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026-010

 上昇していくゼフィルカイザーの眼下で、大闘技場が崩壊していく。地下構造の支えも限界に来ていたのだろう、地上構造が地下空間へと陥没していっているのだ。


「えらいことになってるな。みんな避難してるか?」


『生体反応は遠巻きになっているな。恐らく化石化から逃げようとしたからだろうが』


 しかしメモリ内をよぎるのはトメルギア公都の惨状だ。帝国魔動騎士団が暴れたことも含めて、被害がゼロというわけにはいかないだろう。


(行く先々で騒動が起こるのはロボット物の宿命だけどな)


 三大勢力の思惑が密接に絡んだ状況だ。何ができたとも思えないし、ゼフィルカイザーがいなかったら更なる惨状が起こったのは想像に難くない。


 ――――最悪、あの青い鴉と化け猫以外誰一人生き残らない、先の大戦の焼き直しになった可能性もある。


 そんな思考パターンを察してか、アウェルがなだめるように言う。


「無理かもしんないけどさ、気にすんなってゼフィルカイザー」


『そういうお前も気落ちしているように見えるが』


「そんなことは……まあ、あるけどさ。今言うのも不謹慎というか」


「不謹慎って、エル兄にしては珍しいですね」


 相槌を返すのは、後部座席、セルシアの膝の上に座るパトラネリゼだ。胸元に抱かれた聖剣は沈黙を保っている。


『構わんから言ってみろ』


「いや、闘技場、無くなっちまったなって。殺し合いみたいなのは嫌だけど、試合は、なんだかんだで楽しかったと思ってさ」


 ゼフィルカイザーもそれには同意だった。性能差で圧倒しきるということもなく、どの対戦相手にも驚かされてばかりだった。


(至福の時だったなぁ……まあ何回か死にそうだったけど。チート性能とはなんだったのか)


「あの青いのと戦って見えたのは、それ?」


「うん。結局決着はつけられなかったし、なんか流れでもう戦わないって話になったけど」


『勝手に話を決めて済まなかったな』


「いや、それでよかったと思う。あの人は強いし、尊敬もするけどさ。あの強さは、誰も守れない。機体を犠牲にするのは、オレの目指す強さじゃない」


 独白のようでいて、誰かを咎めるような風がある。流石に気づかないゼフィルカイザーでもない。


『……それも、勝手なことをして済まなかった』


「いや――そこまでしても勝ちたいっていうのがあるのも、わかった。それに理由云々関係なく、戦わなきゃ生き残れないこともあるしさ。

 お前は決着つけられなくなってよかったのか?」


『私も十分だからな。伝説、やはり伊達ではなかった』


 本物はやはり違った。だがアウェルが死にかけたことで、理解してしまった。

 ゼフィルカイザーもまた、"動力源アウェル"を使い潰すような覚悟はできなかった。

 そこまでしてあの鴉と戦う意義が見いだせなかったし、そこまでしても、あの鴉を落とせる気がしない。


「それが、こんだけ無茶した成果?」


「あー……悪い。心配ばっかりかけて」


「本当にね。言ったじゃない、あの青いのと、あんたは違うって」


「だよなー」


「……けど、実際に馬鹿やって痛い目見ないとわかんないしさ。あたしも、そうだった。だからおあいこってことで」


「おう。

 ……で、ゼフィルカイザー、これからどうする?」


『シキシマル工廠に戻れればいいのだが……』


「やめといたほうがいいでござる。相当な騒ぎになっているのは間違いないでござるし、ゼフ殿から漂う魔力で感づく者は感づくでござる」


 と、これはゼフィルカイザーの手に乗るハッスル丸だ。他、ツトリンとシングと、頑丈なメンバーが外だ。コックピットも流石に手狭なので仕方ない。

 頑丈とはいうが、全員消耗している。重力制御などで風圧やらは調整しているが、それでも申し訳ないとは思う。なおセルシアが機内なのは、シングが譲ったためだ。


『だろうな。すまんな、ツトリン』


「言いっこなしやで、ゼッフィー。ウチはどこまでもついてくでな。そう、ゼッフィーをウチのモンにするまでは……!!

 ああ、それにしてもこの感触、ニオイ……!!

