025-001
『くそっ、なんでだ!? なんで捕えられない!?』
もう何度目になるかの交錯を、スケアクロウはやはり容易くかわしてのけた。全速力で滑走する小鷹丸は、スケアクロウをまるで捕えられない。
『どういう種だ、どういう……!?』
声は戸惑いに満ちているが、攻撃には一部の油断もない。再度の斬撃。
だが、やはり当たらない。勘か、戦闘経験か、スケアクロウはすべての攻撃を最小限の動きでかわしてのける。
ある意味で走行機能の差がモロに出ていた。小鷹丸の速度の元となるのはあくまで小鷹丸の蹴り足によるものだ。脚部ブレードの摩擦を蹴り出す時だけ戻すという精妙な操作の難易度は、ともすればそれだけで機道奥義と言って差し支えないものだろう。
対してスケアクロウは、ローラーか何かはわからないが足踏みすることなく前後左右に機体を駆動可能だ。つまり、移動において予備動作を必要としないのだ。
とはいえ小鷹丸の速度は地上用魔動機の限界といっていいものだ。かすりもしないと言うが、逆を言えばかすっただけで終わる。事実、余波でスケアクロウの装甲には傷が少しずつ蓄積していた。
予備動作から先読みしているにしても、回避の挙動に何のためらいもないのは胆力云々で済ませていいものなのかどうか。
風を斬り裂きながら襲い来る小鷹丸に対して、スケアクロウは得物を構える。右のパイルバンカーではない。左手に持った銃型の武器だ。
『はっ、どんな武器だろうが、当たったところで――』
言い終わる前に、スケアクロウは引き金を引いた。銃口から勢いよく放たれたのは液体だ。それが小鷹丸に降りかかった。滑走し続ける小鷹丸の軌道を予測し当てたことも驚きだが、当たったものに対する当惑のほうが先に立つ。
『ああ? なんだこりゃ、水、いや――』
そして言う間に、小鷹丸が燃え上がった。液体燃料だ。それが、小鷹丸を炎で包んだ。
『なっ、くそっ、どうやって火を……!?』
全身の摩擦が減衰されているのだ。液体だろうが装甲の上に長くとどまりはしない。だがそれは表層の話だ。魔動機の装甲の随所にあるスポットに溜まった液体が燃え続け、そして機体を焦がしていく。
新物とはいえワンオフである小鷹丸は耐熱性は決して低くない。だからこの程度の炎でやられることはないのだが、視界が遮られるのが問題だ。それを振り払うために機体を一回転させ、炎を吹き飛ばしたところに――パイルが、迫っていた。
『――――ッ!?』
とっさの回避行動を取る小鷹丸。その回避すら織り込み済みだったというように、スケアクロウのパイルは小鷹丸の右肩を抉り飛ばした。
摩擦無効によって物理攻撃がろくに通らない小鷹丸相手に如何にして一撃を通したのか。だが、真に恐ろしいのはそちらではなかった。爆発音とともに、小鷹丸の左腕までもが吹き飛んだのだ。
モーターライザーの左手にあった武器はいつの間にか無い。予選の時のワイヤーガンと似た機構が仕込まれたそれは、パイルの一撃を見舞い駆け抜ける最中、小鷹丸の左腕にひっかけられていたのだ。
『なっ……て、めぇ……ッ!!』
両腕を失った小鷹丸は最早戦闘続行不可能。対してスケアクロウは、淡々とパイルバンカーを排莢して装填し、左手も予備のワイヤーガンを取り出している。
予選でも見た光景だ。シキシマル工廠に自動装填式の設計図が無かった時点で察しはついていたが、スケアクロウのパイルバンカーもボルトアクション式らしい。
『どこまでも容赦がねえな……大鷹丸に乗ってた義父も、そうやって殺したのか!!』
その言葉に。スケアクロウは初めて、動揺と言っていい挙動を見せた。そして小鷹丸も、その隙を見逃すことはなかった。機体に残ったミュースリルに全魔力を叩き込み、最終滑走を開始。両腕を失っても、小鷹丸には武器があった。
『義父の、カタキだ……!!』
元々そうした運用を前提としているのだろう、大きく上げた右足のブレードがスケアクロウを斬り裂きに走り――その軌道上には、スケアクロウのパイルが待ち構えていた。
爆音が迸り、金属が砕ける音が重なり、そして最後に擦過からの断裂音が響き――四肢を失った小鷹丸が、機体についていた速度そのままに地面を滑り転がっていく。
小鷹丸の機体制御が神技ならば、スケアクロウのそれは魔技とでも言えばいいのか。
