025-007
ゼフィルカイザーが砲撃を受け追いつめられる中、セルシアもラクリヤと鍔迫り合いを続けていた。
先ほど装着していたプロテクターの類は壊れたか外れたか、竜の如き形質をありありと晒すラクリヤ。
ところどころ鱗が剥げ落ち甲殻もひび割れ血もにじんでいるが、しかし五体満足なのは確かだ。
人とも竜とも言い難い異質な血臭に違和感を覚えながら、セルシアは歯を軋ませる。
「あんた……ちょっと聞こえてたけど、トラさんは、あんたの兄貴みたいなもんなんでしょうが! なんでこんなこと……!」
先の一撃は殺すつもりで叩き込んだ。少なくともセルシアはそのつもりだった。
だが威力を受け流しでもしたのか、相手には有効と言えるほどのダメージはない。
今にしても、そうだ。全力の切り返し。なのに、相手の剣を弾くこともできていない。
竜の形質ゆえか、ラクリヤの刃からはドラゴンの一撃に近しい重さを感じる。
その上、拮抗状態を崩そうにも、相手が力のかけどころを微妙にずらしてくるせいでそれもままならない。
力と技を合一させ、柔らかさも備えた剛の剣。セルシアの以前の剣筋に近いそれは、しかしセルシアのものよりも完成度で勝っている。
手練れだ。母親はともかく、ここまで手こずるのはガルデリオン以来だ。それが、何故ここまで腹が立つのか。
「帝国を捨てた男など、もはや兄でもなんでもない。貴様こそ、その男のなんだ。情婦か」
「ちょっと世話んなったってだけよ。あえて言うなら、あんたの妹弟子ってとこね……!」
「――そうか」
どこかほっとしたようなぼやきのあとに、
「ならば貴様、我の子を産め」
などと、いろんな意味で聞き逃せないことを口走った。
「……は?」
鉄火場での唐突な口説き文句に思わずぽかんとするセルシア。それでも力が緩まないあたりは流石と言うべきか。
「聞けば精霊機使いなのだろう。それだけの魔力に加え俺と切り結べる頑健さ、我の子を産むに申し分ない。
我は神剣を手にし、皇帝となる。その妃になれるのだぞ?」
「……そういや、あっちの嬢ちゃんの兄貴だったっけか、あんた。
腹立つくらいに似たもの兄妹ね、あんたら――ッ!?」
言いながら剣を押し込む力が増す。今の一言がよほど癇に障ったのか。
「どうだ、母譲りのこの強靭な肉体は。愚妹のような、魔力以外能無しの手弱女と一緒にされては困る」
「シングといい……尊敬できる母親持ってて羨ましいわ。
あたしの一撃でも生きてるんだし、よっぽどいい母親だったんでしょうよ」
「それこそ単純な話だ、母は関係ない――血に塗れたこともない剣で、我は倒せん」
言われ、心臓を貫かれたような気がした。
これまでの旅路で人相手に刃を向けたことは腐るほどある。
だが、セルシアはなんだかんだで、人間は誰一人として殺したことはないのだ。獣は生態系が傾きかねない勢いでキル&イートしているが。
先の一撃も殺すつもりで叩き込んだ。そのはずだ。だが、本当にそうだったのか。
その動揺に合わせたかのように、軽い地響きとともに煙幕が視界を奪った。その隙は、ラクリヤほどの相手には致命的だった。
一気に押し込まれ、たたらを踏んだところで剣を弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
煙が晴れたとき、そこには間合いを保ったまま剣を突きつけるラクリヤの姿があった。
両手は空。無論、セルシアの素手は普通に凶器だ。
だが、もともとリーチで勝るラクリヤ相手に、さらにリーチを失ったのは致命的だ。
リーチに加え、腕力とウェイト、それに表皮の頑健さはセルシア以上。
柔軟性と速度についてはセルシアのほうが上だろうが、トーラーをかばいながら速度を生かした攻めができる相手ではない。
認めたくはないが――この状況は、詰んでいる。
向こうもそれを察してか、先ほどより余裕を持った口調で、再度告げた。
「もう一度言う。我の子を産め」
虚言の類かと思えば――どうも本気らしい。
手こそ止めていないものの、背後のディーも驚いた様子で視線を向けている。
正直、負けた。状況やらなんやらあるが、それを言い訳にするつもりはない。
――だからこそ、セルシアは訳が分からなかった。
曲がりなりにも自分に勝ったはずのこの竜の男に。その上、自分を口説いてくるこの男に。
なんで、何一つ疼くものがないのか――
「返事がないのは肯定と受け取るぞ、女――ッ!?」