 なんちゅうたらええんやろな、見たこともない未来の機械と、懐かしの魔動技術が融合したような……前衛と古典のコラボレーションとでも言うんか? もうたまらん……!」


『今高度2000m超だが、お前ならこの高さでも大丈夫だな? 下は砂だし』


「嘘や嘘、ジョーダンやでジョーダン」


 言う間に、帝都がだんだんと遠ざかっていく。ツトリンも、それにアウェルもどことなく名残惜しげだ。しかしゼフィルカイザーは気にした様子もなかった。


『安心しろアウェル。きっと大闘技場は再建される』


「? なんで言い切れるんですか。いつもの予測ですか?」


『いや。勘だ』


 ロボット同士の試合。それに魅せられた者があれだけいたのだ。同好の士として断言できる。あの熱気が、このまま消え失せるなどありえないと。


『ツトリンも、ほとぼりが冷めれば戻ってくることはできるだろう』


「まあ、ウチはそう気にしとらんて。一人やと帝都を出ることもできへんかったでな。

 ……それにしても、さっきからクーやんが静かやな?」


「ですねぇ。ツトリンがはしゃいでるのにも無反応でしたし。どうしたんですかーナマクラ」


『……うるさいですの。ちょっと黙るですの』


 返ってきた声を一言で言い表すなら、眠たげだ。


「クオルさん、どうしたんだ?」


『おそらくだが、吸収した力の統合なり最適化なりに手間がかかっているんだろう』


『流石、ですの、ゼフ様』


 この辺は定番だし、ゼフィルカイザー自身も苦労したことだ。クオルは肯定しつつも、やはり眠たげで、


『少し、眠っていますの。思い出せたら、また、その時に――すぴー』


 と、本格的に寝息を立てだした。柄からちょうちんが出ているのがなんともみっともないが、剣なのにどこから、という疑問が出てこないあたり皆慣れたものだ。


「……となると、どこかに落ち着かないといけないな。どうする?」


「ふむ――拙者の故郷に」


『断る』


 即答であった。だが、ハッスル丸も食い下がる。


「何故でござるか。神剣とゼフ殿に関わりがあったというならば、佐助様の伝承なども残る故尋ねる価値はあるでござるよ。

 それに拙者の機体もオシャカになってしまったでござるからな。寄りつかずに済むなら済ませたかったのは拙者も同じで――」


「……オクテットさん他、帝都に置き去りですよね」


「ギクエッ」


「ちらっと小耳にはさんだ話だと、ハッスル丸さんに賞金を懸けてるところもあるとか」


「は、はは……ま、まあ、もてる男はつらいでござるからな、ははは、は」


 相変わらずどこを見ているか分からないアデリーペンギンだが、以前浮名自慢をしていた余裕はどこにもなかった。流石にあれだけ刺されて懲りたと見える。


「しかし、神剣を取り込むなんてな。姿形も随分変わったし」


『自分では見れんからな。あとでアウェルに撮ってもらうか。いっそ名前も変える――それはやり過ぎだな。頭か後ろに何かつけるか。

 改、MkII、G、Z、Xという手もあるな……!』


「……母さんもそんな風に盛り上がってたなあ。って、そうじゃない。

 ゼフィルカイザーは、やっぱり邪神と戦った神と関係があるのか?」


『無関係ではないと思う。私も、それにアウェルも、それらしい光景を見た』


「――なに?」


 シングの顔色が変わる。この男の正体も不明なままだ。神剣にも大魔動機のコアにも、結局何の手出しもしてこなかった。

 だが、シングとミカボシのおかげでリオ・ドラグニクスに勝てたのもまた事実だ。そこだけは疑いようがない。


『落ち着いたらこれも話す。私自身、整理の着きかねるところが多いからな』


「……わかった。俺も、母から伝え聞いた限りのことは話すとするよ」


 日が傾き、空と砂漠が黄昏色に染まっていく。

 まだ旅の終わりは見えない。しかし、それでも止まるわけにはいかない。

 神剣が見せた光景は、それをゼフィルカイザーに訴えかけているような気がした――


「……そういや、優勝しそこねたから、あの約束もチャラなんだよなー」


「ああ……ま、まあ、頑張ったのは確かだし。聞ける範囲でなら聞いてあげないこともないけど? で、お願いってなによ」


「おおっ。ちょっと起きるんですクオル」


『すぴー……起こすなですのー』


(人が感傷に浸っているときになんなんだ――と、思う当たり、俺も歳なんだろうなあ)


 機外組も耳をそばだてている。シングなど、興味なさそうなふりをして遠くを見つめているが、そわ付いた様子と言いなんともあからさまだ。


(こいつも三角関係やってる気があるなら敵に塩を送るような真似しなきゃいいのに)


