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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第二十三話 この手の話になると主人公が悪役にしか見えない件
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023-001

『それでは――大魔動杯本選、第一試合!! レディィィィ、ゴオオオオオッ!!』


 開戦の合図とともに、二機は動いた。

 一方の機体はランク3位、修復古式魔動機バニシング。重力系の機道魔法を操る機体だ。フローレス・コアを搭載し、その機道魔法のバリエーションは精霊機にも匹敵するとされる。

 特徴的なのが頭部だ。本来の視覚素子をゴーグル上の部品で多い、兜の前立てに当たる部分も追加装甲で覆い隠している。

 対するはこの大会の台風の目、電動機モーターライザースケアクロウ。その武装は予選の時とはさらに様変わりしていた。

 左肩には八つの穴の開いたコンテナ、さらに両肩と背面にすり鉢のようなものを搭載していた。

 バニシングは先手必勝とばかりに重力弾をばら撒く。光を捻じ曲げる闇の球体が、闘技場を次々と穿っていく。バニシングは予選においてもこの攻撃で出場機体の大半を行動不能に追い込んだ。

 だが、モーターライザーはその攻撃をひらひらとかわしてのける。舞うような、とも、華麗に、とも形容しがたい機械的な線を描いて。

 ならば、とバニシングは腰に装着していた武器を取り出した。魔道銃だ。だが、それはそこらの冒険者が使用している数打ちの者とは明らかに違う。

 銃口の先端に魔法陣が展開。そこに闇が収束していく。


『フフフ……虚無に還るがいい……!! 魔重砲、発射……!!』


 引き金が引かれ、重力の砲撃がモーターライザーを襲った。モーターライザーは避けられない。まき散らされた重力弾が、その回避ルートを限られたものにしていた。初手から、バニシングは仕込んでいたのだ。

 だが――モーターライザー背面のすり鉢が、火を噴いた。その威力と共に地を蹴ったモーターライザーは、間一髪で重力の砲撃をかわし、標的を見失った砲撃は闘技場の壁面――そのわずか手前に張られていた魔力障壁に激突した。

 ランク3位の魔力がこめられた重力砲の威力に、障壁が軋みを上げる。そして砲撃が、障壁を上へと薙いでいく。跳んで避けたモーターライザーを追うためだ。障壁の軋みが上昇し、観客たちが慌てて逃げ惑う。

 それに気づいたバニシングは、慌てて砲撃を止めた。と、同時、着地間際のモーターライザーの肩のコンテナが火を噴いた。発射された物体は放物線を描いてバニシングやその周囲に着弾し、爆炎をまき散らす。

