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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第二十二話  大魔動杯、開催!
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022-004

 大闘技場の十二の入口、そのうち十から魔動機が歩み出てきた。魔動機たちは入っていくらかのところにある白線で立ち止まる。


『さーあ、本日は第四予選、そろそろ折り返しってところだ! 本日の賭けの人気順は掲示板に出てるとおり!

 現役でも最有力の一人、ランク5のラ・セリガルがなんと二番人気だ! それもそのはず、一番人気はあの男、プラウド・ジャッカル!

 ランク1位争いの常連でありながらポッと出の若手に出し抜かれ、表舞台から消えたと思われていた男が、なんとこの大闘技場に帰ってきたぁーっ!!』


 スマートの煽りに、闘技場全体が沸き立つ。その歓声に歯噛みしたのは誰であろう、今しがた比較対象にされた、古式魔動機ジャルルバルルの操縦者、ラ・セリガルだ。

 彼のクランは商業連合の護衛任務を主として請け負うクランであり、元、帝国魔動騎士でもあるラ・セリガルはそのエースだ。積み荷を狙う幾多の暴徒や、時には他勢力の魔動機を返り討ちにして今の地位を得た。

 任務を確実に遂行するプロフェッショナル、それが彼の二つ名だ。それが、唐突に舞い戻った老害ごときよりも下とみなされている。それが腹立たしい。

 ラ・セリガルはちょうど己の真正面に立つ機体を睨む。機体名、ビルガンデル。聞いたことのない機体だし、そもそもどういう機体なのか。

 プラウド・ジャッカルの名を知らない冒険者など、冒険者の業界では余程の新参くらいだろう。

 経歴は今しがたスマートがまくし立てたとおり。しいて言うなら、ライザーズアリーナの代理請負を専門にしていた魔動機乗りだ。

 そして唐突に現れた新人ランカー、現在ランク2位にいる奴に倒された。その愛機もその際に失ったはずだ。

 故に新しい機体なのだろうが、全身襤褸切れを纏い、その容貌を掴ませないでいる。あえて言うなら、一般的な機体より幾分大柄か。


「ふっ、未熟な奴ならばはったりとでも思うのかもしれんが、俺はプロフェッショナルだ。油断などせんぞ」


 なにせジャッカルは今回、リ・ミレニア所属クランに属してこの場に立っている。ジャッカルの魔力はレベル4。リ・ミレニアであればタダメシを食っていても許される立場だ。そこにジャッカルの実績が加われば、一声で一級の魔動機が用意されても不思議ではない。

 あの賭けの人気も、そうした裏事情あってのことだろう。


『そんでトラさんは今日の勝負、どう見ます!?』


『やはり有力なのはジャッカルとラ・セリガルで違いないだろう。だが……思わぬ伏兵が混ざっている可能性も否定できんな』


『ここでトラさんが思わせぶりなことを!? みんな微妙に不安になってるぜ!?』


『つい昨日も、思いもよらない機体が勝利しただろう? そういうこともある、ということさ』


 大陸最強の精霊機使いが言えば説得力のようなものも漂うが、今回の場合それはない。

 プロフェッショナルであるラ・セリガルはこの場に集うクランの特性、出場する機体について粗方調べつくしてある。たとえば己の右側で待機する、今日最低人気の機体についてもだ。

 ビルガンデルほどではないが、頭から下を襤褸同然のマントで覆い隠している。これがプラウド・ジャッカルほどの威名を伴えば底知れぬ威圧感を醸し出すこともあるのだろうが、無名の、それもろくに魔力も持たない操縦者とあっては失笑を買うのみだ。

 所属はシキシマル工廠。帝国時代にデスクワークを生産した工廠らしいが、戦後はなにやら魔道銃に代わる武器を作ろうと躍起になっていたらしい。

 あの銭の猟犬が採算度外視で後見しているという情報もある。

 そうしたバックボーンは恐るるべきものだが、しかし肝心の操縦者は魔力レベル1-という、この大会における最低クラスだ。


「余興で出てきたというレベル0も、どうせ何かの不手際だろう。そんなことがありえるはずがないのだ」


 プロフェッショナルはリアリストでもある。魔力が無くても動く魔動機などというものを信じるはずもない。


『さぁてそれでは時間だ! 大魔動杯四日目、第四予選!』


 取るべき戦術は既に決まっている。同じく商業連合所属の三機と連携し、数でもって各個撃破する。勢力内ではどの試合においてどのクランを勝たせるかの調整が既に済んでいるのだ。

