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029-003

「ハーヴィエイ……ッ!!」


 カシラが歯を向いてあげた唸りに、男、ハーヴィエイは視線のみを向け――次の瞬間には、カシラたちの前に立っていた。


「ッ……!!」


『今のは、魔法にござるか!?』


 セルシアとハッスル丸が遅れて反応している。それだけでも異質だ。この男は二人の認識を――ハッスル丸の魔力への感知も――振り切ったということなのだから。

 二人が得物に手をかけるが、合わせるように、エルフモドキたちも手に武器を構え、あるいは魔力を灯してくる。あくまで牽制なのか、攻撃に踏み切ってはこないようだが。

 だが本当に異質だったのは、ハーヴィエイがカシラに向けたその仕草だった。


「おお、久しぶりだな、聖風の民。こうして直接顔を見るのはどれくらいぶりだ? む、見れば、あの時の少年ではないか。それにそちらは、里で一番幼いと言っていたあの子か? 随分と立派になったものだ」


「な……」


 馴れ馴れしく、カシラの肩を叩くハーヴィエイ。その笑みや言葉には、紛れもない親愛の色がある。


「だが、その姿はどうしたんだ。随分とやせ衰えているじゃないか。

 小生のほうから提供した技術は……いや、無理か。魔界は土地が貧しいから、農耕技術はろくになくてな。むしろ、この森の豊かさは羨ましい、ああ、君らは見たことがないんだったな。君たちも災難だったな、あんな祖先を持って」


「何を、一体何ヲ言っていル?」


 ハーヴィエイの、心底同情したという物言いに、カシラの殺気が淀む。ほだされたのではない。ハーヴィエイから漂う、薄気味の悪さのせいだ。


「絶大な魔力でもって己が肉体を延命し続け、さらには精霊機を永続起動し、それによって暴風の結界を展開する。邪神封印の維持にかける執念は恐ろしいを通り越しておぞましい。

 なにせその燃料となる魔力は、地脈を歪めてかき集めた魔力を用いてのものだったのだからな。

 空輸の元締めだった風の大公国が存続していれば、人間の文明はここまで衰退しなかったろうに」


『な――あの森を造り上げたのが、ランフィスの者のせいだと言いますの!?』


「そう、アレだよ」


 ハーヴィエイが指し示したのは、広間の中心にして頂上に当たる場所だ。天井から降りてきた木の根に絡み付かれた、鋭利な印象を持つ鎧姿が、そこにある。


「なんやあれ。鎧、か?」


「づ、ぅ……ち、違いますツトリン。あれは、昆虫とかの、甲殻の、形質です。あれが――」


『ダムザード。ダムザード・ランフィス……』


 頭を押さえ苦悶を浮かべるパトラネリゼ。その言葉を引き継ぐかのように、クオルがその名を呼んだ。かつて勇者と、クオルのかつてのマスターと共に邪神と戦った、四人の大公の一人。その遺骸が、鎮座していた。


「……ねえ。あれホントに死んでるの? なんか、生きてるような感じがするんだけど」


『セルシア殿、気のせいではござらん。生きておるとも死んでおるともいえぬ状態でござるが……あの風の大公に、森中の魔力が集まってござる。そしてそれが、大魔動機へと』


「最早自我すらなく、精霊機を起動し続ける部品と化していたモノだ。いや、苦戦させられたよ」




(……パティの生まれになんかあるのはもう確定としてだ)


 通信機からノイズ混じりに流れてくる声を聞き取りつつ、イザナミの操る土の兵隊を蹴散らすゼフィルカイザーは、ハーヴィエイの言に内心で首を傾げた。


(こいつの言うことが本当だとするなら、風の大公当人が、植物状態になってまで聖風の守りとやらを敷いていた、ということだが……封印の維持のためにしては、徹底しすぎだろう)


 己の領地をここまで蹂躙して、自我すら捨てて封印維持の部品と化した風の大公。言い換えれば、己が子孫が血統を保つことも、他勢力が不可侵であることも一切信じていなかったということになる。


(とはいえ、砂の大陸の歴史を考えればやむなしか、ベーレハイテンが征服戦争なんぞやっていたわけだし。

 トメルギアにしても先代の時点で実質断絶していたわけで……いや、しかし本当にそれだけなのか?)


