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029-004

『がっ……く、そ……』


 喘ぎ声を最後に、ミカボシのコアや目から光が消える。安否を確認しようにも、搭乗口のある背面が壁に思い切りめり込んでいるので救助のしようもない。

 そして黒武者を叩き伏せた黒騎士、その背から、漆黒の甲冑を纏う騎士が姿を現した。


「あの人は……」


「……ガルデリオン」


 賢者と勇者の末裔が、その名を口にした。

 黒騎士は僅かに反応したものの、そのままハーヴィエイとルルニィへと歩いていく。待てとばかりに切りかかろうとするセルシアだったが、のたうつ枝葉やエルフモドキに阻まれ、それ以上近づけないでいる。

 だがガルデリオンの前にも、エルフモドキが立ちはだかった。ハーヴィエイの支配下にあるエルフモドキがガルデリオンを阻む、それはハーヴィエイが魔王軍の指揮下にない、紛れもない証左だ。

 銀髪の美女たちは、同じく銀髪をなびかせる黒騎士へと襲いかかる。だが黒騎士は歩みを進めながら背の大剣に手をかけ――


「悪趣味だな」


 一呼吸で、薙ぎ払った。斬り裂くというよりは叩き斬るといったほうがいい斬撃で砕かれたエルフモドキは、斬られたそばから青白い炎に包まれ焼却されていく。漆黒の両刃剣に、なにか魔法でも附与していたのだろう。

 その姿に、ハーヴィエイは目を見張り、ルルニィが向けた目には涙が浮かんでいた。


「……貴方は」


「ガル君」


「済まないルルニィ、遅くなった。そして、久方ぶりだな、ハーヴィエイ」




「ッ……あっちに、スカし野郎が……!? アニキは!?」


『ミカボシ殿は機能停止している、ようだ。見たところ派手な損傷もないし、生きてはいると思うが』


 言い換えれば、シングとガルデリオンが同時にその場にいるとは言い切れない状況だ。ゼフィルカイザーの中枢回路にいつもの疑念がよぎるのを察してか、アウェルがため息交じりにぼやいた。


「……でもどうせなら相打ちになってくれれば手間が省けたような」


『おい、省けなかった手間とはなんだ』


「冗談だっての。お前こそ気ぃ逸らすなよ」


 アウェルの恋敵への容赦の無さを思うとまるで冗談に聞こえない。とはいえ現状、冗談が言える程度の余裕はあれど、そのために頭を捻っていられる余裕もない。

 ゼフィルカイザーは未だに聖域の前で足止めを食らっていた。窮地に立たされたというほどではない。イザナミの呼び出し続ける土人形は、一体一体は大した脅威ではない。

 だが、数が違いすぎる上に連携攻撃をかけてくる。おまけに自壊もいとわない。土人形だけなら無理矢理振り切ることもできるが、その向こうには自称最弱の四天王機が控えているのだ。下手な隙を見せたらどうなるか分かったものではない。


『……拙者も耄碌したものでござるな。あの娘に感じていた違和感の正体に、今となって気づくとは』


 通信機からのハッスル丸の、嘴を軋らせながらの声。ツトリンも同じような物を感じていたのか、ハッスル丸に問い返す。


『どういうことや、赤シャチはん』


『単純な事にござる。トーラー殿を見て、平静でおれる冒険者がおるはずがないでござる』


『あー……なるほどなー』


 思い出すのはフルークヘイム本部での一件。さえないあんちゃん風だったトーラーが虎面を被った途端、人が押し寄せた。

 一行の中で砂の大陸の出身者と言えるのはハッスル丸とツトリンのみで、さらに言えば素のトーラーを知っているだけに、今更はしゃぐこともない。

 それからすれば、自称冒険者ルルニィ大陸の英雄(トーラー)への対応は、あまりに平静過ぎたのだ。


『どうやらガル坊が突っ込んだようだべ。ようわからんけど、そっちは向こうの様子がわかるんだべさ?』

「おうよ。ルルニィまでお前らの仲間だったとはな」


『ほほー、そこまでわかっとるべか。

 なら行かせるわけにはいかんべ。十何年越しの親子の再会だでな』


『悪いがこちらにも都合がある。貴様らの思い通りには――』


 喋る間チャージしたエネルギーを、ブースターにつぎ込む。四方から囲まれるならば上に逃げるまでだと、ブースターをふかし――だが、機体が持ち上がらない。背部や脚部のブースターは噴射光を吐きだしているのにだ。