 無論、思ったようにならないのも実戦。プラウド・ジャッカルがいかなる手札を用意してきたかによっては、その算段を組み替える必要もある。

 プロフェッショナルは冷静に判断し――その時には、すぐ隣のレベル1-のことなど頭の中から消え失せていた。

 故に――


『レディィィィイ、ゴオオオゥッ!!』


 スマートの合図とともに向けられた銃口に、気づくことなどなく――

 ジャルルバルルの全身を打ちのめした衝撃に、我を忘れた。


「な――」


 慌てて右方、50m近く離れた場所に立つ機体を見た。その機体、登録名称ゼフィルカイザーは、古式か、あるいはそれ以上の身のこなしでジャルルバルルへと突撃してくるではないか。

 左手に持つのは魔道銃のような形をした何か。だが、魔道銃の魔力弾ならば、対魔力コーティングの施されたジャルルバルルをここまでゆるがせはしない。


「ぐ、一体何が――だが、魔動銃と同じならば連射はできまい!」


 傾きかけた機体を立て直し、向かい来るマントの機体へと向き直る。

 だがそれと同時に再度、衝撃が機体全体を打ちのめした。どのような手段を用いているのか、操縦席の保護の許容を超えた衝撃がラ・セリガル自身にも伝わってくる。

 あまりの状況に理解が追いつかぬ間に、三発目の衝撃。衝撃だけではない、全身の装甲にヒビが入る音が、操縦席にも伝わってくる。


「ぐ――舐めるな、俺はラ・セリガルだぞ……!」


 本来ならばこのような序盤で用いるつもりはなかったが、やむを得ない。

 ジャルルバルルの機道魔法は足元に波を起こす、というものだ。本来は海戦で用いられた機体らしい。事実、機道魔法を使えば水上を走ることも可能だが、この砂の大陸で使える場所は限られる。

 だが、ラ・セリガルは修練の末、その波に志向性を持たせ、また波を地上でも引き起こすことを可能とした。即ち――


機道奥義ライザーアーツ――土爆浪どばくろう!!」


 ジャルルバルルの足元の地面が隆起し、逆流れの岩雪崩となって白の機体に襲い掛かる。魔動機の体高ほどまで地面が爆ぜる威力は強大だ。たとえヌールゼックであろうとも十全は保てまい。

 だがここは岩の転がる荒野でも、ひとたび足場が崩れれば飲まれて身動きの取れなくなる砂漠でもない。致命傷に至らぬ可能性を考え、機体に備えられた双の短槍を抜いて自身も攻めかかり――


『――残念。そこにはいない』


 上から、さらなる衝撃が叩き付けられた。直上から打ちのめされ、辛うじて見上げた先には太陽を背に宙を駆ける白の機体。左手には先ほどから構えた魔動銃もどき。右手には、それを一際小さくしたような武器を構え――その銃口が、連続して火を噴き、ほとんど間をおかず六連続で機体各所に衝撃が走り――やはりほとんど同時に、衝撃を受けた場所が爆発した。


「なにが――いったい、何が起こっているんだ」


 理屈はわかる。海上戦を想定したジャルルバルルは、並みの機体より軽く、軽装甲でもある。先ほどの衝撃で装甲がガタついたところに、何かを叩き込まれたのだろうが――魔力のない乗り手が、何をどうやればそんなことができるというのか。

