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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第四話 初めての防衛戦 幼き賢者との出会い
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004

「ぶえっくしょい!

 あー、なんかすごいひんやりすんだけど」


「あれだけ垢落とせばそりゃそうなるでしょうよ」


「まあいいわ。話すことも話したんだし、飯よ飯。なんか食わせろ」


 通りを歩く姿に道行く人たちが例外なく振り返る。肩を落として進む白髪の少女、ではなく、その後ろをあるく薄紅色の髪の女にだ。

 そのさらに後ろを歩くアウェルは、風呂場を出てから目を見張ったままである。

 風呂場のあと詰所に連行され、ドラゴンについての話を(ゼフィルカイザーがこれは話すなと厳命した部分だけぼかして)説明したときも心ここにあらずといった様子だった。視線をそらすこともなくセルシアから返されたペンダントを口元に寄せ、


「……いや、どちらさんだ、あれ」


 ようやく聞いた口がこれである。


『一言もないと思ったらそれか。喜べ、アレがお前の姉だ』


「……なあゼフィルカイザー。お前、見た物を後で映したりとかできない?」


『見慣れているとか言っておいてそれか貴様』


「いや、だって、なあ?」


(まあ言わんとすることはわかるがなあ)


 脂とほこりとでベタベタだったくすんだ赤髪は、今は宝石のような薄紅色の輝きを放っている。そして日に焼け汚れと垢に塗れていた肌は若々しい張りと瑞々しさにあふれていた。

 元々整っていた顔立ちは風呂上りということもあってほんのりと上気しており、その美しさは否応なしに人目を引く。

 着ているのは風呂に入っている最中、風呂屋の女将が古着屋で調達してくれたごく普通の服なのだが、正直先ほど目にした裸体からするとどのように着飾っても不純物にしか映らない。


(いわゆるぬののふく程度だと話にならんか。あのケダモノがこうもなるとは、いやー眼福だったわ。

 どーにかアウェルにも見せてやるか、うん。しかし、磨けば光る玉だとは思っていたが)



「『まさかちょっと洗うだけでここまで光るとは……」』



 一拍置いて、


「……ん?」


(まずっ)


 白髪の少女が足を止める。


「いまなんかハモったような。あなた何か言いました?」


「べ、べつに? なんでもないぞ?

 ……おい、気をつけろっていったのお前だろ」


 小声でアウェルに釘を刺されてしまう。


(むむむ、気を付けねば)


 首を傾げながら前を進む少女を改めて注視する。

 雪のように白い髪に、海のように深い青い瞳。初見で向けられたその目が、どうにも気になっていた。

 しかしそれ以上に気になるのは通りを行き交うこの世界の人々の有様だ。

 思い返せば最初のアウェルたちの村の時点でも見かけたが、人類とは特徴的に明らかに異なるものがかなり混ざっている。割合にして半分程度だろうか。

 犬や猫のような耳が、人間基準の耳の位置にあるものもいれば、頭の上にあるものもいる。それどころか犬や猫の頭で首から下が人間のボディ、というものも。

 そのあたりはまあファンタジーのお約束なのだが、人間ヘッドに獣ボディは流石に異形の生物に映ってしまう。

 腕が二対あるものがいれば、脚が四脚の物もいる。これも獣っぽいものもいれば虫っぽいものまで。

 かと思えばファンタジーのド定番、ゴブリンそのままの矮躯が露店を開いており、その横では豚頭の獣人と緑色の肌に牙が生えてずんぐりとした面をした巨躯が肉をさばいている。


(あ、オークだ……いや、どっちがオークなんだ!?)


 ゼフィルカイザーが表記ブレに頭を悩ませる中、食事処と思しき店の前で少女が足を止めた。


「ここがミグノンの中じゃ一番値打ちでかつおいしいと評判のお店です」


「へー、期待できそうだな、こりゃ」


「でもそうなると高いんじゃないか?

 オレたちの持ち合わせってこれだけなんだが」


 と、銭の入った袋を掲げるアウェル。

 実際のところ、コックピットにはまだそれなりの額が残っているが、ゼフィルカイザーが通貨単位を把握できていなかったこともあり、持ち出す量に制限をかけたのだ。

 だが、白髪の少女はそんなことは気にするなとばかりに胸をそらした。


「いえいえ。せっかくなので奢ってあげましょう。

 代わりの条件を飲んでくれたら、ですが」


「え? なによ?」


「あの白い魔動機の話をいろいろ聞かせてほしいんですよ。

 ……さっき、詰所では全部話してなかったでしょう?

