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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第二十五話 反則(チート) 対 例外(イレギュラー)
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 顔は犬のそれ。両手も猟犬のアギトを思わせるクローアーム。暗い灰色にオレンジのラインで装飾の入った機体の最大の特徴がそれだった。


『ケルベロスか。また安易な』


「ケルベロスって?」


『三つの首を持つ地獄の番犬のことだ。そして犬を模った機体ということは……』


『察しがよくて助かるわい。左様、これが儂の戌将としての機体、イグナベラスじゃて。払いたいなら見物料払って構わんぞい』


「誰が払うか。な、ゼフィルカイザー?」


『お? あ、ああ』


 好きなものには金を出す主義のゼフィルカイザー、四方八方敵に囲まれたこの状況でも、心のがまぐちに手がかかっているとは言いだせなかった。


『……どういうつもりだ、戌将フンフント・ワンコルダー』


『これはご機嫌麗しゅう、ラクリヤ殿下、リュイウルミナ殿下。

 なに、そこの鴉に報酬を支払わねばと思うてのう。いや、よく働いてくれたわい。それに貴様もな』


 己に向けられたその言葉で、ゼフィルカイザーはあらかた察しがついた。


『……あなたが蜘蛛だったのか。どこまでがあなたの筋書きだ』


『貴様らの存在、それ以外は全て儂の筋書き通りよ。

 帝国を滅ぼすという我が大願のためのな』


『……なに?』


 ドラグライザーの四肢に力がこもり、客席にヒビが走る。ワンコルダーの言葉に衝撃を受けたのはラクリヤだけではない。


「どういうことであるか、ワンコルダー!? まさか貴様、リ・ミレニアを潰すためだけにこの大会をおぜん立てしたというのであるか!?」


 観客席から乗り出したゼロビンが怒号を上げる。だが、イグナベラスは仰々しくかぶりを振った。

『違うわい。言ったじゃろう、帝国を滅ぼす、とな』


「……何言うとんねん、おっちゃん。帝国ならとっくに滅んどるやないか。なにをおかしなことを――」


『魔力至上主義か』


『……ほほう。そちらの黒いのも、どうやら物が見えておるようじゃの』


 シングがふと口にしたそれは、正鵠を射ていたらしい。ワンコルダーも満足げにうなずいている。

 ゼフィルカイザーもそれでおおよそ理解した。

 戦争をやっているロボットアニメがシリーズを続けると、国が滅んでもその国のイデオロギーを旗頭に戦い続ける者が出てくる。それを正しく引き継いでいるかは別として。


『つまり、帝国の本質である魔力至上主義を撲滅――いや、形骸化するのがあなたの目的だったと。

 いや待て。魔力至上主義は、今や大陸では廃れつつあるのでは』


『そらそうじゃろ。儂が最初からそのように仕組んで、何もかも動かしてきたんじゃからのう』


 最初とは、いつのことを指すのか。大魔動杯のことではあるまい。それよりもっと前――


「まさか……帝国が滅んだときから――」


『否。儂の故郷が、貴様らに滅ぼされてからよ』


 その一言に誰もが総毛だった。銭の猟犬と綽名される老爺が、釜の底に閉じ込めていたもの。

 それはほんのわずかだったのだろうが、そこに込められた怨嗟は奈落の底よりもなお深い。


『とはいえ帝国を滅ぼす気なんぞ毛頭なかったんじゃがの。そのためにそこそこ暗躍しておったんじゃが――そこの鴉に帝国が滅ぼされてしまってすべては御破算よ。

 帝国を変えれば済むはずじゃったものが、むやみやたらに飛び散ってしもうた。

 じゃから絵図面を新たに書き起こして、新たに策を巡らせておったわけじゃよ。

 三大勢力による大陸の覇権争いを収束し図式化。

 冒険者ギルドというシステムによる魔動機戦力の把握。

 そして各地の自治組織の乱立による、帝国支配の風化とな』


『砂の大陸の現在の情勢、その全てを貴殿が作り上げたというのでござるか!?』


『作り上げたのは貴様らじゃよ冒険者。儂は、そのお膳立てをしたに過ぎん』


 ベーレハイテン帝国が培ってきたイデオロギー。それを風化させる。お膳立てをしただけというが、そのためにどれほどの権謀術数、手練手管を用いてきただろうか、あの小柄な老人は。