「ゼフィルカイザー、なんかそっちで進展あったのか!?」


『っと、すまん。向こうはハーヴィエイとやらと接触したらしい。おそらく魔族だそうだが……』


 ハーヴィエイの言動は、明らかに正気のそれではない。最終回で精神崩壊した少年を筆頭に、その手の有様には事欠かないのがロボットアニメだ。ハーヴィエイの脈絡のない、支離滅裂な言動は、それに通じるものがあった。


『おい四天王。あのハーヴィエイという男……本当に貴様らの仲間か?』


『ほほう、その分だと、勇者ちゃんたぁは出くわしたんだべ? ま、見てのとーり、頭やられてまっとってなあ。

 私のこともわからずに、いやぁ、えらい目にあったべさ』


 農家のおばちゃんが「ああしんどかったべ」というような調子でのたまうマートル。だが、その意味するところは二つ。

 一つは、ガルデリオンと共に現れた、魔王軍の指揮系統化にあるマートルを迎え撃ったということ。即ちハーヴィエイは、バイドロットのように魔王軍の統制化にない。

 そしてもう一つ。状況的に他にないが、あえて確認のために問う。


『四天王の貴様がそのように言うとは、ハーヴィエイとは一体何者だ!?』


『魔王軍、風の四天王だべさ。それもバイドロットみたいな半端もんたぁ違う、本物の四天王だべさ。つうてもあのとおり、頭やられてまっとるけどなあ』


「それ、セルシア達がまずいんじゃ……ゼフィルカイザー!」


『ああ、わかっ!?』


 これ以上土人形の群れに構っていられまいと踵をかえそうとすれば、黄泉の軍勢は今度は背後に回り込んでくる。もはや崩れ落ちた入口を掘り返そうともせずにだ。


『ッ……貴様の目的は、最初から私たちの足止めか!?』


『そういうこったべさ。ケリをつけるべき真打言うのがおるでな、付き合ってもらうべさ』




「ッ、何を、訳の分からないことヲ!」


 カシラが発現した魔力の爪が、ハーヴィエイを薙ぎにかかる。解毒と共に、体内の淀んだ魔力も浄化してしまった故か、昨日のウヨルキほどの勢いはないが、人間の首を飛ばす程度は訳はないだろう。だが――


「なっ……!?」


「おいおい、危ないだろう。こんなものを人に向けて。相手が小生だったからよかったものの」


 爪は、ハーヴィエイの手によって阻まれていた。やはりその手は魔力で覆われているが、カシラのそれと同様と言っていいかどうか。ほのかに帯びた魔力がカシラの魔力をかき分けているのだ。

 そのまま腕を極められ、カシラが苦悶の声を上げた。


「ぐっ、がああああっ!?」


「おお、これはちゃんと使えているか。魔力を以て武装と成す、単純ではあるが、人の身で使うのであればこのぐらい初歩のほうがいい。いずれ、あの方が我ら魔族にお教え下さった、より高度な術を教えてやろう――で、こいつらは何者だ?」


 カシラを極めで拘束しながらエルフモドキに尋ねるハーヴィエイに、セルシアもハッスル丸も歯噛みする。密着しているがゆえに、下手に手を出せないのだ。


「リュイウルミナ殿下でございます」


 エルフモドキの言葉に、ハーヴィエイをは手を打った。


「リュイウルミナ……おお、ルミラジー殿の姪御か」


「っ……お、叔父上を知っておるのかえ!?」


「おお、貴女様が。お初にお目にかかる、ハーヴィエイと申す。

 小生が修復した皇帝機リオ・ドラグニクスはいかがであったかな?」


「お、お主がリオ・ドラグニクスを修復したのかえ!?」


「左様。小生、これでも魔道具作りにかけては魔界でもそれなりに名が通っており申してな。

 所詮人の作りしものと思っていましたが、流石は最強の超魔動機オーヴァード・マジカライザー。なかなかの難敵でしたとも。

 しかし仕上がりは上々。おかげでこのように、見事な外套も賜りました。ま、直接お会いしたわけではないですがな」


 カシラを拘束する手は緩めないまま、開いた左手を、もっと言えば袖をひらつかせるハーヴィエイ。


「ああ、そう言えば、苗床の在庫(・・・・・)がもうないのですよ。また融通していただけませんか? なに、魔力の乏しい者で結構ですとも。魔力の分は、エルフの方で補えますので」


