表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第二十八話 恐怖! 魔の森の怪奇が探検隊を襲う! 秘境に住まう原住民とは!?
202/292

028-003

「その、自分も冒険者なんだけど、手柄のために森に入ったら遭難して。

 魔物をどうにかやり過ごしたりしてたら、さっきの猛獣みたいなのに見つかって追い掛け回されてたんだよ。やー、助かった助かった」


 ひとまず足を止め、まずは最初に飛び出してきた少女に聞き込みをする一行。

 ルルニィと名乗った少女が言うには、そういうことらしかった。

 覇気のない半目に、感情が籠っているんだかいないんだかわからない平坦な口調。


(つーか、違和感しかないというか……)


 妖人の襲撃に認識を割いていたため気にしている暇がなかったが、少女の姿は違和感の塊だった。

 ブラウスの上にカーディガン、さらにその上には厚手のブレザー。かなり膝上まで詰めた、それでいてパンツが見えそうで見えないミニスカートと、ニーソックスの絶対領域。加えてベレー帽。


(……女子高生?)


 東京に繰り出せば似たような制服の学校があるのではないかと本気で思えてくるくらいの女子高生ルックだった。

 よく見れば上着はかなり厚手でそれなりに防御力もありそうであり、ブーツもかなり重厚なものだ。


(まさか転生者ならぬ転移者、か?)


 ファンタジーSF問わず、ロボット物において異世界なり異なる時代なりからの来訪者というのは全然珍しくもなんともない。ヒロインとして遇されたり、当人たちもロボットに乗ったりとその後はいろいろだが。

 むしろゼフィルカイザーのように記憶と魂がインストールされているほうがよほどレアケースだろう。

 改めて少女を観察する。

 亜麻色のショートカットに、明るい紫の瞳。

 華奢で小柄、どこかダウナー調なのはともかくしぐさも女の子らしく、ここまで可愛いらしいという印象が強い少女はゼフィルカイザーの経験上珍しい。


(……いいや、おそらくこの娘にも隠している本性があるに違いない……!! どこぞの知識欲の権化や聖剣や金属生命体のように……!!)


「ゼフィルカイザー、あんま疑心暗鬼にかられるのも……いや、でも仕方ないか」


『察するだけでなく思考内容まで推察するな。そして同情するなら代わってくれ』


「断る」


 などとアウェルと軽口を交わすゼフィルカイザーだが、しかし今回ばかりは、その疑惑は正しかった。




 

(あのー、風の四天王ルルニィ・ド・ガンテツさん?)


(どしたの、魔王軍筆頭の黒騎士、ガルデリオン・シング・トライセルさま)


 機体から降りているせいでむせ返るような湿気と瘴気に見舞われているが、瘴気と魔力ばかりが刺々しい魔界に比べれば、むしろ生命の息吹にあふれた魔の森の空気は心地よいくらいだ。

 だというのに、念話が飛んでくるたびに背筋に寒気を覚えるシング。


(とりあえず初対面を装う体で行くのは了解してもらえて助かる。ただその、なにか怒らせるようなことをしたか?)


(別にー? まあ、黒騎士様はモテるからねー。レフティナお姉さんも、みんなにモテモテだったらしいしー?)


 言葉にあからさまに棘がある。どうしたものかとため息をつくと、すぐ隣から心配する声がかかった。リュイウルミナが頬を赤らめながら、上目づかいに尋ねてくる。


「どうかされたのかえ、シング殿?」


「いや、なんでもないさ。それより君も大丈夫か?」


「朕は大丈夫なのじゃ。シング様が、その、かばってくれたもうたゆえ……」


「別に大したことはしていない」


 と、リュイウルミナがますます赤くなる。熱でもあるのだろうか、などという鈍感な気取り方はしない。シングとて、そこまで鈍くはないつもりだ。


(突然エグゼディ、今はミカボシだっけ? が転びかけたからって、女の子を抱きとめて庇ったりするなんてよくできるねー)


(非常時なんだから当然だろう。怪我でもされたら迷惑だしな)


 と、答えると、念話越しに深いため息が伝わってきた。何かおかしなことを言ったか首をかしげるシング。


(それで、わざわざエグゼディに乗せてるってことは、そのコが勇者ちゃんなの?

