025-006
『なっ……え、これは……り、リ・ミレニアの魔動騎士団? 一体どういう――』
『どういうつもりだリュイル、他の連中も!!』
スマートの戸惑う声を掻き消してのトーラーの怒号に、闘技場全体がビリビリと震える。その一声に、闘技場の魔動機たちは恐れおののく。だがリオ・ドラグニクスは恐れるどころか逆上した。
『どど、どういうつもりじゃと……!? それはこっちのセリフじゃ!
父様の仇を討とうともせず呑気に観戦などしおって! 何が十二神将か! 貴様なぞもう要らんわ
『ッ!! ああ、俺様も、お前らに甘すぎた……! 行くぞ、インカ!』
『待てトーラー!』
顕現のために魔力を繰るトーラーに、インカーリッジに警鐘を鳴らすのと――トーラーの脇腹を、鋼の刃が貫くのは同時だった。
「あ――な――」
「どれほど強大な魔力を持とうが、生身が脆ければ話にならん。機体に乗る直前こそが、魔動騎士にとって最も警戒すべきである」
トーラーの背後、何もないところから剣の刃が伸びている。その主を不可視足らしめていたものが振り払われる。現われるのは、人の形をした竜だ。
「ラッ、キー……?」
「所詮は下民の生まれ――母の教えも無駄だったということか」
「お前、なんでこんな――」
「……結局あなたは、我のことも見えていなかったんだな、兄者」
どこか悲しそうにつぶやいたラクリヤは、しかし次の瞬間、トーラーを蹴り倒した。その勢いで剣が抜け、抉られた傷からは血がとめどなく溢れていく。
「このっ……よくもトラさんを……!!」
近場にいた観客がラクリヤへと殴りかかる。トーラーに恩でもあったのかその表情は怒りに染まっていた。だがラクリヤは振り向きざまに横一文字に一閃。何の感慨もなく男を両断してのけると、壇上にある神剣とコアを睨み付けた。
「と、トラさん……!?」
『落ち着けアウェル! パティ!?』
試合中は切っていた通信機へと急ぎ通信を飛ばすゼフィルカイザー。ゼフィルカイザーとてこの事態に動転しているが、アウェルの取り乱しようと足の激痛のおかげでかえって平静が保てている。
(ぐっ……決勝戦だのなんだのに横槍突っ込んでくるのは常識っちゃあ常識だが……!)
だが、そんなものを意識していて立ち回れる相手ではなかったのも確かだ。
通信機からは、こちらも切羽詰まった声が響く。
『もうシア姉が突っ走って行きました、シングさんたちと追いかけてます!』
その声と、ラクリヤ目がけて青ざめた剣閃が迸るのは同時だった。その直撃点から竜鱗のきらめきが砲弾のごとく吹き飛んでいく。ゼフィルカイザーは心中で合掌した。
『蛮族に喧嘩を売るからああなる……奴らの狙いはおそらく神剣とコアだ、ハッスル丸は』
『なんか女の人たち引き連れて走って行きました。騒ぎを大きくして、観客を逃がすって』
言うなり、観客席のあちこちで爆発が起こった。どれも光と音で驚かす程度のものだ。それが引き金になったのか、観客が次々と逃げてゆく。細かく見れば、それを誘導する者がちらほらといる。
何の仕込みもなくできることとは思えない。ハッスル丸はここまで読んでいたのか。そうなると大会期間中の女遊びもカモフラージュだったのかもしれない。なにせ食わせ物だ。
『忍者ならお手のものだろう、任せる』
『それよりゼッフィーは無事なん!?』
『早く逃げてくださいですの!』
『私は問題ない、機を見て何とかするからお前たちも無事でいろよ……!!』
ゼフィルカイザーは矢継ぎ早に告げ、通信を切った。
「……で、どうするこの状況。両足は」
『あまりよろしくないのは事実だな。駆動系もダメージがある、歩行は困難だ』
四方八方、ヌールゼックや古式魔動機に囲まれている。数はリオ・ドラグニクスを含めて17、そして半分以上が魔道銃を装備している。数の上で見れば、かつてないピンチだ。
『加えて武器弾薬はゼロと来ている。左腕も正直使い物にならん』
左腕は突き刺さった杭を分解吸収している最中だ。これに比べれば足の激痛も大したものではない。
ヴァイタルブレードがあるにはあるが、ほとんど板切れだ。当てにはできない。
「フェノメナ粒子は」
『さっきの一時的なトライアルで若干はチャージできたが、状況をひっくり返せるほどではない』
ついでに言えば、今のアウェルは先に比べれば冷めてしまっている。トライアルドライブも発動は困難だし、故に修復機能のブーストもない。
『く、くくく……!! この軍勢を前に身動きもできぬとは、所詮は魔力無き下民よのう。
魔力無きものは這いつくばり、魔力ある者が上に立つ……この世はかくあるべき、かくあるべきなのじゃ!』
「リュイウルミナ、てめぇ……!!」
『下民の分際でまたも朕の名を……!!
