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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第四話 初めての防衛戦 幼き賢者との出会い
22/292

005

 春先の冷ややかな空気の中、パトラネリゼは目を覚ました。

 白い髪は入り乱れあちらこちらに寝癖がついており、目の下には真っ黒いクマができている。時計は昨日と同じ時間で止まったままだ。


「はは、生活リズムがいいっていうのも考え物ですねー。

 しかし普段着のまま寝てしまうとか、女の子としては失格ではないでしょうか」


 自分の横には薔薇のように鮮やかな髪の女が。床には敷物の上に茶髪の少年が、それぞれ寝相が悪いなどという言葉では済まないレベルで転がっている。

 昨日、この二人は最初に入った店を食い荒らしただけでは飽き足らず、その後もあちこちの屋台を梯子して回った。

 町が初めてのお上りさんなどこんなものなのだろうが、付き合う方の身としては大変だった。

 自宅に泊めたのもパトラネリゼの判断である。この二人の監視を任されたのは自分だ。町の宿に止めて被害を出すくらいなら自宅に留めたほうがマシだと考えたのだ。

 そう危険視するくらいには、一方で家に泊めても悪意を持って危害を加えてくることはないと考えられる程度には、この二人のことが見えていた。

 幸いにして師匠のエンホーは来客を喜んだ。曰く、こうした思いがけない縁こそ賢者にとって最大の贈り物であると言い、二人も年配に歓待されて流石に自重したのか、日中に比べればおとなしかった。


「ま、おかげでいろんなことが聞けましたからね。対価には見合ったと、そう思うべきでしょう」


 軽くなった財布を思い、一人涙する。だが振り払う。

 賢者とは過去の英知を学ぶものではあるが、それ以上に明日に新たなことを知っていかねばならない。エンホーが自身に最初に教えたことである。


「それでは失敬して、と」


 音を立てないように寝床から這い出て、茶髪の少年の首にかかっているペンダントを拝借。そのまま下に降りる。階下は無人だ。

 師匠は昨日は喜んで応対していたがその分疲れただろうから起きてこないだろうし、カルミンは今日は外に泊りだ。ここ半年ほど、近くの若者と情を交わしている。正直惚気がうっとおしい一方で、


「姉弟子としては妹弟子の良縁を喜ぶべきなんでしょうけどね。お姉ちゃんを取られるのはなんとも」


 苦笑し、家を出る。今日の朝の仕事は昨日のうちに全て断っておいた。表向きは旅人の世話だが、実のところは違う。

 街角を南門へとかけながら、昨夜の会話を思い出す。アウェルのほうは魔動機についてはそれこそ口止めでもされているかのようにあまり話そうとしなかった。

 一方のセルシアは擬音交じりで理解に想像と発想を要求されたが、聞き逃せないことを言っていた。


『あいつ、空から降ってきたのよ。こう棺桶みたいなのに入って』


『んでさあ、そのでっかい黒い竜がさ? カッと光ったらどこにもいないの。

 どしたのかと思ったら空にかかってる橋が吹っ飛んじゃうし』


 他の者の言葉であったらパトラネリゼは聞き流しておいただろう。アウェルが同様のことを喋ってもそのように対応した。

 だが、セルシアが言ったというのが問題だ。この少女に不要なホラを吹くような神経が備わっているとはまるで思えなかったのだ。


「空から飛来、巨大なドラゴン、天津橋を抉った……」


 熱に浮かされるように聞いた言葉を反芻する。本当にそんな力をもった魔動機が存在するのかどうか。自分の知る限り、精霊機(エレメンタライザー)だってそんなものはありはしない。だけれど実在するというなら。

