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026-004

『う……何が、どうなって……ナマクラ!?』


『大丈夫ですの、マスター。こちらの黒い機体が』


 衝撃に一瞬意識の飛んだセルシアが見たのは、ミカボシが覆いかぶさっている姿だった。クオルはミカボシにお姫様抱っこのように抱きかかえられている。

 クオルは霊鎧装があちこち引き裂かれているが、ミカボシもひどい有様だ。機体の装甲のいたるところが焼け焦げ、ひび割れている。


『大丈夫かセルシア?』


『どうにかね――っ、アウェルと白いのは!? ていうか、ここ、どこ?』


 天井にあいた大穴から光が差し込んでいるが、セルシアでも一足で飛び上がれる高さではない。


『どうも闘技場の真下に空間があったらしくてな、上が耐え切れずそこまで落ちてきたらしい』


 天井には魔動機並みの外周がある極太の鉄骨が網目上に走り、立ち並ぶ同等の柱がそれを支えていた。トメルギアの港のそれを遥かに拡大したようなものだ。

 地下の空間それ自体もしっかりとした作りらしい。下手をすれば上の大闘技場よりも広いのではないだろうか。


『上でさんざん無茶やったせいで底が抜けたってわけね――ッ!?』


 ゼフィルカイザーの姿を求めあたりを見渡したセルシアは戦慄した。彼女を戦慄させたのは、赤い光を揺らめかせる黒の機体でも、まして皇帝機でもない。


『――――なに、あれ』


 そこは、異様としか言いようがない光景が広がっていた。

 大小様々、モデルの形質も様々な人間の像。怯えてひきつった表情、怒りをあらわに吠え立てる表情、ただ茫然とした表情。

 およそ、脅威に面した者たちの見本市ともいえる光景が、そこに広がっていた。さながら恐怖の廃棄処分場ともいえる光景だ。

 それを背景に、


『ガアアアアッ!!』


『しつこいわ!!』


 黒い悪魔と、輝く魔獣が戦闘を繰り広げていた。だが、それは最早戦闘と呼べるようなものではなかった。

 ゼフィルカイザーは傷一つない。だが噴き出す赤い光の勢いが先ほどよりも衰えていた。

 見慣れたセルシアにはわかる。恐らく先の一撃、相当にダメージを受けてしかしそれを修復したのだ。その負担が残っているのだ。

 一方のリオ・ドラグニクスも無傷で霊鎧装を展開している。しかしこちらも最初ほどの勢いはない。先ほどの連打で搭乗者が相当に消耗しているのだ。

 組み合うことの危険性を理解したリオ・ドラグニクスは回避と払いのけに専念していた。ゼフィルカイザーも速度は大したものだが、しかし獣のように追いかけては攻撃を外している。