 衝撃に意識が朦朧とする中、プロフェッショナルと呼ばれた男は呆然と呟いた。

 大魔動杯第四予選、最初の敗退者。付け加えるなら、全予選における最速敗退者。

 それが、優勝候補の一角に数えられたランカーの大魔動杯における戦績となった。

 ――大会終了後、この戦績によってラ・セリガルの評価は、皮肉にもむしろ高まることとなった。だが、当人にとってこれは生涯癒えぬ屈辱となった。




 誰もが、その光景に唖然としていた。

 ゴングと同時、各機が動き出そうとしたのと同時に響き渡った砲声。そこからほとんど間をおかずに放たれた連続射撃と、それに打ちのめされるランカーの古式魔動機。

 さらに開幕間もなく放たれた機道奥義と、さらにさらにそれを飛び越え、頭上からの連続射撃でジャルルバルルを仕留めた手際。

 観客は無論のこと、司会進行であるスマートも、少なからずゼフィルカイザーのことを見知っていたトーラーも。

 観客席の一角でゼフィルカイザーを注視していたガルデリオン・シング・トライセルも。

 大急ぎで観客席にやってきた途端にその光景を目の当たりにしたゼフィルカイザーとアウェルの仲間たちも。

 地面に降り立ったゼフィルカイザーはくるくると滑りながら今しがたのジャンプの勢いを殺し、ようやく止まる。

 その動きでマントが翻り、隠されていた中身が露わになった。ガンベルトとそこに装着されたショットガン用の弾丸。バックパックとそこに接続されたコンテナ。さらにコンテナ接続用アームの下に装着されたハンガーアーム。

 左のハンガーアームが空なのに対し、右にはマントの暗がりに隠された今一つの銃火器が垣間見える。

 そして左肩には、AアウェルZゼフィルカイザーを重ねた意匠のエンブレム。


「――素敵や」


 この瞬殺劇を成し得た武器を作り上げた鋼鉄の少女は、目を見開いて、端的に、感想を口にした。




「――仕留めたぞ」


『了解。しかし即座に機道奥義を放ってくるとは、さすがはランク5といったところか』


「だな。真っ向からやり合ったらフラムフェーダー並みに苦戦したかもしれない。そっちのダメージは」


『巻き上げられたものでいくらか装甲に傷がついた。恐らく、闘技場に混ざった装甲片だろうな。戦闘に支障はない』


「オーケー。で、一番厄介って言ってたのは真っ先にしとめたけど」


 残る8機は、いずれも足を止めてこちらを注視している。皆、怖気づいたとでもいうような風にこちらを見ている。

 敵はデスクワーク派生機が四機、ヌールゼック派生機二機、古式らしき機体が一機。

 ただ一機、微動だにしない機体がある。全身襤褸布に巻かれた機体からは臆した様子も見くびるような視線も感じない。


「――ヤバい。オレでもわかる、あいつただもんじゃないぞ」


『真っ先に当たる必要はない。ひとまず数を減らす。グリーンのヌールゼックとあっちの古式を片すぞ』


 一機は即座に戦術をくみ上げ、一人はそれをくみ取って即座に動き出した。




(……やべえ、威力ありすぎだろこのショットガン! そして殴りかからずに済むこのありがたさよ!)


 白のロボットは感無量と言わんばかりに打ち震えていた。

 ケルドスでの試験運用から取れたデータを基につくられたポンプアクション式のショットガンは最大装填で6発、薬室に事前に装填しておけば+1の7発を連射可能という代物だ。


(勇者じゃないほうの警察ロボットアニメだと、仕事の合間とはいえ三か月くらいかかっていたような。それがひと月足らずで出来上がるとは、ツトリンとアウェルの工作技術には恐れ入るな)


 さらに重要なのは弾丸だ。というのもゼフィルカイザーの作ったものではなく、すべてこの世界の技術によって造られている。

 問題となっていた雷管についても、パトラネリゼが錬金術でどうにか用意した。賢者の面目躍如といったところだ。

 火薬についても、ハッスル丸が忍術でどうにか。火薬の精製は忍者のたしなみなどと言っていたが、なんでそういうところだけ忍者っぽいのかあの陰陽機甲忍者。


(まあ、代償は大きかったがな……)


 このショットガンと、右ハンガーに搭載された今一つの武器のために、ここまでで稼いできた現金はほぼすべて使い果たした。一行の当座の生活費もおぼつかないところだ。


(しかし、この闘技場にむせ返る鋼鉄のかほりのかぐわしさよ……!!)


