外、湖面の上。霊鎧装を脱ぎ捨ててメインフレームだけとなったアクア・ウイタエが浮かんでいる。

 その掲げた両手の上に、湖の水が集まり、球体を形成していく。


「あれ、またさっきのウォーターカッターとかいうやつか!?」


『芸がねえな。どんだけ魔力使おうが、その程度しかできないってんなら大したこたぁねえ。

 オレ一人でもなんとかなるから、二人はパティの奴を――』


 その一言が呼び水になったかのように。アクア・ウイタエの掲げた水球が脈打ち、だけでなく、発光しだした。途端に、ゼフィルカイザーのセンサーが捕らえるエネルギー量が、かつてない域にまで振り切れる。


『ッ、これは――』



『『機動奥義ライザーアーツ――アトミック・レイ』』



 光が、放たれた。



『ッ……!!』


 一瞬のラグを開けて、ゼフィルカイザーは意識を取り戻す。周囲の光景は一変していた。

 かつて、トメルギア公宮でラグナロクと戦ったときとが、感覚的には近いだろうか。莫大な熱量で、あったはずの賢学院のエントランスは跡形もない。周囲に転がっていた機体も、跡形もなく、それこそコアすら残さずに融解している。

 ゼフィルカイザーとテトラが、慌てて障壁を展開しなければ、間違いなくああなっていた。


『ッ、そうだ、テトラ殿――』


 見下ろせば、全身の霊鎧装にヒビの入ったテトラの姿。だがゼフィルカイザーとて、全身の装甲の表面が熱で剥離し、O-エンジンの出力まで回してラジエーターを稼働させてどうにか堪えていられる状況だ。


『あとはハッスル丸は――』


『き、危機一髪に、ござった』


 なぜか声がテトラから聞こえる。厳密には、握りしめた左手の中からだ。


『オメーのためじゃねえ。オメーみたいなやつでも、なんかあったらカノの奴が泣くだろうが』


『クエッ……かように申してくださるとは、拙者もう、メグメル島に足を向けて寝られんでござるなあ』


『そーいうのいらねえって。で、それより、なんなんだよこれ』


 軋みを上げ、魔力を注いで霊鎧装を繕っていくテトラ。同じく出力を引き上げ、装甲と駆動系を修復していくゼフィルカイザーは、頭上、今も煌々とこちらを照らす光と、その真下にいる機影に目をやる。


『こりゃあ――ッ、キャプテン!』


『アウェル!』


 とっさに叫ぶ二機。同時に、光が次々と二機めがけて降り注ぐ。エントランスだった場所を離れて湖面を逃げ惑う二機を、容赦なく追う光条。


『なんっ、なんなんだよ!? あいつ、水の精霊機なんだろ!? こんなの、火とか、いや、いっそ光の魔法じゃねえか!?』


『魔法、なんでヤンス!? この光、何の魔力も感じないでヤンスよ!』


 テトラの雑魚口調に怯えが乗って、余計真に迫って聞こえる。だがゼフィルカイザーのセンサーでもとらえている。降り注ぐ光、巻き起こる水蒸気爆発には、魔力的なものは一切感じられない。


『一体、これは――』


『ふ。あはははは! だから言ったのですよ、無知だと!』


『この程度にも理解が及ばず、よく我を下級と罵った、己を上位機などとほざいた!』


 上空から光と共に降り注ぐ嘲笑。降り注ぐ威力の桁外れぶりが、照準させる間すら与えない。


『ッ、なら教えてほしいな、賢者サマ! そしたら真似してやんよ!』


『は。できるはずがないでしょう。水が、何からできているかも知らない分際で』


 朱鷺江の挑発に、やはり嘲笑で返すミルトカグラ。


『……はぁ? 水は水だろうが、他に何があるって言うんだ――』


『――水素と、酸素か』


 ゼフィルカイザーは当然のように理解できた。必修の化学で習う範囲のことだ。


「なんなんだ、それ!?」


『詳しい話は後だ。だが、水素と酸素を分解したところで、それを燃やした程度でこんな威力が得られるはずが――いや待て、水素?』


 ゼフィルカイザーはそれを知っている。学校で習うことだ。ただし、化学ではない。物理の領域の話だ。なまじロボオタでSFに通じているゼフィルカイザーだからこそ、それがより理解でき、


『――いやいや待て。理屈はわかる、だが、可能なのか、そんなことが――』


『あら、お気づきになったようですね。答え合わせをしてあげます、言ってみるといいです』


『――水素を直接操作しての、常温核融合?』


 今度はゼフィルカイザーの音声に、怯えが乗っていた。

 核融合。SF、ロボット物などでは実用化されているケースが多いがゆえに、ゼフィルカイザーもその理屈はそれなりに知悉している。そして魔法の万能性も知っているがゆえに、その結論に到達できてしまった。

 もし、水を、電気を用いずに水素と酸素に分解出来たら?

