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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第四話 初めての防衛戦 幼き賢者との出会い
23/292

006

 パトラネリゼは悲鳴を上げることしかできなかった。ファングボアは獰猛な雑食獣だ。腹が空いていればなんでも食う。それこそ人だろうが。

 何故これだけの数が急に森から現れたのかはわからない。冷静であればそれを推察することもできたかもしれないがそんな余裕はない。

 そもそも本当に冷静であれば、腰を抜かしている間にここから逃げるべきなのだ。だが、そんな猶予はやはりなかった。


『おおおおおおお!』


 裂帛の気合と共に轟音が響く。思わず閉じた目を開いたとき、そこには、


『ぐ……獣の分際で……ロボットを舐めるな!』


 その両腕で二本の牙を受け止める白い巨影の姿があった。




 群れの中から一頭、猛進する大猪を目にしたとき、ゼフィルカイザーの思考が加速した。

 最良の手段は避けることだ。いかにこの駆体が超パワーを有していると言っても自分はそれを使いこなせない。だからアウェルを通信で呼び、来るまでの間逃げ回る。それがこの状況における的確な判断だ。

 だが。眼下にいる少女は。


(ピンチの子供をほっといて逃げる正義のロボット?

 ――ありえん)


 最良の判断はロボットのすることだ。正義のロボットである己のすべきことではない。

 ゼフィルカイザーは狂気の沙汰でもって前に出て、大猪の突進を受け止めた。

 牙を掴んだ両腕が軋みを上げ、後ずさるまいとした膝や腰からアラートが飛んでくる。だがその程度で揺るぎはしない。


(そう、正義のロボットの原動力は子供の純粋な心とかそういうアレだってアニメで言ってたし!

 それはそれとして腕が、膝が、腰がああああああ!)


 よくよく足回りに災難が多いロボットである。だが火事場の馬鹿力でも働いたのか、大猪はそれ以上進むことはない。そのままの体勢から、


『根性おおおおお! いや、この場合は熱血ううううう!』


 全力で大猪を投げ飛ばした。腰のあたりから嫌な音がしたが気にしない。宙を舞った巨体はそのまま畑に落ち、動かなくなる。

 止めを刺すべきなのだろうが、それよりも重要なことがある。慌てて足元を見ればそこには尻もちをついて呆然とこちらを見上げる白い髪の少女の姿。幸いにも外傷などはない。


『大丈夫だったか、パテラノリゼ』


「あ、はい……じゃないです! パトラネリゼです!」


『済まない、間違えた』


 機体名だったらどんだけ長かろうが型番まで記憶できるんだが、などと不届きなこと考えつつ、あたりを見回す。


『ここは危険だ。逃げられるか?』


「その、腰が抜けてしまって」


『……仕方ない。暴れるなよ』


「え? あ、ひゃあっ!?」


 言ってパトラネリゼを細心の注意でもってつまみあげると、コックピットハッチを開きその中に放り込む。


「わぷっ……わ、なにこれ!? 魔動機のコックピットと全然ちがう!」


『言うと思ったわ。座席にベルトがついているだろう。それで体を固定してくれ。

 それと中の物はいじらないように頼む』


「ハァハァ……わかりましたよ、ぐへへへへへ」


(まるで信用できん……!)


 先ほどまでの動揺はどこへやら。泣いた烏が笑ったなどというかわいいものではない。

 パトラネリゼが座席に着いた時点で機体はアームドジェネレーターを認識した。

 が、登録許可をゼフィルカイザーは出さなかった。アームドジェネレーターなしでは機体の武装は使用できず、搭乗者の操作も受け付けない。だが、ゼフィルカイザーは見ず知らずの人間に体を許す気はなかったのだ。

 別にアウェルに義理立てているとかそう言ったことではなく、もっと切実な問題だ。


『また股裂きになってはかなわんからな……!』


 セルシアが別格に下手くそであるのは見当がついているが、アウェルほどにまともに動かせる保証もないのだ。なにより、


「コントロールスフィアに似てますけど、魔晶石じゃないですねこれ。

 それにこの映像を映してるのもマナパネルじゃない別の何か。ああ未知の技術……!」


 言いつけをしょっぱなからブッチしてレバガチャやっている幼女に期待するほど、ゼフィルカイザーは子供を信じてもいない。


(先達の皆様、現実の子供は魔物です。

 願わくば俺もあんな素直な少年少女と巡り合いたかった!)