 爆発の衝撃に機体が軋む中、バニシングの操縦者は見た。噴煙を切り裂き迫る、鋭利な杭を。

 モーターライザーのパイルが、バニシングの頭部装甲を掻き抉った。




『あっけない幕切れだったな』


「そーね。まさか頭引っかかれただけで降参するなんてねー」


「んー、復元機体やでな。その関係で、壊されたらあかん部分が露出してまっとったんかもしれへん」


「ひょっとして、何やら見られちゃいけない秘密があるとか。ちらりと二本の角が見えたんですけど――」


『それ以上は触れてやるな』


 本能的に危険を感じ取ったゼフィルカイザーは、パトラネリゼの言葉をギリギリで止めた。

「んでも、いい機体だったな」


『ああ。向こうのクランの面々も機体を大切にしている様子がうかがえたからな』


「元々は帝国に負け、属国となった国の一つだったらしいです。それが帝国崩壊後、旧領主の元に団結し、国を再興したんだとか。

 あのバニシングは、破壊された同系統の兄弟機、それを継ぎ剥いで造り上げられた機体って話です」

「あんた、いつの間にそんなこと調べてたのよ」


 セルシアの驚きに、パトラネリゼはこれでもかと胸を張った。


「賢者ですから。ちゃんと情報収集だってしてるんですよ、これでも。

 そもそもゼフさんにボ業めくってあげたの私とエル兄なんですよ」


「でも、それでランク3位か、すげえな」


「以前はあそこまでランクは高くなかったはずやけどな。

 ここ最近、ランクがハネとる冒険者やクランいうのは少なくないんや。

 ああして亡国が躍進しとんのも、三大勢力いう構図の崩壊の一面なんやろな」


「だからって、あのトーナメント表は露骨すぎるだろ」


 アウェルは呆れたというように闘技場の方へ視線をやる。ここからだと帝都内の防壁に区切られて見えないが、その熱気の火照りが伝わってくるのだろう。

 本選に進んだ8つのクラン、その半分が三大勢力とは無縁のクランだ。シキシマル工廠やメグメル島友の会は言わずもがな、今日のバニシングの所属クランとてそうなのだ。

 キ印技研も独立勢力だというなら、三大勢力の紐付きのクランはほとんどが予選を突破できなかったということになる。

 そのためなのか、元々の予定通りなのか、運営側である三大勢力はひどく露骨な手段に出た。すなわち――


「第一戦免除が四つもあるとか……初戦が実質的な二次予選じゃないですか。ひどすぎます」


『シード枠というんだがな。あんなトーナメント表見たことないぞ』


 予選突破組同士で初戦が行われ、その次の準々決勝にはシード枠のクランがぶつかる。このシード枠が、予選で姿を見せなかった三大勢力の本命なのだ。

 決勝トーナメント出場の12クラン中、三分の一がシードというのは確かに露骨に過ぎた。


「ただ、妙なことも多いしなぁ。カフュー騎士団と帝国魔動騎士団が同じブロックにおるいうのが」


『リ・ミレニア内での内輪もめの結果と言ったところだろう』


 ゼロビン・ジンガーサマーを筆頭とした、アーモニア防衛主任クランであるカフュー騎士団。そして、ルミラジー・ラビロニアの掲げる帝国復活のために旧帝都の陣取りを続けていた帝国魔動騎士団。