『ッ……!?』


「おい、どうしたんだゼフィルカイザー!?」


 アウェルが戸惑うが、ゼフィルカイザーの戸惑いはそれ以上だ。なにせ機体の五感センサーは、特別不自然を感じてもいないのだ。


『上から抑えられるでも、下に引っ張られるでもない――ッ!?』


 横から襲い来る土人形に、慌てて反対方向にブースターを傾ける。と、機体が思い切り横滑りした。まるで上には向かおうとしないのにだ。滑った先に待ち構えていた土人形をビームソードで一薙ぎにし、地面を砕きながら制動をかける。


『ブーストの出力から、上へ向かうベクトルだけが無効化された……? これは、これも貴様の機道奥義ライザーアーツか……!?』


『ホントは地面に貼り付けにしたる機道奥義なんだべさ。せやけんど、こっちも病み上がりだべ、この程度止まりだべさ。展開にも時間食うたし』


「前に出てこなかったのは、この機道奥義を展開してたからか……!!」


 確実なことは一つ、この敵手はこちらへの足止めに徹している。

 それこそ全力で戦えば話は違うだろうが、聖域に入った面々に被害が及びかねない。となると、向こうのことは向こうに任せるしかないということだ。


「すぐに行くから、無茶すんなよ、セルシア……!!」




(わざとらしくもあったが、どうにか誤魔化せてはいるようだな)


 仮面の下、シングは息を吐く。パトラネリゼが通信機に怒鳴り散らしているあたり、足止めもうまくいっているようだ。エルフモドキの妨害やルルニィへの警戒もあり、今のところシングたちに割り込んでくる気配はない。

 一番食わせ物のハッスル丸が負傷しているようなのはある意味幸いだ。ラクリヤとトーラーの姿が見当たらないが、気にしていられるほど余裕はない。


「――――ガルデリオン」


 薄紅色の髪の少女が、己の名を呼ぶ。ガルデリオン。父がつけた名。先代魔王ザンドラストの長子、現魔王軍筆頭騎士である己の名。

 己の誇りであるはずのそれを、しかし今セルシアに呼ばれて感じたのは、どうしようもない居心地の悪さだった。そう思えば、身にまとう鎧も途端に重たく感じる。


「……久しいな、セルシア。だが、こちらには先に済ませねばならん用がある」


 だというのに、こう言ってのける自分の厚かましさには、いっそ苦笑したくなる。

 スッパ島でもエグゼディを出しはしたが、あの時は着替える暇などなかったので、普段着のまま乗り込んだ。だから黒騎士としての正装を纏うのは随分と久々なのだが、そのせいだけではないだろう。


(……けど、これが本来の、俺の重さだ)


 背の魔剣イクリプスの重さを実感しながら、ルルニィの隣に立ち、ハーヴィエイと相対した。


「お……おお……」


「……ハーヴィエイ」


 その風貌には、おぼろげながら覚えがあった。父や母と共に魔界を駆け抜けた、初代四天王の一人。そして、ルルニィの父。


「おお……申し訳……申し訳ございませぬ……!!」


 黒騎士の姿を認めたハーヴィエイは、天を仰ぎ、焦点の合わない双眸から涙を滂沱と流しだした。


「貴女が、貴女様の信頼に、小生、応えられず、おお……!」


「……ッ、ハーヴィエイ! そんなことより、ルルニィに言うことはないのか!?」


「ルルニィ? はて――誰ですかな、それは?」


 本気で首をかしげるハーヴィエイの一言に、普段微動だにしないルルニィの半目がゆがんだ。

 正直なところ、ハーヴィエイがバイドロットのように成り下がっている可能性も考えなかったわけではない。だがそれでもルルニィを、娘を前にすればと思っていたのだが、現実は期待を遥かに下回っていた。


「お前の娘だろうが……!」


「娘――そんなものがおったような。おお、我が作り出せし貴女様の似姿のことですかな?

