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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第二十八話 恐怖! 魔の森の怪奇が探検隊を襲う! 秘境に住まう原住民とは!?
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『しかし、割と普通だな』


 ゼフィルカイザーがぽつりとつぶやくと、機体内外から猛烈な批判が飛んできた。


「は、どこが?」


「どこがやねん」


「どこがですか!?」


『ゼフ様、流石に同意しかねますの』


 蛮族と三人娘の抗議に、ゼフィルカイザーは内心で肩をすくめた。言わんとすることはまあわかる。

 空は一切が瘴気の黒雲に覆われ、日は欠片ほども差さない。それ以前に低くともゼフィルカイザーの倍以上の樹高の木々などが空を覆い隠している。

 地上は地上で草木などが茂る。あえて、など、と言っているのは、樹木だけではないからだ。

 大小さまざまなシダ科や菌糸類が立ち並び、汚臭や謎の液体がそこかしこから滴っている。

 トドメに、地面のそこかしこから瘴気が時折噴き出していた。あたかも間欠泉のように。


『いやー、やはり普通だな』


『ゼフィルカイザー、一体どこが普通なんだ』


 後ろのミカボシから突っ込みが入った。シングの声はどことなく疲れ果てている。

 いつものトンチキな生態系のオンパレードを危惧していたゼフィルカイザーにとってみれば、この魔の森の魔の森っぷりは普通すぎてパルス(拍子)抜けするところだ。


『いやなに、魔境だの魔の森だの言うからだな。てっきり木の代わりに魔動機サイズのエルフが植わってるくらいするかとぎゃあああっ!?』


 左つま先の端のほうにダメージアラートが走り悶えるゼフィルカイザー。そこには、青ざめた顔で身震いするセルシアがケンカキックをかましていた。


「へ、変な事言わないでよ、想像しちゃったでしょうが!? ていうか、本当に出てきたらどうすんのよ!?」


「セルシア、つくづくエルフ嫌いだな。あとゼフィルカイザー、今のセルシア、記録しといてくれ」


「私がいるのに躊躇しないあたり、エル兄も要らん方向に成長してますねー。

 あとシア姉のエルフ恐怖症、悪化してません?」


 とにかく、魔の森はいかにも魔の森らしい魔の森だった。それをかき分け進む一行の後ろには、大量の魔物だったものが転がっている。

 そもそも今の掛け合いの間にも、そこかしこから魔物が襲ってきている。それをたとえばセルシアの剣なり、ツトリンの銃や手足なりが悉く血祭りに上げているのだ。

 今回同行しているラクリヤとトーラーも、手におえる範囲で魔物を倒している。ラクリヤはセルシアと伍するほどの戦闘能力の持ち主だから当然だが、トーラーが意外だった。


『トーラー殿、気になっていたのだが、トーラー殿は魔法も使えたのか?』


「あ? いや、違う違う」


 襲ってきた人間ほどの全長のゲジゲジを掴み止め、発した赤い雷光で即座に煮殺したトーラーは手を払いながら答える。


「インカーリッジの機道魔法の応用だよ。普通はできないんだが、こいつは特別だからな」


『加えてトーラーの才が破格であるということもある。今までの使い手が同様の真似をすれば、即座に廃人と化していただろうからな』


(ふむ……雷に、加えて廃人とくるか。となると)


 インカーリッジの補足に、ゼフィルカイザーは何となくインカーリッジの固有能力の正体が見えた気がした。


「おいゼフィルカイザー、集中しろよ?」


『ゼフ殿も自重されよ。流石に此度はあまり気の抜ける場所ではない故――うーむ、何も見えんでござるなあ。戻ってくるでござる』


 影鯱丸が命じると、四方からペンギン型の小型メカが飛んできた。スッパ島に逗留中に作った影鯱丸の強化パーツで、四肢に合体することで影鯱丸を大影鯱丸へとパワーアップさせることができるものだ。なお、ゼフィルカイザーの入れ知恵が多分に入った代物だ。

