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035-005

 そうして、男たちの激突は終わりに向けて加速しだした。シングの技、立ち回りのキレがどんどん増していくのを、アウェルは吸収するかのように追いついていく。

 空気がかき回され荒れ狂い、砕けた床や壁の欠片や、さらには互いに攻撃を食らい始めた白と黒の二機の破片があたりに飛んでくる。


「危なくなってきたか。あんたら、もう少し下がってなさい。いるんでしょ、変なの」


「変なのとは失礼でござるな……!?」


 しゅたっ、と妙に耳障りのいい効果音付きで、生身のハッスル丸が姿を現す。眼下で繰り広げられる戦いに、案の定の無表情だが、どことなく喜悦の空気を漂わせている。


「ささ、下がられよ。拙者が防壁を張るゆえ」


「二人とも……ここまでしなきゃいけないんですか?」


「パティ殿。男子とは、女子が懸かったとなれば、もう馬鹿になるしかないもんでござる。かくいう拙者も馬鹿をやってきた口ゆえ」


 歴戦の古兵ふるつわもののようなことを言うが、このペンギン、シングと同年代のはずなのだが。最も、下半身の戦績は確かに戦犯ものだが。

 セルシアは下がることなく、パトラネリゼに告げる。


「ここまでやんないといけないのよ。あたしも、それにあいつらも」


「け、けどセッちゃん。ああも熱くなってまったら、こりゃ、ケガじゃすまんかもしれへんで?」


『……マスター。何故なんですの』


 セルシアに、周囲から非難ともとれる声がいくつもかかる。だが、ならこちらの方も聞いてみたいことがある。


「逆に聞くけどさ。あんたら、白いののどこが好きなのか、ぱっと言える?」


 と、セルシアが投げた剛速球に、


「は、はぁ!? べべべ、別にですね!? ぜぜぜ、ゼフさんのことなんかその、私はですね!? あいえ、違います、違いますよ!?」


 名指しで尋ねたわけでもないのにパトラネリゼは狼狽し、


『えっ……!? それは、その……気高いお姿に、泥臭くとも勝利を求める姿に、それに時折見せる弱さに……キャーもう数えきれないですの!』


 クオルはちりちりと赤熱し、


「味」


「うん、金物。あんたのそれだけはあたしも真似できんわ」


 理解したくない返答を投げ返してきたツトリンをそんな風に流して、


「で、あんたらは?」


「っ…………」


「おねーちゃん?」


 押し黙り、唇をかむリュイウルミナをノーチャが心配する。そんな二人の肩を抱いて、


「背伸びして、無茶やって、それでもめげないところ、かな」


 ディーがぽつりとつぶやいた。


「そういうところがかわいいかなって、そう思ってたんだけどね」


 嘆息交じりの物言いは、セルシアに物申してやる、という風が満々だ。だがその程度で揺らぐなら、セルシアはこんな馬鹿を望んでいない。


「で、誰かさんは、アウェル君やシング君のどういうところが好きなの?」


「強いところ」


 それは変わらない。自分より強いと思わせる何かに、セルシアはどうしようもなく惹かれている。


「けど、強いって何かが、わかんないのよ」


「前に言ってたやつですか?」


 パトラネリゼが首をかしげる。前、と言われて、そういえば浮き島の風呂で、そんなことを話したか、と思い出した。


「それもあるけどさ。最近、たぶん絶対負けるって奴を見たけど、全然なんとも思わなくってさ。

 だから余計にわけがわかんなくなったのよ」


「絶対負けるって……ひょっとしてラームゼサル?」


「そんな名前だったっけ、あのウザいアゴヒゲ」


 名前は心底どうでもいい。ただ、何をどう思い返しても、勝てるイメージがわかない。あそこまで化け物と思わせるのは、母親以外では初めて見た。


「あいつもあたしのこと欲しいとか言ってたけど、全然疼かなかった。だから、あたしを疼かせる強いって、なんなのかなって」


 激突する白と黒。それを駆る二人。身勝手な望みのために無茶をさせているとわかっていても。


「父さん以外で、あたしを初めて倒した強さと。

 あたしより全然弱いのに、あたしを疼かせた何かと。

 ヒゲやらトカゲ女やら、あたしより強いのに、全然疼かないのもある中で。

 そのどっちが、あたしの本当なのかを、あたしは知りたい」


「シア姉……って、え? ちょっと待ってください。あたしを初めて倒した、って――ッ」


 セルシアの口にした命題に違和感を覚え、すぐその答えに達したパトラネリゼが懐の通信機に手を伸ばす。だがセルシアは、その手を掴み止めた。

 この激戦だ。機体制御に注力すると言っていたゼフィルカイザーが、この場でこちらの会話にまで気を配る余裕があるとも思えない。だが、直接通信をされたらすべてがご破算だ。