ブレードの刃筋を真正面からとらえてパイルで打ち砕き、さらにその交錯の最中に小鷹丸の左足にまたもワイヤーをくくりつけた。余程頑丈なものなのだろう、小鷹丸自身の回転力によって、ワイヤーは残る左足をねじ切ったのだ。
言葉にすれば容易い。だが、現場で何が起こったのかを把握し切れたのは僅かも僅かだろうし、再現できるものなどこの世に誰一人としていないだろう。
突っ込んだ速度そのままに障壁に激突して停止する小鷹丸。大急ぎで救護班が飛び出し、小鷹丸操縦者ケセロニアの生存が確認され――スケアクロウの勝利が、ここに確定した。
『………………以上が、準決勝第二試合の記録映像だ』
自分の目から投影しておいてなんだが、目を疑いたくなる映像の数々にゼフィルカイザーの機械音声はやたらと震えていた。
「いやいやいや。なんというか……つくづく、なんなんですか、あれは」
「あの手のセコい手なら、あんたお手の物じゃないの?」
「拙者でござるか。確かに搦め手についてならば真似できぬわけでもないでござる。しかし拙者の手札で小鷹丸の守りを崩すのはちと難しいでござるよ。
なにせあの機体、装甲は古式のものを打ちなおしてござるからな。魔法による攻撃も通りが悪いんでござるよ」
『何故そんなに詳しいのだ』
「やり合った経験がござってな。とはいえ双方決め手を欠いたままでござった。まあ拙者の目的は足止めだったからよかったんでござるが。
しかしケセロニア殿はあの頃よりはるかに腕を上げてござる。だけに、あの小鷹丸をあそこまで破壊できるのは異常と言っていいでござる」
この非常識からしても、あの機体の乗り手は非常識らしい。
しかしもう一方の経験者は、なにやら首をひねっていた。
「……おかしいな」
「どうしたのよ、シング」
「いや、どこか動きが荒っぽいというか硬いというか。俺とやり合ったときは、もっと鋭く滑らかな動きをしていたと思うが」
「なによ、負け惜しみ? 自分に勝った相手があんなに弱いはずないー、とか?」
「ぐぎっ!? い、いいか!? 俺は事情があっただけだからな!? 真っ向勝負ならもう少しだな……!!」
『それを負け惜しみというのだが』
「…………ごふっ」
シング、崩れ落ちる。しかしシングの言を引き継いだ者があった。
「アニキの言うことも間違っちゃいないよ。小鷹丸は、アニキと戦ったときより明らかに動きが乱暴になってた」
『父親の仇討に気負っていたせいではないのか?』
「無関係じゃないだろうけど、そうじゃないよ。動きからして、あいつの杭打機でコアを狙われることを警戒してのことだと思う」
(パイルバンカーか。確かに毎度毎度アセンを変えているが、パイルバンカーだけは毎回持ってきているな。固定武装というわけでもなさそうなんだが)
「あれ? でも大会じゃ殺人は駄目ですよね。コア砕いたのだってエキシビジョンのときだけですし」
「それで安心できんやつっちゅうことや」
ツトリンが、どこか怯えたように呟く。
「あの皇帝殺しが魔動機をどう壊してどんだけ殺してきたか、一番知っとるのは当の反乱軍、今のフラットユニオンや。予選のときかて、ぶち抜く気満々にしか見えんかったやろ」
確かにそうだ。最終予選、スケアクロウは最後に残った機体のコアにパイルを突きつけていた。実際は撃たれなかったが、敵機に継戦の意志があったらどうなったか。
「ツトリン、なんでそんなに怖がってるんです?」
「そら、見とるからや、コアをぶち抜かれた魔動機の残骸を何度もな。
コックピットの掃除も手伝っとったしな。ウチなら、残骸が飛び散っとっても怪我せんし」
トラウマになっているのか、ツトリンの鈍色の肌が、どこかいつもより青ざめて見えた。
『辛いことを話させて、すまない』
「あ、いやいや、ええんよ。昔の話やしな。それに、殺すための武器作っといて言うことでもないて。
……今更やけどな。降りてもええんやで? 元々ウチの意地やからな。ねーさまの作品に勝ちたいのは確かやけど、そのためにゼッフィーとエルやんをアレの前に立たせるのは――」
「いや、やる」
ツトリンの言葉を遮って、アウェルは言い切った。
「大魔動機のコアはセルシアやクオルのために絶対必要だし、精霊機や災霊機と戦うためにも神剣も手に入れなきゃいけない。そうだろ?」
『ああ。だが、それだけではないのだろう?』
ゼフィルカイザーが尋ねると、アウェルは力強く頷いた。
「あいつは、魔動機じゃない機体を乗り回してる、オレ以外で唯一のロボット乗りだろ。
