005
青い巨人が猛然と突っ込んでくる。だがゼフィルカイザーは不動、そのままの位置で受け止める構えだ。
『足回りがまだ修復できていない、密着して力でねじ伏せるぞ!』
『わかった! あとセルシア、その辺に隠れててくれ!』
「あいよー」
セルシアが姿を消すと同時、眼前に迫ったベルエルグが右腕の鉤爪を振り下ろしてくる。だが、
『やらせるかっ!』
アウェルはそれを難なくガード。
速度が乗り切る前に左腕で爪を受け止め、その体勢から右拳を打ち抜いた。
先日のガンベル同様、ベルエルグが砲弾と化して吹き飛ばされていく。が、
「やったか!?」
『アウェル、それは言ってはいけないセリフだ! やっていないぞ!』
ベルエルグはステップを踏んで減速し、危なげなく着地した。
拳は左の盾で受け止められたようだが、それにしても妙である。その答えはゼフィルカイザーが出した。
『奴め、拳が当たる瞬間に後ろに跳んで威力を減衰させた!
殴った時に威力が抜けるような感触がしたのだ!』
なによりその機体の身のこなし。最初ガンベルを見たときには手の仕草など人間と変わらないように見えたが、眼前の青い魔動機に比べればまるでゼンマイ仕掛けのブリキ人形だ。
再度迫ってくる青い機体の身のこなしは人間と同じかそれ以上。
少なくともゼフィルカイザーが生きてきた21世紀の地球にはこの機動をこのサイズで実現する技術は存在していない。再度鉤爪による攻撃。だが、
「くそ、さっきよりも早い!?」
先ほどの一当ては様子見だったと言わんばかりに、鉤爪の動きが早くなっている。その上こちらの間合いを見切ったとばかりに両腕の届く範囲よりも外からの攻撃。
ガードする両腕の装甲に、少しずつ傷が刻まれていく。
(くそ、引っかかれたような痛みが! ええい、だがどうする!?)
粒子残量はほとんど回復していない。なのでビームは武器としては実質使用不可能だ。
ミサイルは現在6発装填されているがこの近距離で使うとこちらもダメージを受けかねない。そうなると、
『アウェル、ヴァイタルブレードだ!』
「おう!
……ってなんのことだ!?」
『剣のことだ!』
「紛らわしいから先に言っといてくれ!」
猛攻の中、後ろ手で抜いた剣を力任せに叩き付ける。だがベルエルグはバックステップでこれを回避。間合いが空いたところに、
『ミサイル! 沈め!』
右足の三発を発射。白煙を引いてベルエルグにミサイルが迫る。だが、
『機道魔法・サンダーウェブ!』
ベルエルグの両肩のアーマーに配置された球状の物体から雷撃が迸った。
雷撃を浴びたミサイルは三発ともその場で誘爆、爆炎を巻き上げる。
『機道魔法が使えるとか、正真正銘の古式じゃないか!
つくづくなんであんなもんがこんなところに!?』
アウェルが狼狽し、機体が後ずさる。だが実戦の中でその隙は致命的だ。
結果、黒煙を裂いて飛んできた物体を避けることができなかった。
飛んできたのはベルエルグがあちこちに備えていた短いダガーだ。煙の向こうから投げてきたのだろうそれが左肩に突き刺さる。
先ほどの引っかくような痛みとは違う、肉に刃物が突き刺さるような痛みがゼフィルカイザーを襲うが、それは序の口だった。
『スタンボルト!』
『ぐあああああああ!?』
雷撃の矢が、左肩装甲に刺さったダガーナイフに向かって正確に"落ちた"。
全身を雷撃の痺れが襲う。日本で日常生活を送っていれば絶対に味わうことのない苦痛に、脳髄的な場所に火花が走る。
幸いというか雷撃は単発のものだったらしく、痺れも2,3秒で済んだ。しかしそれだけでも意識が飛びかかり、
「だ、大丈夫かゼフィルカイザー!?」
不安げなアウェルの声に明滅していた意識に喝が入る。
『なんとか、な。とりあえずこの刃物を抜いてくれ』
指示のとおり、肩に突き刺さったダガーナイフが引き抜かれる。ひりつくような痛みが損傷部に残るが、気にしていられる状況ではない。