 確かに人間にしては桁外れの魔力持ってるみたいだけど、ガル君が後れを取るほどには見えないんだけど)


 ルルニィには驚嘆の響きがあった。シングや朱鷺江と違い、ルルニィは生粋の魔族だ。その魔力はシングたちを遥かに上回り、おそらく魔王軍でも五指に入る。そのルルニィからしても、リュイウルミナの魔力は図抜けて見えるようだ。

 だが、シングは否定を返した。


(この娘じゃない。その、なんというか――アレだ)


 念話で指したのは、薄紅色の三つ編みだ。今は、先ほど倒して気絶中の妖人の娘を見張っている。だが何故か、シング目がけて殺気が放たれている。


(え。じゃあやっぱりあの、山出しの蛮族二号機が勇者ちゃんなの? そりゃ、さっき持ってた剣とかすごい嫌な感じがしたけど)


 ルルニィの第一印象が自分となんら変わらないのに眩暈を覚えるシング。


(ていうかガル君に超殺気飛ばしてるし、正体気づかれてるんじゃない?)


(ああ、正体なら、セルシアにはとっくにバレてるから)


(は? ちょ、ちょっとなにそれ。聞いてないんだけど?)


 言われて、考えてみれば朱鷺江にしか言っていないと思い出したシング。

 一行と接触する際にマートル、朱鷺江と別れて以降、魔界に戻るまで魔王軍とは接点がなかったのだから、仕方ないと言えば仕方ない。


(ええと、セルシアっていうのは勇者ちゃんのことでいいんだよね? なんで一番の天敵にばれてるの)


(気づかれたのは奴が野生だからとしか言いようがないんだが……ただ、他の面々には気づかれていないし、セルシアも黙ってくれている。

 しいて言うなら、あの白い機体は疑っているようだが、確信は得ていないようだ)


 口にしつつ、しかしシングは思う。自身の動向で怪しいところはそれなりにあったはずなのに、猜疑の目を向けていて何故気づかないのかと。


(……ふーん)


(なんだよ、どうかしたのかルル姉)


(いやいや、イケメンの割に浮ついた話皆無の弟クンにも、ようやく春が来たかーって、ね。

 わざわざ黙っててくれてるってことは勇者ちゃん、脈アリなんでしょ?)


「ぶふっ!?」


「ど、どうかしたのかえ、シング殿!? やはり、先ほど朕をかばったときに……!?」


「なんでもない、なんでもないから!!」


 取り繕い、表情もどうにか平静を装いつつ、しかし念話のほうでは苛立ちを隠さずに切り返す。


(あのな、あいつとは、その、そういう関係では、まだ、ないから、な?)


(んーふーふー……そのしろどもどろっぷり。ガル君的には相当お熱と見たね)


(なな、何をここ、根拠に!?)


 傍らでリュイウルミナがうろたえていた。鉄面皮のままのシングが、汗を垂らしながら顔色だけ白黒させていればそれはそうなるだろう。


(魔王軍のアイドルにして恋愛マスターでもある自分にかかれば、この程度余裕だよー)


 歌って踊って、どこかつかみどころのないルルニィだが、実際その手の相談を相手にするのにはやたら長けている。

 魔王軍でルルニィの紹介で連れ添いになった者は一組や二組ではない。シング自信、愚弟アルカディオスが側女に暇を出した際の縁談先の相談にも乗ってもらっている。


(……の割には、自分は一人身なのな。俺より年上なのに)


(どこかの魔王軍筆頭騎士様も一人身だからねー。臣下が先を越すのは不義理かなって)


(ごふっ)


 苦し紛れに言い返せばこうして返り討ちに合う始末。


(ま、それならそれでいーよ。魔王軍の綺麗どころに見向きもしなかったガル君が入れ込んでるのがどんなコか、見定めてあげるよ)


(何しに魔界から出てきたのさ!? 大魔動機、邪神の封印、あとハーヴィエイは!?)