 どちらもリ・ミレニアの最高戦力と言っていいのだが、この二つのクランが、同じブロックに配置されているのだ。

 何が頭が痛いかと言えば、同じブロックにシキシマル工廠も配置されているのだ。さらに言えば、カフュー騎士団とゼロビン、その乗機ゲートロンの名がアウェル達のすぐ隣に。


「初戦突破したら次はゼロビンさんですか。まあ、名前と機体名出してるだけ潔いですけど」


「他のトコは看板以外出してないものねえ」


「フラットユニオンの教導兵団は予想がつくけど、ワンコのおっちゃんの犬畜商会はまったく読めへん。

 帝国魔動騎士団も同じや。精霊機禁止やで、ルミラジーはん本人が出てくるいうことだけはない思うけど」


『まあ有名どころだし、戦う時にはこちらの手の内はある程度読まれている。

 我々の準々決勝の相手がゼロビン殿だとわかっているのは、僥倖と見ておくべきだろうな』


「お、自信ありげやな。まさかゲートロンの弱点でも見つけといたんか?」


 ゼフィルカイザーの言にツトリンが乗っかってくるが、ゼフィルカイザーはそれ以上のことは言わなかった。


「弱点と言えば……」


「どったんやパトやん。なんか思い当たる節でもあるんか?」


「や、そうじゃなくってですね、今日戦ってたバニシング、大丈夫ですかなー、と。こんな大舞台で弱点がバレちゃって」


『なに、問題あるまい。ああして機体を愛し、支える人々がいるのだ。いずれ更なる力を得て新生するだろう。そう、不死鳥のように……!!』


「お前、よっぽどあの機体気に入ったんだな。まあ実際かっこよかったけど。確かに、まだまだ活躍してほしいよな」


 と、バニシングのさらなる健闘をたたえるゼフィルカイザーたち。そう、カッコいいロボットとは、権力や利権団体ごときに屈する者ではないのだ。

「――で、勝ったほうの機体どうすんのよ、白いの」


『本当にどうしよう……!!』


 そしてゼフィルカイザーは崩れ落ちた。




「いやもう、本当にどうするよあの機体と作ってる奴と乗ってる奴」


 電脳空間内で頭を抱えるゼフィルカイザーの電脳体。

 電脳空間はかつての畳敷きと無限遠まで続くワイヤーフレームとも、畳スペースの向こうが電子の海という光景とも変わっていた。

 有体に言えば、そこはロボット用のガレージだった。

 SF色漂うロボットアニメらしく設けられたハンガーの中、マントを纏いミサイルコンテナを担いだ機影が立っている。ゼフィルカイザーの体だ。


「苦節半年超、己の勇姿をこうして拝めるようになるとは……!!」


 データによって再現したものであるが、ここに投影された機体は実際のゼフィルカイザーの装備状況とも連動しており、空間内で操作したカラーリングや装甲の設定、背部のハンガーアームについての設定はやや時間を置いてゼフィルカイザーの実機へと反映されるようになっている。

 プログラムやデータを食べ続け、機体の能力を把握していったゼフィルカイザーが、それらを使いこなそうと試行錯誤を重ねた結果生まれた空間だ。


「イメージしただけで再現できるってのはすげーもんだよなー……」


 一人ごちるゼフィルカイザーはハンガールームに設置された詰所で、ちゃぶ台においた通信端末ごしに一行と会話していた。

 設置された、とは言うが、ここが当初の自分用スペースだ。いつも通りの畳敷きと、データでありながら生活臭のようなものがにじみ出ている万年床をはじめとした家財道具、さらに今まで見てきたロボットのフィギュアがずらりと並んでいる。


「……と、んなことはいいか」


 通信の出力を再度オンにする。これも特にスイッチのオンオフがあるわけではない。ゼフィルカイザーが通信先に喋ろうと思えば、勝手に音声が出力されるのだ。


「あの機体に用いられていた新たな装備、あれは私の予選での戦いを見てコピーしたものではないかと思う」


『同感やな。ねーさまの作品を全部知っとるわけやないし、この十何年で作っとったもんの可能性もあるけど、それよりはそっちのが納得いくわ』


 ブースターだけならまだしも、肩のロケットランチャーはどう見てもこちらのミサイルポッドのパクリだ。外観がモロすぎる。


『でも、そう簡単にできるもんなのか? ゼフィルカイザーはいろいろと特別じゃんか』


「予選で使っていたパンツァーファウストも、今日使っていたロケット弾も、原理そのものは簡単なものだ。

 ブースターにしても、あれは私に搭載されているほど高性能なものではない」


 武器のほうに関しては、どちらも第二次大戦のころには盛大に使われていたものだ。

 製鉄技術を筆頭に地球の技術をところどころ凌駕しているこの世界の技術ならば、火薬さえ調達できれば製造は難しくない。現に、ゼフィルカイザーの使っている弾丸も特殊なもの以外はシキシマル工廠で作っているのだ。