「で、でもおっちゃん、そんならおっちゃんの企みはうまいこと回っとったやんか。

 なんでこんなバカげた茶番をせな――」


「――三大勢力の覇権争い。その、図式の外からの勢力」


 ツトリンが戸惑いを口にする中、ぽつりとつぶやいたのはディーだ。僅かな呟きを聞き取ったイグナベラスは、今度は本当に驚いたという様子で片角の黒毛皮に目をやる。


『そこの嬢ちゃん、何者かは知らんが――いや、ふむ。まあええじゃろう。正解じゃよ。

 リ・ミレニアが手を組んだが連中がちと危険でのう。助力を得たリ・ミレニアが勢力を増した程度ならなんとでもなったんじゃが――リ・ミレニア自体を乗っ取られかねん状況じゃったんでのう。

 殿下たち。ベーレハイテンの皇族が何人生き残っておるかご存じかな?』


『何をほざく。我と愚妹、その二人のみだ』


『ふむふむ。時に、妹君には縁談の話があったとか。ロトロイツ教和国、トライリング教団が枢機卿にして聖騎士団長、ラームゼサル・ヴェニトリー卿のご子息と。

 ところでその母親がいかなる氏素性かご存じかのう?』


『知らんな。魔力があるなら犬畜生だろうが構うものか。むしろ愚妹には、それくらいがいい薬だ』


『いやいやいや。かの婚約者殿は、誠に貴き血を引いておられるぞい? この世で一番の――や、二番目かのう』


 クオルを指しながら韜晦するイグナベラスに、ラクリヤはなおも苛立ちをつのらせる。


『言いたいことがあるなら単刀直入に――』


『ベーレハイテン帝国第一皇女ミュゼーリア・ハリル・ベーレハイテン。お主らの叔母じゃよ。

 第三皇子グラウセットと共に死んだはずが、生き延びてラームゼサル・ヴェニトリーとの間に男子を一人設けておる』


『『――――は?』』


 イグナベラスの、ワンコルダーの言葉にドラグライザーは凍りついた。逆に凍りついていたリオ・ドラグニクスは驚きに頭を跳ねあげる。


「ロトロイツの目的は、それであるか、ワンコルダー!? 皇帝の舅ではなく、父の座を……!?」


『加えてトライリング教団は今や砂の大陸のあちこちに手足を伸ばしておっての。そこの赤シャチが言っておったハイラエラの件、あれもおそらくはラームゼサルめの采配よ。

 当初はいささか臆病になりすぎておったかと思ったが、しかし実物を見て納得したわい。

 あれはエゼルカインと同格かそれ以上じゃわい。帝国すらも手中で転がせる器じゃて、そこの小娘どもを手玉に取るくらい訳がなかろう。

 そうすれば魔力至上主義も甦ってしまう。より強固に、より歪にの』


『だから――だから、帝国という旗印を地に貶めようとしたのか、あなたは』


 ワンコルダーの言の通りなら、ラームゼサルなる男の謀略に一滴の劇薬を垂らすことで、謀略を己色に染め上げたのだ。この銭の猟犬は。


『つくづく察しがいいのう、機械人形。ま、そういうことじゃ。

 当初は皇帝機を鴉にまた倒させるつもりじゃったが、お主のおかげで最上と言っていい結果が得られたわい。

 決勝の大舞台に立ったのはどちらも魔力を持たぬ者。そのうえ、魔力を用いず運用できる兵器による戦い。

 水を差した上に神剣を手にするどころか斬り倒された皇帝機、討たれた玉兎。

 これで魔力があるだけの者がのさばる世はさらに傾いてゆく。力を得た者が自由に各地を行き来し、金の巡りはさらに増す。

 大陸全土を網羅する広大な経済圏、そして大陸外へと続く交易路……ようやく、儂の理想が成就しようとしておる……!!』


 仰々しく両腕を広げ、熱っぽく語るイグナベラス。恐らくそれが、フンフント・ワンコルダーが若き日に見たもの、そして帝国によって潰えたものなのだろう。


「……つまり、どういうことなんだ?」