『ライザースペル、と言ったな。それはなんなのだ』
「魔法文明のころの魔動機には、魔法使いの修行をしてなくても魔法が使える機能がついてたんだ。それが機道魔法。
古式って言われる魔動機はその機能をちゃんと維持してる機体のことだっておっちゃんが教えてくれたんだ。
でもオレも動いてる古式魔動機を見るのはこれが初めてだぞ」
『なるほど、な』
この世界にあるロボットは魔法の力で動くものだと光る元凶は言っていた。ならば、そうした機能を持っているのも不思議ではない。
『とにかく反撃だ。フォールウェーブで奴を捉えるぞ!』
「なあ、さっきの剣の名前といい、それなんなんだ?」
『武器や技の正式名称だ。機能欄で確認した』
無論、大嘘である。遭難中の夜の番の最中にあれこれ考えながら付けた名称だ。
『とにかく剣を奴に向かって振るのだ!』
それでゼフィルカイザーがどういう指示を出しているのか理解したのだろう、アウェルは間合いを気にせずに紫電を走らせるヴァイタルブレードを振りぬいた。
重力波がつむじ風を伴ってベルエルグへと突き進み、
『その手は食わないよ!』
至極あっさりと避けられる。
サイドステップでつむじ風の機動から逃れたベルエルグはそのまま再度ダガーナイフを投擲。
今度は同時に三本飛んできたそれをゼフィルカイザーもバックステップで避け、
『ぐ、がああああ!?』
激痛に身をよじり、膝をついた。ゼフィルカイザーの視界にもコックピットの画面にも同様のメッセージが走る。
【両脚部関節に過負荷】
「なんて読むんだコレ!?」
『脚部がまだ十分に修復されていない!
あまり極端な動きはできないぞ!』
(俺が痛いだけじゃないってわけか……!)
痛みが危険信号を兼ねていることがはっきりとした。だが状況はそれどころではない。
不可視の重力波すら避けてのけた相手は、敵手の明らかな不調を見て取り、舌なめずりする。
『手下からの報告どおり、どうも重力系の機道魔法を使うようだね。
でも種が割れてればどうってことないんだよ。
それに足回りが悪いようだね。なら一気に止めを刺させてもらおうか!』
リリエラの文字通り殺し文句とともに、ベルエルグが間合いを詰めることなく右腕を構えた。三本爪がゼフィルカイザーに狙いを定め、
『アウェル気をつけろ!
おそらくあのクローが飛んでくる、避けろ!』
言葉通り射出されたクローを、ゼフィルカイザーが紙一重で回避。そのままベルエルグへと踏込み、間合いを詰める。
脚部絡みのアラートが多数表示されているが今を切り抜けねば話にならないのだ。そのままヴァイタルブレードを振りかぶり、
『これを読むとはやるね、だが甘い!』
ベルエルグが腕を捻る。飛んで行ったクローにはワイヤーが繋がれていた。
それが弧を描いてゼフィルカイザーを雁字搦めにしていく。あと二歩のところでゼフィルカイザーの足が止まった。そこに、
『機体をこれ以上傷つけるのは忍びないねえ。
中身だけ黒焦げになってもらおうか!』
ワイヤーを伝って、莫大な量の雷撃が流し込まれた。先ほどの雷撃のように一瞬ではない、稲光が絶え間なく流し込まれる。
『あばばばばばばばばばががががががががが、あ、あああぁぁぁぁ』
機体から悲鳴の声があがり、そしてそれが徐々に小さくなっていく。
きっちり30秒で雷撃は収まった。カメラアイから光が消え、ゼフィルカイザーが膝をつく。
『ふん、センスは悪くなかったがね。こればっかりは年季ってもんだよ、年季。……年季、か。はぁ……』
ため息をつきながら獲物を確認するために白の機体へと近寄る。
近くで見るとその異様に思わず息が止まる。とにかくワイヤーを解いたあとコックピットの掃除をしなければ。
そう考えたところで、右腕の篭手の部分、ワイヤーの基部をパージして後ろへと飛びのいた。ほぼ同時、ベルエルグのいた場所を歪みの一閃が薙いだ。
『なんでだい!?