……まあいいじゃろ。貴様は、貴様だけは機体から引きずり出して生きたまま八つ裂きにしてくれる』
以前のリュイウルミナよりどこかたどたどしい発音と共に、幼稚な憎悪と殺意がアウェルへと向けられる。
ガルデリオンの研ぎ澄まされたものとも、ハクダやバイドロットの手慣れたものとも違う。だがそれ故に、アウェルの背筋に寒気が走った。生まれて初めて、アウェル個人へと向けられた殺意に。
そんな折に、スケアクロウがとうとう限界を迎え爆発した。破片がいくつも飛び散る中、一つ大きな塊が転がり出てきた。
あちこち火のついた塊は地面に落ちると、ばたばたと転がり出した。展開されるのは翼や鳥の足だ。
(やっぱりそっちか……!?)
丸々と太った鳥は、火の赤と焼け焦がされた黒に覆われていた。外見だけ見ればそういう代物だ。
あの化け物のようなパイロットがあんな見てくれということにカメラアイが絞られ点になるゼフィルカイザー。
ゼフィルカイザーだけではない。魔動騎士団の面々も、一触即発の空気をぶち壊すが如きコミカルな様子にあっけにとられていた。
鳥は火を消そうとしているのか必死に転げまわり――爆ぜた。飛び散るのは血肉ではなく謎の液体、そして、液体と共に詰まっていた何者かだ。
液体を振り払うと現れるのは、擦り切れた空色の羽毛。
せき込みながら同じ液体を吐き出して、深呼吸。空気を吸って吐いて、一言漏らした。
「くるっぽー……懐かしいな、このクソマズい空気は」
観客たちもほとんどが逃げて閑散とした司会席、トーラーを抱きかかえたセルシアは血相を変えていた。
「トラさん、しっかりして! くっそ、血が……!!」
歯噛みする間にも、抉られた傷から血が流れおちている。どんな傷だろうがすぐ治る母譲りの体質がために、応急処置は最低限にしか知らない。それ以前にこれだけの重傷、専門家でなければ手出しのしようがない。
ただ、トーラーからどんどん生気が失われていくのだけはわかった。父と同じように。
そのセルシアを、何者かの手が押しのけた。
「ちょっ……なにすんのよ!」
「素人は黙ってなさい」
有無を言わさずトーラーの服を引き裂いて治療を始めたのは、黒毛皮に片角の女。何度も行っている八百屋の店員だ。慣れた手つきで傷口に治癒の魔法をかけ始める。
「え……あんた、その」
「命の保証はする。けど、それ以上は五分五分ね」
『ありがたい。それにセルシア様も』
ディーの言葉に答えたのは、トーラーの虎面だ。
『血さえ止めてもらえれば、我の威信にかけてこやつは死なせん。我はそうしたもの故』
精霊機の特殊能力かなにかか。顕現もせずにそうしたことができるのかと思うが、びちびち跳ねる自分の本来の剣を思い出してげんなりとする。
どうにかなりそうな一方、セルシアでは手の貸しようもない。闘技場に目をやり、囲まれたゼフィルカイザーの姿に目を見張るが――残骸から転がり出た、青い人影。それに、セルシアはただ首を傾げた。
「……なに、あいつ?」
セルシアは、その男に何一つ感じなかった。
ガルデリオンのような鍛えられたゆえの手強さも、自分の母親のような圧倒的な存在感も、ワンコルダーのような得体のしれない凄みも感じない。
セルシアの全感覚は、そこにいる青い鳥が只者だと告げている。はっきり言って、何の脅威にもならない。
それが異常極まりない。アウェルとゼフィルカイザー相手にあれだけの戦いぶりを見せた者が、只者のはずがないのに。
『ッ、セルシア様!』
インカーリッジの声が突如こわばったのとセルシアが身をひるがえすのはほぼ同時。返した刃が、剛速の斬撃を受け止めた。衝撃は、母のそれには及ばぬものの、ガルデリオンのそれを遥かに凌駕していた。
「あれで仕留めたと思ったか、女」
セルシアをしてはるかに見上げる位置から、竜の如き面相が睥睨していた。
鳥の形質。鋭くも丸みを帯びたクチバシの形は、何度か聞いたその名もあって鴉を髣髴とさせる。
だが、黒くはない。かといって白くもない。青い鴉、というなんともちぐはぐな姿があった。羽先や足の継ぎ目、頭のわずかな羽だけが黒い色を残している。
青い鳥の姿に、ゼフィルカイザーもアウェルも、リュイウルミナや魔動騎士団とやらの魔動機たちも、誰もが言葉を失っていた。