「ごめん。けど、させないわよ」


「ッ……最初から、アーモニアからずっとですか!? 色ボケ再発しっぱなしだったってことですかこの蛮族!」


 正直、弁解の余地もない。シングの正体を黙っていたのは、シングを近くで見て、自分の気持ちを見極めたかった、それだけなのだから。セルシアの身勝手以外の何物でもない。


「……ごめん。けど、あいつが悪いやつじゃないのは、あんたも前から知ってるでしょ」


 トメルギアで一緒に捕らえられたのだ。人となりを知らないわけじゃないだろう。


「そりゃ、そうかもしれませんけどねえ!? スッパ島にもそりゃいたわけですよ。じゃあ魔の森のときのあれとかも、そういうことですか……!! ハッスル丸さん!」


 パトラネリゼが呆れによろめきながらも助けを求めるが、ハッスル丸は結界を描きながら動こうとしない。


「先ほども言うたでござろう。こういうときの男は馬鹿でござるからな。何があろうと横槍を入れるは無粋にござる。拙者、馬に蹴られたくはないでござる」


「然ぁり、そういうもんじゃぁて――こちらの作業は終わったぞい」


「エンカさん……まさかエンカさんも知ってたんですか!?」


「無論、孫のようなもんじゃぁからの。なに、悪いようにはならん、どっちかが振られるだけじゃぁて」


 かんらかんらと笑う白いゴブリンと、クエックエッと笑う色ペンギン。

 他の面々は何のことやらと首をかしげるが、ここで騒いだところで、下の戦いはもう止められるものではない。それくらい、パトラネリゼにもわかる。


「その、どーいうことなんや、パトやん?」


「……ケリがついたら説明したげます。っとに、シア姉、あとで土下座ですよ、土下座」


「なんなら鉄板の上に急降下しながらやったげるわよ」


「余計なオプションいいですから。っとに、これだからこいつらは……」


「まあまあ、その辺に、パティ殿。拙者のほうで、念を入れての仕込みもしておいた故。

 では――セルシア殿、ごゆるりと」


 背後で、魔力の光が壁を作る。タイミングよく、銃弾もかくやという速度で飛んできた破片が、セルシアの頬を裂いた。血が一筋流れすぐに止まるが、セルシアは目をそらそうとしない。そらしてはいけないのだ。




 黙してアウェルの操縦に機体を任すゼフィルカイザーは、聞いていないというか、そもそもセルシアたちの会話が入らないようにカットしていた。下手に雑念が混じってアウェルの足を引っ張る気もないからだ。


(まあ、さすがに本気でヤバいことならパティが通信入れてくるだろうし)


 こう楽観してしまったのは、セルシアの情念と、その天秤の片方に乗ったガルデリオンが、パトラネリゼにそれなりの信頼を得ていた、ということを読み違えた故だが。

 ダイキャストとプラスチックと有機溶剤の臭いが恋人だったような奴と、刺されようとも愛を囁こうとする妖鳥忍者ペンギンの差が出たとも言えるか。

 黙っているのはアウェルの意地を立ててやりたいというのもあったが、その意地と変わらぬ熱をぶつけてくるシング、その戦場に、自分の立ち位置はないと割り切っていたためでもある。


(このタイミングでこんなバカをやるシングがそれでもガルデリオンなのか、それともガルデリオンがもともとバカなのか――まあ男ってこういうときはバカになるもんだけどさ)


 数多くの三角関係を見てきたゼフィルカイザーは、ハッスル丸と同じ結論で推移を見守ってきた。

 そもそもロボットアニメは戦争をやっているケースが多い関係上、その中で生まれた恋だの愛だのは非常にドロドロしたものになることが多い。だからこんな風に決闘でケリがつくならむしろさわやかな方だ。


(まあ、仮にアウェルが負けたらヤンデレストーカーと化す可能性もあるからそれを引き留める準備もしておかんといかんが――勝てよ、としか言えんか)


 ゼフィルカイザーは、この戦いにおいては与力ではあるが、しかし実質、傍観者にすぎなかった。




「セルシアが強いと、そう認めているなら、なぜその背中を押してやれない!?」


 シングが激昂と共に二刀を叩き込む。だが、アウェルはそれを真っ向から受けた。だけでなく、いなしてのけた。


『ろくでもないことにわかってるからに決まってるだろうが……!!』


 追い打ちの斬撃がミカボシの装甲を削っていく。だがミカボシとてそれだけではない。質量と体格に勝るミカボシはそれ自体が凶器だ。右の裏拳で、ゼフィルカイザーの右肩をしたたかに殴りつける。