 そしてこのように、式神の要領で偵察機にもできるのだ。というか、遠隔操作はまんま式神による操作だ。


「ちなみにゼフィルカイザーはそういうことできないのか? ほら、ダニーボーイ一号みたいな要領で」


『偵察用ドローンか。実は今現在製造中だが』


 厳密に言うとドローン散布用ミサイルだが。素材はそこまで特殊なものは用いない。だが構造が複雑なために製造には時間がかかっている。


『加えて電波障害ぎみなのがな。作ったところでどの程度役に立つか』


『それはあるでござるな。拙者の方も、外とは気の繋がりがえらく邪魔されるでござる故』


 瘴気のせいか、それとも植物が余計な電磁波でも出しているのか、少なくとも森の外にある通信機の存在は全てロストしている。

 それだけではない。ケルドス軍港の時とも、トメルギア公都のときとも桁外れの瘴気が、空気の質量が倍加したかのように錯覚させているのだ。


「実際のとこあれですよ。クオルの力で祓えないんですか、これ。ケルドスの時はさらっとやってたじゃないですか」


『無理言うなですの!』


 後部座席から話しかけたパティに悪態で返すクオルは、今はセルシアの二刀流の片割れをやっている。

『これほどの瘴気、定まった場所だけならばともかく、移動しながら祓い続けるなどいくらクオルでも無理ですの!!

 あ、あぁ……』


 威勢よく文句を飛ばした聖剣の刀身が、とたんにしなった。


「大丈夫かクーやん?」


「ちょっと、ちゃんと剣やってよ」


『駄目ですのー。おひさま、おひさまの光が浴びたいですのー』


 精霊機は操縦者の魔力のみならず、周囲の魔力や自然の力を己がものとすることができる。

 そして光の精霊機たるクオル・オー・ウィンの力の源は光、とくに太陽の光だ。この環境は真逆もいいところで、陽光どころか星明りすら望めない。

 事実、魔の森に入ったときはいつも通りゼフィルカイザーに尽くすのだと張り切っていたのが、今や聖剣の光も少し陰っている。


『いっそ、初手でソーラーレイで森を両断してやったほうがよかったか』


「そんなことしたらエルフが湧いてえらいことになりますよ。シア姉に殺されたいんですかこのポンコツ」


『ほざけポンコツ賢者。しかし、外にいる連中は大丈夫なのか?』


 現在、機体の外にいるのはセルシア、ツトリン、トーラー、ラクリヤ。それに影鯱丸姿のハッスル丸だ。


『クオル殿のおかげで、拙者らの周囲の瘴気はある程度祓えておる故、問題ないはずでござる。

 しかれど油断は禁物。特にアウェル殿は、無理に外に出ぬよう。我らの中では最も魔力が低い故』


 ハッスル丸曰く、過度の瘴気は人を狂わせるという。

 瘴気は己の魔力である程度抵抗が可能らしいが、アウェルの魔力は人並みをかなり下回る。注意喚起は当然だが、アウェルにとっては言われるまでもない。


「わかってるって。ていうかオレに生身であれこれやれとか、オレを殺す気か」


『アウェル殿とて、忍者修行の初級コースは修了したでござらんか。ダブアル一味相手には見事な退き口を見せたでござるし』


「修行コースは、あれは傷がすぐ治るやつが効いてたからだよ。あのチンピラ連中はこっちのこと追いつめるつもりで手抜いてたし。

 それに町ん中ならともかく、こんな何が出るか分かんない森で無茶できるか」


 アウェルの言いようにゼフィルカイザーも安心する。

 前の背伸びに必死だったアウェルならば、無理をしようとしたかもしれない。だが今は自分の分をわきまえている。


(まぁファンタジックな世界だが、あんまりスーパー生身大戦やられると俺の存在意義がなー)


 ゼフィルカイザーが、忍者の里でトレーニングに勤しむアウェルに感じていた焦燥を知る者はそうはいない。


「まーた変なことで悩んで」


「ゼッフィー、寂しがらんでもええで、ウチが優しく食べたるでぇ」


(私にはこんなのしかいないしなー)