底抜けの蒼穹のような空色の羽。下履き以外は何も身に着けていないせいで、それがより強調されて映る。僅かに残った黒色もあって、その毛並みは黄昏も過ぎた禍時を思わせる。
ぞっとするように青い空色。だが、それを美しいと取る者はいないだろう。
あちこちがよれて縮れた羽毛に、ぼろぼろの風切り羽や尾羽。なのに色鮮やかに過ぎる翼の青は、どこか作り物めいてすらいた。
全身至る所が痩せこけて、羽毛の上からでもところどころに骨が浮いて見える。出会ったころのアウェルとてもう少し肉付きはよかった
有体に言って、男、渡九郎は死に体だった。
だからこそ理解できない。こんな男が、あの機体を駆って、ゼフィルカイザーをあそこまで追いつめたのか。
『先ほどまでのはパイロットスーツで、液体で満たすことで慣性を和らげていたのだろうが……』
自分で言っていて、まるで説得力が感じられない。それほどまでに、渡九郎には死の匂いが付きまとっていた。
(大体、機体が吹っ飛んでなんで生きてる!? 普通死――いや、死なない奴多いけどさ。セーフティーシャッターとかいろいろで)
中にはギミックなしで自爆しておいて、死ぬほど痛いだけで済んだ奴もいる。だがそれはアニメの話だ。これは間違いなく現実のはずだ。そんなことが許されるのか。いやセルシアらへんなら無傷で済みそうだが。
いろんな意味で理解を拒みたくなる状況の中、ゼフィルカイザーの視界にシステムメッセージがよぎった。
(なんだ一体――ッ!?)
【未知の電波信号を感知 音声通信と判断】
【受信しますか?】
この世界に無線通信はゼフィルカイザー内蔵のものと、彼が製造した物しか存在しないはずだ。それ以外にあるとすれば――
即座に受信を選択したゼフィルカイザーに、通信が入る。暗号化もなにもない、原始的な電波によるアナログ通信だ。
『――てる? 聞こえてる? そこの白い機体』
「おわっ、なんだ!?」
『お、通じた通じた。やっぱり電波通信が通じる機体だったか』
聞き覚えのある声だ。
『……キ印技研、キティ・グリーニンか? 生憎こちらは取り込み中だ』
『察しがよくて助かるわね。要件は単純よ。助かりたいなら手を組みなさい』
「なんだって?」
『ちょっとでいいから、そこの青いのを守って頂戴。そうしたら助けてあげるわよ。ついでに、帝都からの脱出も手引きしてあげる。どう?』
「……どうする、ゼフィルカイザー?」
『この状況だ、受けざるを得まい。だが――本当に打開できるのだろうな?』
『……さっきの試合からして、自律駆動の機体かとは思ってたけど、まさか本当にそうだとはね』
ゼフィルカイザーのメインフレームに寒気が走った。パトラネリゼの知識欲を、より濃厚に煮詰めたようなものが伝わってくる。まるで、パーツ一片余さず分解されるような解体欲求が。
考えてみたら通信先の女はあのマッドサイエンティストで、しかもツトリンの姉貴分だ。このまま通信を続けたらウイルスでも流し込まれるのではなかろうか。
そうしている間に、外でも動きがあった。
『き、貴様が……貴様が、皇帝殺しだと言うのか?』
リュイウルミナがその注意を渡九郎へと向ける。九郎は濡れた翼を振り払いながら、気だるげに首肯した。
「その機体をぶち抜いた奴って話なら、確かに俺だ。つーか、二度とやり合いたくないからコアも乗り手もきっちりぶち抜いたはずなんだが」
声はしゃがれて老人のようだが、うっとおしげに話す様は若々しい。トーラーやゼフィルカイザーと変わらないくらいではないだろうか。
『なれば……なれば、貴様が殺したのじゃな! 帝位を継ぐべき朕の父を!』
「前に乗ってた奴がお前の父親ってんなら、そうなんじゃねえの?」
何の興味もないと言った様子にあくびをする渡九郎だが、何か不調でもあるのか、その体がよろめく。その様に、リュイウルミナははっとした様子で下知を下した。
『何をしておる貴様ら! 父の、第二皇子エゼルカインの仇ぞ! 撃て、撃つのじゃ!』
慌てた様子でヌールゼックたちが魔動銃を構える。リオ・ドラグニクスも両手を青い鳥へと向け――
「させるかあああっ!!」