 ブースターも同様だ。推進剤にせよ点火機構にせよ、ああして二足歩行のロボットを動き回らせるのに比べれば大したものではない。


『あー、ゼフさん。ちょっと話の腰を折って済みませんけど、パンツファーストってなんですか? あとロケットって、首飾りですよね?』


「……前者は予選で使われていた棒付き爆弾。後者は私のミサイルから誘導機能抜いたようなもののことだ。細かい分類は後で聞かせてやるから」


『パンツはええわ。ウチ履かんし。んで、ねーさまなら――』


『ちょ、え、ツトリンなに言ってるんですか!? 本当ならこれから買いに行きましょう、ケダモノどもが――』


『ウチ、作業着みたいな丈夫いもんか、ゆったりしたもんしか着れんで。普通のパンツなんか座ったらすぐ破けてまうでな』


 なお、ゼフィルカイザーはさほど驚かない。冷静に考えたら全裸な格好の奴とかたまにいるからだ。また女を追い追われて行方不明の忍者とか。

 だがそうなると、自分にしだれかかってきたあの金属娘は、オーバーオールの下は何もつけていない素肌だったわけで――


「や、私の装甲より頑丈な皮膚なぞ興味ないな」


 いくら少女の姿をしていようがアレは捕食者だ。技術者としては優秀だが。そう割り切ることにしている――割り切らないとどうかなりそうだし。

 ともあれ、ツトリンの話だ。


『ええか、今度こそ話を折らんといてな。

 キティねーさまなら、この短期間で大まかな仮説を立ててそれを再現して、しかもそれを乗っけてみせる、いうことができるはずや』


『でもゼフさん、どうしてそこまで気にするんです? あちらさんと戦うとしても決勝戦ですよ?』


 既に本選のトーナメント表は発表されている。公式に分けられているわけではないが、ゼフィルカイザーたちシキシマル工廠はBブロックだ。

 だが、だからこそ問題なのだ。


「予選で少しばかり見せただけの武装をああもさらっとコピーされたのだ。こちらが手を見せたらあちらもそれを使ってくるかもしれん」


『ちょっとそれは飛躍しすぎじゃないか? さっきも言ったけどゼフィルカイザーは特別じゃんか。ミサイルやブースターはともかく、修復能力やビームまでパクれるとは思えないんだけど』


「そう思いたいんだがなあ……」


 ゼフィルカイザーとて、フェノメナ粒子兵器やナノマシン装甲、それにO-エンジンがそうそうコピーされるとは思いたくはない。思いたくはないが、相手はロボットアニメのマッドサイエンティストと同レベルの存在だ。万一ということがある。

 それに間違いなく対策される。ロボットオタクであるゼフィルカイザーでも、自分自身へのメタはいくつか思いつくのだ。ましてこの世界の技術に精通した人間なら、より効果的な手段を思いつくだろう。


「それと機体以上に問題なのが乗り手のほうだ。いきなり搭載されたと思しき武装を完璧に使いこなしていた。技量も只者ではない」


『同感ね。あれは、ちょっとヤバい奴よ』


 セルシアがゼフィルカイザーの意見に同意してきたということに、ツトリン以外の皆が驚いた。トメルギアで敵意を向けられていたころからは考えられない。

 そしてそれ以上に、セルシアの勘もあの乗り手、渡九郎を危険だと言っている。それは、ゼフィルカイザーの危機感が的外れでないことのなによりの証明だ。

 ブーストジャンプに、ロケットランチャーによる牽制。

 バニシングの砲撃を上に避けたのも、おそらく計算ずくだ。障壁を貫きかねない砲撃を観客席に向けさせ、砲撃を止めさせる。でなければ重力砲撃に引っ張られ、そのままやられていたかもしれない。

 ゼフィルカイザー自身、バニシングは予選の時点で警戒していた一機だった。一応考えておいた対策も似たようなものだ。

 なにより――


「奴はバニシングの弱点を突いて勝った、というところが問題だ」


『それって当然のことじゃ――いや、あの機体の弱点って部外者は多分知らなかったはずだよな』


「向こうの技術者か、操縦者本人か、スパイでも使っていたのかはわからんが、あちらにはそれだけの分析力があるということだ。

 ツトリンも言っていたことだが、そういう相手がいる状況でこちらの手の内をばら撒きすぎるのはまずい」


『と言いましても、こっちだって相手の手の内を見れるんですよ。条件的には五分五分じゃないんですか?』


『そーだぜ。大体、今から決勝のこと考えててどうするんだよ』


 パトラネリゼとアウェルから至極真っ当な突っ込みが成され、歯噛みする電脳ボディ。

 そう。ゼフィルカイザー達はまだ初戦を控えている。そしてメグメル島アンテナショップに立ち寄ったのも、ただ食事をとるだけが目的ではない。

 次の対戦相手はこの店のはす向かい、メアドラ農業組合なのだ。




 予選を突破した八つのクラン、シキシマル工廠の次なる対戦相手となるクランが、こともあろうにあの八百屋なのだ。


『あのメアドラの八百屋さんが相手になるとは』


『あそこの野菜や果物美味いのよねー』


『……もう奢りませんよ。絶対ですよ』


 メアドラというのが、あの八百屋を経営している国の名だ。

 かつて大陸に存在した国々は、ほぼすべてがベーレハイテンによって滅ぼされるか、屈伏して属州となるかの二つに一つだった。今日の試合で負けたバニシングの国もその一つで、メアドラは唯一の例外だ。