 装甲が砕け火花が散るが、それが緩衝材となったのか、駆動系は無事らしく右手の握りは変わらないままだ。そして苦鳴の一つも聞こえないとは、ゼフィルカイザーは本気でこの戦いに傍観者として参戦しているようだ。


「ろくでもないこととは――翁の言っていた先代勇者のことか!? それとも、ラームゼサルか!」


 邪神封印のために廃人になったというかつての勇者。そして勇者を己が功名と野望に利用せんとする枢機卿。確かに、シングも危惧している。だが、


「どんなものからも守ってみせる、彼女を血に塗れさせることもない、そういう覚悟があるからこうしてお前と戦っている! お前も、そうじゃないのか……!」


『だから、それがふざけんなっつってるんだ……!! んなことしたら、セルシアがまた気にして、心配するだろうがよ!』


「ッ――」


 誘うように隙を見せるも、乗ってこない。流石に同じ手を見せすぎた。センスがなかろうが、経験を積めば成長する。むしろ最近射撃戦闘に偏っていたのが、勘を取り戻しているというべきか。

 逆にこちらから攻めようにも、ミカボシの機体の重心の移動、ミュースリルの負荷や装甲の軋む音から次の手を読み、それを打ち落とせる位置へと切っ先を揺らしてくる。

 互いに後の先を狙う拮抗状態だ。ならばとシングは口を開く。この状況を崩せたらという狙いがないでもないが、それ以上に、はっきりさせなければならない。


「セルシアは当代の勇者だ。その宿命に向き合おうとするのを、お前は邪魔しているだけだ。それは、お前の独りよがりだ」


『――――向き合って、それでどうなると思ってんだ』


「なに?」


 アウェルの返しは、まるでシングの言っていることは見当違いだと言わんばかりだ。


『セルシアは強いさ。それに、本当はあれで優しいし人がいいんだよ。頼まれたら、やろうとしちまう。

 村がドラゴンに襲われた時だってそうだ。村の連中もオレも、ほっといて逃げればよかったのにさ。剣持つ手もブルってて』


 ついこの前、ドラゴンを貪り食っていたことを思うと信じがたい気もするが。けれど、彼女にそういうところがあると、シングは知っているから。


「それが彼女の強さだと、なんで信じてやれない。俺は、そういうセルシアだから、一緒にいてほしいと思ったんだ。そして、一緒に背負っていこうと」


『――アニキの言ってるそれは、強いってだけで背負えるもんなのか?』


 アウェルの一言は、何よりも鋭く、シングを貫いていた。シングの意識に生じたわずかな間隙に、機神剣が一閃する。

 反射的に引き下がれたのは、シングのセンスと経験の賜物だろうが――重々しい音とともに、左の小太刀の刃、その中ほどからが、地面に突き立っていた。

 折られたのではない。斬られたのだ。如何に機神剣の切れ味が埒外の物にしても、相当の技に加えシングに呼吸を合わせてこなければ、こんな芸当は不可能だ。


『そうだよ、セルシアは強い、だから自分の限界まで背負いこんじまう!

 けどセルシアの限界なんて大したことないんだよ、オレ一人だけでもあんな風にいっぱいいっぱいになっちまうんだからさ!』


 さらに踏み込んでくるゼフィルカイザーに、残る一刀を両手に構えて受けて立つ。火花が散り、床が砕ける。重量差ゆえに軽いはずの一撃が、やたらと重い。


「なら、お前なら背負えるとでも言うつもりか!?」


『背負えねえよ! 言っただろ、セルシア食わせれるくらいに稼げたらいいって、そんくらいしか思いつかないって!

 世界の全てへの責任だなんだって、そんなもん背負える、器だけっか? んなもん、オレにもセルシアにもありゃしねえよ! けどセルシアは背負おうとしちまうんだよ、強いうえにバカだからな!』


「ッ――それが、セルシアを見くびっていると言うんだ! もう一度言う、彼女は強い、お前のはただの独りよがりだ!」


『オレはその程度だよ、大したことなんてできない! けどセルシアだって、強くなんかないし、弱くたっていいんだ! それでも一緒にいてほしいし、一緒に、いてやりたいんだよ!』


 その一押しに、鍔競る太刀が砕け散った。




 シングはセルシアに勇者をやってほしくて。アウェルはセルシアに勇者をやらせたくなくて。

 シングはセルシアは強くなれるのだと言い、アウェルはセルシアは強くなくてもいいと、弱くてもいいと言い。

 セルシアを打ち倒した男は、セルシアの強さと可能性を認めてくれて。いつの間にか強くなった少年は、セルシアは強くなんかないと言って。


「あ――」


 思い出すのは、アウェルと共に、ずっと一緒にいてくれた人たち。アウェルの両親。おじさんとおばさん。あの辺境の村で、ナグラスとセルシアの盾になってくれていた人たち。

 何も知らないセルシアは、村の連中にいら立ちばかり募らせていた。けれど二人は、とくにおばさんは、そんなセルシアをいつもたしなめていた。セルシアにとって母親とは、あの人のことだ。