 転生主人公の内心をヒロインが察し、ほっとする場面のはずなのに何故自分は嫌味を言われたり捕食者によだれをたらされ怯えねばならないのか。ゼフィルカイザーは訝しんだ。

 無条件にヨイショしてくれる無機物もいるが、いまはあのザマだ。

 だが今回の冒険、最大の懸念は魔の森でも、待ち構えるであろう魔族でもない。その懸念材料が、ミカボシから罵声を飛ばしてきた。


『はっ、所詮は魔力もろくにない賤民なのじゃ! 大人しく魔の森に朽ちるがよいぞ――』


「リュイル、吊るすぞ」


「愚妹、引いていくぞ」


『ひ、ひぃっ!?』


『まあまあそこまでに。リュイウルミナ、君も余計なことを言わない。あまり口が過ぎると本当に放り出すぞ?』


『し、シング様、申し訳なかったのじゃ。どうか、どうか朕を見捨てないでたもれ……』


「…………ちっ」


 セルシアの舌打ちに森が震え、四方から生物の気配が消えた。




 話はマガリトンを出る直前までさかのぼる。


「先に言っとくぞ。そいつをゼフィルカイザーに乗せるのは御免だからな」


「はっ、自意識過剰もほどほどにするのじゃ。たとえ貴様が土下座して懇願しようが乗ってやるものかえ。

 ま、機体ごと譲るというなら貰ってやっても構わん――ぐぎゃっ」


「うわー、トラさんグーで行きましたよ、グーで」


「愚妹が申し訳ない――しかし、どうする兄者」


「無理を言ってるのは俺様のほうだし、アウェル達に無理は言えん。

 こうなったら町長に作業用機でも無心してくる。最悪、森までの足になれば――」


「待ってください」


「……? シング、だっけか」


「この町の惨状からすると、作業用機の一機でも惜しいはずです。

 ここは、俺の機体に乗ってください」


「ほ、ほほう!? シングよ、やはり朕に懸想して――ぱぎゃっ」


「重ね重ね、愚妹が申し訳ない」


「いや妹さん、腰と背中から変な音がしましたけど」


「殿下と師匠の子供だし大丈夫だろ――悪い、頼めるか、シング」




(安請け合いするんじゃなかったなぁ……)


 人間としては破格、しかし魔族としてみれば並以下の魔力でミカボシを操るシングがため息を漏らしたのは、機体操縦の負荷のせいだけではない。


「しかし骨董魔動機アンティーク・マジカライザーと侮っておった朕が情けないのじゃ。

 皇帝機に迫るほどの性能を持つ機体を、ここまで見事に操るなど」


 晶石燃料管がそこかしこに並ぶコックピット内ではしゃぐ、蛍色の髪の少女。瞳は角度によって金にも翠にも映る竜眼。

 ベーレハイテン皇女、リュイウルミナだ。こうしてミカボシに乗っている経緯は先に述べたとおりである。


「シング様、シング様ほどの方がそこらの馬の骨とは思えぬのじゃ。

 あいや、しかし野を行く出自の知れぬ風来坊というのもそれはそれで……」


 などと頬を朱に染めるリュイウルミナ。そもそもいつの間にか様付けだ。

 正直なところ、トーラー一行との同行はシングにとって想定外であり、甚だ都合が悪い。

 なにせラクリヤとリュイウルミナは全力を出したシング、つまりはガルデリオンと戦っている。

 直接食らわせることはできなかったが、次元斬を発動直前まで見られているし、次元断装も下手をすれば気づいているかもしれない。

 見たところ、ラクリヤは問題ない。寡黙だし、やらかしたという自覚もあるようなので喋る心配は今のところ必要ない。

 だが――


「あれほどの魔力にこれほどの機体……シング様は、一体何処のお方なのじゃ?」


 この少女は、危険だ。何を話すか分かったものではない。


「……俺の国は魔晶石や魔鉱石を産していてな。故に、所在も名も隠している」


「そ、そうなのかえ。しかし魔晶石を……叶うならば訪れてみたいのじゃ」


 興味深そうなリュイウルミナ。彼女の父が遠征軍を編成して侵略しようとした国とは夢にも思うまい。


(まあ、厳密には狙われたのは仲介してるメグメル島だけどな。それでも落とせたかは怪しいが)


 大魔動機フォッシルパイダーが破壊され、邪神の封印の一角が崩れたことによって魔界は混沌の渦に叩き込まれた。


 逆を言えば、それまでは魔界はその全軍を保っていたのだ。


(……いや、時期的には母さんは患ってたころか。それでも――)


 四天王と魔王がそろい踏みしていたのだ。魔族は魔界から出られないとはいえ、災霊機で魔界から直接出向くこともできた。

 それにメグメル島には水の災霊機テトラと、人間でありながら四天王に名を数えた朱鷺江の母、鶴乃――すなわちキャプテン・クレインがいたのだ。

 あのコンビに海戦を挑んだとして、勝てたかは怪しい――


(――でも、ないか。皇帝機リオ・ドラグニクス。あの機体が相手だったら、どうなっていたか)