 ああ……申し訳ございませぬ。貴女様への思慕を忘れられず、このような恥を晒して……!」


 ガルデリオンは、聖風の民や損傷したハッスル丸と睨みあうエルフモドキを見やった。

 銀髪に、白い肌。瞳は赤みがかっている。その形質に、覚えがないはずがない。


「まさか……やっぱりあれ、おばさんに似せて」


 ルルニィの声が震えていた。

 ガルデリオンの母、レフティナは、それはそれはモテたらしい。言いよる者は数知れず、ハーヴィエイもその一人だったという。

 だが、ガルデリオンもルルニィも、その話をハーヴィエイ本人から聞いたのだ。昔の、笑い話の類として。

 だというのに、今になってその一念に狂奔している。

 その姿は、ガルデリオンの記憶の中のハーヴィエイとも、またリ・ミレニアと接触してなんらかの策謀を蠢かせていた気配ともまるで一致しない。


「……まず、言っておく。俺は母ではない。ガルデリオンだ」


「お……おお……!? わ、若、若であらせられるか!? あのお方のご子息が、大きくなられて……はて。あのお方とは、誰だったか?」


 喜びにむせび泣いたかと思えば、首をかしげる。何より、心から愛し、忠誠を誓ったレフティナの名前を忘れている始末。

 どうあがいても正気とは言い難いその有様が、ガルデリオンに確信を抱かせた。


(……ルル姉。たぶんこれが、邪神の影響なんだ)


(っ……アル君や、ザンドおじさんと、同じ)


 邪神は、魔族に絶大な魔力や魔法の才といった加護を与えたという。だがそれは、邪神が糧とする人の嘆きや苦しみを生み出すためだ。

 その意にそぐわない者は、封印の向こうから漏れ出す邪神の波動によって、精神に変調をきたすという。ガルデリオンの父や、弟のように。


(それって、じゃあ、パパがずっと帰ってこなかったのは……)


 十三年前、先代魔王の治世であったころ、ハーヴィエイは病床にあったレフティナからの任を受け、魔界を発った。

 その少し後に、魔王城の空に亀裂が走った。ベーレハイテン帝都でフォッシルパイダーが破壊され、邪神の封印の一角に綻びが生じたのだ。

 亀裂から漏れ出した邪神の波動によって、先代魔王ザンドラスト――ガルデリオンの父は、正室を手にかけ、魔界の外への侵攻を目論み――側室でもあったレフティナの手によって討たれた。


(聖風の民の言うとおりなら、最初は穏便に交流していたんだろう。

 けど、邪神の波動を受けてしまったハーヴィエイは、こうなってしまった)


(ならどうして災霊機だけを魔界に返したの?)


(……おそらくだけど、徐々に進行してきたんじゃないか。それに、少し前まではもういくらかまともだったんだと思う。だから帝国残党とも取引なんかをしていた。

 けど、邪神の封印はもう一段階ほどけてしまった。……俺の、せいだ)


 ガルデリオンの奥歯が、後悔に軋む。

 トメルギアで大魔動機ヴォルガルーパーを確保できていれば、封印がさらにほどけずに済んだ。だが大魔動機はバイドロットの手に落ち、ゼフィルカイザーとアウェルの力で消滅してしまった。

 最初は別段、変化はないように思えた。だが、メグメル島を突如襲撃した海竜王二世など、その影響としか思えない事象が少しずつ起こっている。ひょっとすると帝都での騒乱も、そうした影響を受けてのことなのかもしれない。

 ガルデリオン達の目の前にある姿も、その一端なのだろう。


「……もういい。大人しく縛に着け、ハーヴィエイ。貴様の処遇は魔界に帰ってからだ」


「キサマ、ソイツをどうするつもりダ!? ソイツは、我らのカタキ――」


 見過ごせないとばかりに食ってかかろうとしたカシラだったが、すぐに押し黙った。ガルデリオンが殺気を向けたためだ。

 つい昨日、同じ釜の飯を食った相手にこうして殺意を向ける、その所業に、ガルデリオンの奥歯が軋む。

 改めてハーヴィエイに向き直れば――今しがたの殺気に反応してか、焦点の合った双眸はガルデリオンをとらえていた。


「――懐かしい。あのお方も、よくそのような顔をしておられた」


「何を――」


 戸惑うガルデリオンを差し置いて、その手をルルニィの顔に添えるハーヴィエイ。微笑を湛えた紳士然とした振る舞いは、二人の中のおぼろげな風の四天王の姿と重なった。


「小生の、娘か」


「う、うん。そうだよ。ルルニィだよ。自分、四天王になったよ。それで、ここまで一人でこれたよ」


「そうか――――」


 優しげに頬を撫でるその手が、だが次の瞬間には喉を掴み上げていた。


「なっ」


「かっ――」


「そうかそうか。小生の娘というならば、小生の役に立つがいい……!! おおそうだ、コレを苗床に、若の種を植えれば、そうすれば今度こそあのお方を我が手に抱ける――あのお方とは、誰だ?」