 内心でそう愚痴りつつ、ヴァイタルブレードを抜きながら投げ飛ばした大猪へと近づく。

 気を取り戻したのか大猪は起き上がって敵意に満ちた目でこちらを睨み付けていた。


『あの生き物はなんなのだ』


「ファングボアという魔物です。見ての通り畑などを荒らす害獣でして、おまけに腹が減っていると人も食う害獣です」


『面倒な……!』


 地を蹴り突撃してくるファングボア。ゼフィルカイザーはそれを全力で飛んでかわそうとするが、牙が肩の装甲をわずかに削る。

 痛みをこらえながらもヴァイタルブレードの一撃を見舞うが、毛皮をいくらか裂いたのみで肉には到底届いていない。なによりこの状況。野生の獣と切り結んでいるこの状況というのは、


(ファンタジーロボット路線だから仕方ないとはいえ、ロボット物っぽくないなあこのシチュエーション!)


 そういう意味では先日のベルエルグとの戦いは実によかった。

 ロボットとロボットの鉄のぶつかり合う戦い。あれこそ己の求めていたものだ。

 それからするとこの、弱肉強食的な意味で生き死にを賭ける状況というのは、


『モンスターを狩猟するゲームもやっておくべきだったか』


「え? 魔物を、なんですって?」


『なんでもない! 揺れるぞ、気をつけろ!』


 再度突っ込んでくるファングボア。牙に当たらないように避けるが、そうすると今度は剣が届かない。

 なにより先ほどの一撃で気づいたが、ヴァイタルブレード自体がかなり使いづらい武器だ。

 初戦闘の折にドラゴンの腕を一撃で切り飛ばしたのは、おそらく普段の切れ味も重力制御がなんらかの形で機能しているためなのだろう。ゼフィルカイザーが刀剣の扱いを心得ていないということを差し引いても、切れ味が悪すぎる。

 さらに言えば軽い。本来は当てるだけで十分な破壊力を持っているのだからそれでいいのだろうが、そうした攻撃用の力が使えない状況では頑丈なだけで棒きれと同じである。威嚇はできても武器として機能しない。

『いつぞやのガンベルの武器、もらっておけばよかったか。そういえば、昨日見た町の守衛はどうしたのだ。あのガンベルは』


「町の南側は警備が薄いんですよ。南の森は人も来なけりゃそんなに魔物もいないですからね。それにまだ朝方ですし」


『いっそ逃げる、というのは』


「あなたそれでも古代の超兵器ですか!?」


(ごふっ)


 ゼフィルカイザーの中枢回路に目には見えないヒビが入った。

 己はパトラネリゼの言ったとおりのものではないが、ロボットの名誉を傷つけたのは事実である。


「それにほっとくと畑が荒らされますし、まだ外にいる人がいるかもしれません。

 見かけ倒しなのはわかりましたから足止めだけでもお願いできませんか」


(がはっ)


 最早致命傷である。だが膝を折るわけにはいかず、ヴァイタルブレードを構えて突っ込む。

 先ほどは狼狽したが、数あるロボットアニメにはイノシシ型の敵と戦うシーンも当然ある。ゆえにこの場合の最適解を即座にくみ上げた。

 ファングボア最大の脅威はその体格そのものだ。それで全速力で突進されてくればゼフィルカイザーでは対応しきれない、そう判断し、突進の助走を与えないために距離を詰める。だが、振るった切っ先が牙にあたり弾かれる。

 牙のほうがわずかに欠けたあたり、ヴァイタルブレード自体は相当強固なのだろう、パトラネリゼも驚きの声を上げる。


「ガンベルの装甲をも貫くファングボアの牙に傷をつけるなんて!

 素材の価値が下がるじゃないですか!」


『それどころではない! 貴様こそ本当に賢者か……!』


 確実にダメージが見込める目を狙うが、牙が邪魔で届かない。

 どころか、ファングボアは牙を巧みに操って剣をはじき、ゼフィルカイザーに打撃を与えてくる。

 傍から見れば引け腰で剣を振り回すロボットがファングボアにいいように小突かれている状況だ。

 大ダメージはなく、小さな傷は受けたそばから修復されていく。だが持ちこたえるので手いっぱいだ。


(通信、おい、アウェル起きろ!