 最悪、魔界は唯一にして最大の同盟相手を、そしてガルデリオン・シング・トライセルは幼馴染の一人を、あの珊瑚の少女を失っていたかもしれない。

 そうした意味では、皇帝殺しこと渡九郎には感謝せねばならないのかもしれない。一方でフォッシルパイダーを破壊して邪神の封印の一角を崩し、魔界の混乱の引き金を引いたのも渡九郎だ。


(……いかんな。あの男のことは忘れておこう。ひとまずは)


 ちらりと見下ろすと、視線に気づいたリュイウルミナが真っ赤になった。

 どうも自分は顔立ちは整っているほうらしい。背丈はそれなりにあると自負しているし、鍛えてもいる。あと魔族の魔力を押さえても、人間としては最上位の魔力を持つ。


(惚れられてないか、これ。面倒な)


 亡国の皇女に懸想された魔王軍筆頭騎士、顔に出さないのが精いっぱいだった。


(というか、みんなして俺を女心に疎いだの鈍いだのと文句を言うがな。俺だってちゃんとわかるんだぞ)


 内心を聞いた彼の身内がいたら、ため息をつくか笑い捨てるかのどちらかだろう。

 そんな憮然とした表情のシングに何を思ったのか、リュイウルミナは急にあたふたしだした。


「ち、朕が何か癇に障ったと言うなら、謝るのじゃ。

 その、何故、朕を乗せてくれたのじゃ? まま、まさかとは思うが、その、朕に、何か、思うところでも……」


「まあないでもない。帝都で戦ったときのことを、覚えているか?」


 都合がいいと本題を切り出した。すると、一瞬華やいだ顔が、あっという間に曇った。


「あの時の、ことかえ」


「その分だと、何がどうなったかは聞いているようだな」


 こくりと、リュイウルミナは頷く。


「トラちゃ……トーラーめが、話しておった。帝都城も、大闘技場も、もうないのだと。朕が、壊したのだと」


「……何故あんなことをした?」


「それは、それは彼奴が――」


 魔力パネルに表示された、武器を背負う白と黒の背中を睨み付ける竜眼。しかし、ふいにそこから力が抜けた。


「……わからぬ」


「わからないって」


「アウェルの奴めを成敗してくれようと、皇帝機を駆った。そなたとも、機体を交えた。

 なのに、どこからか、己が何をしておったのか、ぼやけてしまうのじゃ」


「君な」


「う、嘘を言うておるわけではないのじゃ。

 トーラーにも聞かれたが、ラクリヤも似たようなことを言うておったのじゃ、信じてたもれ……!!」


 じろりと向けた視線にしどろもどろになりながらも答えるリュイウルミナには、嘘を言っているような様子はない。


「反乱軍と商人共を組み伏せ、神剣を手に凱旋し、帝都城で戴冠を行うはずが、どうして……」


 正直自業自得だし、同情できるかと言えばかなり無理がある。とはいえ、育った環境に問題があったのも確からしい。とにかく、必要なことだけ確認しておく。


「なら、どう戦っていたかも覚えていないっていうのか?」


「あまり……じゃが、そなたが皇帝機に迫るほどの力を見せたのは、なんとなく覚えておる」


(口ぶりからして、正確に覚えているということはなさそうか。

 最悪、魔法で記憶を改ざんしなければと思っていたが、俺あの手の魔法は苦手だしなあ。それにこの娘ほどの魔力の持ち主だと、弾かれるか加減を誤るかの可能性が高いし)


 内心でほっとするシング。その袖を、震える手がきゅっと掴んでいた。怯えに満ちた竜眼が、再び白と黒の背中を見つめている。


「それと、あやつの理不尽な力も……何故じゃ……何故魔力を持たぬあやつが……」


 リュイウルミナの小さな手から伝わる震えは、憤怒というよりは恐怖からくるそれだ。

 シングとて、わからなくはない。ゼフィルカイザーとアウェルとは、二度立ち会った。だが、いずれも向こうは本調子とは言い難い状況だ。

 十全、否、それを通り越したゼフィルカイザーの真の力を前にして、果たしてミカボシとシングは、エグゼディとガルデリオンは太刀打ちできるかどうか。

 魔王軍筆頭騎士であり、実質魔族の命運を背負うガルデリオン・シング・トライセルにとって、あのコンビの存在はいつか必ず、何らかの決着をつけねばならない相手なのだ。

 そして光の精霊機クオル・オー・ウィンを手にする勇者の末裔、セルシアも。


(……ひとまず、先行しているはずのマートルとルルニィと、なんとか合流せねば。

 この瘴気ならルルニィも問題なく活動できるはずだが、しかし……)


