026-006
「――――アウェル、なのか?」
幻覚か、バグかなにかかと思う。だが、握られた手から伝わってくる温かさは錯覚などではない。
「やっぱりゼフィルカイザーなんだよな。お前」
「無事で……いや……」
こうして同じ目線で見るのは初めてだ。茶色いくせっ毛の、小柄な少年だが、掴む手は力強さに満ちていた。
確かな存在感。しかし、感触それ自体はやはりデータ体のそれだ。
魂だけがどうにか残っているだけなのか、それとも残留思念か。
「……すまない。俺の――私のせいで」
思わず漏れた言葉に、しかし当のアウェルは全力でため息をついた。
「やっぱし言ってるし」
「……え?」
「どうせ変にショック受けて自己嫌悪まっしぐらなこと言ってると思ったら案の定というか」
「あの、アウェルさん?」
思わず敬語になるゼフィルカイザー。
死んだパイロットとパイロットを死なせたロボットというロケーションなのに、何故自分は遺言を託されるでも恨み言を吐かれるでもなく呆れられているのか。
「お前、あの光景見て、自分もああいうのと同じだと思っただろ。んで、オレから魂絞ってる自分は余計アレだー、とか」
「何故わかったのだ!?」
「お前のことならいい加減、お前より知ってるって。お前だってオレのこと、オレよか知ってただろうが」
パイルバンカー封じのことか。再度ため息をつかれて、先ほどまでとは別の意味で戸惑うゼフィルカイザーに、アウェルは据わった目を向けた。
「あのな。魔力ないオレがあんなとんでもない機体とタダでやり合えるのも違うだろ。
そりゃさ、オレだって疲れるのやだし、もっと楽に起動できたらとか思わなくはなかったぞ。
けど、スカし野郎と最初にやり合った時、セルシアとパティを巻き込みかけたし。それに、あの馬鹿見てたらそんな気失せたよ」
「あの馬鹿、とは……」
「今やり合ってる奴ら。あんだけ全部持ってても、というか、持ってるせいであんなんだぞ。力なんてこれくらい怖いもんでいいんだよ、たぶん」
魔動機や精霊機を穿っていく杭の光景に、アウェルは強がったような苦笑いを浮かべる。ゼフィルカイザーに、改めて申し訳なさがこみあげてくる。
「……すまない」
「今度は何がさ」
「戦いの世界に連れ出してしまって――」
「お前がいなけりゃドラゴンに殺されてるって。それともあの村でずっと暮らしていけたと思うか?」
「だ、だが、他のところに落ち着くことも――」
「落ち着けなかったからここまできたんだろ、それにしたってお前のせいじゃないし。しっかりしろよ」
そうだった、とゼフィルカイザーも詰まったものを吐き出すようにため息をつく。と、いつの間にか、先ほどまでの虚無感は消え失せていた。
電脳体の崩壊も止まってしっかりとした像を結んでいた。いつもの素体アバターだ。
「いや、しっかりしろよってそういう意味じゃないんだけど」
「そういう返しが飛んでくるとは……!?」
なんだろう、危機的状況なのにこのいつものノリは。
「まあ、オレが戦ったりなんだりに向いてないってのも大会通してよくわかったよ。お前にも見透かされてたし。
それでも、セルシアを放ってオレだけのんびり暮らすなんてできやしないからさ」
「……そう、だったな」
適性については、絶対的な事実だ。アウェルはそもそも戦いに向いていない。
だがそれとは別に、ゼフィルカイザーはアウェルを侮っていた。この少年には、当に覚悟ができていた。
それからすれば、自分はまだコスプレ気分でいたのか。
今までも粉砕されたり再生したりポンコツ呼ばわりされたり股裂きにされたりハンガーアームをねじ込まれたり、しまいにはグレムリンやリビングソードに襲われたり――むしろ別の意味で悲しくなった。