『私らはあの爺さんの策の上で踊っていたということだ。飛び入りでな。

 なんと言えばいいかな……村を乗っ取る奴を排除しようと始末屋を雇ったら、同じ日に腕利きの旅人が偶然訪ねて来て、騒動に巻き込まれたとでも言うか』


 ゼフィルカイザーの中では、一つの確信があった。これは彼ら、砂の大陸の人間たちの物語。

 ベーレハイテン帝国の滅びから始まった喜劇、あるいは悲劇の終幕なのだろう。

 自分たちは、その終幕にたまたま居合わせただけなのだろう。

 そして、幕を引く者はこの老人ではない。


『そんなことはいい――報酬の支払いは、どうなる』


 かつてこの地、この場所で、崩壊劇の幕を開けた凶鳥がそこにいた。


『化け猫の嬢ちゃんに言った額は、指定の場所に用意してあるわい。それでは足らんか』


『それならいいがな』


 スケアリィ・クロウはやはり淡々とつげ、砕けた足を引きずり、サブレッグだけで機首を返した。この場から立ち去ろうというのだろう。

 囲む者たちも、止めようとはしない。機体は死に体だが、それでもこの場の全てを殺し切る圧力がそこにはあった。

 皇帝機たちも動揺ゆえか、それとも圧力ゆえか動けずにいる。その中、一歩踏み出した機体があった。


『儂の首はいらんのか? 恨みを買っておる輩がそれなりの値をつけておるはずじゃがのう』


『依頼にはあったが、戦う気が無い奴とやる気もない。さっきも言った。俺は死にたくないだけだ』


『さよか』


 銭の猟犬はどこか満足げに呟き――イグナベラスを、突撃させた。




 まったくの殺気も無く襲いかかる機体。だが両腕のアギトに灯した魔力の光は間違いなく必殺のそれだ。どのような機道魔法だろうと、今のスケアリィ・クロウを砕いて潰すにはあまりある。

 機体の制御から何から何まで、その挙動は一流のさらに一握りのもの。

 なにが十二神将最弱だ。むしろ、これで最弱というなら十二神将とはどれだけの化け物揃いだったのか。

 しかしスケアリィ・クロウは、既にイグナベラスを向いていた。機体を反転させたのではない。背部のユニットをパージしながら、腰関節を180度回転させたのだ。

 重心移動に限界を迎えた右足が完全に砕け、機体が沈む。僅かな時間差で、イグナベラスの右腕のアギトが上面装甲を削り取った。

 カウンターのように、スケアリィ・クロウの左腕の爪が、高周波を鳴り響かせながら、イグナベラスの胸に突き立った。

 スケアリィ・クロウは魔道機に比べれば軽く、脆い。その腕で、しかもダメージを受けたうえで正面からイグナベラスを受け止めたのだ。重量を受けとめきれず、スケアリィ・クロウは左肩から砕け、崩れてゆく。

 その腕が掴み取った最後の成果、イグナベラスのコアを半ばまで抉りながら。

 コアを切り離され、制御を失ったイグナベラスが残る慣性でスケアリィ・クロウを押しつぶしていく。高周波に揺さぶられ朦朧とする中、半ば抉られコアと機体の間にできた隙間から、ワンコルダーは見た。

 砕けた上部装甲に開いた穴、パージされたコックピットハッチから身を乗り出し、その翼腕で銃先を向ける青い鳥を。


「お前で、十二人目――古い依頼だが達成させてもらった、ベーレハイテン十二神将」


 機動兵器の激突の中からすればさほどの音ではない。だが、その銃声はやたらと響いた。かつて猟犬の友が作った、新機軸の武器が連続で吠える音は。


「は――武働きなぞ、儂にゃあやはり向いておらんのよ。銭勘定さえできておれば、それでええというのに」


 赤く染まる胸を押さえながら、ワンコルダーは今際の際に呟いた。僅か一発。それも跳弾。しかし、魔力と銭勘定、それに少々魔動機操縦に長けた程度の老人を殺すには十分すぎた。