オレと同じで、自分で出してるのは操縦技術だけで、あとは全部機体の力だ」
「――あんたとあの機体に乗ってる奴は違うわよ」
セルシアの一言には忠告の響きがあった。アウェルはその言葉に驚いたように目を見開く。
ゼフィルカイザーだけがその理由に気づいた。そこにある響きは、ヘレンカとセルシアを同一視しようとしなかったときのアウェルに似通ったものがあったからだ。
「……わかってる。あいつは、オレとは違う。噂とか昔の話とか、聞こえてくるだけでも、なにもかも違う。だから、戦ってみたいんだ。
ジャッカルのおっさんやゼロビンのおっさん、レリーやムーに、それにあとリュイウルミナ。あいつらと戦って見えてきたもんが、あいつと戦えばはっきりする気がするんだ」
「……あたしが、母親とどつきあったみたいに? こないだのあれだけじゃ足りない?」
「うん。リュイウルミナの奴とやり合って、大分と見えてきたんだけど……もう少しだと思う」
頷くアウェルの目には、この一月あまりで目の当たりにしてきた物が渦巻いていた。そしてアウェルの中に、なんらかの結論を形作ろうとしている。
「オレが、どうなりたいのか。それが見えそうなんだ」
(果たして俺、中三のころここまでいろんなもんに直面してたかなあ)
あの頃は確かリアル病全盛期でスーパー系をこき下ろしていたと思う。一種の中二病だろう。それからすれば、人生の岐路を自分で見出して選ぼうとしているアウェルは大したものなのだろう。
「……で、勝算はあるのか?」
そしてシングが、極めて現実的な問題を突きつけてきた。
『機体性能、つまり私とスケアクロウの性能については、比較にすらならん。私があらゆる面において圧倒している』
「ホントですか? ゼフさんが自信満々に言い切ってその通りだった試しがないんですけど」
『貴様に言われたくないわこのポンコツ……!!』
音声スピーカーの音を割りながら反論し、ゼフィルカイザーは気を落ち着ける。
『あの機体の恐るべきはその機動性だ。その要因はいろいろと述べられるが、一番のポイントは機体重量だ』
「それは俺もなんとなくわかっているが、具体的なあたりはつけているのか?」
「大体、ゼフィルカイザーの五分の一以下ってとこだよ」
答えたのはゼフィルカイザーではなくアウェルだった。台の上にちょこんと乗ったのは、これまたアウェルが彫りあげたモーターライザーの木製フィギュアだ。
「ゼフィルカイザーだって普通の魔動機にくらべりゃ大分と軽いけど、あれはそういう次元じゃない」
「そこまでか。じゃあ仮に俺のミカボシと戦ったら」
「もしぶつかったらあっちは木端微塵だろうな。たぶんヌールゼックあたりの腕一本よりもあの機体は軽いと思う」
『……と、いうわけだ。およそ今までの機体とは根本からして異なる相手だ』
あらかたアウェルに説明されてしまったのをどうにか〆るゼフィルカイザー。
「でもそれだけ脆い機体なら、簡単に倒せるんじゃないですか? 皇帝機にやったみたいにミサイルをつるべ打ちしたらすぐに――」
『そんなもの、当たるわけがないだろう』
ゼフィルカイザーは断言した。
『小鷹丸の攻撃を避けきってのける相手だ。それにジャッカル氏やゼロビン殿と、ミサイルに対処している者も多い』
「あんた、アウェルのこと信じてるとか言って、なによその言いぐさは」
セルシアが目くじらを立てて噛みついてくるが、無視してアウェルに視線を向ける。
『アウェルよ。お前、私のミサイルと同等の兵器を相手にしたとして、対処できるか?』
「距離にもよるけどたぶん余裕。自分で使ってることもあって、ミサイルの誘導のクセとかもわかるし。闘技場くらいの広さなら、逆に避けやすいくらいだろ。アニキもそう思うだろ?」
「まあ確かにそうだが。俺もおそらく対処はできる」
アウェルとシングが頷き合う。そして、ツトリンも口を挟んできた。
「試合でさんざん見せてまったしな。ねーさまなら、ミサイルに対する対処も普通に打ってくると思うで。あれ、弱点とかあるんやない?」
『直接検証したわけではないが、いろいろあるはずだ』
散弾や速射武器で撃墜する、センサーを誤作動させる、チャフで制御を阻害する、ロボットアニメにおけるミサイル対処法の数々からすれば、この程度は序の口だ。
『それとダメ元で聞くが。あの機体、電撃に対する対策はしていると思うか?』