 防壁の守衛の目をかいくぐり、門の外へ。

 この時間帯は農地へ働きに出る人間も多く、なにより南側はあまり人の出入りもないから警備は割とザルなのだ。そのまま城壁に留められている白い魔動機へとたどり着いた。

 昨日アウェルが停めたとき同様、膝をついた姿勢で停止している。


「やっぱり、見たこともない作りですね。

 装甲も、これ、金属? よくわかりません」


 こんこんとつま先あたりと叩いてみる。金属よりは焼き物に近いだろうか。撫でまわせばざらつきを一切感じさせない不思議な手触り。

 他にも見たところ、魔動機とは思えない箇所が多数ある。何より胸にあるコアと思しき球体は、あれはおそらく別物のなにかだろう。


「とにかく中に入ってみましょう。たぶんこれが鍵か何かになっているはず」


 機体をよじよじと上り、コックピットへ。昨日アウェルが乗り降りしていた様子から、胸元に搭乗口があるのはわかっていた。

 だが、見たところどこにもハッチがない。ガンベルだと開閉用のスイッチがあるのだがそれも見当たらない。


「む。どういうことでしょうか。ええと、確か昨日はこのあたりから出入りしていたはずなんですが……当てが外れましたかね、これは」


 装甲をあちこち叩いてみるが、先ほどつま先をたたいた時のような音がするのみだ。肩を落としてため息をつきつつ、機体の頭部へと視線を向ける。

 白を基調としたフルフェイスの兜。昨日見たときは緑色に光っていた目は今はその光を落としている。


「結構イケメンに仕上がってますね。一体どこの誰が作ったのやら」


 その頬をぺしぺしと叩いてみた、その時だ。瞳に光が灯り、


『ええい、うっとおしい、誰だ……ってうわぁ!?』


「わあああああ!?」


 白い機体と少女が交互に驚きを放った。




 昨晩のゼフィルカイザーがその後どうしたかというと、監視の義務をほったらかして不貞寝に突入した。カメラから流れてくるメシテロに耐えきれなかったためである。

 セーフルーム内には、手慰みに構築して放置したのだろうホログラムの塊があちこちに転がっている。布団の中にいるゼフィルカイザー本人も気が抜けているためだろう、データホログラムの塊と化している。

 もっともこの二日間もろくに寝ていない状態だったことからすれば、その反動と言えなくもない。

 だが、足の小指を蹴られる感触やら体を虫が這ってくる感触やら頬をはたかれる感触やらで急速に目が覚めていく。セーフルーム内にいるときは、意図して繋いでいる機体の感覚器以外とは遮断されている。

 だが緊急時に機体が全損しているなどという事態を避けるため、一定の刺激を受けるとセーフモードが強制終了される機能が搭載されていた。

 この機能はオフにすることもできるがそういう状況のお約束を一から十まで並べ立てれるゼフィルカイザーである、そうした油断はなかった。


『ええい、うっとおしい、誰だ……』


 寝ぼけながら、目を開けるように意識する。と、カメラアイの視界が鮮明に映った。そこにはどアップの白髪の少女。


『ってうわぁ!?』


「わあああああ!?」


 驚きの余りのけ反ると、足元のバランスを崩した少女が眼前でよろめく。とっさに手で後ろから支え、なんとか事なきを得る。

 手の中にはやわらかな少女の感触。


(事案以外のなにものでもない……! ロボットでよかったわ)


 そのまま手にもたれかかっている少女を地面におろし、一息。


(あーびっくりした。しかしはて、昨日二人を案内してた女の子だよな?

 アウェルとセルシアはどうしたんだ)


 あたりを見回すが、それらしい影はなし。まだ日も浅く、明け方であるのがうかがえる。門を出ていく人々は農作業に出ていくところだろうか。

 改めて足元へと目をやると、そこには目を爛々と輝かせ、頬を紅潮させている白い髪の少女の姿。彼女に聞くのが早かろうと判断して、


『済まないが、アウェルとセルシアはどうしたのだ?』


「独りでに動いてる!? それに喋ってる!」


『――あ、やべ』


 昨日二人に自ら厳命したことを思い出すがもう遅い。少女は口元から垂れるよだれを拭うこともせずにまくし立ててきた。


「意志を持っているということは超高位精霊機?

 でも独りでに動いてるし魔力も感じられない!

 ならやっぱり魔法文明とは別系統の技術で作られているものに違いありません!

 あ、ちょっとあなたお話しませんか!? ええぜひお話を!