 やはりそれは、戦いと呼べるようなものではなかった。


『あれがゼフィルカイザーの本当の姿だっていうのか?』


 シングの声には戦慄と、それに同情のような物が混ざっている。言わんとすることはわかる。セルシアもその姿に空しさを覚えていた。

 アウェルに何があったのかは理解していた。

 こうなるのが嫌で、アウェルの道を阻んでいた。それをやめたからには、こうなる可能性もセルシアは理解していた。

 いざそうなって、セルシアは胸が空っぽになる思いがしていた。

 むせび泣き、感情の赴くままにリオ・ドラグニクスを、操る奴らを八つ裂きにしたかった。今のゼフィルカイザーのように。

 だが皮肉なことに、その姿の痛ましさが、かえってセルシアを冷静にさせていた。


『ゼフ様を、止めなければ』


 緊迫したクオルの声に、セルシアははっとした。


『……なんかマズいわけ? そもそも何がどうなってるの』


『あのお姿は、ゼフ様の悲しみや嘆きとアースティアの魔力が共鳴したせいだと思いますの。このまま魔力に毒され続ければどうなるか……。

 ゼフ様がいなくなるなど、クオルには耐えられませんの。それにあの少年がいなくなれば、マスターもゼフ様も悲しいのではないですの?』


『――――ちょっと待った。なに? アウェルはまだ生きてるの!?』


 クオルの言葉に慌てて顔をあげるセルシア。クオルはやはり切羽詰まった様子で言葉をつづけた。


『ほんのわずかですが、ゼフ様の中にあの少年の魂の輝きを感じますの。ですがこのままでは――』


『それを早く言いなさいって。あのガラクタとっちめて、アウェルの奴も引きずり出してやる』


『なら、皇帝機は俺が食い止める』


 砕けた装甲を鳴らしながら、ミカボシが前に進み出た。


『やれるの? 最近あんたに対する信用がイマイチなんだけど』


 一緒にいてつぶさに見ていても、惚れ直すどころか幻滅する機会のほうが多い気がしているセルシアだが、シングはお互い様だとばかりに吐き捨てた。


『君らのアレさに比べれば大したこっちゃない……!!』


 先行するミカボシ。遅れてクオルも駆け出す。だがその動きはクオルのものだ。魔力はまだまだ余裕だが、感覚共有からくる負荷は既にセルシアの限界を超えていた。


「ぶつかる直前まで任す、あとはあたしが押さえる、いい!?」


『不承不承ながら了解ですの!!』


 ゼフィルカイザーとリオ・ドラグニクスが最大限に距離を離したタイミングを見計らって、クオルとミカボシが割り込んだ。


「真正面――――ぐっ、ぎ……!!」


 今日二度目の感覚共有。全身の神経が波立つような感触を堪えながら、黒い機体を見据え――


「あたしをナメんな、白いの――!!」


 全身の霊鎧装を軋ませながらも、ゼフィルカイザーと組み合った。以前、父の故郷で魔動機の踏みつけを抑えたことがあったが、その時を遥かに上回る衝撃と重圧。だが、クオルは後ずさりもせずにそれを抑えきる。


「癪だけど……癪だから、あたしだってあんたのことはそれなりに見てんのよ……!!」


 滅茶苦茶な動きだが、クセそのものはゼフィルカイザーのそれだ。それを見切り、ゼフィルカイザーをコントロールする。

 この程度、セルシアにとっては児戯に等しい。だがここまであっさりできたのは、日ごろこの白い機体を見てきたおかげだ。


『蛮族の割に大したものですの――ゼフ様、どうかお答えを、ゼフ様……!!』


『ほほぅ……どうやらようやく朕らの威光にひれ伏す覚悟ができたと見える!』


 その様に満足そうな声を返すリオ・ドラグニクス。だが、その前にはミカボシが立ちはだかっている。


『貴様もそこを退くのじゃ。動きを止めているこの機に、その機体を粉砕してくれる!』


『悪いが、そうはいかん。セルシアともアウェルとも、約束があるのでな――解呪』


 コックピット内、シングの瞳が、鋭い緋色と煌々とした紫の輝きを帯び、魔力が一気に膨れ上がる。


『相手をさせてもらおうか、最新最強』


『尋常――勝負』




 黒いゼフィルカイザーが拘束を解こうともがくが、びくともしない。蹴りを放つが、スカートから伸びたクオルの足が容易くそれを絡め取った。


『はン、つくづく喧嘩慣れしてないわね、アウェルのほうがナンボかマシ……うっぷ』


『ちょちょ、ヘボマスター!? クオルの中で吐き戻したら承知しないですの!』


 体格で数段勝る黒いゼフィルカイザーだが、ただでさえ荒い動きに加え、最初の勢いはない。

 全力に程遠いクオルと、感覚共有の反動を受けているセルシアだが、それらのハンデでどうこうなるほどセルシアの格闘センスは甘くない。


「あちらは押さえておけるか――しかし硬いな。流石最新最強」


 それを確認し、シングは両の刀でリオ・ドラグニクスへと斬りつける。だが霊鎧装の密度が尋常ではない。全力の四天王機でも、これほど密な霊鎧装を展開するのは不可能だ。

 だが、対峙する相手はそれ以上に困惑していた。


『貴様一体なんだ!? この力は――ぐっ!』


 霊鎧装に断裂が入り、本体にも斬撃が及ぶ。機道魔法によってすぐに修復されるが、それは斬撃の威力がリオ・ドラグニクスの霊鎧装を貫く威力を備えているということだ。


『どこにこれだけの力を……ええい!!』


 リオ・ドラグニクスが両腕を叩きつけてくる。だがミカボシはそれを難なく切り払い弾き飛ばす。


「なるほど、アウェルもこういう感じだったのか」


 感慨深そうにシングは呟く。ミカボシ――エグゼディより巨大な魔動機など大魔動機以外存在しないと思っていたシングからすれば、己が小兵の立場で戦うというのは何とも奇妙なものだった。

