029-008
魔界の空を晴らしたい。それが、少女の夢だった。
貧しい魔界の大地に、日の恵みを与えるためというのもあったが。
なにより、弟分と妹分のためにも、日の恵みを手にしたかった。
実父の因縁や、義父への恩義もあったが、なによりそのためにこそ風の災霊機を手に入れ、魔王軍四天王の座に就いた。
そして少女は太陽の力を手に入れた。己の身を焼き焦がしてでも。
それこそが、災霊機セトが誇る、最強の攻撃手段。
掌握可能範囲の大気の透過率と屈折率を操作して出来上がる、超巨大な太陽炉。
生きるのに瘴気を要し、陽なる物に身を焼かれる純血の魔族が、それでもと至った機道奥義。それこそが――
『機道奥義――太陽烈塔!!』
光が、地に落ちた。
ゼフィルカイザーのカメラアイが一瞬で焼き付き、熱量センサーも振り切れた。装甲が焼け焦げ、地面が融解し、周囲の大気がプラズマ化していく様はラグナロクやヴォルガルーパーと戦った時を髣髴とさせる。
だが焦点熱量は間違いなくそれ以上――と言うところで、違和感に気づいた。
攻撃を受けた時点で、これがどういう性質のものかゼフィルカイザーは理解していた。太陽光を集めればそれだけで兵器になる。古くは古代ギリシャでも用いられたとされ、遠未来では宇宙要塞を焼き払うほどの威力を見せた。後者は無論アニメの話だが。
それからすれば、まだぬるく感じる。それどころか、余波が徐々に収まってきている。
『ッ――カメラアイ優先修復……!!』
出力を回し、軽傷だった右がどうにか修復され、映像がきた。そこには霊鎧装をひるがえしながら落ちる太陽を聖剣で受け止める、光の戦乙女の姿があった。
「セルシア、クオル……!!」
『ぐっ……やめろ、そんなものを受け止めていたら、お前たちが――』
『――ゼフ様。クオルが何者か、お忘れですの?』
「っ、つ、う……!!」
セト越しにとはいえ太陽光に干渉し続ける代償に、ルルニィの肌がちりちりと煙をあげて焼け焦げていく。それだけではない。衝撃で裂けていく衣服から垣間見えるのは、すでに火傷を負った柔肌だ。
一体この娘は、この奥義を形にするまでにどれだけ己が身を焼いてきたというのか。
「けど、あの女を、消せるなら――」
土壇場で、光の精霊機が割り込むのが見えた。好都合だ。あいつは邪魔だ。自分と、朱鷺江から、ガルデリオンを奪って行こうとするあの女は――
『主よ、これ以上は――いや、待て、なんだこれは!?』
セトが発した警告も無視して照射を続け――だが気づいた。地に、セトもヴァーヴォイルもゼフィルカイザーも、ジェリケーンも凌駕する、超絶の出力が、輝いている。
『クオル・オー・ウィンは太陽の子。そのクオルにとって、たとえ魔族の魔力で歪められようとも、日の光は友であり、糧に他なりませんの……!!』
霊鎧装がかつてなく強固に、しなやかに煌めいていく。太陽光を喰らい続けたソーラーレイのスリットからは、光に転化された魔力がとめどなく溢れ出している。
「で、これ、どうすんのよ!?」
受け続けるセルシアも、流石に危機感を感じる。周囲を溶鉱炉のようにするほどの熱量を受けながら、しかしセルシアは本当にノーダメージだ。光であるかぎり、クオルを傷つけることはないということなのだろう。
だがソーラーレイは暴発寸前だ。力を取り戻したせいもあるのだろうが、初めて起動したときの出力など比にならない。
『知れたこと――魔族めに、本当の輝きを思い知らせてやるんですの!
祓え――』
「あちょ、こら!?」
セルシアの操作を無視して、クオルがソーラーレイを展開する。砲身状に展開された刀身は、太陽烈塔の光を受け続けながら、まるでそれを喰らうように己が刀身を形成し、
『――ソーラーレイ!!』
天から落ちる太陽を、地から伸びた太陽が喰らい伸びてゆく。
「光が、逆流して――」
聖剣の光に、ルルニィは一瞬見惚れた。そんな自分を、みじめに思った。
この機動奥義をもってしても、魔界の瘴気を祓うことはできなかった。
自分が身を焼いても、力不足なのか。だから、勇者が必要なのかと。自分ではなく、勇者が。
「ちく、しょう……!!」
いつもの無表情はどこへやら、包帯を涙で濡らし、身を焼く苦痛を忘れるほどの苦渋に顔を歪ませ、
「ガル、くん……」
莫大な光を喰らい、精度を増したクオルの五感を通して、セルシアはルルニィの呟きを聞きとってしまった。そして、
『ルル姉……!!』
ガルデリオンの、慟哭にも似た狼狽も。
だから、
「あ――足があああああっ!!」
クオルが、すっ転んだ。当然、聖剣を持ったまま。
「ちっ……なんだってんだ、ありゃあ」
木の上に登り、異変に眉根を寄せる男の姿があった。鼻にマスクをした犬科の形質の男。プラウド・ジャッカルである。
金策と素材探しを兼ねて魔の森を冒険していたジャッカルだったが、その勘が森の奥の異変を嗅ぎ取ったのだ。
遥か遠く、瘴気雲が晴れているように見えるが、一体何があったのか――そう思ったその時。太陽が、森を駆け抜けていった。
「な――――!?」
巻き起こる熱風に慌てて顔を覆う。熱風は一瞬。目を開いてみれば、そこには森が広範囲で抉られた後があるのみだ。