 その水素のほうを、一つ一つ自在に操作できたとしたら? 自然界に存在する微量な重水素を選別することができたら?

 本来であれば数万度の温度が必要な水素同士の衝突を、魔法で可能と出来たら? 生成される三重水素トリチウムを、さらに操作して衝突させれたら?

 封じ込め機構は霊鎧装を用いているとすれば?

 証拠はいくらでもある。今ゼフィルカイザーのセンサーが感知し、島に来訪した時とは比べ物にならない勢いでアラートを鳴らしているように。


【膨大な中性子線を確認】

【本機内は安全です。操縦者は絶対に外に出ないでください】


 降り注いでいるのは、核融合の際に発生するプラズマと中性子線のカクテルだ。それがビームとなって、ゼフィルカイザーとテトラを狙い撃ちにしようとしている。


『ッ――テトラ殿! キャプテン! 絶対に当たるな! すぐにこの場から逃げろ!』


『ど、どうしたんスか?』


『この程度で逃げられっか――うおっ、悪い――おわっ、ちょ、退いてくれ――ちょい婆さん、悪い、頑張ってくれ』


 コックピット内は相当ひっ迫した状況のようだが、ゼフィルカイザーからすればそれどころではない。


『これ以上の状況があるか! 君が赤ちゃんを産めんようにでもなったら、ガルデリオンに申し訳が立たん……!』


『赤ちゃん――って、え、マジで?』


「なんと……それは困るでござる!」


『お前はこの際去勢されてろエロペンギン!』


『流石にそれはまずいでヤンス、ちゃんと守っとくとして――ぜ、ゼフやん、オイラは操縦者に害ありそうなもんは全部弾くでヤンスけど――この嫌な感じのなんか、そんなにヤバいでヤンス!? なんでヤンスか、アレ!?』


『細かく省くが、水は二つの物質からできていて、その片方を超圧縮すると太陽になる、つまりこれは太陽に狙われているようなものだ……!』


『ふ、やはり先史文明の機動兵器、そんなことまで知悉しているとは。私が初めて見出した方程式だというのに』


 ビームを降らしながら、しかしわずかに手を緩めるミルトカグラ。採点気取りか。


『パティの言っていた賢学院が山に埋もれていたという話といい、この島の妙に高い放射線量は、これのせいか……!』


 この威力ならば、山の一つや二つ消し飛ばして有り余る。そして有り余った威力は、土壌の物質を放射化していくのだ。


『その通り! これこそ私がたどり着いた魔法と科学の極致! ソーラーレイなどというちゃちな蓄光器とは比べ物にならない、真なる太陽!

 機道奥義、アトミック・レイ! その威力は山を削り、島の生態すら変えるほど! 今度こそ邪神を滅ぼすために編み出した、究極の機動奥義です……!』


 宣言し、さらに光を次々と降らせるアクア・ウイタエ。すでにフルドライブに移行しているのに、攻め手が見つからない。今まであらゆる攻撃を相殺、消滅させてきた金色の粒子が、エネルギー量に圧し負けるのか、バリアが揺らぐのだ。

 そもそもが魔力を含まない攻撃には絶対的な防御性能を誇る霊鎧装エレメイル、それも魔王軍四天王機であるテトラがあれほどのダメージを負う時点で、その威力は計り知れない。


「な、なああれ、水を燃やしてんだよ、な? ならそれが燃え尽きたら――」


『核融合で得られるエネルギー量はそういう次元じゃない、こんなもの、余波をぶつけているだけだ! これのどこがアクア・ウイタエなんだ――』


 現実での核兵器の威力を思えば、この程度は本当に余波なのだ。封じ込め機構の役割を果たしている霊鎧装の許容限界となったエネルギーが放出されているに過ぎない。もしあの人工太陽を直に炸裂させれば、この島が丸ごと消え去ってもおかしくはないのだ。