 そこのところをちょっと」



(――マズい)



 ゼフィルカイザーは少女の視線に含まれていたものを理解した。

 あれは好奇心の塊だ。それも子供心に、などというものではなく、もっと業が深い類の。己も同じ目をしていたことがあるからわかるのだ。

 あれは気に入った作品の設定資料集に舌なめずりしているときの自分と同じ目だ。止めねば、と思ったが、


「うんわかった。二言はないわね」


 飯につられた野獣を鎖でつなぐことなど不可能だった。




 かくして、白いロボットと白い少女、二人にとっての地獄が始まる。




「かーっ、こんなうまいもん食うの初めてだわ!

 あー、これもっと持ってきて! あるだけ!」


「やっべえ、なんだこの肉超やわらけえ!

 肉汁が、溢れてくる……!」


 有りえない勢いでテーブル中にならんだ食事が消えていく。その様を見ている二人にとっては、意味こそ違えど地獄の光景そのものであった。なぜならば、


(があああああ! おのれメシテロめえええええ!)


 眼前には野趣あふれる異世界の料理。それが自分の手に触れることすらなく消えていく。

 確かに己はロボットが好きだ。ロボットアニメをおかずに塩振っただけの白米や茹でただけの乾麺を食うのが彼にとっての食事である。

 だが、だからと言って美味そうなものに惹かれないわけはないのだ。

 そう、たとえば今セルシアがわしづかみにしている肉。なんの肉かはわからないが、脂のサシが存分に入った肉汁したたる肉だ。断面からはまだ赤みが見えることから、それがほどよいレアに焼きあがっていることがうかがえる。

 かと思えばアウェルが貪り食っているシチューらしき料理。見ただけでわかるクリーミーそうなそれを時に器から直に飲み、時にパンにつけて食べている。

 機械の体。それは確かに己が切望したものかもしれない。だが、映像の向こうには己が失ってしまったものが広がっていた。

 否、失ってしまったからこそそのかげがえのなさに気付いたと言っていい。

 かといって通信を切るわけにもいかない。二人が何を話すか分かったものではないからだ。


「おのれ、こうなればこの場であの料理を再現してくれる……!」


 セーフハウスにおいて、設置物は自分で構築できることは確認済みだ。

 送られてくる映像のままに、ホログラムの塊が形を成してゆき、十数秒のあとにパンとシチューが出来上がった。

 さっそくパンをちぎりシチューに着けて口に含むと、口に入れた時点でそれがほどけて分解した。


「……へー。データってこういう味がするんだ。ふーん」


 ひたすらに空しくなったゼフィルカイザーであった。




「ちょ、ちょっとは遠慮というものを」


「ああー? 知らんなあ? 奢るって言ったのはそっちじゃない?」


 一方、パトラネリゼにとってもこの状況は地獄そのものだった。不用意な一言のために己の貯蓄がどんどんむさぼられていく。

 計算も早いがために、現時点でどのくらいの金額が消化されているかがたやすく理解できてしまう。


「私のおよそ5か月分の労働が……! あ、今ので6か月突入した。

 私の人生の25分の1が……!」


「あー、パティ? なんなら先生に回しても」


「この程度で師匠を頼るなど賢者の名が廃ります! 私がきっちり耳をそろえて払いますとも!」


「ほう。じゃ、そこに並んでるベーコン全部頂戴」


「ぎゃあああああ!?」


 パトラネリゼは二人の様子から突かれたくない腹があることは読んでいた。だから詰所の事情説明にも同行した。

 そしておよそ眼前の二人を見切ったと判断して、飴と鞭を用意し、それで二人を釣ったのだ。

 すべてはあの白い魔動機について知るために。だがその結果がこれである。


「考えてみればあの破天荒、こうなりうることも予想できなかったことじゃなかったはずです。

 それがこの有様とは……智に溺れるとはこのことですか師匠!?」


 知らんがな、という老女の声が聞こえた気がした。

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