 しかし対峙する側からすれば、それこそ訳が分からないといった風だ。

 何故、魔動機、それも骨董魔動機ごときがリオ・ドラグニクスとまともに格闘できるのか。

 何故、魔力がいきなり膨れ上がり、しかもそれがリュイウルミナを凌駕するほどなのか。

 なにより――


『なんなのじゃ――なんなのじゃ、その禍々しい魔力は……!!』


『――この魔力の波長は』


 少女の、そしてそれとは違う女の当惑。だがシングは意に介さない。

「悪いがこれでも大人しいほうだ」


 霊鎧装が弾丸となって襲い掛かるが、ミカボシは容易くそれを避けてのける。骨董魔動機の巨体に見合った(・・・・)俊足。最高速度ならともかく、一踏みの加速力は小鷹丸を遥かに超える。

 その速度に大質量を乗せての剣戟に、霊鎧装がじわじわと刻まれていく。


『何故――何故、最強の魔動機であるリオ・ドラグニクスにここまで追随できる』


 困惑と共に、リオ・ドラグニクスの両腕が冷気と雷撃を帯びる。振るわれるたびに余波が荒れ狂い地下空間を揺るがす威力に、シングも背筋に冷たいものを感じる。

 ミカボシを遥かに凌駕する巨躯とそこに宿るパワー。接合部や機体重量がフレームにかける負荷という弱点はあるものの、霊鎧装と自己修復の機道魔法によってそれらを克服している。

 あえて弱点をあげるならば桁違いの魔力を要求することだろうが、この場合それは関係ない。機体性能に勝るリオ・ドラグニクスにミカボシが迫れているのは、極めて単純な話だ。