 華奢なルルニィの体を片手でつかみ上げながら妄言を垂れ流すハーヴィエイに、もはやこれまでかと背の剣の柄を握るガルデリオン。その腕を、か細い声が留めようとし、


「だ、め……」


「おお、苗床にするだけならば、頭はいらんなぁ」


「ッ……」


 ハーヴィエイの開いた手に、魔力の刃が灯り――金色の輪郭を纏った黒い斬撃が、その身を斬り伏せた。




 力の抜けた手から解放されたルルニィを抱きとめながら、ハーヴィエイがどこかゆっくりと崩れ落ちていくのが目に映る。倒れ伏した音と共に、硬質な音が足元に響いて、ルルニィを抱きとめるためにとっさに魔剣イクリプスを手放していたことにようやく気付いた。

 腕の中で咳き込むルルニィは、しかし慌てて飛び下り、ハーヴィエイに抱きついた。

 貴族然とした衣裳は袈裟切りになり、血がとめどなく溢れていた。そして血がこぼれるそばから、黒い瘴気の塵になって霧散していく。だが剣に迷いがあったのか、ハーヴィエイはまだ息をしていた。


「パパ、ねえ、パパ?」


「聞こえて、おる……申し訳ございませぬ、若」


 その口調は、ほんのわずかに垣間見せた正気のそれだった。


「正気に、戻ったのか?」


「こうでもせねば、己を取り戻すことは、できぬと。醜態をさらし、聖風の民を虐げた罰には、到底、足りませぬ」


 ガルデリオンの問いに答えているような、いないような独白に、ガルデリオンははっとする。或いは今しがたの狂態は、己を斬らせるための芝居だったのではないかと。


「何故そこまで……」


「我ら……黒騎士の元に集いし、四天王……その、矜持、ゆえ。娘よ、四天王というなら、機体は」


「ちゃんと乗って来たよ。これで、この大魔動機も魔界に持って帰れ――」


「ならん。

 邪神の封印を、解いてはならん。あのお方の、命に、逆らうのは、心苦しいが、封印は、決して解いてはならない」


「……どういうこと? ねえ、パパ?」


 ここに長年いたのならば、大魔動機についても調査はしていただろう。ならば大陸規模で周囲の環境を破壊し尽くす、大魔動機の機道魔法にハーヴィエイも気づいていたのだろうか。

 機体だけを魔界に帰したのは、正気を失った己が万一大魔動機を起動させかねないからだったのか。だが、


「安心してくれ、ハーヴィエイ。母が追い求めていた聖剣ソーラーレイが、それを担える勇者が見つかったんだ。

 大魔動機の力を御すことはできるし、我らの大望の助けとなるはずだ」


「――――勇者、が?」


 首が傾き、見開かれたその目が、エルフモドキを斬り裂く陽光を放つ刀身を、それを持つ少女を、捕えた。どうか安らかに逝ってほしいと、せめてもの手向けに告げた言葉に、だが、ハーヴィエイが見せたのは安堵ではなく、畏怖のそれだった。


「あ、ああ……なりませぬ、なりませぬ……!! 甦らせては、ならないのです! 邪神も、それに、勇者も……!! そんな、ことになれば、せかい、が――」


「……パパ? ねえ、パパ、パパってば……!?」


 見開かれた瞳は、瞳孔も開ききり、呼吸も耐えていた。その体が四肢の先から、黒い泥へと崩れ去っていく。

 かつての風の四天王は、一体何に気づき、最後は何を恐れたのか。もはや、誰にもわからない。

 崩れ落ちたルルニィに何も言えず立ち上がったガルデリオン。そう言えばと見降ろした先、エルフモドキの群れが、文字通り千切れ飛んだ。

 血風をまき散らしながら呼吸を整える、薄紅色の髪の蛮族。その、金色の視線が突き刺さっている。


「ふーっ……よーやく邪魔が片付いたわ。さ、やるわよ」


「いや、そのだな」


 気持ちにも情報にも整理のついていないガルデリオンだったが、エルフモドキ相手にウォームアップを済ませたセルシアの戦意に、否応なくスイッチが切り替わった。

 エルフモドキを統制していたハーヴィエイが倒れたためだろう、蠢いていた樹木はことごとく力を失ってしなだれ、エルフモドキやそのモドキは急に生存本能に目覚めたかのごとく逃げてゆく。


「……君に用があったわけではない。見ての通り、裏切り者の粛清が目的だ。

 今日のところはこれで引くとしよう。次に会ったときこそ決着を――」


「知ったこっちゃないわよ」


(……だよな。四天王とかの真似をしてみたらこれだよ)