「お前、泣いてるのか?」
「私は涙を流さない……!!」
ロボットで、機械の自分はそういうものだ。
だが、この少年の友情は確かにわかる。
そして立ちはだかる敵が、悪がいるならば、戦わねばならない。アウェルと共に。
そう思った時――また、別の光景が映し出された。
「これは――」
振るわれるのは杭ではない。剣も、エイラルノーシュの魔剣ではない。大雑把な魔晶石の一枚板――神剣アースティアが、巨大な魔物を斬り裂く光景だ。
その光景にはっとしながらも、アウェルは肝心なことを尋ねる。
「……聞くのが遅くなったけどさこことか、この映像とか、なんなんだ?」
「ここは私の機体の内部にある電脳空間――心の中の世界だ。
ここでは本来、大概のことは私が自由にできるのだが、これは私が映しているのではない。
私が取り込んだ杭や神剣に染みついていたものが再生されているのではないかと思う」
「やっぱりか。ハッスル丸が怨念や瘴気と魔力は紙一重とか言ってたし、神剣取り込んで魔力が変な風に働いちまったのかな。だとしたら、悪い」
「いや、ああでもしなければ私が真っ二つになっていたし、どうこう言える立場ではない。しかし、この光景は……」
神剣を振るう手は、細部こそ違うがゼフィルカイザーの腕部に似通っている。
そして物理的な切れ味は無きに等しい神剣アースティアに斬り裂かれていくのは、ひたすらに黒い存在だった。
光沢も何もない、光自体を喰らって閉ざす無明の漆黒に覆われた、古生代の海洋生物のような生き物。
アノマロカリスを丸くデフォルメしたようなデザインはひょっとしたら愛嬌があるようにも見えるかもしれないが――
「あれって、霊鎧装っぽいけど違う……ヴォルガルーパーが最後にやってたアレっぽいけど」
「ああ。超圧縮された瘴気を纏っている、いや、芯まで瘴気の塊なのか。
ヴォルガルーパーやジビルエルのそれとは比較にならん。災霊機とも違う……おそらく、あれが」
映像の音響には声はない。だが、ゼフィルカイザーもアウェルも映像が訴えてくる物を何故か理解できた。
魔族や竜のような奉仕種族ではない。あれが、邪神族。純然たる邪神の眷属だ。それと戦う、神剣を手にしたゼフィルカイザーと似た存在。
「ひょっとしてこれ、ゼフィルカイザーの忘れちまった思い出、か?
だとすると……やっぱりお前、アニキが言ってた神さまだったのか? 神剣で邪神と戦ってたっていう」
「私ではない。だが――私の機体を操っていたものなのだろう。私の機体は、神剣のことを知っていた」
アウェルの指摘に答えつつも、ゼフィルカイザーはその光景に見入る。
神剣を手にした機体は、神剣のみで戦っていた。フェノメナ粒子系兵装も、ミサイル類も、ヴァイタルブレードも、O-エンジンも使っていない。
誰も乗っていないのか、単に通じないから使わないのか、今のような武装を備えていなかったのか。それは互角の戦いですらなかった。
神剣を手にした機体は、打ち据えられるたびにボロボロになっていく。なのに、機体は退くことなく邪神族を倒していった。次も、その次も。
「……何故だ。何故、そこまでして戦う」
尋ねる声に答えるように――映像が切り替わった。
「え……なんだ、これ!?」
アウェルが驚きの声をあげる。今までも足元はあやふやだったが――今度の光景には本当に足元がない。
全天、黒い空間に無数の星々が輝く世界。ゼフィルカイザーは何と呼ぶか知っていた。
「宇宙だ。星の外に広がる世界だ」
そして視界の主は正面にある、暗い色の星へと降りていく。
星を暗く染めていた正体は、濃密な黒雲。瘴気雲だ。それを潜り抜けて、大地に降り立つ機体。
その世界に、空はなかった。