「ゼッフィーの言うとおり、あの機体が電気使った機械で制御されとる言うんなら、たぶんされとるはずや。
電撃系の機道魔法なんてメジャーなもんやし、ねーさまがそのへん抜けとるとも思えへん」
(やはりコレは使えんか)
ゼフィルカイザーは電子空間の中、手に持ったデータファイルを棚に仕舞い込む。その正体はEMPミサイルのプリセットデータだ。いわゆる、電磁波をまき散らして電子機器をショートさせる弾頭を使ったミサイルだ。
電子機器なぞ皆無で、大気中を飛び交う電波も自然のものばかりのこの世界では無用の長物だ。まして魔動機相手に通じるはずもなし。
(いや、レンジでチン、の要領でパイロット焼き殺すとかできるかもだが、それは主人公じゃなくて主人公と敵対する軍隊のやりくちだしな。
それにんなもん闘技場でぶっ放したらえらいことになるわ)
どのくらい強力な電磁波が出るかはわからないが、人体に完全無害とは思えない。障壁でガードしきれなかったら、皇帝機の二の舞いになりかねない。
(他にも電子戦用のハックツールとかがドバドバあるが、本当にこの機体何を相手に作られたもんなんだ。
いや、そりゃリアル系で注文したんだからないと困るもんではあるが)
つくづく、何故自分はファンタジー世界にSF路線の機体で乗り込みたいとか願ってしまったのだろうか。いや、来世があっただけありがたい話ではあるのだが。
「おいゼフィルカイザー、またどうでもいいことで悩んでるだろ」
『どうでもよくないぞ。いや、どうでもいいのか……?』
いい加減思考を読まれているのにも慣れたゼフィルカイザーは、首をかしげる。その様に、なぜかシングが苦笑していた。
「どしたのさ、アニキ」
「いや。今更だけど、人間臭いと思ってさ」
『――そんなことはないぞ。私は体から心まで鋼鉄製だぞ』
否定するものの内心は冷却材ダラダラである。むしろここまでこの手の疑問をぶつけられず済んできたのが奇跡に思えてくる。そんなゼフィルカイザーの様子になおも苦笑するシングは、ぽつりとつぶやいた。
「やっぱり、お前が神様とかちょっと違うよなあ」
『一体、何の話だ?』
首をかしげるシングだが、ゼフィルカイザーとしては聞き捨てならないセリフが混じっていた。
「大した話じゃないんだよ。俺の母さん、自称神官戦士だったんだけどさ。母さんが話してくれた神さまに、あんたが似てるかなーと思ってたんだけど」
「あー、前にちらっと話してくれた神さまとかの話ですか。考えてみたら詳しい話聞いてなかったですよハァハァ」
『怖っ、怖いですの!?』
「ふっ、英知は人を狂わせるということですよ。
ていうかクオルは知らないんですか? 魔法文明で信仰されてた神さまらしいですけど」
『さっぱりですの』
「ちっ、役に立ちませんね」
『なんですのこの小娘!』
「やりますかこの鞘入り娘!」
『やかましいぞ二人とも……!! あとパティ、そういう話をなんで私に言わんのだ』
「いやだって、聞いたの確かケルドスのときですもん。あのあとゴタゴタしててそれどころじゃなかったじゃないですか。
帝都に戻って来てからもシングさん締め出しちゃってたし」
(そーいやそうだった)
大会までのごたごたですっぱり忘れていた。
(しかし、神て。メグメル島を見た段階で、この機体がこの世界の古代文明製じゃないか、くらいの予想はしてたが、神扱いされてたのか)
エグゼディの素顔を見た時点で、いまゼフィルカイザーが宿るこの機体、あるいは同型機がこの世界の歴史上に姿を見せていたことは確信していた。
それ自体にはさほど驚かない。古代文明なり異文明なりの機動兵器が崇拝対象になるのは考古学要素のあるロボット物ではよくあることだからだ。
問題なのは、前にこの機体に乗っていた、あるいはこの機体に宿っていたのは何者だったか、ということだ。さらに、黒騎士の容疑のあるこの男が、それを自分に向かって尋ねてくる意図とは。
『シングよ、その神とはどういった存在なのだ?』
「光と共に天より現れ、選ばれし者に啓示を与えるとか。あと魔法文明を滅ぼした邪神とは敵対してたとか。
ゼフィルカイザー、邪神を倒すために戦ってるんだろ?」
『そのようなミッションがメモリ内に残っていただけだ。私自身には、アウェル達と出会う以前の記憶は一切ない』
いつものことながらロボット三原則を豪快に放り投げるゼフィルカイザー。