 例外と言っても、国の守護神のような、特別な魔動機や精霊機が伝わっていたわけでも、名を馳せた乗り手がいたわけでもない。

 さらに言えば大陸でも西の果てのほうで主要な街道も通っておらず、鉱物資源も皆無。

 これらのないないづくしが揃ったメアドラは、有り体に言って、帝国から見て侵略価値が皆無だった。

 土地は豊かで作物は豊富という利点はあったのだが、自国に肥沃な土地が有り余っており、魔動機製造を始めとした工業分野にばかり傾倒していた帝国には、メアドラはいつでも踏みつぶせる片田舎に過ぎなかった。

 それが、帝国の砂漠化で一変した。

 メアドラはアーモニアやハイラエラのように、砂漠化の影響を受けなかった。自然、砂漠化から逃げてきた人々が集まり、メアドラという国はどんどん大きくなっていった。

 今では砂の大陸随一の農産国となっているという。

 そのメアドラの元々の防衛部隊がギルドによって正式認可されたクランが、次の対戦相手の「メアドラ農業協会」なのだ。つまり農協だ。


「まあ漁協の仕事が冒険者の仕事になるくらいだし、農協の仕事も冒険者の仕事になってもおかしくない、か」


 平和な日本でも害獣や畑泥棒に悩まされていたのだ。ましてここは帝国が滅んだ後の世紀末大陸。畑を襲ってくるのは強大な魔物や魔動機を引き連れたモヒカンどもだ。洒落になっていない。


「しかし、問題は相手だ。予選の中で唯一私の予想を外したからな」


『おかげで私とシングさん、盛大にスったんですけど』


「若干嫌な予感がするとは言っただろうが」


 逆を言うとゼフィルカイザーがいつも通り直感に任せていれば当てられたかもしれないが、しかし外れたのには理由があった。

 その一画に新設された本棚をまさぐり、ゼフィルカイザーは目当ての物を見つけた。ボのつく自由業、最新号だ。アウェルやパトラネリゼがめくったのを記録し、データで再現したもので、その気になればめくらずとも見たいページを表示することができる。こうやっているのは趣味のようなものだ。

 とにかく、その魔動機乗りランキングをめくりあげる。


「ムー・ツェン。ランク47位、魔力レベル2。機体名デスハウル、か」


 死の遠吠え、などと仰々しい機体名が着いているが、デスクワークの改造派生機だ。


「つーか予選からこっち、デスとかつくデスクワーク系列機が多すぎるんだよ……!! 次はなんだ、デスサイズか、デスペラードか、デスゲイルズか……!?」


 グチグチ言いながら、予選の記録映像のうち、切り取っておいた画像を並べ立てる。

 特徴的なのは大型化した両腕。戦闘スタイルはその両腕による徒手空拳、いわゆる拳闘特化型と、地味に今まで見なかったタイプの機体だ。

 第七予選の出場者だったのだが、出場者の中で一番ランクの高かった機体よりもこちらの方に何か引っかかるものがあった。

 だが魔力がいかにも低い。帝国における市民権基準、ヌールゼックを稼働させれる魔力レベルは3からだ。ハッスル丸も、魔動機乗りとしてやっていくなら3-くらいは欲しいと言っていた。