「慣れん機体を振り回す輩にやられるほど、黒――おっと、トライセルの名は軽くない」


 四肢を後付するという構造上、リオ・ドラグニクスの駆動は通常の魔動機など比較にならない複雑さだろう。

 もしリュイウルミナであったならば当てずっぽうに暴れ回るか、足を動かさず遠距離攻撃に徹する程度がせいぜいのはずだ。

 それをおそらく初めて乗って、ここまで操っているラクリヤの腕前はやはり相当なものだ。

 しかし、それが限界だ。天性の才能であろうと完全に御せるほど単純な機体ではなく、御せていない機体に後れを取る魔王軍筆頭騎士ではない。


「ついでに言えば――渡九郎との戦いで消耗していなければ、アウェルとゼフィルカイザーが貴様ら如きに後れを取ることもない。

 運がよかったな、大公家の末裔」


『き、きき、貴様ぁ!? ベーレハイテン皇族たる朕らを愚弄するか!?』


『黙って制御に集中しろ、愚妹。

 なるほど、大した男だ。だが、貴様の魔力とて底なしではなく、修復能力があるわけもなし。無尽蔵の魔力を有する皇帝機にどこまでもつ!?』


「随分と消極的な。しかし道理だな」


 実際、皇帝機の多彩な能力を相手に、シングはミカボシの能力を全力で稼働させている。アウェルの目がないのをいいことに本来の動きも用いている。

 しかしそれ故に、エグゼディとの重量配分差からくる機体負荷が少しずつ無視できないものになっている。

 魔力については言わずもがなだ。魔族とて魔力には限界がある。


「ならば――こうするまでだ」


 ミカボシのコアが、赤い色の底から緑と紫を合混ぜにした輝きを放つ。両手にある滑らかな刀身が歪む。


「時間を稼ぐまでもない――ここで討ち取る!!」


『あれは、機道魔法か……!? ち、こうなったらやむを得ん! マドレウ!』


『了解しました』


 まだ何かを画策しているようだが、もはや手遅れだ。



機道奥義ライザーアーツ――次元斬!!」



 ミカボシが駆ける。一歩間違えば、制御を外れた次元の断層に周辺空間ごと引き裂かれる。

 堅牢な装甲も霊鎧装も関係なく両断する、この世でもっとも鋭利な刃――それを前にして、



機道魔法ライザースペル――スペルブレイカー』



 ライザーニクスのコアが輝き、リオ・ドラグニクス第三の機道魔法が発動した。




 プラウド・ジャッカルは大闘技場からやや離れたところで推移を見守っていた。大闘技場の周囲には結界が張られている。

 術者の赤シャチの女曰く、危険かつ無差別な機道魔法が振るわれているのでそれを抑えるためなのだとか。


「ち、無事でいやがれよ、小僧」


「そんなに言うなら助けに行けばいいじゃないのさ、先輩」


「生憎機体がまだなんでな」


 傍らの車椅子のフローネイルに毒づくジャッカル。大闘技場の周りには他にも大勢の群衆が逃げずに残っていた。

 三大勢力の覇権争いは準決勝の時点で破綻した。故に決勝戦は、ただ興味本位で押しかけて来た物好きたちばかりだったのだ。だけに、逃げる道理もない。

 しかし、群衆を割って大闘技場に向かおうとする機体があった。数は十機。いずれもデスクワークだが、肩のエンブレムはフラットユニオン直属のもので、機体も装備も極めて高品質なのが見て取れる。

 フラットユニオンからすれば、帝国勢が神剣を手にする事態は止めたいのだろう。


「ジェルマさんの差し金にしちゃあ動き出しが遅いわ。なんかあったのかしらね――ッ!?」


 ぼやいたフローネイル。その視線の先で、大闘技場に張られた結界が砕け散る。その原因、ほとばしった魔力の波動に身震いしたが、しかしそれ以上何も起こらない。


「……なんだったんだろうね?」


「さてな……ん?」


 首をかしげた二人は、轟音と悲鳴を耳にした。フラットユニオンのデスクワークが全機、突如として倒れ伏したのだ。流石ほとんどが冒険者なだけのことはあり下敷きになった者はいないようだが、誰もが困惑に目をひそめている。

 それだけではない。フラットユニオン以外の場にいた魔動機も、結界を張っていた赤い魔動機すらもが、コアから光が失せて機能停止していた。

 どころか――


「こいつぁ……?」


 ジャッカルは驚きを口にする。服が、風が薙ぐごとにボロボロと崩れていくのだ。何年も吹きさらして風化したかのように。

 困惑する者がほとんどの中――恐慌し、奇声をあげる者があった。決して多くはないが、一人二人という規模でもない。


「なんだってンだ、一体全体――フローネイル?」


 袖を崩れさせながら、ジャッカルの腕を掴むフローネイル。その手が、かたかたと震えていた。


「逃げないと……」


「どしたンだよ。レドックスの機道魔法に似てるし、お前なんか知って――」


「そんなもんじゃないよ、これは、帝都決戦の時の……!!」


 少女のころ、帝都決戦の惨劇を目の当たりにした元貴族令嬢は震えた。同じく、帝都決戦を生き延びてしまった者たち同様に。




「一体、なにが……!?」


 霊鎧装を貫き両肩を斬り裂いて止まった双剣に、シングは目を疑った。次元斬に斬れないものはない、そのはずが何故。


『この距離、もらった!!』


 皇帝機の両腕がミカボシを叩き潰そうと迫る。双剣と共に驚愕を切り捨て即座に回避行動に移ったシングは流石と言えたが――ミカボシが、不自然に沈んだ。膝関節が急に力を失ったのだ。


「な――――がッ!? ぎ、がああああああっ!!」


 困惑に遅れて機体を抉る衝撃。リオ・ドラグニクスの腕がミカボシを殴りつけたのだ。

 左肩のフレームが嫌な音を立てながら、左の盾ごと砕け――わずかに遅れて、電撃が来た。

 操縦者保護の限界を超えて襲い来る雷撃にシングが悶える中、リオ・ドラグニクスはそこから腕力のみでミカボシを投げ飛ばした。ミカボシを掴みあげるほどの膂力だ、この程度はお手の物だろう。


「ぐっ、が……く、おのれ……ッ!? 機体に、力が入らんだと……!?」


 どうにかミカボシを立たせようとするがうまくいかない。全身のミュースリルが急激に劣化してしまったかのようだ。加えて映像にも乱れが生じている。


『魔動機を相手に、これだけは使いたくはなかったがな。

 これこそリオ・ドラグニクスが最強の魔動機たる由縁。あらゆる魔道具の駆動を阻害する機道魔法よ。

 しかし大したものだな、リオ・ドラグニクスの影響下にあるコア以外、影響を受けた魔道具は機能を停止するというのに。それこそ精霊機だろうが例外なくな、あのように』


『ぐっ……どしたのよ、ナマクラ!?』


『クオルの体が、維持、できなく……!!』


 指し示した先、マウントポジションを取っていたクオルの像が、徐々に揺らいでほどけていく。


「な、に?」


 シングは言葉を失った。

 言っている意味は分かる。そして起こったこともわかる。魔族であるシングはその魔力ゆえに抵抗でき、力を欠いているクオルとセルシアはもろに影響を受けている。だが問題はそこではない。


「何故――何故、邪神や魔族と戦うための魔動機に、魔動機殺しの能力が備わっている!?