あれだけの電撃を受けて無事でいられるはずが……!?』
眼前にはカメラアイを再度点灯させ、軋みをあげながら体勢を取り戻していくゼフィルカイザーの姿。
「動けるか、ゼフィルカイザー」
『ぶじじゃないが、ぶじだ、がが』
アウェルの声に震え声で答えるゼフィルカイザー。
大量に流された電撃は全身を伝いはしたが、コックピットや主要機関にはほとんどダメージを与えていなかったのだ。せいぜい装甲が熱で煤けたくらいのものである。
(全地形対応だもんな。宇宙線防げるんなら並みの電撃くらい大したことないのか)
もっともそれは機体そのものの話だ。アウェルに被害がなかったのは幸いだが、ゼフィルカイザー自身は絶え間ない電流の痛みでかなり意識が朦朧としている。
また、ダメージを受けた部位が無いわけではない。
【両脚部関節負荷許容限界】
電撃の熱で脚部が本当に参ったらしくアラートが真っ赤に染まっている。
熱を持った足を持ち上げようにもまるで動かない状態だ。
もっともそれは相手も同じである。
完全に避けきることはできなかったのだろう、ベルエルグの左足の脛の装甲が抉れている。その中には銀色の鋼線を束にしたようなものが輪切りにされているのが見て取れた。その上、
「くっ、魔力を使いすぎたか……」
ベルエルグのコックピット内で、リリエラも汗を流しながら歯噛みしていた。
魔動機は搭乗者の魔力によって動く。無論、機道魔法もエネルギー源は搭乗者だ。そしてその量は個人差こそあれ有限である。
先ほどの雷撃は確実に止めを刺すつもりのものだったのだろう、十二分以上の魔力を注ぎ込んだリリエラはすでに疲労困憊していた。
もっともゼフィルカイザーもアウェルもそれを知らない。再度撃墜される可能性から、ミサイルを用いる判断ができないでいる。双方、決め手を欠き満身創痍の状況である。そこに、
【弾丸生成完了】
メッセージが流れた。即座にゼフィルカイザーは動く。アウェルに説明する間も惜しいと判断したゼフィルカイザーは操作を自分の側に移し、右腰のアーマーに備えられたマガジンを取り出してヴァイタルブレードにセット。即座に操作をアウェルに戻し、
『アウェル! ヴァイタルブレードの切っ先を画面上の照準へと合わせるのだ!』
「わかった、任せろ!」
画面上に出たロックマーカーに従い狙いを定めるアウェル。
同時、ヴァイタルブレードの板状の刀身が音叉のように二つに割れた。
『何をするつもりかしらないけどやらせないよ……!』
ベルエルグは左腕の丸盾を取り外すと投擲の体勢を取る。ダガーナイフでは決定打にならないと判断したためだ。
丸盾がオーバースローで放たれる。風切り音を放ちながらゼフィルカイザーへと迫り、
『エネルギーフルチャージ完了、アウェル、撃て!』
大気の爆発が空間を穿った。
重力式レールガン。
その名の通り、牽引場と斥力場を多重展開することで弾体を加速して射出するレールガンだ。
発射されたレールガンの弾丸は水蒸気爆発を伴い飛翔、射線上にあった丸盾を粉々に打ち砕き、そのままベルエルグの左肩のアーマーをわずかに掠った。
たったそれだけで、ベルエルグの左腕が根元まで砕け散った。
破壊はそのまま広場を切り裂き、背後にあった丘を50m近くにわたって抉り飛ばした。
リリエラは何らかの遠距離攻撃を行ってくることだけは読んでいた。だから回避体勢を取っていたのが功を奏したのだろう。
盾の犠牲で威力と射線が逸れていなければ。そして避けていなければ、今頃ベルエルグの上半身が粉々になっていたことは想像に難くない。
衝撃に脳を揺らされながらもリリエラは見た。焼けた大気の向こうで、なおもこちらに狙いを定める白い機体。それはリリエラに死を覚悟させた。
だが、いくらか待てども第二射が行われることはない。狙いを定めているだけだ。どういうことなのか、と首を傾げたところに、
「見逃してやるってさ、さっさと逃げな」
背後から声がかけられたそこには最初に逃げていた赤い髪の娘の姿。
さらにその背後には、
『お、お前たち!?』
半分以上がのされ、半円で少女を囲みながらも斬り込めないでいる手下たちの姿。他の仲間が近すぎるためだろう、2機のガンベルも手を出しかねている。少女はそれを意に介すること無く続ける。
「あんたも満身創痍だろ。ここらで痛み分けにしとかない?