(あー、実のパパのこともあったっけ。

 でもごめん、ガル君のお嫁さん候補のほうが大事だから。そう、小姑として)


 果たして、歌舞を披露しているとき以外ひたすらダウナー調なルルニィの、ここまでやる気に満ちた声を聞いたことがあっただろうか。


「し、シング殿!? やはりどこか痛むのかえ!?」


「大丈夫、大丈夫だから」


 痛い場所が物理的に存在しないだけだった。




『――――どう思う、ハッスル丸』


 ゼフィルカイザーが外部音声を切り、コックピット内に向けて話しかける。

 コックピット内にいないはずのハッスル丸に話しかけるゼフィルカイザーに、しかしアウェルは別に首をかしげたりはしない。むしろ、


『おお、ゼフ殿。やはり気になられるでござるか』


 こうして返ってくる声の方がよほど不可解だ。パトラネリゼと共に妖人の娘を診ている頑張姿のハッスル丸は、無言のままだというのに。


『まあな。あとお前の札、どこにあるんだ』


 ハッスル丸がゼフィルカイザーのコックピットに仕込んだらしい通信用の呪符は未だに見つかっていない。何度か掃除という名の分解吸収もしているのにだ。


『クエックエックエッ、こうした時便利でござろう? して、本題はあの娘でござるか』


『どう見る』


「疑心暗鬼もほどほどにしとけよ? そりゃ、たまには当たるけど」


『たまにはとはなんだ、たまにはとは。

 大体、あのような身ぎれいで華奢な娘が魔の森にいること自体おかしいと思わないのか』


『つっても、拙者が現役だったころも、ああした浮ついた輩はおったでござるからなあ。ちらりと聞いた話だと、今は平和になってきた分、余計に増えておるとか。

 で、魔の森なりケルドスなりに突っ込んで魔物のエサに、そして人の味を覚えた魔物が人里へやってくるという負の連鎖が』


『あー、そういやケルドスの周りって人里とか皆無だったもんなあ』


 大魔動杯前に武装の調整で訪れた帝国の軍港跡。彼の地も瘴気漂う魔物の巣窟だった。流石に魔の森ほどではなかったが。


『とにかく、本題はそうでなくだな』


『……おそらくゼフ殿はこう言いたいのではござらんか。魔族ではないか、と』


『ああ。お前の推論通り瘴気の無いところで魔族が生存できないのだとしてだ。逆を言えば、魔の森ならば魔族が現れても不思議ではない』


『しかし、瘴気に加え、ゼフ殿や元皇女殿が魔力を垂れ流しにしておるせいで、波長を読むのが難しゅうござってなあ』


『ぐっ!?』


 元皇女といっしょくたにされ、カメラアイが眩むゼフィルカイザー。


『しかしながら拙者、トメルギアにてバイドロットめと接しておるでござるからな。

 彼奴からは、この森の瘴気をより凝縮したような陰の気が漂っておったでござる。それも元皇女殿を遥かに上回る力で。

 それからすると、あの娘御から感じられる魔力は少々高い程度でござる。先も言ったとおり、ゼフ殿や元皇女殿のせいで読みづらいんでござるが、言いかえればお二方の魔力で掻き消される程度に過ぎんというわけで』


 まあ、意図的に抑えておるならその限りではないでござるが、とハッスル丸は付けくわえた。

 カメラアイを、改めてルルニィらに向ける。



「ねぇ、イケメンさん。彼女さんとか、いるかな?」


「いないが――」


「なら自分、立候補してもいい、かな?」


「ぶっ!?」


「ふ、不届き者め! シング様に言いよるでないわ――ぎょわむ!?」


「愚妹が失言を。ご迷惑をかけて済まない」



『……なんか、さっそくモテてるな』


「そりゃ身長高いわ面構えいいわ魔力高いわだし、モテるんじゃね?」


 と、軽口をたたくアウェルだが、顔が笑っていない。今しがたの掛け合いでセルシアが殺気を膨れ上がらせたことに、焦りでも覚えたのか。


(こいつらの三角関係も地味に進行してるのがなあ……帝都での一件を考えれば、アウェルのほうがリードしてると思うんだが)


 アニメだったらどれだけトライアングラーしても面白ければかまわないのだが、ゼフィルカイザーの場合己のパフォーマンスに直結しているから笑えたものではない。

 もしこっぴどくフラれたら、アウェルの巻き添えで闇堕ちする可能性すら存在するのだ。


(暴走は帝都でもうやったし、出来れば二度とやりたくないところだが……暴走と言えば)