 アクア・ウイタエ。ギリシャ語において命の水を意味する言葉だ。思いっきり地球の言葉だが、他の転生者の存在が確認できている今となってはそこはどうでもいい。

 ともかくアクア・ウイタエというと、そういう意味合いの言葉だ。現代においても、その名残は残っている。例えばウイスキーなども、語源はアクア・ウイタエだ。

 他にも北欧の方には、アクアビットというほぼそのままの名称の蒸留酒が――アクアビット(・・・・・・)


『あんなものを浮かべて喜ぶか、変態が……!!』


 ゼフィルカイザーの企業への恨みつらみが、抑えきれずに炸裂した。


「おわっ、なんだ急にキレて!?」


『これがキレずにいられるか! くっ、だが再生成は済んだ、行け……!』


 ミサイルを全弾発射。中身はフェノメナ粒子と炸裂弾が半々。核融合は緻密極まる計算が要る。粒子ミサイルで霊鎧装をたたき割り、人工太陽をかき乱してしまえば、もう一度反応させるまでの時間が丸々隙になるはずだ。

 そう踏んで放った、熱量感知式だとビームに巻き込まれると判断して軌道を事前入力したミサイルは――


『おや、これは危ない』


 またも、あっさりと避けられ、外れたミサイルはあっという間に撃墜されていく。アクア・ウイタエが避けたのはまあいいだろう。だが浮かべている人工太陽のほうまで避けたのだ。面の一つから、一気にエネルギーを噴き出して。そして跳ね上がる放射線量。


『核パルスによる急加速クイックブーストだと……!? あんなことまで、いやそれ以前に環境をなんだと思っている……!』


『どうですか、攻防一体、これこそ究極の機道奥義……!

 そして科学と魔法を極め、太陽すらも作り出す私こそ、太陽神ソルディオスと呼ぶにふさわしい……!』


 のたまいながら、アクア・ウイタエの指が踊る。と、湖からさらに水がまき上げられ、いくつもの水球を形成していく。


『まさか、まだ作れるってぇのか!?』


『ッ、ブラフかもしれんが……!』


 反応を始める前に撃墜していくゼフィルカイザーとテトラ。逆を言えば、それ以上のことができない、させてもらえない。

 言うだけのことはある、そう思わざるを得ない。

 水素一つ一つを制御する、とはいうが、ほんの一握の水の中にある水素原子だけでも、兆どころか京を超える数だ。最初に掲げていた水の量からすれば、総量は途方も知れない。

 それを制御するなど、どれほどの域の演算能力が必要になるか。演算に限っても、ゼフィルカイザーにだってできるかどうかわからない。

 それを、人力で成さしめる頭脳。天才というのすらおこがましい、そういう次元の脳力だ。千点どころか万点やもしれない。

 だが、分からないことが一つ、いや二つある。


『これほどの力があっても、邪神は倒しえなかったのか!?』


『いいえ、違いますよ! これはあの戦いの後、以前からの研究をもとに完成させたもの! これがあれば、邪神など私一人で倒していましたとも!』


『ならば――それほどの執念を持ってこれだけの力を完成させ、この時代まで生きながらえた者が、何故こんなことを!? パティさえ無事ならば――』


 その執念が正しいものならば。ゼフィルカイザーは改めて譲歩してもいいとすら思えていた。何よりパトラネリゼの素体なのだ。元は悪い奴ではないのではと、そんな淡い期待を抱き、


『決まっています、証明するためですよ! 私が、あの女に劣っていないと!』


 あっさりと、裏切られた。


『ニカカ! 大した腕でもない女武芸の分際で、王家の姫という立場だけでグリューの許嫁に、勇者に収まった女! ただの試し役の分際で! あんな奴に、私は負けていないんです……!

 だからせせら笑うんじゃないです、ニカカ! 天才の私を、これ以上あざ笑うんじゃないです! 私の方が優秀だと証明し、それを正史として記録し、語り継いでやるんですよ……!』


『――――は』


「ゼフィルカイザー?」


 いつの間にやらフェイスマスクが展開していた。ゼフィルカイザーの開いた口から、笑いがこぼれ、


『はははははは……! はっ、あっはっはっは……!』


 哄笑となった。心底馬鹿馬鹿しいというように。


『いやぁ……そうだな、そうだよな。高潔な目的意識を持った奴ばかりじゃあないよな、こういう下らんもののためにバカみたいな手間込めるやつもいるよな……!