じゃないとあたしもここからは手加減してらんないよ?」
肩に担いだ剣を抜く少女。刃は一点の曇りもない。
この少女は剣を抜くことすらせずに自分の手下たちと渡り合っていたということだ。見たところ息のない手下などはいない。
引き際か、とリリエラは判断。元々お礼参りなど口実に過ぎないところに欲をかいた自分のミスだ。
『……約束は守るんだろうね』
「こっちもそこまで暇じゃないんでね」
リリエラがベルエルグから降りると、最初に呼び出された時のようにベルエルグが地面に描かれた魔方陣へと吸い込まれていく。
あたりに飛び散った破片やゼフィルカイザーに絡みついたままのワイヤーも同様だ。
「お前ら、撤収するよ! ほらさっさと急ぐ!」
「で、でも姐さん」
「相手が悪かったんだよ。これ以上やってみんなで死ぬかい?」
「へ、へい!」
口答えする手下を一喝、蹴りを入れて急かす。
意外と統率がとれているのか、蛮族のような風体とは裏腹にスムーズに撤退していく。
最後、殿というように残ったリリエラが、セルシアを改めて見る。
見て、その整った顔、赤い髪を見て、最後に剣を見て、有りえないものを見たというように目を見開き、
「――嬢ちゃん。あんた、両親の名は?」
「あ? なんでんなこと教えなきゃいけないのよ」
「いいから答えな。こっちも退いてやるんだ――あたしが気づいてないと思ったかい」
それまで余裕ぶっていたセルシアが渋い顔をする。剣を鞘に収めながら、
「父さんの名前はナグラス。母さんはいなかったし、名前も知らない」
「……そうかい。そういうことだったのかい……ナグラス卿はどうしてるんだい?」
「ナグラス、きょう?
……死んだよ、ひと月前に」
その時リリエラに浮かんだ表情はどう形容すればいいものだったのだろうか。ただ、それが自分にまったく無関係の物ではない、それだけはセルシアにも理解できた。
妙齢の女は息をゆっくりと吐き、吸って、また吐いて、
「リリエラ・ハルマハット。あんたらの名前は」
「……セルシア。あれに乗ってるのはアウェル。
あとあの白いのは……なんだっけ?」
本気で頭に入っていないという顔で首を傾げるセルシア。
その様にため息をつきながら、
「ま、いいさね、もう終わったことだ。
もしまた会うことがあったら敵にはなりたくないもんだ」
そう告げて、リリエラも森の中へと消えていった。
一党の気配が自分の感知できる範囲から無くなったことを確認したセルシアはそのままその場で180度ターン。白の機体に向かって全力疾走した。
そのままの勢いで跳躍、機体の胸部に手をかけ、コックピットハッチをガンガンと叩き、
「ちょっと大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
先ほどの余裕はどこへやら。
ハッチを空けたアウェルも、見たこともないようなその慌てぶりに狼狽する。
「オレは大丈夫だよ、でもゼフィルカイザーが……」
『しばらく動けそうにもない。すまない。それとセルシア、助かった』
ヴァイタルブレードを構えた腕を下ろす。画面には【修復中】【駆動系優先】の文字。
弾丸は一発しか生成されていなかった。
あの一撃で仕留められなかった時点でゼフィルカイザーはこけおどしに運を任せざるを得なかった。あの非常識な威力を前に逃げてくれればいいが、窮地に立たされたと考えて逆襲してくる可能性もなくはなかった。
セルシアが機転を利かせてさらにはったりを利かせなければどうなっていたかはわからない。
何より最後の会話からしてあの女頭目はこちらのはったりに気付いていたふしがあった。それでも退いたあたり、あちらも継戦能力はなかったのかもしれないが。
「あんたのせいでアウェルが危ない目に……!」
「セルシア」
ゼフィルカイザーに食って掛かろうとするセルシア。だがアウェルがそれを引き留めた。
「なによ」
「オレたち、勝ったぞ」
その一言にぽかんとするセルシア。だが、毒気の抜けた声で、
「ばーか。あれは引き分けっていうのよ」
「いーや、あのまま続けてもオレたちが勝ってたね。てか、セルシアが足壊してなけりゃもっと楽に勝ってたって」
『それには同意する』
「あんたらねえ。へーへーあたしが悪うございましたよ。
……あはははは」
「はははは」
『あっはっはっは』
三者三様の笑い声が森の中にこだました。
森を抜け、ようやく人里にたどり着いたゼフィルカイザーたち。
辺境の都市ミグノン。そこには異世界の文化、人種、料理、そして、新たなる出会いが待ち構えていた!
次回、転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~
第四話
初めての防衛戦 幼き賢者との出会い
(ファンタジーロボット路線だから仕方ないとはいえ、ロボット物っぽくないなあこのシチュエーション!)
次回もお楽しみに!