 けれど。辺境の人たちは、トメルギアの内乱――セルシアの母をめぐる争いを、セルシアの父が激化させたがために難民となった人たちで。

 ナグラスと旧知だったということはたぶん、アウェルの両親もその中に入っていて。ナグラスは、そうなった原因で。セルシアは元凶に瓜二つで。多分村の連中もそのことは知っていて。

 けれど二人は、少なくともセルシアやアウェルの見えるところでは、何の恨み言も言わなかった。村の連中からその手のことが漏れ聞こえてこなかったあたり、村の連中を抑えてくれてすら、いたのかもしれない。

 多分セルシアたちさえいなければ、アウェルたちまで八分にされることはなかったはずなのに。


「ああ……」


 ナグラスもヘレンカも、強かったが、けど強くなどなかった。互いの大切なものに向き合うことをしようとしなかった。

 ヘレンカはそれを知ってか知らずかああして意地を張るように生きてきて、ナグラスは故郷からも、勇者の末裔の使命からも、自分の娘からも逃げ続けた。召し上げられたのだからきっと俺の種じゃないと、自分でも信じていない嘘で覆い隠して。

 おじさんもおばさんも、セルシアやナグラスより弱かったが、ずっと強かった。二人を受け止めて、共にいてくれた。アウェルと一緒に。


「なら、そうだって、言うなら」


 気づけば、周囲は飛び散った二機の破片でズタズタになっていた。セルシアの服装も。そして刃を砕かれたたらを踏んだミカボシに、ゼフィルカイザーが機神剣を突き付けていた。


『……終わりだ。アニキ。セルシアはオレのもんだ』


 勝利を確信したアウェルの宣言に、しかしミカボシは立ち上がった。黒武者の装甲は傷まみれだが、それはゼフィルカイザーも同様。むしろゼフィルカイザーのほうが装甲の損傷はひどいくらいだ。

 だが、致命的な差があった。ミカボシから感じられる魔力は、もう、ほんのわずかだ。できて、あと一撃か二撃か。

 それでも黒武者は立ち上がった。


『いいや。まだだ。まだ終わらない。譲れはしない』


 後ずさりながら徒手空拳を構えるミカボシ。超重量級のミカボシは、徒手空拳だろうと油断できる相手ではない。ゼフィルカイザーが改めて機神剣の握りを強くし、


『だから――お前たちのすべてを超えていく。受けてみろ、アウェル、ゼフィルカイザー……!!』


 ミカボシがその脚力の限界を爆発させ、突撃し、ゼフィルカイザーは機神剣にて迎え撃ち――黒武者の装甲に、刃が切り込んだ。そのまま両断するのか、と誰もが思った次の瞬間――ミカボシが、分解した。


「え」


 胴鎧が機神剣を加えこみ、速度の乗った他の装甲がしたたかにゼフィルカイザーを打ち据える。

 超重量級のミカボシだからこそ纏える重装甲に、やはりミカボシの脚力が生み出した速度が乗れば、それはもはや魔動機の物理攻撃と何ら変わらない。

 全身の装甲に打撃が加えられ、流れる大量のアラートは内部フレームにもダメージが入ったことを伝えてくる。それでもどうにか倒れず堪えたのは、ゼフィルカイザーの性能と、これまで戦い続けてきたアウェルが培ってきた粘りのおかげだろう。

 だが、その背後。


『ッ……これ、は――――ッ、アウェル!!』


 衝突した装甲の中に、赤いコアを、コアのように見える魔晶石の半球を認識。それ以上に、後部カメラに映りこんだ映像に、この戦いの最中、一切口を出さなかったゼフィルカイザーが叫んだ。

 ゼフィルカイザーのその背後。銀色の繊維質の金属、ミュースリルで編み上げられた、ゼフィルカイザー瓜二つの銀の巨人。

 胸に輝くコアは、紫と翠が相混じって入れ替わる特異な輝き。その手にするのは、魔動機の全高ほどもある両刃の大剣。黒一色の刀身の切っ先から、陽だまりのような明かりがこぼれている。

 そしてゼフィルカイザーに、正確にはゼフィルカイザーSとなる前のゼフィルカイザーに最も酷似した頭部のミュースリルには、かつて切り裂かれたことを示す損傷痕があった。

 原初の魔動機。古代神、左上にて輝く者の写し身として生み出されたその名はエグゼディ。手にするは最強の魔剣イクリプス。それを駆るのは、


『太祖、覚悟』


 ガルデリオンが、止めの一撃にてすべてを終わらせようと、最強の魔剣を放ち――

※次回は6/26掲載です

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