 今一人の少女に、カメラアイを向ける。そこには、無残としか言いようがない姿があった。

 ピンク色の髪、というよりは羽毛。両手も、二の腕から先は翼のようになっており、脚も鉤爪になっている。鳥の形質だ。

 ただ、目を引くのはそうした形質ではなく、細く痩せこけた少女の体そのものだ。

 手足はパトラネリゼよりさらに細く、ぼろ切れ同然の上着の下は、あばらが浮いている。肌にも張りはなく、ピンクの羽毛もくすんでいた。

 クオルに貫かれた胸の傷は綺麗に塞がり、むしろその周囲のほうが肌がみずみずしいのは、何と言ったらいいのやら。


(これに比べりゃ、餓えてなかっただけアウェル達はまだマシだったか)


 出会ったころのアウェルとセルシアは浮浪児一歩手前だったが、セルシアのおかげで食うには困っていなかった。まあそれも満足というほどではなかったが。

 だが、これは貧困云々を通り越して飢餓のレベルだ。


『パティ、ハッスル丸、どうだ?』


「と言いましても見てのとおりと言いますか……」


「クオル殿のおかげか、気の流れはこれ以上ないくらいに澄み渡ってござるな。ただ、それも随分とか細い。

 ただ、服の紋様などから、拙者が依然対峙した妖人と同族なのは間違いないでござる。

 しかしこの細腕でゼフ殿を押しやり、セルシア殿に刃向ったとは……この森の瘴気は、やはり危険でござるな」


『そこまでか』


「森に入る前にも申したとおり、瘴気は正常な魔力よりも力強く、形あるものに対する影響力が強いんでござるよ。

 強い瘴気に長く晒され続けると心身を毒され正気を失ってしまうのもこのためにござる。瘴気だけに」


「うわっ、寒っ」


『誰もが貴様の様に寒いのが好きと思うなよアデリーペンギン』


『軽い冗句でござろうに。まあ、今言うた程度のことはパティ殿も存じておられるでござろうが』


「ええまあ。以前に説明した魔法の話でいうと、個々人の魔力の性質が木っぽかったり鉄っぽかったり水っぽかったりするとして、瘴気はそれが腐ってたり錆びてたりって感じのものです。

 だから体の中に通しちゃったりすると悪影響が出るわけで」


『しかし瘴気のほうが力としては強力な部分があるのは確かでござってな。扱うことができれば、より大きな力を用いることができるんでござるよ』


「でもそれ、外法でしょう?」


『お約束だな』


「左様。この森に住まう妖人というのも、その力に飲まれたものではないかと。

 拙者が相対したのは、魔の森南端のほうででござるがな。全身に瘴気じみた魔力を纏う強敵でござったが、森から引き離してしばし経つと苦しみだし、しまいには黒い泥のように崩れてしまったでござる。

 それ以来、妖人相手には森からの釣り出しが鉄則となったという話でござる」


 平然と言うが、砂の大陸でも名うての冒険者のハッスル丸が強敵だったというのだ。余程の相手とみていい。


「……やっぱ、邪教の奴が持ち出してきた機体を思い出すな。確か、ジビルエルとか言ったっけか」


 先ほど少女と対峙したとき、ゼフィルカイザーも思ったことだ。トメルギア公都直前、それに公宮でも戦った、邪教の用いる災霊機ファントムライザーだ。

 二度目に相対したときには二機を同時に相手取ったが、その時は手堅く倒すことができた。ただその時、機体から引きずり出したパイロットは、急に苦しみだしたかと思うと黒い泥となって崩れ去ってしまったのだ。