 緊急事態だ、街に魔物……が……?』


 何故呼び出しをかけたら己の声がコックピット内に響いているのか。コックピット内では驚いた顔で懐から出したペンダントを眺める幼女。


『何故貴様がそれを持っている!』


「あ、いえ? 悪気はないんですよ?

 ただ機体のキーになってたら調べるとき困るなーと思って拝借を。

 しかしこのサイズの通信用魔法具なんて見たことありません。動力には何を」


 ゼフィルカイザーの中で致命的な何かが切れた。

 自動的に立ち上がったSEKKYOUシステム説教編を黙殺し、目の前のイノシシをとりあえず相手にしながら。


『おい小娘』


 夕方6時に放送できないようなドスの聞いた声にパトラネリゼがビクリと震える。


『なんか言うことはないか』


「え、ええと、その」


『放り出すぞ』


「ひいいい!? ご、ごめんなさい!」


『まったく……終わったら保護者呼んでみっちり説教だ』


 そのためにも目の前の畜生を仕留めねばならない。このまま待っていても状況は悪くなるだけだ。


(ならば、なんとか回り込んで!)


 横っ腹を突こうと回り込みをかけるが、それがいけなかった。

 回り込もうとした体が何かに引っかかったように引き留められる。見れば牙が器用に肩の装甲に引っかかっているではないか。そのまま首の動きだけで引きずり倒される。ちょうど最初の状況の逆になったが、ファングボアにためらいはない。尻もちをついたゼフィルカイザー目がけて飛び上がりボディプレスを仕掛けてきた。


『食らってたまるかああああ!』


 そこを全力で転がり、何とか回避するゼフィルカイザー。だがその代償は大きかった。


「トメゾーさんちとデジットさんちの畑が!」


『すまんがそれどころではない!』


 立ち上がるが、距離が開いてしまった。それが狙いだったと言わんばかりに助走のタメを作るファングボアの姿。どうするか、ゼフィルカイザーは頭を回す。

 突進を受け止める。これは無しだ。最初のように受け止めれる自信は全くないし、受け止めれても膠着以上の状況に持ち込めるとは思えない。

 だが避けるのはもっと無い。この手の魔物なり敵なりはまっすぐしか突進できないのがお約束だ。が、ゼフィルカイザーはそんな油断はしていない。

 今まで見せた攻防を思えば、避けてもそちらに蛇行してくる可能性がきわめて高い。

 思えば最初の突進を避けたときに負った傷は、あれはファングボア側が狙ってやったのだろう。

 こちらにあるのは馬鹿力、頑丈で自己修復するボディ、同じく頑丈なだけの棒きれだ。


(ん? 頑丈な棒きれ?)


 ヴァイタルブレードの長さを確認。切れ味を確認するように人差し指を刃に滑らせるが傷一つつかない。その仕草を隙と見て取ったのか、ファングボアが発進した。一歩ごとに地面を抉りながら、その牙でゼフィルカイザーを突き砕かんと向かってくる。

 対するゼフィルカイザーはその手にある武器を逆手に構えると、全霊の力を込めて地面に突き立て、それを半身になって右腕と右足で支え――


『がっ』


 全身を衝撃が襲い、重心を置いていた左足が畑にめり込む。牙が当たった胸部装甲が大きく削れる。

 が、その目の前ではファングボアが頭を半ばまで両断されていた。

 いかに切れ味がないとはいえ、尖っていることは確かであり、また頑丈だ。

 ならばと突き立てた刃にファングボアはそのまま突っ込み、頭を割られることになった。


(アニメなんかだとこういう時は開きにできるもんなんだがなあ。ままならん)


 そう一人ごちながら、容赦なくその刃を満身の力で捻る。

 ばきり、と、頭蓋全体にひびが入る音とともにファングボアが絶命の断末魔を上げ、その場に崩れ落ちた。


「お、終わったんですか?」


『なんとかな。全く、お前が要らんことをしなければもっと違うやりようがあったのだが』


 痙攣する死体から刃を引き抜きつつ、右つま先の痛みをこらえる。

 流石に無傷とはいかず、つま先に刃がめり込んでいたのだ。胸部の傷もろとも修復が始まっているが、つくづくスマートにはいかないものだ。

 同時に、赤い血を流す生き物を仕留めたのはこれが初めてだ。だが、最初に戦ったドラゴンは非現実感のほうが強くノーカウントとしても、先日のリリエラとの戦いはあちらが技量ゆえに生き延びただけで、下手をすればミンチも残らない有様だったかもしれないのだ。