 そしてショットガン以上に、闘技場に集うロボットたちに歓喜していた。

 先ほど即座に血祭りに上げた機体、ジャルルバルルもいいデザインだった。青を基調とした機体は、機道魔法からして本来は海戦用らしく、本体は中量級でも細身だった。だが、機道魔法の発動体とその周囲の装甲によって足回りは重量級並み、さらに地上戦のために両肩にも装甲を追加し、重量級と見まごうシルエットを備えていた。


(本音を言えばじっくりと鑑賞したかったとこだが、近くにいたからいかんのだよ……! まあ撮影しといたからいいけど)


 ボのつく自由業を読み漁り、ラ・セリガルのジャルルバルルこそが最大の障害とみなしていたゼフィルカイザーには躊躇する暇などなかった。


(そもそも、予選の形態がすげー頭痛いからな)


 十機ないし十一機での乱戦とあるが、実際にはその中で三大勢力でまとまっての立ち回りが行われている。

 おそらく、勢力ごとにどの機体を決勝トーナメントに送るかの談合が行われているはずだ。そしてこの予選での勢力比率は商業連合が四、リ・ミレニアが三、残る三機はフラットユニオン含めて別々の勢力だ。

 ジャルルバルル撃破の衝撃が解けたのか、各自動き出した機体を見ていてもそのことは明白だ。

 商業連合所属のデスクワーク派生機三機は押すべき旗頭を失い動きに統率が取れておらず、そこに勢力的にフリーのクランのヌールゼックが殴りこんでいる。

 フラットユニオン所属のデスクワークはリ・ミレニアのヌールゼックへと向かう。機体こそデスクワークではあるが、構えた剣と盾はいずれも業物、特に剣は魔剣だ。

 そしてゼフィルカイザーの向かう先にいるのは、ランスを構えた機体の姿。


『アウェル、奴は』


「ナルベイッツ、新古式、でよかったな。たぶんラギメッツの同系機の、そのまた補修機だ」


『私も同じ見立てだ。ランカーでこそないが油断はするな』


「おう――ッ!?」


 慌てて飛びのいたところに、鉄槌が降り落ちてきた。商業連合のデスクワークだ。


『てめえ、よくもセリガルさんを! おかげでうちらの予定が滅茶苦茶だ!』


「抜かしてろアホ!」


 アウェルは言い捨てて立ち位置を変える。ナルベイッツと自機の間にデスクワークが来るように。結果、デスクワークはナルベイッツの機道魔法に襲われた。ラギメッツ同様、衝撃の投射のようだが、


「ち、普通のデスクワークよりゴツいな、あんまり堪えてないっぽいぞ」


『ならばショットガンに例の弾丸を!』


「もう装填してる!」


 ガンベルトから抜いた弾を二発装填してから射撃。飛び散ったのは約室内に装填されていた散弾だ。それを受けてデスクワークはのけ反るが、本体が細身で耐久性がいくらか低かったジャルルバルルと異なり、こちらは小揺るぎした程度だ。


『はっ、どういう手品か知らないが、このデスクボードの装甲をそう容易く抜けると――』


「そいつはこいつを喰らってからほざけ!」


 言うなり発射し、さらにもう一発。発射されたのは散弾ではない。そのままデスクボードの構えた両腕装甲に直撃し、その手甲を一撃で貫通した。


『なっ……』


『おーっと、これはどうしたことだ!? デスクボードの装甲に、まるで魔法でも受けたように大穴が!? トラさん、これは!?』


『オレ様も見たことがない、なんなんだあの武器、いや弾か?』


(これぞ成形炸薬弾本来の威力……!!)


 ゼフィルカイザーのHEATミサイルやHEAT弾を参考に作り上げた再現版HEAT弾だ。分解するのにはそれはそれは骨が折れた。

 魔動機は高級な機体ほど装甲が複数層の構造、いわゆる複合装甲になっていることが多い。ジャルルバルルに施されていた対魔力コーティングなどがわかりやすい。

 それからすればデスクワークの装甲は、よほどの特注でもない限りは鋳物だ。その上、平たく角ばったものばかりだ。

 そうした単一素材の装甲を相手取るとき、HEAT弾は最大の効果を発揮する。はずだ。


(まあ原理はさっぱり覚えてないけどな……!!)