ラクリヤは慌てて刃を振るった。セルシア相手ではない、セルシアの横を駆け抜け躍り出た、黒い疾風相手にだ。
「シング!?」
「大丈夫かセルシア。それで、そこの間男。彼女には先約がある。悪いが引き取ってもらおうか」
銀髪をひるがえして双刃を構え、シングはラクリヤに対峙する。その姿と啖呵の切り様に、セルシアの胸が高鳴った。
「……なにメスの顔してんですかシア姉。」
「げっ、パの字!?」
横からの冷徹そのものと言った風の突っ込みに慌てるセルシア。
見ればジト目のパトラネリゼが、見慣れた剣の柄を突きつけている。
「剣に似て持ち主までチョロくなるとか。ほれ替えの聖剣ですよ」
『誰がチョロいですの! クオルはゼフ様一筋ですの!』
「はいはい。でもゼフさんたちは」
「――見んほうがええで」
闘技場を見ようとしたパトラネリゼの視界を、ツトリンの手が遮る。
やたらと重い手を押しのけた先には、かつての大戦の惨劇、その再現が繰り広げられていた。
襲い掛かるヌールゼック達。だがスケアリィ・クロウは攻撃悉くを掻い潜り、隙を見せた機体から仕留めていく。
『なんでだ、なんで当たらねえ!?』
『来るな、来るなああああっ!!』
悲鳴を上げる帝国魔動騎士団の魔動騎士たち。だが、ゼフィルカイザーに言わせれば自業自得というものだ。
『本来なら狭いとは言い難い面積だがな、それでもこれだけの機体が要れば手狭にもなる』
ついでに言えば魔動騎士たちの質も悪い。古式やヌールゼックだらけで単体としては腕が立つのだろうが、集団戦に慣れているとは言い難い足取りばかりだ。
『正規の軍人らしくはない。ごろつきと変わらん連中ばかりだな』
「そう、だな」
相槌を打つアウェルは顔を青くしながらも、操縦自体はよどみない。
四方八方から襲い来る機体を、レーダーと駆動音を頼りに掻い潜る。
意気揚々と乗り込んできた魔動騎士団だったが、その多勢が邪魔になっていた。
おかげでゼフィルカイザーも、足を損傷しながらも上手く立ち回ることができる。
ほどほどの速度で駆け回りながら、奪い取られたショットガンとライフルもどうにか回収した。ざっと見たところ破損はしていないようだ。
『捨てるときに壊さなかったあたり、この状況も読んでいたとでも言うのか、あの男』
言いながら、ショットガンとライフル、リボルバーから引き抜いたラスト一発を敵機に鋭く投擲。当たった敵機の頭部は爆発で根元から吹き飛んだ。
「……こんなもん装填してたのか」
『見破られたがな』
威力に引くアウェルに残念そうに返すゼフィルカイザー。そちらも、声のトーンは低い。
「……ぶっちゃけあの機体、どう思う?」
『どう、と言うと』
「だから、なんていうかさ」
言っている間に、二機の魔動機が地上から飛び立った。どちらも古式。一機は背のスラスターの形状が、どことなくフラムフェーダーのそれと似通っている。
だが待っていたとばかりに、スケアリィ・クロウの左肩の大口径砲が火を吹いた。
放たれた弾丸は容易く敵機を捉え、胴を抉り撃墜してのける。破壊痕からしてHEAT弾だ。
その瞬殺っぷりにおののいた今一機は慌てて速度を上げる。
不規則に飛び回りながら手にした投槍を投擲する。しかし当たらない。どころか、
『がっ……てめ、何しやがる!?』
『うるさい、貴様らが邪魔をするから――がぁっ!!』
味方を誤射して、動揺した隙を撃ち落とされる始末だ。
『……見ての通り、魔動機を狩ることに特化した機体、そうとしか言えんな。
全身余すことなく兵器、ただそのせいでバランスは悪い』
ゼフィルカイザーは端的に機体の特徴を述べた。
その落ち着き払ったテンションたるや、新手のロボットを見たときのゼフィルカイザーの熱狂っぷりを知るものからすればその正気を疑うだろう。
ゼフィルカイザーの言うとおり、スケアリィ・クロウは徹底して魔動機殺しを目的として作られている。両腕のクローアームはその最たるものだ。
腕が回りきらない横から襲い掛かる機体があったと思えば、腕と頭が千切れ飛ぶ。肩部シールド表面の円形の模様が爆発し、そこから弾体を射出したのだ。
(HEAT弾、いや、構造は近いが、違う……!?)
ゼフィルカイザーは詳しくないため知らないが、自己鍛造弾と言われる種類の兵器だ。日本が誇る小惑星探査機の二号機にも搭載されている代物だ。
(HET弾をヒントにしたんだろうが、この短期間によくもあれだけいろいろ作れる……!!)