 いや、いっそこっちの方が私にはわかりやすい……!』


『バカ、ですって? 誰に、何を――』


『バカだろう、横恋慕したあげく、とうにいない奴への敗北感でここまでやっているんだからな! 何がソルディオスだ、格好つけるなこのアトミックババア! 腑に落ちないなら歯ぎしりでもしていろ、太陽神サンゴッド!』


 笑い捨てて、


『そんな下らん妄執にパティを付き合わせるな……! あのポンコツはとっとと返してもらうぞ!』


『は、私を突破できないくせによく――ッ!!』


 アクア・ウイタエが慌てて顔を上げ、エントランスに大穴を、それに比べれば小規模な、上層部に風穴を開けた賢学院に目をやった。




「くっそ、刃が全然立たないじゃない! 臭いはしてるんだから、こっからに違いないってのに……!」


「ウチも歯が立たへん……周りのはわりかしヤワいのに、ココとか、今までにあった扉のいくつかもそうやけど、地下帝国ばりに頑丈やわ。どないなっとんねん」


『マスター、こうなればクオルが。ソーラーレイならば、いけるはずですの』


「そうするしかないわね。あっちだって、いつまでも時間稼ぎしてらんないだろうし――え?」


 セルシアの目が、ふと、はるか彼方でひときわきらめく光を見据え、




『あいつの、血筋――あの女武芸の目……! あいつが、いなくなれば……!』


 人工太陽がひときわ強く膨れ上がり、


「ッ、セルシア――」


『灼け死ね――!!』


 極太のプラズマビームが、賢学院上層部に叩き込まれた。




「雨の方、そんな、そんなことの、ために?」


「……流石に私も、あんな理由で生きながらえてるとは思いませんでしたわ。師取瀬しとらせは、本当に正しかった」


 テトラのコックピット内、かなり無理に詰め込んだ中で、かつての紫燭院と、今の緑照院はそれぞれに嘆きを吐き出した。

 自分たちが、どこまでも雨の方の、個人的な欲望の道具にすぎなかったのだから。


「……それでキャプテンちゃん、本当にどうにもならないの?」


「つうけど、な」


 操縦しながら、朱鷺江は口をへの字に曲げ、眼帯に触れる。

 おそらく、朱鷺江とテトラの本当の力――朱鷺江の魔族としての力と、テトラの災霊機ファントムライザーとしての力を合わせれば、何とかなるどころか、何とでもなる。

 だがそれはテトラの災霊機としての力、つまり瘴気駆動を用いることに他ならない。朱鷺江だけならともかく、人間の同乗者がいる状況で使えるものではない。


「ち、かといってオレ一人の魔力だけじゃ――」


「なら、ボクの魔力も使ったら、無理?」


「ああ? つっても、人間の魔力程度じゃ到底――」


 と、そこで気づく。コックピット内に、魔族のハーフの朱鷺江を凌駕する魔力が溢れている。

 賢者の二人ではないし、ディーでもない。ディーが抱きかかえている、ノーチャだ。だがいつの間にやら、アウェルと同じくらいだったはずのノーチャが、またしてもディーや朱鷺江と同じくらいに育っている。


「へ。い、いつの間に?」


「それが、戦ってる間に気づいたら」


「光、あびたから。お水もあるから」


 確かに、テトラは水の災霊機だ。そして外は赤道どころか衛星軌道なみの太陽光が次々と降ってきているのだ。植物にとっては、枯れるか育つかの二択しかない。


「ん……でもこれだけの魔力ならイケるか、なら、手ぇ貸してくれ。でも、機嫌悪ぃか?」


「あの光、ボク嫌い」


 草色の瞳を細め、簡潔に言い切るノーチャに、朱鷺江も軽く笑い、


「了解だ。なら、オレの言う通りに――」


 と同時、極太のビームが、賢学院めがけて放たれた。その様子に慌てるディーに、しかし朱鷺江は笑みを崩さない。


「っ、あれ、まさかツトリンちゃんとセルシアちゃんが……!」


「はっ、わかってねえな。あの程度でやられる奴に、シングの奴が惚れるかよ。このままだと見せ場取られちまう、行くぜ、ノーチャ」


「うん……!」




「……拙者の立場はいったい」


『じっとしてるッスよ』


「御意にござる」


 ペンギンはテトラの手の中、握りになっていた。

※次回は8/31掲載です

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