「じゃが――だからこそ、あの鳥は、いかん。何もかも、残さず焼き尽くしてしまう。ああ、じゃからか」


 銃弾に心臓を穿たれ、血をこぼしながら、銭の猟犬はぼやく。

 何かに納得したようなワンコルダーの視界には、機体から飛び降りる青い鳥の姿。ほどなく異形の機体は爆炎を上げる。

 炎の熱を感じるだけの血も残っていない。その中、辛うじて機能していた視覚機能が、その姿を捉えた。脇腹を血に染めながらこちらを見つめる、虎の面。


「まあよい、旧きものは、消え去らねばならぬ――お前で最後じゃ、トーラー。どうするかは、好きに決めよ――儂の最後のアドバイス、しかも、タダじゃ」


 そうして膨れ上がった炎は、十二神将と呼ばれた者を焼き尽くした。




 その刹那の攻防は本当にわずかな間のことだった。ゼフィルカイザーは、その姿を余すことなく目撃していた。

 爆発炎上するスケアリィ・クロウと、その巻き添えとばかりに炎にあぶられるイグナベラス。その炎を受けてなお青い鴉の姿。

 痕跡を残さないためだろう、スケアリィ・クロウの何もかもが、黒く燃え尽きてゆく。帝国十二神将の一人と共に。

 敵に包囲されたこの状況の中、一瞬の攻防に立ち会った誰もが、放心して火葬される戌将機を見つめている。

 だが、誰よりもその姿に心奪われているのは、ゼフィルカイザーだった。


(何が特別だ、運命を変えるだ、主人公だ。笑わせる……こいつじゃねえか)


 死なないはずが死んだゼフィルカイザーと、死んでいないとおかしいはずが生きている渡九郎。

 余生を拾った者と、今生を掴み続ける者。もらい物の機体と力を持て余す粗製AIと、一度退いた身でなお戦い続ける作り物めいた空色アーティフィシャルスカイ

 名伏しがたい葛藤が、ゼフィルカイザーを心から震わせていた。そんな機能はないのに、手が汗ばむ感触。左腕が、攻め立てるようにうずく。そんな中。


『――――うふ』



 ぽつりと、誰かが呟いた。


『は、あは、ひひひひひひ……!!』


 壊れた機械のような笑い声をあげるのは――壇上に立ちすくむ皇帝機だ。


「この声、リュイウルミナ――」


『ッ、まずい!!』


『――そうだ、あいつをころさなきゃ』


 正気に戻り皇帝機に向き直ったゼフィルカイザー。そのカメラアイにとらえられた傷だらけの獅子頭の中。かみ合ってはならない何かが、かみ合った。

 リオ・ドラグニクスの砕けた装甲からミュースリルが触手のように飛び出し、フォッシルパイダーのコアを絡め取る。同時に起こった変化はごくわずか、しかし劇的だった。

 大闘技場のあちこちに飛び散った血潮が、一瞬にして乾き砂と化したのだ。魔動機も、魔鉱石使用率の少ない新物の装甲から錆び、砕け、砂礫と化していく。


「ゼフィルカイザー、クオル、これってまさか……!?」


『ヴォルガルーパーのそれと同じ――』


『フォッシルパイダーの機道魔法――ガイアブレスですの……!! まずい、ですの……止めなきゃ――』


 だがダメージが重いのか、クオルはそれ以上動けない。一方、何が起こっているのかわからない魔動騎士団が慌てふためく中――


『アウェル。それに父上の仇。朕の邪魔をするやつら――みんな、ころしてやる』


 リオ・ドラグニクスを覆う霊鎧装が、ライザーニクスとドラグライザーを覆い尽くした。

 帝国の崩壊劇は幕を閉じた。残るのは、今を生きるものが紡いだ因縁。


【ただちに新しいアームドジェネレーターを搭載して下さい】


 真の力を発揮した皇帝機。奪い取られた神剣がゼフィルカイザーを砕く。


【機体形状維持不可能】


 暴走する魔力、灰燼と化し行く大闘技場の底で、アウェルとゼフィルカイザーが見たものは――


【未知の武装を確認しました 認証しますか? y/n】




 次回、転生機ゼフィルカイザー


 第二十六話


 神剣が選ぶ者


【安定動作は保証できません】


 次回、第二章完結

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