 三方から攻め寄せられているロボット、人のことだと思っていい気なものである。

 だが、アウェルはといえばそれを気にする様子もなく、大胆不敵に告げた。


「じゃ、脱いでくれ」


「――――え。いや、え……!? ちょ、なに言ってるのよあんた!?」


「いやだから脱いでくれって」


「な、ななな……」


 セルシアが真っ赤になってうろたえる一方、アウェルは特に気負う様子もない。茶化すつもりだったパトラネリゼも、その泰然さに言葉を失っている。


「なに、なにするつもりよ!?」


「いやだから何べんも言ってるだろ――彫るんだよ」


「……はい?」


「だから彫刻のモデルになってくれって話だよ。見ようとしても失敗続きだし、もう直接頼んだ方がいいかなーと……あの、セルシ、ア゛ッ」


【アームドジェネレーターが認識されません】


【各部に障害が発生しga0irtak】


 セルシアの手によってアウェルの頭が向いてはいけない方向を向いたと同時、機体全体の制御が効かなくなった。


「な、何がどうしたんだ!?」


『アウェルが気を失ったから制御が途絶えた! セルシア、何をやっているんだ!』


「だ、だってこいつが……」


「もじもじしてる場合ですか、このままじゃ私たちみんなお陀仏ですよ!? どうにかならないんですかゼフさん!?」


『どうも搭乗者が乗っている状態前提で最適化したらしく、プログラム全体がバグを起こして――とにかく出力も落ちているし、私だけではどうにもならん!』


「ちょっとイメチェンしたかと思ったら所詮中身はポンコツですか! まったく、見直した私がバカでしたよもう!」


「こ、このままゼッフィーがぶっ壊れてまうんなら、最後に一発キメたろやないか! ふひ、ふひひひ!」


「待てツトリンさん! ああもう、どうしてこうなった!?」


「ふっ……ま、なるようになるでござろう」


『「「「「「なるかぁあああああ!!』」」」」」


『すぴー……』




 帝国崩壊後、最大の催しとなった大魔動杯は、大闘技場、そして三大勢力の事実上の崩壊という形で幕を閉じた。


 この事件で、十二神将の生き残り三人とベーレハイテンの皇族最後の一人、リュイウルミナ皇女は行方不明、実質死亡したものとされた。

 リ・ミレニアは"門限"、ゼロビン・ジンガーサマーが取り仕切ることとなり、帝都の争奪からは実質上の撤退となる。

 帝都には玉兎派の戦力である帝国魔動騎士団が、決勝戦に殴りこんだ分を除いてもまだ相当数残っていたはずだったが――これは事態の混乱の内に姿を消し、これ以降、大陸のどこでも姿を見たという話はあがらなかった。


 フラットユニオンは、最高指導者ジェルマ・テルバオスがユニオンを脱し、冒険者ギルド(フルークヘイム)のギルドマスターに就任した。かつてはフンフント・ワンコルダーが着いていた要職である。

 裏でどのような動きがあったか、様々なうわさが流れたが、とにかくこれによって、フラットユニオンが大陸の覇権を握るかと思われた。

 だがテルバオスはフラットユニオンと、それを騙るものに一切の容赦をしなかった。指導者を失ったフラットユニオンはこれも方向転換を迫られることとなる。


 フンフント・ワンコルダーという調整役を失った商人たちは、覇権など関係ない本業に立ち返った。

 ハイラエラからメグメル島を経由してのトメルギアとの国交が開かれたこと、また大魔動杯あたりを境にして、砂漠化が徐々に収まっていったこともあり、景気は徐々に右肩上がりとなっていく。

 そうした流れの中、商人たちにとって諸勢力はいい商売相手となり、商人の敵は商人になった、いや、戻った。


 帝都の被害は闘技場崩壊は事態に手慣れた冒険者たちによってすぐさま調査が行われ、被害の実態が明らかになっていった。

 だが、それはそれとして、大魔動杯決勝戦は、冒険者や魔動機技師たちの間で語り草となった。

 魔力を要さない異質な二機、新機軸の兵器、それらを用いた戦術。そうした話で盛り上がり、必ず決まって、


「あの戦い、最後までやってたらどっちが勝ってたんだろうな?」


 という話になり、


「俺らなら、どうやって勝つ?」


 こんな話になる。

 その熱は冷めることなく徐々に広がり、大闘技場の再建や、大会で猛威を振るった銃火器の再現など、様々な方向へと向けられていくのである。

 これが冒険者の、魔動機乗り(ライザーズ)の聖地と呼ばれることになる新たなエラ・ハイテンの始まりだった。


 決勝戦を演じた二機についても、様々な憶測が飛び交った。

 皇帝殺しは残骸こそ見つかったものの、生存説や死亡説、そもそも本物だったか、さらには大戦時の逸話の話におよび、結局のところ伝説に拍車がかかっただけだった。

 相対した謎の機体については、搭載していた兵器の残骸がわずかに見つかったのみだ。

 準決勝で皇帝機を倒した力といい、どういう由来の機体だったのか誰もが首を傾げた。それこそ、本当に実在していたのかどうかとまで。

 大闘技場が崩落する中、天に昇っていった一条の光にかけて、あれは神か何かだったんじゃないか、と噂する者もいた。

 神剣というくらいだから持ち主の神さまがいて、それが皇帝機を叱りつけ、神剣を持って帰っていったのでは、と。

 流石にこれは突拍子もなさすぎると一笑に伏されたが、そう言われるだけあって、神剣アースティアも皇帝機リオ・ドラグニクスも、大魔動機フォッシルパイダーのコアも、いずれも発見されることはなかった。


 玉兎ルミラジー猟犬ワンコルダー暴虎トーラー、それに帝国の遺産(リオ・ドラグニクス)

 古きもの(ベーレハイテン)の象徴は、まるで仕組まれたかのようにすべてが消え失せた。

 そして砂の大陸は、新たな時代へと突入していくのだが――その前に、かつて魔法文明を滅ぼした未曾有の災厄が迫っていることを知る者は、まだ少ない。


 ちなみに。飛び去った光は急に失速して墜落したという目撃情報があり、物好きな冒険者がこれを探したのだが、クレーターが残るのみで、残骸なども一切なかった。


 神剣と同じ色の剣を手にした機神ロボットが再び大陸に姿を現すのは、これよりしばし間を置いた後となる。

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