全力でのブースト移動。動かせない足を引きずり、寸でのタイミングで割り込んだゼフィルカイザーは右手で粒子の壁を展開した。粒子光の膜が魔動銃の砲撃悉くを弾く。だがリオ・ドラグニクスのものだけは完全に無効化しきれず、減衰したものがゼフィルカイザーを次々と撃つ。
『がっ……!!』
『ええい、邪魔立てしおって……!!』
腹立たしげなリュイウルミナは弾幕をさらに強める。粒子の壁をさらに濃くするが、片腕ということもあって無効化しきれない。おまけに粒子量はどんどん減っていく。
対する渡九郎は、呑気な様子でその光景を見ていた。
「おー、やっぱすごい機体だな。これで魔力も要らんってのは凄いもんだな」
「おっさん、いや、おっさんでいいんだよな!? あんたなんで平然としてんだ!?」
「いや、死にそうなのはいつものこったし。つか、お前……お前らか? 動けるならさっさと逃げろよ。オレに関わってると、巻き添えで死んじまうぞ?」
この破壊の暴風雨の中、青い鳥は奇妙なくらいあっけらかんとしていた。粒子の壁を貫通してくる弾が間近をかすめても、それ以前に未知の粒子が舞い散る間近にいるというのに、まるで平然としている。前言の通り、それが日常であるかのように。
村を出て、いろんなものをアウェルは見てきた。凄いものやろくでもないもの、恐ろしいもの、世の中には様々なものが溢れていた。
理解の範疇を超えたものも、無論あった。だが――この青い鳥ほど、理解できないと思ったものは存在しない。
アウェル同様、魔力がないながら、魔力に依らず動く機体の使い手。
なにもかも違う。セルシアはそう言ったし、アウェルもそうだろうと漠然と思っていた。
だが違う。本当に違う。思想や才能とかではなく、なにか生物としての根幹がズレている。
口ぶりは気さくで、先ほどまでしのぎを削り合っていた相手と同一とはとても思えない。しかし、ここは戦場だ。周りは全て敵で、最強の魔動機を筆頭とした魔動騎士団が、アウェル達と渡九郎へ殺意を叩きつけてきているのだ。なのに平静そのもの。
セルシアとは違う。セルシアも常在戦場の性質だが、彼女は日常と戦時を切り替えている。そのあたりはあのヘレンカとて同じだろう。それにあの二人は、勝てない戦はまずしない性質だ。
それからすれば、日常が死地そのものとうそぶく渡九郎の有り様は、アウェルの理解を超えている。
『おいアウェル、ぼーっとするな!』
「あ、わ、悪い!」
「おお、機体が喋ってる。俺の杭打機を受けにきたのはそっちか。
その杭だけは前の機体からの愛用だったんだがな。いい魔剣を素材にしたとかで」
『この状況で平然としていられるのには恐れ入る。
貴様の上司だか雇い主だかからの依頼だ! 貴様を守れとな』
「キ印の奴か。余計なことしやがって」
『余計とは、大した言いぐさね、失敗作』
上空からの声に、空を見上げるゼフィルカイザー。魔動騎士団も打ち方をやめ、上を見上げる。だが見えるのは空と、それを両断する大蜘蛛の足と、その向こうの天津橋。
だが、そこに新たな機影が影を落とした。フォッシルパイダーの足から、何かが落ちてくる。魔動騎士団が慌てて狙いを定めるが、落下速度のほうが早い。その機影は各部のブースターを噴射すると、渡九郎目がけて落着した。
『なっ……!?』
地響きとともに砂煙、そしてそれとは違う煙が闘技場に立ち込める。着地と同時に煙幕が噴出するようにでもなっていたのだろう。
(おそらくフルークヘイム本部あたりから、あの足の上を走ってきた、そういうことなんだろうが)
煙に各機視界を奪われる中、がちゃがちゃと金属音がした後に、スケアクロウのそれに近い駆動音が鳴り響く。
一体何が起こっているのか、わからないゼフィルカイザーではない。何よりゼフィルカイザーの高感度聴覚は会話を聞きとめていた。
「早く乗りなさいよ――って、あんたスーツは!?」
「焼けた」
「何やってんのよ!? あれいくらすると思ってるの!?」
「生きてるんだから儲けもんだろ。早くどけ、とっとと片付けるぞ」
(……ヒロインの持ってきた機体に戦場で乗り換えとか、それ主人公のやることだよな。なんであいつらがやってんの? それ俺らがやるこっちゃないの?)
