004
『おおう、おふっ、ぬぎぃ』
「その奇声なんとかなんない?」
『元を正せば貴様のせいだと言っておく……!』
翌朝、野宿跡を片付けて出発した2人と1機であったが、1機が奇声を上げ続けていた。理由は単純なもので、関節部がまだ修復されきっていないためである。
一晩経ってなんとか歩ける程度にまでは修復ができたようなのだが、段差をまたぐようなときにはまだ痛みが走る。
(なんで痛覚まで実装しやがった……!
痛覚遮断とか、そういう機能ないのか!)
【基幹機能のため遮断できません】
(おのれ……!)
姿のない相手に呪詛を飛ばすが、何の返事が返ってくるでもない。そうして歩くことしばらく。
「お、おい二人とも。これ、足跡じゃないか?」
アウェルが指差した先、ちょうどゼフィルカイザーの物と同じ程度の足跡があった。
ちょうどゼフィルカイザーたちが来た方向と交差する形で、足跡が伸びている。
「んーどれどれ。よっと」
軽快な動作でゼフィルカイザーから飛び降りたセルシアが、その足跡をまじまじと見つめ、
「たぶん村からの道じゃないかなここ。んで足跡はそんなに古いもんじゃない……人の足跡もあるわね。
よく見ると轍もあるし。沈み具合からしてこっちが踵でこっちが爪先。てことは、こっちに向かった感じだわ」
そこまで言って、なにを思ったのかそのあたりの木につかまると、するすると登って行く。その様は猿どころか蜥蜴かなにかかと見まごうほどだ。
もうあれは魔物の類でいいんじゃないか、ゼフィルカイザーがそんなことを思う。そしてしばらく待っていると、
「よっと」
『おわあああああ!?』
ばん、と音を立てて、セルシアが四つん這いの体勢でゼフィルカイザーの目の前に降ってきた。
降りてきた、ではなく降ってきた。
それも正真正銘目の前、頭部の目と鼻の先にである。セルシアの真下、空いたコックピットハッチから顔をのぞかせるアウェルはため息をついている。
「山脈があっちのほうに見えたから、たぶんあっちが村。んで、こっちが例の隣町だと思う。
まだどれくらいかかるかわかんないけど」
『それはわかったが普通に降りてこれんのか貴様!』
「? なにが?」
「諦めろゼフィルカイザー。オレはとっくに諦めた」
もうこの娘は人間とは思うまい。そう決心しつつ、ゼフィルカイザーは内心で胸を撫で下ろした。なにせ道である。
現代の舗装された道路とは比べるべくもないし、道というほど整備もされてはいない。だが、辛うじてではあるがゼフィルカイザーが通れるだけのスペースのある道である。
(ああ、平坦で躓くものが少ないのがこんなにありがたいなんて……!)
足をあまり高く上げないように歩くことしばらく。森が途切れ、開けた場所に出た。
そこには、
『待ってたぜええええ!』
『落とし前つけさせてもらおうかああああ!』
猛る二体のガンベル。並びにむくつけき男たちの集団が待ち構えていた。
(……そうだなー、この辺りに他にロボットがいるとしたらあいつらの可能性が高いよなー)
考えてみれば当然のことだ。思えば通り道が比較的通りやすくなっていたのも、彼らが枝葉を押しのけて進んできたためなのだろう。
20人ほどの集団を見れば、半分くらいは人間、もう半分には人とは思えない特徴をした者たちがいる。鱗があるもの、獣の耳や腕、顔をしたもの、果てには肌が緑色のものまで多種多様だ。
だが、一方で恰好はというと半裸に皮ジャンで統一されている。
一部の物が肩パッドをしているが、上位種の証明かなにかなのか。
『……蛮族か?』
「山賊とか傭兵とかじゃない?」
『随分な言い草だなあ、ええ!?』
怒鳴りながら、緑肩のⅠ号機が一歩前に進み出る。二機のガンベルはどちらも先日の損傷が激しく、応急処置として損傷部に布が巻かれているのみだ。
対してこちらは足回りこそ損傷しているが、ミサイルの補充もできている。負ける要素は少ないだろう。
そう思った矢先。
「お前たち、下がってな」
よく通る声を伴い、集団を割って、一人の女が進み出てきた。
背丈はセルシアよりも上だろう。ボロボロに掠れたマントの下、やはりあちらこちらに繕い跡のある服は軍服を思わせた。
背中半ばまでとどく濃い紫色の髪とよく日に焼けた肌は最低限の手入れはしているのだろう、いくらかの瑞々しさを保っている。
しかしながら着崩した軍服から覗く胸元を見ると、どうにも熟れた、という形容詞が頭をよぎる。
鋭い緑色の瞳はそんなことは関係ないとばかりに鋭くゼフィルカイザーを睨み付けていた。
(おお、お約束にありがちな盗賊の女頭目じゃないか。服装からして軍人くずれか。
年齢的には俺よりいくらか上くらいか?)