 機体が燃費のいいデスクワークであると言っても厳しいだろう。

 そう思い、この試合については予想を曖昧にしておいたのだ。結果として直感が勝ったことになる。


『メアドラ農協自体は、クランのランキング上位の常連なんやけどな。しかし際立った使い手の話は聞いたことがないで』


『というか、そんな僻地なのにしっかり防衛部隊とかがいるんですね』


『帝国なり反乱軍なりの敗残兵が落ちのびて居ついたとか……赤シャチはんもメアドラには行ったことがないっちゅーとったからなぁ。詳しいことはわからへん』


「あいつにしては珍しいな」


『内陸も内陸の国やでな。沿岸で測量ばっかやっとった赤シャチはんやと縁がなかったんやろ』


『そーいう話もいいから。重要なのは対戦相手だろ。つっても、人込みで見えやしないな。ちょっと行ってみるか』


『あ、待ってくださいエル兄、私も行きます』


『エルやんも気ぃ張っとるなあ。セッちゃんは行かんのか?』


『自重しとく。またアウェルに出させるとかあたしの威厳がヤバい』


 真剣な目で人混みに突っ込んでいくアウェルとパトラネリゼ。対してツトリンとセルシアは残った。

 ツトリンは自分の体が体だ。人混みだとぶつかった相手が怪我をしかねないのでそれで気兼ねしているのだろう。そしてセルシアはアウェルにツケを払わせたのが相当こたえているようだ。


(ま、それはいいとして。

 アウェルめ、対戦相手の魔動機乗りが気にかかってるんだろうが)


 ムー・ツェンの魔力レベル2というのは本選出場者でわかっている中では下から三番目。"皇帝殺し"の渡九郎、アウェルに次いで低い。その上は一気に4-だ。

 それが予選を突破できた要因はいろいろある。一番大きいのは試合の序盤で上位ランカー同士が派手にぶつかり合い、混戦になったところだろう。その中を巧みに立ち回り、最終的に勝ち残ったのだ。

 撃墜数は僅か2機で試合終了時には機体もあちこちボロボロだったが、結果として勝ったのはデスハウルだった。

 予選でプラウド・ジャッカルが叫んでいた言葉が思い浮かぶ。



『ハッ! ライザーズアリーナってのはそう言う場所だ。魔力の高い低い関係ねえ、相手をナメた奴からやられるんだよ』



 つまりそういうことなのだろう。

 そして、アウェルが複雑な気持ちを抱くのもわかる。

 魔力が低くとも機体を巧みに使いこなして強者を倒すというのは、技量がズバ抜けたアウェルにとって理想的な姿だろう。一方、技量があれども必要最低限の魔力すらないアウェルには決してたどり着けない境地でもある。


「アウェルも、もう少し自信持てばいいのにな」


 プラウド・ジャッカルのビルガンデルとの戦いを思い出す。

 この大陸に来てから戦った魔動機の中では、現時点で間違いなく最強の相手だった。そしてそれだけに、アウェルの技術の際立ちっぷりがより見えていた。

 弾丸のリロードに一切ミスはなく、ゼフィルカイザーが示す戦術への理解も的確。そして、ブレードアームへの対応だ。避けるだけならまだしも、いかに並走しているとはいえそれを掴んで焼き斬るとは。

 はたしてゼフィルカイザーが人間の身で機体に搭乗したとして、同じ真似ができるかどうか。

 こと、操縦の正確さ、精密さといった部分においては、アウェルの操縦技術はただならぬものがあった。

 前回の戦いであえて粗を探すなら、最初にビルガンデルと組み合った時の緊急回避か。

 あそこで脇から迫るブレードアームを喰らえば、ダメージ並びに腹パン以上切腹以下くらいのダメージを負っただろう。しかし相手の両腕と、それに装着されていたブレードアームは始末できたはずだ。


「結果を見れば俺はほぼノーダメージで済んではいるが」


 無論、どちらが良かったかはわからない。ジャッカルはああして潔く降参したが、仮にゼフィルカイザーがもう少しダメージを負っていたら、続行を選んだかもしれないのだ。

 しかしアウェルはどうにも、ゼフィルカイザーのことを気遣いすぎているきらいがある。トメルギアで撃破されかかったことを気にしているのかもしれないが、これが変な方向に働かないといいのだが。

 と、ぼやいているうちに、カメラの向こうで動きがあった。怒号と共に人混みが割れ、転び出た少女が尻もちをついた。

 風切り羽を束ねたような特徴的な黒髪の、大人しそうな少女。その上着には、丸にキの入ったワッペンがつけられていた。

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