 そういう意味では今更の感傷だと思い直す。


『とにかく人を呼ばねばな。畑も荒らしてしまったし。これは罰金など払わねばならないのだろうか』


「あー、大丈夫だと思いますよ?

 これだけのファングボアなら、解体すればひと財産に――前!」


 え、と見た先には大猪の切っ先が迫っていた。

 死に際の最後の力を振り絞ったのだろう一撃に、ゼフィルカイザーの反応速度はとても間に合わず――


「ィィィィヤアアアアアアッ!」


 天を裂くような叫びと共に降ってきた赤いモノが、その牙を断ち割った。ソレが手にした白刃はゼフィルカイザーがつけた牙の傷を寸分たがわずなぞり、そこから丸太ほどの太さの牙を両断した。

 正真正銘最後の力だったのだろう、ファングボアは今度こそ力尽きて倒れ伏した。


「なん、ですか今の」


『それは私が聞きたい』


 足元には名剣片手に残心する赤い髪の娘。乱れる髪を気にもせず刃の血を払う。

 その娘と、後方、防壁の門から走ってくる片割れを見やりながら、ゼフィルカイザーは思った。

 はたして最初にこいつらと出会ったとき、自分が助ける必要はあったのだろうか、と。


「大丈夫かゼフィルカイザー!」


『お、おう、アウェルか。まあ御覧の通りだ。私だけでは楽勝とはいかなかったよ。

 しかしなぜここに?』


「衛兵のおっちゃんが白い魔動機が戦ってるからって呼びに来たんだよ。

 んでとにかく来たら魔物と戦ってるし。今誰か乗ってるのか?」


『乗せているというか保護しているというか。戦っていたのは私だ』


 膝をついてアウェルを迎える。機体を駆け上り、開いたハッチからアウェルが見たのは、


「ど、どうもー」


 昨日やっかいになった年下の少女だ。手には自分がゼフィルカイザーから手渡されたペンダント。


「ないと思ったら……まいいや。ちょっとどいてくれ。

 後ろにも座席あるからそっちに」


「え、あ、はい」


 狼狽しながらもアウェルに席を譲るパトラネリゼ。その様子にパトラネリゼも、そしてゼフィルカイザーも困惑する。


『どうかしたのかアウェル? 一応魔物はもう仕留めたぞ?』


「まだ終わってないって」


 そう言い切ったのは足元にいるセルシアだ。いまだに剣を抜いたままのその姿は戦闘態勢を解いていない。まだ何かを警戒している様子だ。その答えはすぐに分かった。

 丘の向こう、森のほうから地響きがすると、幾頭ものファングボアが姿を現した。中にはゼフィルカイザーが今仕留めた物と同等か、それ以上のものもいくらか見える。

 が、ほとんどはそれよりはるかに小型のものだ。それでもゼフィルカイザーにはそれが軽自動車ほどのサイズに見えているのだが。


「やっぱし。なーんか獲物の気配がするから目ぇ覚ましたらこれよ。

 ――喜べアウェル、晩飯は豪華よ」


「や、オレも手伝うってば姉ちゃん。ゼフィルカイザー、やれるか?」


『お前がいるなら火器も使えるし、行けるとは思うが。しかしセルシアは』


「大丈夫大丈夫。それに武器とか要らないし。この程度なら余裕だろ」


 その場で大きく伸びをする、厳密にはさせられるゼフィルカイザー。壮絶に嫌な予感がする中、


「さあ、狩りの時間よ」


 赤い髪の少女は笑みを張り付かせながら猪の群れへと突っ込んだ。それに続く白い機体。


「なんなんですかこの状況!?」


『まあ、うむ。たぶん助かったということではないか?』


 二人は考えるのを放棄した。




 少しばかり時を置いてやってきた衛兵のガンベルたちが見たのは、屠殺場と化した田畑だった。

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