 ゼフィルカイザーとアウェルにとっては初めて直接殺した相手と言えなくもないので、忘れ難い。


『ああ、確かに。あの時は、邪悪な機体を用いた代償とばかり思っていたが……』


「それもあるでござろう。件の災霊機とやらは、外法で霊鎧装を無理矢理用いておるような感じがするでござるからな。

 魔族は、おそらく瘴気の毒性を御す力を持っておるのでござろう。邪神の加護か、それとも形質かはわからぬでござるが。

 しかしそうしたもの無くこの森に住まう者らは、瘴気の力と毒に振り回されてあのようになっておるんでござろう」


「……風の大公国の末裔、なんですかね」


「どうでござろうな。帝国の暴虐を逃れ、森に住み着いた者やもしれぬでござるし、何とも言い難いでござる。

 しかしどうしたものか――ぬっ!?」


 ハッスル丸が、慌ててパトラネリゼを小脇に抱えて飛びのくのと、少女ががばりと起き上がるのは同時のことだった。




「う……こ、ここ……アタイ、アタイ……ッ」


「……む、なんかまともになったっぽい?」


 下がったハッスル丸に代わり前に出るセルシア。後ろの方ではラクリヤやシングも警戒し、剣の柄に手をかけている。

 起き上がり、呻き声をあげる少女。だが、はっと開かれた、釣り目がちな瞳は警戒心に満ちていた。


「……っ!? オメーら、何もんダ!? ハーヴィエイの手下カ!? アタイをどーするつもりダ!?」


(カタコトっぽいし、蛮族っていうより部族って感じだな)


 セルシアから離れ、四肢に力を入れ、今にも暴れようとする少女。しかしその動きには、先ほどの獣そのものの姿に比べると、人間性を感じる。

 だが、すぐに崩れ落ちた。


「うっ……ど、どうしたんダ? 力ガ、出なイ? くそっ、動ケ、動ケ――」


「どーもしないから、ちょっと落ち着け」


「……ッ!? は、はいナ!」


 セルシアが少し強めに一喝すると、即正座する妖人娘ならぬ部族娘。その姿に、いい加減付き合いも長い面々はうんうんと頷く。


「どういうことなんでしょうね」


「あれだよ。格付けがもう終わってるから」


『グレーター蛮族は伊達ではないということか』


「なるほどなぁ、流石セッちゃん」


「なんであんたら納得してんのよ!? ちょっとシング!?」


 銀髪の美青年は顔を背けていた。これで三度目だ。


「……ああもういいわよ。で、あんた、誰?」


「ウヨルキっていうんダ。ええと、アタイは、確か毒にあたって……それから、どうしたんダ? ていうかここ、どこダ?」


 先のハッスル丸のダジャレではないが、やはり正気を失っていたらしい。


「あんた、瘴気をふき出しながらあたしらに襲ってきたのよ。ていうか、そこの小奇麗なのを追い掛け回して――どったのあんた?」


 セルシアが目をやった先、ルルニィは何故か固まっていた。ウヨルキに何か、気にかかることでもあったのか。


「あ、うん、自分? なんでもない、なんでもないよ?」


 慌てて手を振る仕草は可愛らしいが、しかし不自然なのは否めない。


(ち、ちゃんと見ていなかったから、どの発言に引っかかったのかまで記録できていないな。

 なんにせよ、ただ迷い込んだ冒険者、ということはなさそうだな。ここには故あって踏み入っていると見ていい)


 それ以上の推察はシング黒騎士スパイラル同様の事態になりかねないと判断し、演算を打ち切るゼフィルカイザー。

 ともあれ経緯を聞いたウヨルキは、何か思い当たる節があったのか、驚いてセルシアに尋ねた。


「あ、アタイが? な、なら、どうしてアタイは頭はっきりしてるんダ!? みんな、狂ったら戻らなかったんダ」


「それならまあ、これで、どうにかしたと、いうか」


 セルシアはものすごく歯切れ悪く言いよどむ。はたしてそこには、


『ぶにやぁ~~~~』


「……こいつのおかげというか」


 そこには、なんというべきか。糸をひいたまま固まった蛍光塗料のように成り果てた、聖剣の姿があった。どうも浄化で内蔵していた魔力を使い果たしたらしい。


「この薬草で、治ったのカ!? 頼む、譲ってくレ!」


「いや、まず薬草じゃないし。ああもう、鞘にも収まりゃしない……!!」


「なんかクーやん、ここんとこシリアスとボケの差が激しくなっとらん?」


「ツトリンが平常運転すぎるだけの気もしますけどねえ……」


 その光景にぼやく二人。しかしその一方、ウヨルキはそれ以上食い下がろうとせず、どこかうるんだ目でセルシアを見つめていた。


「……な、なによ? 一応こんなんでも父さんの形見だし、それに人に押しつけるのは申し訳ないというか」


「おいそこのシア姉、普段人に押しつけておいて何を――」


 などと突っ込む妹分だったが、


「あの、その……おねーサマって、よんでいいカ?」


「――――え゛っ」


「お、おう?」


 頬を赤く染めながらの上目使い。険の取れた表情のウヨルキは、痩せこけているもののなかなかに可愛らしい。


(そして舎弟スールを手に入れたグレーター蛮族のあの形容しがたい表情よ。

 そして妹ポジを奪われたロリ賢者の、さらにさらに形容しがたい表情よ)


