003
森の中を、セルシアを乗せた輿が進んでいく。
その背後を、巨体を木々に隠しながら進んでいくゼフィルカイザー。コックピット内には操縦者のアウェルと、念のためということでパトラネリゼが乗り込んでいる。
アウェルは緊張した面持ちで周囲を警戒している。だが、そのアウェルが乗っている機体は、今はアウェルに操作権が言っていないのだが、挙動不審と言っていいレベルであたりを見回していた。
「あのさ、ゼフィルカイザー。一体何をそうビクついてるのさ」
『黙れ……! こともあろうに忍者を引き入れるなどと……!
ハァーッ! ハァーッ! 恐ろしい……私は恐ろしい……!!』
「あの、ニンジャって言ってますけど、それって何なんでしょうか?
私聞いたことないんですけど」
「賢者さま、知らないこと多くない?」
「仕方ないでしょう、私も所詮は辺境育ちなんですし」
アウェルの皮肉交じりの揶揄をあっさりと流すパトラネリゼ。
普段ならアウェルに釘をさすところなのだが、ゼフィルカイザーにそんな余裕は微塵もない。足元の草ががさりと動く。
即座にヴァイタルブレードを向けるが、リスとウサギの中間のような生き物がいただけだ。
『ええい、忍者め! どこにいるかさえわかればこちらのものだというのに!』
当の忍者は影ながらの援護に回る、と言っていた。そしてモルッド村を出て数分もしないうちに姿が消え失せていたのだ。
ゼフィルカイザーの音声は現在コックピット内のみの出力になっている。
だからというわけではないが、先ほどからゼフィルカイザーの動揺塗れの声に業を煮やしたパトラネリゼが聞いてくる。
「いやだから、忍者って何なんですか?」
『忍者というのは、奴らのような姿恰好をした奴らのことだ。
奴らはああ見えて暗殺や破壊工作のプロフェッショナルでな。その手の技術を研鑽してきた集団なのだ』
「はー。ゼフィルカイザーはなんでそんなこと知っているんだ?
記憶がないんじゃなかったのか?」
『奴を見ていたら突如としてメモリーが浮かび上がってきたのだ!
忍者に苦しめられた忌まわしい記憶が……!』
「それって、ゼフィルカイザーさん……ああもう、長いしやっぱりゼフさんで。
ゼフさんは忍者と敵対していたんですか?」
『その前にその略し方はなんとかならんか。もう少しかっこいい感じで』
「じゃあゼッフィー」
『ゼフでいいですはい。
でだ。私は奴らと直接敵対していたわけではない。むしろ形式上は奴らは味方だったのだ』
「ならなんでそんなにビビってんのさ」
『知れたこと! やつらは私が得るべきだったものを奪い取って行ったのだ!
賞与も、経験も、賞賛も、フラグも!』
「え、ええと?」
ゼフィルカイザーのヒートアップぶりに狼狽する二人だが、なおもゼフィルカイザーは止まらない。
『いいか、忍者と言うのは汚く、卑劣で、なにより人の戦果を横からかっさらっていくのだ! 味方面をしてな!
私は詳しいんだ!』
ただしゲームでの話である。
なんのことはない。ゼフィルカイザーが長年楽しんでいる名作ロボットSLGにおいて、時折登場する忍者ロボの味方NPCがいたのだ。
その絶大な力でゼフィルカイザーの部隊は幾度となく助けられた。
そう――ゲームバランスからして非常識極まりない性能のそいつは敵を片っ端から血祭りにあげ、敵から得られる報酬などを全部かっさらっていったのだ。
しかも味方扱いなので撃墜不可能。その所業はゼフィルカイザーのAIに深く刻み込まれていた。
「つ、つまりなにか? あのニンジャだっけ?