 その機体、何と戦うために造られたものだ!?」


 エグゼディを祖とする魔動機は、古き神の似姿として造り上げられた邪神を討つための刃。それが、何故人に向けるべき能力を搭載しているのか。邪神の眷属は魔族だけではないし、魔族の力は災霊機だけではないのに。

 それをいうなら、この幻獣キマイラの四肢こそなんだ。何故人が、ドラゴンを模した機体など作るのだ。まるで、人を脅しつけるかのように。


『知れたこと――貴様らのような、帝国に刃向う輩を血祭りに上げるためじゃ!!』


 端から期待していなかったが、やはり話にならない一方、それ以外考えられないとも感じた。皇帝機リオ・ドラグニクスとは、人に向けられることを想定した兵器なのではないか。


 魔族と戦ってきた魔法王国とは、どういう国だったのか。だがそんなことを考えていられる状況ではない。


『あ、や、ゼフ、さまぁ……!!』


「くっ、そ、アウェル、この……っ」


 クオルの姿が完全にほどけ、セルシアとソーラーレイがそこから零れ落ちる。同時に拘束を失った黒いゼフィルカイザーが立ち上がった。

 セルシアがいるのはゼフィルカイザーのちょうど足元。意識はあるようだが反動が限界なのだろう、苦しみにもがいている。

 踏みつぶされでもしたらと思うが、しかし立ち上がったゼフィルカイザーもそれ以上身動き一つしない。

 フィンから放出されていた赤い光は、くすぶったように明滅しているだけだ。


「あのままでは――ぐ、動け、エグゼディ――なっ!?」


 機体を立ち上がらせようとして、気づいた。リオ・ドラグニクスの一撃を受けた左腕の装甲が、砕けた個所からポロポロと崩れている。

 ミュースリルに至っては、手入れをせずに酷使したかのように濁り、一本、また一本と断裂していく。

「ヴォルガルーパーは火の力を食っていた。そしてフォッシルパイダーは土の力を食うというなら――大地の滋養だけでなく、鉱物の精気すらも吸い上げるというのか……が、ぐっ……」

 そもそも大地が枯れている帝都の地で、力を持った物など限られる。それらに対し無差別に、滋養吸収の力が発動しているのだ。鉱物だけではない、生物相手にすら。

 シング自身も、自分の中から何かが奪われていく感覚を覚える。その上、雷撃でかなりのダメージを受けており、さらにはスペルブレイカーの影響。

 限界で、動くのも手いっぱいだ。それを見越してか、手負いの骨董品など敵ではないとばかりに、リオ・ドラグニクスはミカボシを素通りする。


「なっ、貴様らの相手はこの俺だ!」


『貴様の魔力は殺すに惜しい』


『魔力は朕と伍するほどじゃしのう。なんじゃったら朕が囲ってやろうぞ――その前にあの機体をひねりつぶしてくれる!!

 魔力無きものに動かせる機体など、存在してはいかんのじゃ!!』


「ぐ……逃げろ、逃げてくれセルシア!!」


 声は聞こえているのだろう、どうにか身を起こそうとしてもんどりうつセルシア。そんなことはお構いなしに迫りくる霊鎧装を纏った幻獣キマイラ

 そこに集まる魔力の量は、最初のそれとは桁が違う。ひょっとして、大闘技場を覆っているはずの結界にも何か起こったのか。

 かつて勇者の元に馳せ参じた者の末裔が、当代の勇者を手にかけんとするその寸前のところで――


『――――――』


 漆黒の魔獣グリフォンが、真っ直ぐ幻獣キマイラを見据えた。

 不遜を叩き潰さんと、幻獣が腕を振り下ろす。一撃に、魔獣が左の杭打機を叩きつけた。幻獣の腕が止まる。だが、杭が射出されるよりも早く――


「――――ッ!!」


「あ、白い、の……あうぇ、る……ッ!!」


『ゼフ様ぁあああああっ!!』


 黒の幻獣が、化石のように白く染まり――粉々に、ひび割れた。

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