一体どういう性質の力だったのか、相当の熱量だったはずが延焼する気配もなく、地の果てまで抉られた痕からは、魔の森おなじみの瘴気が噴き出している気配もない。
「奥で、一体何が起こってるってんだ」
ようやく光が収まると、あたりは散々な有様だった。転んだクオルのソーラーレイは森を大きく斬り抉り、大断層を作り出していた。おそらく、森の外まで続いているのではないだろうか。
威力を放ち切ったクオルは倒れ伏し、開いたバイザーの眼はぐるぐると渦を描いていた。唐突に転んだことと言い、セルシアの感覚共有のタイムリミットだったのだろう。
そして雲一つない空には嵐の拘束を逃れようともがく大クラゲと、霊鎧装を根こそぎ剥がれ、人型に戻ったセトの機影。どうにか四肢は残っているが、満身創痍なのは歴然だ。
『自分――――せめて、あれだけは』
それだけ呟いて、セトが墜落しだす。同時、ジェリケーンのもがきが急に増し、嵐の拘束を破り去った。まるで嵐を喰らうかのように。その様に、余波で霊鎧装を半ば失ったヴァーヴォイルが吠える。
『ッ――あれを破りやがったか!?』
「ヴォルガルーパーと同じで風を食った……? でもなら、なんで最初から――」
『ッ、ずっと食い続けて、エネルギーをチャージしていたのか!?』
姿を現したジェリケーンは、竜巻の足を内側に丸め込んでいた。クラゲが泳ぐときの収縮運動そのものだ。
『ッ、させるか、ギャザウェイ――』
『来たれ風雷、あの大魔動機を――』
『機道奥義、大太郎法師』
地面が、めくれ上がった。
ヴァーヴォイルが放った雷撃と竜巻も、ゼフィルカイザーが発射したギャザウェイブラスターも、どちらもとっさで威力不足だったとはいえ、その全てが起き上がった地面と相殺する。
ジェリケーンは既に相当の高度まで上昇しているのに、それを押し隠すほどの巨大さと生成速度で出来上がってゆく巨人は、セトを受け止めると、頭の上へと持って行く。そこにはイザナミの姿があった。
同時、何かがゼフィルカイザー目がけて落ちてきた。慌てて避けたそれは地面に激突し、土煙を上げる。ミカボシだ。今の今まで、イザナミと戦っていたのか。
転生機と虎を睥睨する黄泉の女王は、最初の朗らかそうな空気もなく、しかしカッペ口調のまま、言い放った。
『大魔動機はもらってくべ――それとガル坊。帰ったら、説教だべさ。遊んでないで、とっとと帰ってくるべ』
『ッ、待て――』
言うが早いか、だいだらぼっちが爆散した。自爆したわけではない、その背後からの衝撃、ジェリケーンが発進した余波によるものだ。
壁が無くなり、後に残るのは大きく晴れた空と、ジェリケーンが描いていった水蒸気の帯と、その向こうに光る天津橋。そして余波を受けてまたも大きくえぐられた、魔の森の姿だった。
「っ、くそ……いやまだだ、スカし野郎――」
振り返った先、立ち上がったエグゼディには、しかし覇気が感じられなかった。呆然と、ジェリケーンが去った空を見上げている。
『俺は……』
『……黒騎士、機体を降りろ。そして仮面を取れ』
機神剣を向けながら、ゼフィルカイザーは務めて冷静に告げた。実際のところゼフィルカイザーも満身創痍だ。太陽烈塔のダメージに加え、ギャザウェイブラスターで粒子もごっそりと使った後なのだ。
エグゼディの剣が下がる。だが、その足を、漆黒の手甲がつかんだ。
『……逃げる、な』
『ッ……触るんじゃあ、ない』
エグゼディはその手を振り払うとコアを強く輝かせ、そして跡形もなく消え失せた。空間転移だ。
今度こそ本当に、何も残っていない。聖域の奪還も大魔動機の確保も、魔族の思惑も何一つ得られていない。
『……今回は、してやられたか』
『いや、そうでもないぞ』
告げたのはヴァーヴォイル、トーラーだ。その指さす先、斜面を駆け下りてくる姿がある。
「あレ、風の虎、風の虎じゃないカ!?」
「そうダ、甦っテ、悪い奴ラを追い払っテくれタ!」
「雲が晴れタ……これも、あんたラのおかげダ!」
聖風の民たちが口々に喜びの声を上げる。いても経ってもいられずに飛び出してきたのだろうが、彼らにとっては祝うべきことらしい。
『ま、こんなこともあるってことだ』
『何を言っている兄者。彼らはこれからが大変なのだろうが』
大陸の英雄のぼやきは、どこかほがらかに聞こえた。
そして。
「元気がええなぁ、あの人ら」
『で、ござるな。すまんでござるツトリン殿。何度も壊して』
「あー、ええてええて。職人冥利に尽きるいうもんや。
それよかパトやん、大丈夫か?」
「あー……ちょっと、駄目です。何かあったら、頼みますね」
「……賢者殿、汚れるといかぬ。こちらへ」
「あ……ごめん、なさい」
幾度となく襲い来た衝撃に参ったのか、顔の青いパトラネリゼが横たわる。その頭を膝に乗せてやりながら、リュイウルミナは改めて空を見上げる。
「……朕は」
帝都、そしてこの地で、埒外の力を目の当たりにした元皇女。青空の映り込む蛍色の瞳には、やはり紫の光がかすかにちらついていた。
次回は2/14に掲載です