 喜んだら負けと言わんばかりの苦笑いのセルシア。その脇では、パトラネリゼの顔面のパースが狂っていた。

 一行の中ではシングのみ見覚えがあった。セルシアがシングと初対面のころに色ボケしていたときの百面相だ。

 流石にこれ以上雑談をしていても話が進まないと、セルシアを差し置いてウヨルキに近寄る白黒の影があった。いつの間にか機体を降り、生身を晒したハッスル丸だ。相手を警戒させないためだろう。


「お主が大人しくしておる限り、貴殿に危害を加えるつもりはござらん。

 ウヨルキ、と名乗ったでござるな、娘。聞かせてもらいたいことが多々あるでござる。

 貴殿はこの魔の森の妖人の同胞でござるか? そしてハーヴィエイとは――グエッ!?」


 一瞬のうちに、ハッスル丸の首が掴み取られた。恐るべきはハッスル丸が反応し損ねるその手癖の速さだ。


「くっ、まずい、ハッスル丸が人質に……! いや、まずい、のか? 別に放っておいたほうが世の為になるんじゃあ……いやいや何を言っている俺」


「ど、どうされたのじゃシング様?」


「グーやんも大分ウチらに毒されてきたなぁ」


 ツトリンに、ゼフィルカイザーも内心で頷く。だが、そこに突っ込みの声が。


「お前、見捨てようとか思ってるだろ」


『当然だろう』


 即答であった。


「まあわからんでもないですけど」


「でもバレたらオクテっちゃんに殺されるで?」


「きっ、貴殿、らっ、グエッ」


 その光景に、セルシアはやはり苦笑いを浮かべていた。ウヨルキの次の行動が読めた、読めてしまったからだ。案の定、ウヨルキは手につかんだ白黒の怪鳥をずい、と差し出してきた。


「おねーサマ、こいつ、美味そうダ、食ってくレ!」


「遠慮しとく。つーか、放しなさい。そんなの食ったらおなか壊すわよ」


「グ、グェッ……せ、拙者を非常食と呼ばわったのは、どこの、グェッ!?」


 強めに絞められ、アデリーペンギンが白目を剥く。あの無表情で白目を剥かれるとかなり怖い。


「そうなのカ。でもこいつ、毒、なさそうダ。里のみんなのお土産にしていいカ?」


『里とは、君には仲間がいるのか?』


「いるゾ――うわぁっ!?」


 ゼフィルカイザーがかがみこんで尋ねると、ウヨルキは驚いてのけぞった。

「でで、でっかい人ダ!? ま、まさか森女のでっカイのなのカ!? アタイの知ってるのよりゴツいぞ!」


『――――ごふっ』


 ゼフィルカイザーに痛烈なダメージが入った。森女とはおそらくエルフ、そしてでかいのとなるとホブエルフだろうが、よもやエルフと間違われようとは。だが、その発言に誰もが首を傾げた。


「ちょっと待ってください。あなた、魔動機マジカライザーを見たことがないんですか?」


「なんダ、ちっこいヤツ。馴れ馴れしいゾ」


「なっ、あなただって似たようなもんでしょうが!?」


「ほらほら、喧嘩するんじゃない」


 と、仲裁に入ったのはトーラーだ。ウヨルキの前にかがみ込み、虎面で彼女を見据える。ウヨルキも、虎面に気づくと目を見張った。


「さっきも言ったが、我々は君に危害を加えるつもりはない。できれば事情を――」


「……虎。まさか、風の虎サマなのカ?」


 ウヨルキの質問に答えたのは、トーラーではなく、虎面の片目の宝玉だった。


『――否。我は、雷の虎だ。風の虎を、知っているのか?』

次回は1/6掲載です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