「な、何の話じゃ?」


「ですから苗床ですよ。聖風の民はその点、使い物にならないのでね。皇帝機を修復する、その対価、まさかお忘れではなかろう?」


「……まさか、あのエルフの苗床になってた人たちは……」


 ルルニィが声を震わせる。薄暗い中、包帯に覆われているというのに、その顔が真っ青なのが見て取れる。だがそれ以上に驚きを受けていたのは、当のリュイウルミナだ。

 以前魔力が無い他者を見下していた割に、と思わなくもないが、あれだけむごたらしい有様を見れば、そんなものも消し飛んでしまうということか。


「な、亡き、叔父上が、そのような約定を……!?」


「亡き? ああ、そう言えばお亡くなりになったのでしたな。所詮は人間ということか。ま、仕入れ先は他にもある、どうでもいい。

 そういえば、あれらからの報告では小生の修復した皇帝機も破壊されたようで。しかしそちらに送ったのからは、最低限の目的は達したと――ふむ、ちと失礼」


 カシラを手放すとリュイウルミナの前にかがみ込み、リュイウルミナの頭を押さえたハーヴィエイ。


「ひっ……!」


 リュイウルミナは呼吸を忘れた。その唐突さ、正気とは思えない目つき、何もかもが恐ろしい。だが、何よりも恐ろしいのは、こうして直に触れて伝わってくる魔力。

 人類最強と言われた、リュイウルミナの魔力。どれほどおちぶれようが決してなくなることのない、最後のプライド。だが間近に迫るハーヴィエイの魔力の圧は、リュイウルミナをなぎ倒さんばかりだ。砂の城を、台風が消し飛ばすがごとく。

 歯の根が合わずに震えるのは、恐怖か、恥辱か、両方か。ハーヴィエイは知ったことなく、右の竜眼に、有無を言わさず手をかけ、瞼を押しのけた。

 蛍色の瞳、その中に残り火のようにちらつく紫の光を認めたハーヴィエイは、髭を撫でながら満足そうにうなずいた。


「良し、良し良し――我が推論は実証された! 十数年もの間、こんな穴倉の中で大魔動機をいじり回した甲斐があったというもの!

 ふ、ふふ……! あのお方も、きっとお喜びになる、いや嘆かれるやもしれぬが、あのお方の大願の一助となるは確実!

 ああ……されど、貴女は小生に振り向いてくれない! ならば、この手で造るほかないのだ、貴女を!」


『……どうやらあの悪趣味な品種改良は、懸想した何某かに似せた者を造るためだったと見えるでござるな』


 ハッスル丸の吐き捨てるような一言に、ルルニィが人知れず、小さく震えた。ハッスル丸の言の意味するところが理解できてしまったために。


『流石にこれ以上は聞くに堪えん――セルシア殿』


「おーよ。エルフを増やすとかぶっ殺し上等でしょうよ」


 影鯱丸とセルシアが剣に手をかけ、他の面々は引き下がる。己に向けられた殺気に気づいた様子もなく首をかしげるハーヴィエイ。しかし、ぽんと手を打ち――


「おお、そうか。お前たちが新しい苗床か。では」


 ぱちんと指を鳴らすと――四方八方から、木の根が襲いかかってきた。そして周囲を取り巻いていたエルフモドキたちもだ。

 それだけでは飽き足らず、広間に通じる通路から、さらにエルフモドキが溢れてきた。だが、それをエルフモドキと言っていいのかどうか。

 エルフは腕二本足二本、ゼフィルカイザーの言うところのいわゆる人間の形で統一されている。だというのに、溢れてきたそれらは、エルフに獣や虫、鳥や魚などの形質が、歪に混ざり込んでいた。言うなれば、エルフモドキモドキだ。


「ちょっ、なんや!? 二人とも下がりぃ!」


 襲い来たエルフモドキモドキにツトリンが慌ててショットガンを発射する。美貌を湛えた銀髪の頭が砕け散るが、甲殻類由来なのか種皮が元なのか、甲殻で六本足と胴体はあちこちにヒビが入りつつも、ついた勢いのまま突っ込んでくる。