(つまり邪神や魔族の敵でないか知りたいのか……いや、トメルギアであれだけやっておいて今更そんなことが知りたいとは思えんし。
ならばやはり黒騎士ではなく、これもただの世間話? いや……)
思考のループに陥ったゼフィルカイザーだったが、アウェルはそんな様子に呆れつつ、出会った時のことをぽつりと漏らす。
「確かにゼフィルカイザーは空から降ってきたけどな。変な箱に入って」
「そーいやそうだったわねえ。あの箱ってどうなったんだっけ?」
「気づいたら無くなってたし、ドラゴンのブレスかギャザウェイブラスターの余波で消し飛んだんだろ。
でも……神さまってガラじゃないよなあ」
『しみじみと言うな、いや自分でもわかっているが』
流石にループから抜けて突っ込むゼフィルカイザー。
そもそも機械が神を名乗るとろくなことにならないのは、あらゆるロボット物が証明していることだ。管理者ぶったが最後、ラスボスとして主人公に破壊される運命である。
一方で、自身が神にも悪魔にもなれるだけの莫大な戦闘能力を有しているのもまた事実なのだ。それも、搭乗者の魂を燃料として。
『それでシングよ。他に、その神について知っていることはないのか?』
答えの出ない疑問を押しのけて、他に手掛かりになることはないか尋ねる。シングは秀麗な眉を寄せながらあれこれと頭を捻り、ふと手を打った。
「あとは……神剣アースティア。あれも、その神が振るった剣だから神剣って呼ばれてるとか」
「そーいや神剣って言われとるけど、神ってどこの神さまか聞いたことあらへんなぁ」
「……シング殿、その神の名はなんと言うのでござる?」
それまで話に加わってこなかったハッスル丸が、神妙な様子で尋ねてきた。その様子をいぶかしがりながらも、シングは神の名を口にした。
「"左上にて輝く者"と言って、天から輝きと共に人を照らす神だと、母さんは言っていた」
「……おそらくでござるが。その神格は拙者の地元に伝わる神と同じものでござろう」
『何っ……!?』
ハッスル丸の故郷行きのフラグを立てる、ならぬ踏み抜いてしまった衝撃は、ゼフィルカイザーのAIをかつてなく戦慄させた。
(まさか大会が終わったら忍者の里へ行かねばならんのか……!? くっ、最近ロボット物っぽい流れで怪生物や非常識とは無縁だったのに……!!)
「拙者の地元において信心を集める神社がござってな。御本尊が、シング殿の語る神と似通っておるのでござる。
御本尊の神名を、人を左より助くる光の神、と書いて――」
そこでわずかに溜め、
「人呼んで、佐助大明神……!!」
『よし作業に戻るぞ』
「せやな」
『ですの』
「あたし買い出しに行ってくるわ。なんかリクエストある?」
「ムーのとこで腹に溜まりそうなもん買ってきてくれ」
あっという間に動き出す一同。その様子にぽかんとするシングと、表情の変わらないハッスル丸。そのシングに、同情を寄せるものがあった。
「あー、シングさん。言ってはなんですが、ハッスル丸さんの証言のせいですごく胡散臭くなったというか……嘘は言ってないんですよね」
「……すまんパティ。俺も少し自信がなくなってきた。母さん、意味深っぽいこと適当に口走る癖があったからな」
猜疑に満ちたの視線の先には直立したアデリーペンギンの威容があった。ため息をつき、その視線は薄紅色の髪に向かう。
「セルシア、買い出し付き合おうか」
「そんじゃ奢って――」
セルシアが言い終わる前に、セルシアに投げ渡されたものがあった。小銭の入った財布だ。セルシアは難なく受け取ると、持ち主に首を傾げた。
「アウェル、どしたの? これあんたのでしょ?」
「それの範囲内なら好きなもん買っていいから。アニキに迷惑かけるなよ」
言うだけ言って作業に戻るアウェルだが、シングへの牽制なのは明らかだ。気づいたセルシアはまた頬を染め、シングはシングでしてやられたせいか気まずげだ。
(つくづく口を挟みづらい……!! くっ、俺のAIよ、恋愛への対処法は――)
意識したらSEKKYOUプログラムが立ち上がる。意識を向けるまでもなくウィンドウを掻き消し、自機の能力を超えた事態と判断して対処を放棄する。
そして、改めて記録映像を再生しだした。モーターライザーの性能、武装、戦術。それらに付け入る隙がないかと。
決勝戦開始まで、およそ42時間。