 あえて居丈だけな物言いで撤退を宣言するという、母曰く大物の去り方というのを言ってみたがヒートアップした蛮族にはまるで通じない。そもそもこれで退いてくれるなら、トメルギア公都でもやり合わずに済んでいるはずだ。無論、その時とは状況が違うが。

 なによりの違いが、

『邪神に踊らされし哀れな子らよ。クオルたちの太祖を辱めた罪、万死に値しますの』


 セルシアの手にした剣の片割れ、聖剣ソーラーレイだ。普段やる気無さげなクオルが、ガルデリオン相手に気勢を上げている。

 不意に、先ほどのハーヴィエイの末期の言葉が脳裏をよぎった。

 ゼフィルカイザーについては、あれは交渉の余地がある相手だ。だが魔族を相手に気勢を上げるこの光の精霊機はどうなのか。

 この遺跡にかつての大戦の記録などが残っていて、ハーヴィエイはそれ故に勇者をああも警戒したのではないか。

 なんにせよ、泣き崩れたままのルルニィもいるのだ。ここでセルシアと切り結ぶ気にはなれない。かと言って、セルシアやハッスル丸を前に、ルルニィを抱きかかえてエグゼディまで戻る自信もそこまでない。

 魔法を駆使すればとも思うが、術を繰り出した時点でハッスル丸が気づくだろう。


「……できれば察して」


「察してくれとかほざくんなら、まず仮面取れ。それとも」


 またこの剣で叩き斬ってやろうかと、セルシアの眼が燃えている。その憤激に、ガルデリオンは驚きを覚えた。

 セルシアは、自分が何も言わずにこんな策を仕掛けたことに怒っていて、逆を言えばそうされて怒るくらいには、自分のことを信頼してくれているのだと。


(そもそも、俺がシングだと言わない時点で、十分察してくれているわけで)


 どの道、水の大魔動機の手がかりはないし、素性を隠しながら協力し続けるのも限度がある。なら、ここいらが潮時だろう。

 なにより、信頼には、信頼で答えたい。そう思ったのだ。


「……わかった」


 兜に手をかけ、


「――――うん、わかったよー、パパ」


 広間が、激震した。

 床面に魔力の輝きが走り、足元から伝わる駆動音。それよりなにより、


「っ、ルル姉!?」


「――ガル君をたぶらかす勇者は、自分が品定めしてあげないとねー」


 ハーヴィエイだった塵をこぼしながら、いつもの調子でひょっこりと立ち上がるルルニィからは、膨大な量の魔力と、余波の風が溢れている。


「なんじゃ……なんなのじゃ、あいつらは……!?」


「ちょ、なにへたり込んでるんですかバカ皇女!」


 リュイウルミナがあまりの魔力におののいているが、それはガルデリオンも同じだ。元よりガルデリオンの数段上を行くルルニィの魔力が、いつものそれをさらに上回って膨れ上がりつづけていく。


「ッ……いや、増えてるんじゃない、混ざっている……!?」


 ルルニィの魔力の波長の中に、どうしようもなく濁ったものが感じられる。つい先ほどまでのハーヴィエイのように。その手が、腰に下げていた十字架を手に取った。


「自分、四天の風冠の担い手だよ。契約に基づきここにその力を示して、暴風巻き起こす天上の軍神――」


 溢れる風が、さらに膨れ上がる。呼応するように、足元の大魔動機の出力も上昇していく。広間は今や嵐の渦中だ。荒れ狂う風が、広間自体を崩していく。


「ッ……お前たち、あの黒武者にしがみつけ……!!」


 それだけ告げてエグゼディへと駆け、起動するやミカボシの頭を掴む。既にミカボシには皆がしがみついていた。


「あいツ、大丈夫なのカ!?」


「ガルデリオンさん、人はいいみたいだから大丈夫だと思います、それでみんな――シア姉!?」


 パトラネリゼの叫びが風に掻き消える。薄紅色の三つ編みを風に躍らせながら、セルシアはルルニィと対峙していた。厳密には、その手の聖剣が。


『ジェリケーンと呼応する、この波長は……まさか……いったい何者ですの!?』


『――――こう呼べばいいか? 姉上・・


『――――ッ』


 セルシアを中心に闇が広がり出る。クオルが顕現するのを見届ける間もなく、ガルデリオンは転移を行い。




 聖風の民の聖域は、文字通り、吹き飛ばされた。

次回は2/2掲載です

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