 この辺、軍事を知らぬロボットオタクの限界である。


『ひ、ひひひ、ビビらせやがって……! 装甲は抜かれたみたいだが、この機体はまだ動くぞ!』


 そして魔動機はHEAT弾の天敵である空間装甲に近い構造を持っている。余程の場所に当てなければ致命傷にはならないが、


「だけどその穴の開いた装甲じゃあどうかな!?」


 言う間に、再度ナルベイッツの機道魔法がデスクボードを襲った。アウェルの声に慌てて防御するデスクボード。そして防御してしまった結果、両腕手甲の亀裂から侵入した衝撃は容赦なくデスクボード両腕のミュースリルと補助系をズタズタにした。


『金の亡者の犬め、邪魔だ! そして次は貴様だ、低魔力の小僧――ッ!?』


 ナルベイッツが右手から槍を取りこぼした。ナルベイッツの操縦者は驚きと共に、親指が欠けて四指になった手を、その向こうの敵手を見据えた。

 視線の先、崩れ落ちたデスクワークの背後で膝をついていたゼフィルカイザーは、先ほどまで構えていたショットガンとは別の長銃を構えている。そこから放たれた弾丸が、ナルベイッツの手を、さらに言えば親指の付け根を狙撃したのだ。

 ゼフィルカイザーの手が銃に備えられたレバーを前後すると、排莢とカートリッジからの装填が同時に行われた。ボルトアクションだ。


「次はライフルだ。正直、こっちの方が造るの大変だったんだぞ」


 言いながら、ナルベイッツへと射撃。小盾で防御されるが、即座に再装填しての射撃。口径こそショットガンに劣るものの、貫通力と命中率は段違いだ。その上カートリッジ式なので、撃ち尽くしたら新しいカートリッジに交換すればいい。

 左足を集中して狙撃、カートリッジが空になったときには、片足を潰され、行動不能になった古式魔動機の姿があった。


「こっちのほうがヴァイタルブレードに近いな。お前が二丁どっちも欲しがった理由がわかった」


『理解が得られて光栄だ』




 未知の戦場の有り様に、誰もが言葉を失っていた。

 魔力レベル1-という魔動機乗りをやっていられるはずのない魔力の、それも名前もろくに知られていない少年が、名だたる魔動機たちを目につくそばから戦闘不能に追い込んでいく。

 これが格闘戦であればここまでの動揺はなかっただろう。

 だが、魔力を使うでもない、弓の類でもないのに次々と弾を撃ちだしていく謎の武器と、それを手慣れた様子で扱う謎の機体。


『あ、ありゃあ一体なんだってんだ……トラさん、実はなんか知ってたんじゃないでしょうね!?』


『いや、確かに知らない奴ではなかったんだが、以前はあんな武器持っていなかったぞ』


『そりゃあいいですから、奴さんどういう来歴のやつなんだ? 俺っち、セリガルに賭けてたから大損なんだぜ!?』


『恨み言なら本人に言え。

 んで、あいつは山の大陸のトメルギアから渡ってきた奴だ。あっちのほうで凄い騒ぎがあって、それを解決してからやってきたらしい。

 知ってるのはそれくらいだな』


 実際にはもう少し詳しいことも聞いてはいるが、この場で関係あることでもない。


『つっても、あんな武器見たことが……』


『いや……魔力を使わず物を発射するんなら、他にも見たことがある』


『そ、そいつはどこで?』


 それは世界で最も魔動機乗りの血を吸った武器。


『――皇帝殺しの、杭打機だ』




「そりゃそうでしょうね、なにせどっちも私が発案・設計したんだし」


 観客席の一角、他の観客たちと同様に観戦する影絵の化け猫が口ずさむ。それを聞きとめるものは誰一人としていない。


「シキシマルは死んだって話だし、そうなるとツトリンが造ったんでしょうけど……シキシマルの名を継いだだけあって、凄まじい仕上げね。うちじゃああはいかないわ」


 化け猫は思い出す。自分がこんなふうになる前、自分のことを無邪気に慕っていた、少女の形をした生き物を。


「そしてそれだけじゃないわね。あの機体、魔動機とも精霊機とも、私の作ったモーターライザーとも違う。

 トメルギア、北半球か。それに半年前に天津橋を吹き飛ばした古の火……」


 ニィ、と口角が吊り上る。


「面白いわね。あんたもそう思わない?」


 影絵の化け猫が目をやった先。烏のような目の男は、無言で戦場を睨んでいた。まるで獲物の品定めをするがごとく。或いは襲い来る捕食者に怯えるがごとく。

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