それをされたらゼフィルカイザーが捨てられるのだが。
何も起こらないのを隙と見たか、ヌールゼックが二機、煙幕へと突っ込んでいく。
『やらせるかよ!』
『くたばりやがれ、老害がぁ!』
『しまっ――』
駆動音目がけて駆けてゆくヌールゼック。だがその二機を、つんざくような金切音が迎え撃った。
煙幕の中から飛び出て来た腕のようなものが、機体のコアに爪らしきものを突き立てていた。金切音の発生源はその爪だ。
しかしそれは本当に腕なのか。完全な円筒形に、鍬の刃のように婉曲した刃が三枚、等間隔に装着されている。手というにはあまりにも工具的な爪が、コアの周囲、コアと魔動機の継ぎ目の部分へとめり込んでいく。
「あれは、ムーの機道奥義と同じ――」
『高周波ブレードか!?』
振動の伝達のせいだろう、二機のヌールゼックはガクガクと機体を振るわせ、反撃もままならない。
刃が完全にめり込んだところで、腕が一回転し、引き戻される。クローにはコアとその周囲の部品が掴み取られていた。
この場合は不幸なことに、ゼフィルカイザーのカメラアイは捕えてしまっていた。振動と音にやられたのだろう、耳から血を流したパイロットが悶えているのが。
『コアだけを抉り取る、そのための武装――ッ、待て、やめろ!!』
ゼフィルカイザーが制止するが、遅かった。いや、それ以前に聞くような相手ではなかった。二本の腕は抉ったコアを放り捨てると――その腕を、開口部へと突き入れたのだ。
金属音と引き戻された爪は、血と臓物の赤に染まっている。エキシビジョンの時のパイルバンカーのように。
「あ、あれ、死んで――」
アウェルがその光景に青ざめる。
人の死を間近で見たことはある。
トメルギアでどれだけ死体を片付けたかは思い出すだけで億劫になる。
それにアウェル達とて、人間を仕留めたことはある。だがバイドロット配下の邪教徒は跡形も残さず崩れ去ってしまった。それからすれば、その死はあまりに生々しかった。
誰も彼もの戦慄をくみ取ったかのように、闘技場に風が巻き、煙幕を晴らしていく。影絵のようにたたずむ猫女を伴い露わになった機体に、今度こそ言葉を失った。
有体に言って、それは人の形をしていなかった。
白い流線型の、近未来的なラインの装甲は、しかしゼフィルカイザーとは似ても似つかない。胸部が鋭く突き出ているのが特徴的だ。
両手は今見たとおり、円筒形の腕に爪が三本。両足はと言えば膝が本来とは真逆の方向、背後に向けて曲がった構造。いわゆる逆関節構造だ。
頭に当たる部分は一見して存在しないように映る。だが流線型の胴体の一部にカメラアイらしいものが固まってラインを描いている。胴体のフォルムと同化するデザインなのは、偽装のためだろうか。
両肩にはシールド、それに右にミサイルポッド、左に大型のキャノン砲と見覚えのある武器が並ぶ。
その一方、背部には謎としか言いようがない構造体が搭載されていた。まともな装甲も無く、複雑な機構が繋ぎ合わされた部位。しいて言うなら下部にある円筒形のものがタンクだと推測できるくらいか。
『あれは――人型機動兵器、なのか!?』
ゼフィルカイザーですら、異形の機体をどう呼んでいいのか分からない。だが歪に見えて芯の通ったデザインラインが目的とするものは、今十分すぎるくらいに見せつけられた。
魔動機を殺すための機械。あれはそういうものだ。
『機体名は』
「電動機、"威し鳥"」
『相変わらずのネーミングセンスありがとうキ印』
「どーいたしまして失敗作――」
言い切る前に、キティの姿がはじけ飛んだ。魔動騎士団の魔動機が、手にした魔動銃で砲撃を放ったのだ。
狙ったものか外したものかはわからない。だが――機体製作者が、雇い主だろう存在が消し飛んだというのに、なんら気にした様子もなく、白の機体は血に染まった両腕を振り払った。
『そんなに怖がるなよ。なぁに――死ぬ時間が来ただけだ』