 だが、蒼白と白光が、エルフモドキモドキを粉微塵に斬り砕いた。


「人間っぽい理由もわかった。んで、エルフなのもわかった。食わなくてよかったわ、こいつらは失敗作ってとこね――ぶち殺して焼きはらってやる。

 供養ってやつよ。文句ないわね、ナマクラ」


『ナマクラ言うなですの! でも、同意するですの。歪められた命は、滅ぼす他に救う手だてはありませんの』


 狼狽えながらパトラネリゼとリュイウルミナをかばうツトリンを差し置いて、容赦なく剣を振るい、エルフモドキを切り刻んでいくセルシア。即席の二刀流、まばゆい陽光と青白いたなびき、二条の残光がひるがえる。

 聖風の民も、襲い来る木の根やエルフモドキにそれぞれ応戦する。その中で一人、否、一機が駆け抜けた。右手に忍者刀を逆手に構え、左手で印を組んだ影鯱丸だ。阻まんと枝葉や蔓草が繁り絡み付くが、


『金剋木、喝ッ!!』


 忍法の発動と共に、枝葉が千々に千切れ飛んだ。装甲に宿った金気が、植物への特攻性を発現させたのだ。


御首みしるし、頂戴仕る……!!』


 そのままハーヴィエイに肉薄し、忍者刀が降り抜かれ――影鯱丸が、空中で静止し、次の瞬間には、まるで重量級の魔動機に殴り飛ばされたように吹き飛んだ。


「ふむ、見たことのない魔法に武術。奴が見たらさぞ喜ぶだろう、そして戦ってみたいというだろう――奴とは誰だったかな?」


 壁に叩き付けられた影鯱丸を見ているのかどうかも定かではない目つきと調子のハーヴィエイ。だが、今しがたの迎撃が彼の意志によるのは明らかだ。

 スッパ島での改修のおかげか装甲がややへこんだ程度だが、衝撃までは殺し切れなかったらしく、ハッスル丸が咳き込みながらおののく。


『がはっ……この気、大気を練って叩き付けたでござるか……!? しかしこれだけの威力を、詠唱もなしに……!?』


「は、ハッスル丸さん! ゼフさんが、そいつも四天王だって……! それもバイドロットみたいな雑魚じゃない感じの!」


『なっ……』


「……そうだ。四天王であったな。小生は。そう、あのお方の元に集いし四天王の一人。されどあの方は我らではなく、あの男を――何故、何故なのだ――」


「……いい加減に、して……!!」


 ハーヴィエイの妄言ともつかぬ独白を、泣き叫ぶような声がかき消した。目は半目のまま、しかし頬を涙で濡らしながら、ハーヴィエイへと歩み寄っていく。それを阻むようにエルフモドキが立ちはだかるが、


「ヲ父様ニハ」


「近ズカセナイ」


「――邪魔だよ」


 その場で、魔動機にでも踏みつけられたかのように、真上から押しつぶされた。その光景は、つい今しがた、影鯱丸が吹き飛ばされた姿と重なる。


「る、ルルやん? アンタ一体……」


「……ごめんね。自分の、妹たち」


 背後のツトリンの狼狽を意に介した様子もなく、砕け散ったエルフモドキに哀悼を呟き、そのままハーヴィエイの正面に立つ。だがハーヴィエイはその姿に気づいた様子もなく、妄言を垂れ流している。


「やはり、形質の源泉では無意味なのか? エルフであるならば魔力は不要と思ったが、素体の魔力にもこだわるべきか。

 されど帝国からでは魔力の足らぬ者ばかり、かといってロトロイツからでは形質に偏りが――」


「やめてって言ってるでしょ、パパ!!」


 エルフモドキと争う喧騒を引き裂くような、悲痛な叫び。誰もがあっけにとられ、だが、次に起こった出来事に、さらにあっけにとられた。

 轟音がホール全体を揺らし、天井が軋みを上げ――


『まだ、だっ……』


『ここまでだ――少し、寝ていろ』


 遺跡を砕き、黒騎士が、黒武者を叩き落としてきた。

次回は1/30掲載です

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