加速力なども含め、攻撃力は先ほどまで戦っていたスケアクロウの比ではない。
反面、機体バランスは悪い。背部ユニットが最大の原因だろうが、それ以外の点でも重心の安定性や旋回性は悪く思える。先ほどまで戦っていた機体よりも重心が低く、足の設置面積も広いのにだ。
『速度や出力からしてあちらの機体が本命なのだろうが、私たち相手では相性が悪いとみて元の機体で出てきたのだろうな』
「それはわかってる。あのクローアームもオレら相手じゃあそこまで効かないしな。武器盗んでもあの手じゃ使えないし。
でも、そういう話をしてんじゃない。わかってるだろ?」
『……ああ。あれは、魔動機殺し――人を殺すための機体だ』
言って、回路全体に怖気が走った。
今まで目にしてきた魔動機とて、兵器には違いない。魔動機にそうした印象を抱かなかったのは、魔動機が基本的に対魔物を想定しているためだ。
そもそも魔動機戦というのは、死人が出にくい。
カーバインでのフラムフェーダー戦がわかりやすいだろう。ヴァイタルブレードのディバイディングスラッシュで機体を引き裂かれながらも、フラムフェーダーを操縦していたギベルティは生きていた。
それに魔力至上主義の関係で、帝国と敵対した国でも高い魔力を持つ者ほど殺されにくかったという。
だがあれは違う。魔動機が名刀、精霊機が伝説の剣、スケアクロウが工業カッターならば、スケアリィ・クロウは火砲だ。それも、鎧武者を鎧ごと粉砕するための。
それくらいに、兵器としての有り様が違う。
正真正銘、人を殺すための兵器がそこにいた。
『ぐっ……』
「だ、大丈夫か?」
『左腕がすこしな』
出力を集中した左腕はパイルをあらかた飲み込み、腕を修復している最中だ。
その腕が、痛みというには妙に生々しくうずくのだ。まるで生きていたころのように。
(考えてみたら魔鉱石やらの塊なわけで……俺の本来の構成要素と異なる物質を取り込んで、それで拒絶反応でも起こしてるのか?
いや、それならいつぞやのスレイドニアの時にも――づっ)
パラメーターを見たところエラーが発生している様子もない。
だが痛みに戸惑ったのが功を奏した。すぐ目先を魔力の刃が通り抜け、その先にいたヌールゼックを粉砕した。
ゼフィルカイザーのカメラアイが発射元を追えば、そこには霊鎧装を纏う獅子頭が爪を振り下ろしていた。
『ちぃっ、避けおったな……!』
『今のは私の粒子ブレードを!?』
霊鎧装の斬撃の威力を飛ばしたのだろうが、前の戦いではこんなことはしてこなかった。まさか見覚えたとでも言うのか。
「リュイウルミナか、お前何考えてるんだ!? こんなことやって、それどころか味方まで巻き込んで……!?」
『うるさいわ下郎、朕の名を何度も呼び捨てにしおって! ええいっ!』
またも斬撃を飛ばしてくる。横一線の斬撃を転がって回避。肩装甲を砕いた斬撃は、軌道上にいたヌールゼックと古式魔動機ごと闘技場の壁を砕いた。
(考えてみればあれだけ無茶な機体を乗り回せてはいるわけで、才能自体はむしろ高いのか……!?
それはそれとして、識別能力のないMAP兵器を乱発するボスとか勘弁してくんない!?)
そんな悲鳴を直に上げずに済んだのは、日ごろの気構えの賜物だろう。
多勢のおかげで逃げ回りやすくなっていたが、それはあくまで向こうが誤射を恐れるという前提の上だ。
こんな巻き添え上等をされたら、ゼフィルカイザーにとっても不利でしかない。
『他の下郎どもも、早くそやつを取り押さえよ! でなくば、貴様らも殺すぞ!』
『何故こちらに構う!? あちらにいるのは父親の仇ではないのか!?』
駄目元で矛先を逸らそうとする。自分でも情けなくなるが、背部装甲に正面装甲は代えられない。だが、返ってきたのは幼い皇女の激昂だった。
『その機体に他にも誰ぞ乗っておるのか、朕に対して不遜な……!
朕を辱め、何もかも汚しよった畜生以下の愚図を血祭りに上げ、汚名を挽回することこそが先決!』
「……ひょっとしてオレ、煽りすぎたか」
『それ以前に汚名は返上するものなんだが……いや、汚名挽回で合ってるという説も』
『後悔しても遅いわ、死ねアウェル!!』
そうしてリオ・ドラグニクスがゼフィルカイザーを追い回す背後――
『あ、ぎゃああああっ!?』
『助け、助けてくげぇっ』
スケアリィ・クロウは淡々と魔動機を仕留め、操縦者の命を刈り取っていった。
まるで、お前たちは後回しだと言わんばかりに。