あいつが手柄を横取りしようとしてるって言うのか?」
『その通りだ! 私が奴らにどれだけ煮え湯を飲まされたか――そこかぁっ!?』
再度茂みにヴァイタルブレードを向ける。だが、そこにいたのは。
『なんだペンギンか……いやまてなんでペンギンがこんなところに!?』
そう、ペンギンである。
白と黒のツートンカラーの鳥が、よちよちと歩いている。
「ペングィン? ていうんですか? 私も始めて見る動物ですけど」
「同じく。てか、なんだアレ? 獣か?」
『いいや鳥だ。私の知るものと同じ生き物であれば、だが』
カメラアイで拡大すると、ペンギンのほうもこちらを見ている、ような気がする。
気がする、と言ったのはペンギンの目の焦点がつかみづらいからだ。
余分なパーツのみられない、これこそペンギンと言った風貌。なのに顔に関して言えば表情の読みにくい、どこを見ているかわからない目つき。
(えーと。トサカとかないからイワトビではない、サイズがそんなにないから皇帝とかでもない、なんだっけか。
フンボルト、ケープ、えーと……あ、そうだ。アデリーペンギンだ。あの焦点が合ってるのかあってないのかわからない独特の目つき)
とあるロボットアニメにペンギンが多量に出てきた影響で、無駄にペンギンの種類を覚えてしまっていたゼフィルカイザー。
まさしく、ゼフィルカイザーの知るアデリーペンギンそのままの鳥がそこにいた。
もっとも、姿形こそ似ているがこの世界の生物である。どこに突っ込みどころがあるか分かったものではない。
「あんな形の鳥とかいるのか? 飛べそうにないぞ?」
『あれは海を泳いで魚を取ったりする鳥なのだ。
本来はかなり寒冷な地域にしか住んでいないはずなのだが……まあ私の知る鳥と同じ種類かどうかはわからんか』
なにせファンタジー世界なうえに、今まで目にした生態系が生態系である。あの形状で無脊椎動物だったとしても今更驚かない。
首を傾げたペンギンは、そのままよちよち歩きで森の中へと消えていく。
「やっぱりミグノンの町を出てよかったです。知らないものが沢山目にできます」
「ところであの鳥、食えるのか?」
『知らん』
生物系の知識は専門外である。
そう言って再度、あたりを挙動不審気味に警戒しながら列の後を追う。
「でもさっきの鳥がゼフさんの知ってる鳥と似てるだけかもしれないんですよね?
なら、あのニンジャ? さんも外見が似てるだけで中身は普通かもしれないじゃないですか」
「そーだぜ、ゼフィルカイザー。
昨日話してたけど気のいいおっさん、いや兄ちゃん?
とにかくそんな感じだったぞ」
『忍者とは潜入工作のプロだと言っただろう。そうして信頼を得て近づいてくるものなのだ。
大体名乗りもしない奴がどうして信用できる』
こりゃ駄目だ、とため息をつく二人。
だがゼフィルカイザーも現実とゲームの区別がそこまで付いていないわけではない。
ある一つの点さえなければ、「ああ、ファンタジー世界にお約束の東方の国の住人なんだな」の一言で済んだだろう。
(あの頑張という文字。この世界の人間が漢字を知っているはずがない。
ならば……やつも転生者かもしれない! あるいは転生者の関係者か!)
こうした結論にたどりつくのも仕方ないことである。その上で忍者でロボットを持っている、となると、そのような結論に達せざるを得ない。
なにせあの光るおっさんのことだ、他にも面倒事を押し付けられた奴がいる可能性は極めて高い。
そしてチート特典として忍者ロボでなりきり無双しようとしている奴であったとすれば。
自分水準で考えているせいもあるが、ゼフィルカイザーの考えはこのあたりで固まっていた。
独断と偏見を抜きにしても忍者は善寄りの物とは言い難い側面が強いのだ。
無論正義の忍者ないし忍者ロボがいないではない。
だがそれ以上に汚かったり卑劣だったり邪悪だったりする例が多いのも事実なのだ。
「まあいいけどさあ。姉ちゃんが危ないんだし、ドラゴンが出てきたら冷静に頼むぞ?」
『そのくらいはわかっている。
なに、奴がドラゴンを仕留める前に私が仕留めればいいだけだ。ククク』
二人が不安に頭を抱える中、森が開けてきた。
その先に輿が進んでいくが、ゼフィルカイザーはその手前で待機する。そのうちに、木々の向こうから翼が羽ばたく音が聞こえてきた。