地の果てまでも瘴気雲が連なり、日の光が差すことはない。
空気は淀み、大地は荒れ果て、水は濁り、温もりは感じられない。ただただ荒れ果てた荒涼な大地と、邪神族と造形を近しくする歪な植生。
その光景を見渡す機体の動作から伝わってくるのは、落胆の色だ。しかし、近場の茂みから走り出たものがあった。
動物か何かか、と思うが違う。二足歩行の矮躯の生き物――ゴブリンだ。
二人のゴブリンは、視界の主に気づくこともなく、何かから逃げるように疾走している。
少し遅れて、ゴブリンたちを追い立てていた者が茂みを裂いて現れた。やはり、邪神族だ。
視界の主の半分ほどもない小型のものだが、ゴブリンからすれば己の数十倍の体格の魔獣だ。
邪神族も、機体には目もくれずにゴブリンを追い立てていく。着かず離れず、まるで恐怖をあおるかのように。
――視界の主は、いきなり動いた。瞬時に邪神族の前に立ちはだかると、それを受け止めたのだ。さほどの勢いではない、止まりはする。
しかし霊鎧装と同質のものに覆われた邪神族は、ダメージらしいダメージもなく少しずつ視界の主を押し込んでいく。
視界の主はそのまま力比べをするかと思いきや――邪神族を、思いっきり投げ飛ばしたのだ。
視界の主がよほどの力を持っていたのか、邪神族自体に重さらしい重さがなかったのか、邪神族は恐ろしい勢いですっ飛んでいき――瘴気雲をわずかにかき乱して、その姿を消した。
「えぇ……」
ゼフィルカイザーが呆れ越えをあげる中、視界の主は足元を見降ろした。二人に見えたゴブリンは、よく見れば三人だった。
二人は夫婦なのだろうか、一方が小さな赤子を抱いていた。
ゴブリンたちは怯えながら視界の主を見上げていたが――唐突に膝を折り、視界の主を拝みだした。神様か何かのように。
そして、視界の主も膝をつき、手を差し伸べ――映像は、そこで途切れた。
「……今のは」
神剣を手にしていた様子はない。杭とも関係ない。なら、考え得るのは一つだ。
神剣の魔力が呼び水となって呼び起こされた、機体に宿っていた記憶。恐らく、そのもっとも古いもの。
「……神様は、人間を救いたいと思っていた。だから、手を差し伸べた、か」
「なんだ、それ?」
「ただの昔話だ」
わからないことだらけだ。
この機体がこの星の文明に作られた物なのか、異なる星系から流れ着いた物なのか。
機体の操縦者がいたのか、AIだったのか。転生者だったのかそうじゃなかったのか。
あの光る超存在はどういう関係があったのか、或いはいっそ同一の存在だったのか。
ただ、はっきりしたことが一つある。
「私の前の存在は、善意で動いていたんだな」
そのために人に文明を与え、神剣を執り、邪神と戦った。ゼフィルカイザーは、その機体を、そして今またその剣を受け継いだ。
「なあ、ゼフィルカイザー」
そしてゼフィルカイザーの力を引きだし使いこなす少年は、ゼフィルカイザーにかつての問いを投げ返した。
「お前は、その力で何を守るんだ?」
「私は――――」
情報体は、手の中のプログラム塊を握りしめ、
最初に戸惑いを見せたのはリオ・ドラグニクスだった。続けてシングとクオル、セルシアも。
そこかしこに転がる石像のように白く染まり、ヒビに塗れたその姿が、
『な、何故じゃ!? 何故砕け散らぬ!?』
魔晶石らしい煌めきもない、猛っていた魔力の名残もない、砕け散るのを待つだけの化石が、しかし砕けない。
リオ・ドラグニクスがどれだけ力を籠め、どれだけヒビが入ろうとも砕けない。
『――――決まっている』
石くれと化した機体が、呟き。
『私は――私も、仲間を守りたい……!!』
化石化した外殻を、蛹のごとく脱ぎ捨てながら――白の機神が、皇帝機を一気に押し返した。