呑気なことを考えている間に、女頭目が口を開いた。
「こないだはうちの手下どもが世話になったようだねえ。
お礼参りをさせてもらうよ」
やや掠れてはいるが、よく通る響きのある声が姉御口調で宣戦を布告してくる。
だがそれに負けじと言合戦を挑む狂犬が一匹。
「ああ? あんたのところの雑魚が早合点して襲ってきたんでしょうが!
負け犬引き連れてとっとと帰れこのオバハン!」
啖呵を切り返すのはゼフィルカイザーの足元にいるくすんだ赤髪の少女である。
乗り込むのを面倒くさがり並走してきていたのだ。
セルシアの啖呵を受けた女頭目は最後の一言に青筋を立てて歯噛みし、
「……オバハン」
呟くと、その場にかがみこんでのの字を書きだした。
(ええー……)
「そうだよなー、あれくらいの子からすれば、私なんてもうおばさんだよなー。
29だもんなー。今年で20代も終わりだもんなー。
婚期なんてとうに逃してこんな僻地まで流れてきて……はぁ……あの魔女さえいなければこんなことに……」
聴覚センサーがそのような声を捉える。
『……アウェル。この世界の適齢期ってどんなもんだ?』
「ハタチ前には大体結婚するもんって父ちゃん母ちゃんが言ってたぞ」
『それはまあ、なんというか……』
「だ、大丈夫ですってお頭! まだ行けますって!」
「そうでさあ姐さん! な、なんでしたら俺が……」
「あ、てめえ何ほざいてんだタコ!」
「簀巻きにしちまえ!」
そのまま内輪もめを始める始末。
「なあ、どうするゼフィルカイザー?」
『う、む』
どうしようか、と悩んでいると、頭目が立ち上がり、再度ゼフィルカイザーを睨み付けてきた。
「なに? まだやんのオバハン!」
「黙ってな小娘!」
「姉ちゃんちょっと黙っててくれ」
『話がこじれるからおとなしくしててくれ。な?』
三者三様に言葉を叩き付け、向き直る。
「とにかくだ。私らとしちゃいいようにやられて落とし前つけないわけにいかないんだよ。
命が惜しけりゃその白い機体置いてきな」
『そんなわけにいくか!
やっぱりやるしかないぞ、ゼフィルカイザー!』
『ああ、だが少し待てアウェル』
臨戦態勢のアウェルをひとまず止めておく。
(まあ勝てない戦ではないがな。念のためダメ押しをしておくか。
なにより注文の確認をしておかないとあとが怖い……!)
ゼフィルカイザーは自分ではキメ顔のつもりで、女頭目に目を合わせる。
注文したSEKKYOUがあの様だったのだ、ニコポがまともに機能するか極めて怪しい。
だが、女頭目は目を見開いてゼフィルカイザーを見返してきた。
(こ、これはまさか脈ありか……!?)
「……なんてすばらしい機体なんだろうね。あんなに美しい装甲は見たことないよ。
確かに、並みの古式じゃあないっぽいね」
(あ、あれー?
うっとりとはしているがなんだか方向性がおかしいぞー?)
「決めた。やっぱりその機体は私がもらう!
どんな奴が乗ってるかは知らないけど、不釣り合いってもんだ!」
マントを払い、腰に差した短剣を掲げた女頭目が口上を上げる。
「あんたら下がってな! あとは私がやる――騎士リリエラ・ハルマハットが契約に答えよ!
来い、ベルエルグ!」
即座に女頭目、リリエラを中心に青い光の魔方陣が描かれ、そこから何かがせり出してくる。否、なにか、ではない。
ゼフィルカイザーと同じくらいの全高の、鉄身の巨人である。
外観は青い甲冑を来た戦士を思わせる。
身長こそ似たようなものだが、あちらのほうがいくらか細身だ。
全身いたるところに投擲用と思しきダガーを刺しており、左腕には小盾、右腕には三本の鉤爪が備えられた攻撃的な装い。
胸には装甲に囲まれながら赤いオーブ状のものが装着されている。
「古式魔動機……!
なんで山賊なんかがあんなもんを!?」
『特別な機体なのか、アウェル!?』
「魔法文明のころの技術で作られた、本物の魔動機だよ!
ガンベルなんかとは比べ物にならない!」
「そういうこった。見せてもらうよ!」
ゼフィルカイザーとは構造が異なるのだろう、頭の後ろの部分から機体に乗り込むリリエラ。
ヘルム状の頭部に光が灯り、機体が動き出した。