 魔族は瘴気が無ければ活動できない。最悪、生命活動にかかわる。例外はシングや朱鷺江のような、魔族と人間のハーフのみだ。

 だからこの魔の森の環境は魔族としてはありがたいのだが、しかし立ち込める瘴気の質が魔界のそれと大分ちがう。おかげで念話もまるで通じない。


(ち、そうそう都合よくはいかないか――)


「……ん? ちょいまち、何か前から来るわよ」


 セルシアが皆を制止する。その一方の手には、シングが送った青ざめた魔剣がある。

 もう一方の手のだらりと垂れた聖剣を極力視界に入れないようにしつつ、あたりを見回し――セルシアだけでなく皆が、悲鳴を聞き取った。


「……え゛」


 シングは思わずあえいだ。耳朶を打つやたら可愛い悲鳴に、聞き覚えがあったからだ。

 魔の森の合間を縫って、一行が見知らぬ姿が一つ、まろび出た。ただしシングのみ、見覚えがあった。ありすぎた。


「ああもう限界だよ。こうなったら、って、魔動機……ッ――!?」


 亜麻色のショートカットを可愛らしく振り乱し、パンツが見えそうで見えないようにプリーツスカートをはためかせるその姿は――


(るっ、ルル姉っ!?)


(が、ガル君だよねその機体! た、助かった……!)


 誰あろう、風の四天王、ルルニィ・ド・ガンテツだ。破れてこそいないものの、衣服はところどころが擦り切れ、汚れている。

 念話から伝わってくる声色も疲れ切っており、ただならぬ自体に遭遇したのは間違いない。


「――――あんた何者よ」


 そのルルニィを、赤髪の蛮族の剣呑な目つきが捉えた。こんな森の中にルルニィのような女の子女の子している娘|(ただしシングより二つ上)がいれば訝しむのも当然だ。

 だが、ルルニィの反応もまた妙だった。ダウナー調の表情をひきつらせ、苦笑いを浮かべている。


「げっ、もう一匹出たよ。どうしよ、これ」


(っ、ルルニィ、彼らはひとまず味方だ。適当に誤魔化してくれ)


(え? そ、そうなの? こんな山出しっぽいのが――って、それどこじゃないんだよ……!!)


 念話は途中で打ち切られた。ルルニィが帽子を掴み、大慌てでかがみこんだその頭上を、荒々しい殺気と共に黒と赤の影が通り抜けたのだ。

 四足の獣、そう見えた影は、前足を地面に突き立て、急ブレーキをかけて制止する。


『あれは、まさかエルフ、か? いや――』


 ゼフィルカイザーが警戒気味につぶやいたとおり。一見して獣にしか見えないそれは、二足二腕の人間、それも少女のフォルムをしていた。フォルム以上のことを言及できないのは、その獣が瘴気と見まごうばかりのどす黒い魔力を纏っているせいだ。

 少女のような造形ならばエルフかとも思うが、魔力の奔流の中、ぼろ切れ同然の服がわずかに垣間見える。エルフは服など着ない。

 そしてもう一つ特徴的なのが、黒一辺倒の色彩の中にゆらめく、赤い髪だ。


「グルルル……」


 獣そのもののように唸るその姿に、一行は少女と、そして今一人、二刀を携えた少女と、視線を行き来させる。その様にセルシアが不快そうに舌打ちした。


「……なによあんたら。言いたいことがあるならとっとと言いなさいよ」


『で、では私が代表して――シア姉、妹さんとかいたんですか?』


「どこをどう見てそう思ったわけ!? 髪の色くらいしか共通点ないでしょうが!? ねえシング!?」


「え? お、俺か? その……ノーコメントで」


 いきなり矛先を向けられ、シングは狼狽した。何せ初対面の荒れ様やら母親の暴虐ぶりを見ているだけに、含むところなしとは言いきれなかった。

 だが、緊迫した声がその空気を打ち壊した。


『各々、気を引き締められよ! あれこそが拙者が言うておった、魔の森の妖人にござる!』


 ハッスル丸の警句に呼応するように、少女の魔力がさらに膨れ上がり、溢れ出した。

次回は12/31掲載です

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