 私の知らないことをいっぱい聞かせて下さい、さあ!」


 愛らしい娘である。少女と幼女の中間くらいの外見で、手入れをちゃんとしているのだろう、白い髪は整えられており、大きく開かれた瞳は水底のように深い青色。素直に可愛らしいと言える外見をしている――黙っていればだが。

 少なくとも眼前にある、血走った目で足元に縋り付く様からは狂気しか感じない。

 カードやらゲームの課金アイテムやらに子供が見境なく金をつぎ込むというのが現代日本で問題になっていたが、金額が違うだけで類似例自体はゼフィルカイザーが子供のころの時点で既にあった話だった。

 なにせ自分も少女と同じくらいの年ごろに、血走った目でロボット物のカードコレクションに散財していたクチである。

 しかしながら、世界が変わっても同類がいることに涙を禁じ得ない。


(あれ? ていうか俺、この世界にきてまともな女に出会ったことなくないか?

 あ、こないだの山賊の首領はまだまともだったか)


 ともあれ仕方がないから応じることにする。今更無人機の体を装うのも馬鹿馬鹿しいし、その上少女の狂態を見ていると何をしでかすかわからない危機感がある。ひとまずは紳士的に、


『ばれてしまっては仕方ないな。御嬢さん、ひとまず落ち着いてほしい』


「ああ、人間のものとは思えない声!

 やっぱりこれは私の知らない超技術で作られいるのですね!」


『ちょっと落ち着こうか、うん!』


 ひでえ、と思う一方、喋るロボットが自分の眼前に現れたらこの程度でも済まないだろうという諦観のもと、頭を切り替える。


『聞きたいことがあるというなら答えられる範囲で答えよう。だから君も私の質問に答えてほしい。

 私に乗ってきた二人はどうしたか知らないか?』


「ああはいはい、その程度ならお安いご用ですよ。あの二人ならうちでグースカ寝てますよ。

 余程まともな寝床が恋しかったらしく夕べは何度も蹴り落とされまして」


 昨日の惨状を思い返したからだろうか、いくらか冷静さを取り戻す少女。

 ともあれ状況は把握できたので、予想のついている質問を投げかける。


『それで、君はどうしてここに?』


「賢者だからですよ。賢者とは飽くなき探求の徒。

 知らないものを知っていくことを生きがいとする生き物です。

 そこに現れた謎の魔動機! そりゃあ調べようとしますよ」


『言葉というのは便利なものだなあ……まあ小さいのに感心だ』


 感心と言うよりは内心呆れているが。が、少女はむっとした顔になり、


「小さいとは失礼な! 私はパトラネリゼ・紫燭院!

 賢者エンホーの一番弟子です!」


『む、失礼をした。私はゼフィルカイザーという』


「あらどうもご丁寧に」


 ぺこり、と頭を下げるパトラネリゼ。こうしている分には可愛らしいのになあ、とため息をつく。


「それでその、いろいろとお聞かせ願いたいのですが構わないでしょうか?」


『私は記憶に欠落があるのでな。答えられる範囲のことしか答えられないと思う。

 それと、私もこの世界のことについて聞きたいことが―む?』


 ロボット三原則を完璧に無視したやりとりをしている最中、ゼフィルカイザーはそれに気づいた。仕事に出た農民たちが全力疾走で駆け戻ってくるではないか。

 パトラネリゼもそれに気づいて、何ごとかと振り返ると、なだらかな丘の向こうからそれが現れた。マンモスのような牙をもった巨躯が。


『イノシシ……?』


 大まかな形状はそれである。ただゼフィルカイザーの知るそれとは比べ物にならないほど大きくそそりかえった牙と、茶色に苔のような緑が入った縞模様の毛皮が別種の生き物であると教えている。

 なによりサイズだ。今のゼフィルカイザー視点で並みのサイズのイノシシに見えるということは、


(下手するとバスくらいのサイズじゃないか?)


 それが徐々に近づいてくるのだ。ゼフィルカイザー目がけて。


『って、マズい!』


「きゃあああああああ!?」

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