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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第二十二話  大魔動杯、開催!
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022-002

「勝ち上がりおめでとさん」


「いや、その、ありがとう」


 シングを見つけたセルシアは、開口一番に勝利を祝福してきた。どうやら試合を見ていたらしい。

 照りつける日差しは相変わらずだが、時期的に真冬に差し掛かった帝都は随分と肌寒い。それを反映してか、セルシアも出会ったころのような薄着ではなく、肌色面積も減っていた。

 裾の長めのキュロットに前綴じのシャツ、その上にベストという爽やかな印象の服装。間違ってもセルシア自身の趣味ではなく、おそらくパトラネリゼのコーディネイトだろう。革のベルトで下げた剣も相まって、いっぱしの女剣士という雰囲気にまとまっていた。


「し、しかしセルシア、今日は一人なのか? てっきりアウェルやパティも見に来ていると思っていたんだが」


「アウェルも来ようとしてたんだけど、工房出ようとしたところで力尽きたわ」


「なっ……い、一体何が!?」


「単なる睡眠不足よ。あいつら、明日の予選に出るから作業が追い込み入っててさ。今はぐったり寝てるわ。パの字ならそこにいるけど」


「え?」


 と、振り返り、誰もいないので下を向けば、賢者の少女の姿が目に映った。こちらも寒さ対策だろう、トメルギアで出会ったときのような、厚手の服に賢者のローブという装いだ。彼女が賢者の杖を手にしている姿は初めて見た気がする。

 だが、特筆すべきはその表情だ。ふわりと広がる服装ゆえにどこか妖精のような可愛らしさを感じさせる少女は、ひどくいやらしい――いや、率直に言って下卑た笑みを浮かべて手を揉んでいた。


「ああいやこれはどうもシングさん。いつもいつもお世話になりまして」


「ああ……え、えらく上機嫌だな?」


「いえいえ、それもこれもシングさんのおかげですよ。ええ、ええ」


 なんだろうか。彼女に特別なにかした覚えはないのだが。


「ど、どうしたんだ、パティは?」


「さっきの試合で賭けてたのよ」


「あー……」


「いやもう、私の有り金全部はたいた甲斐がありましたよ! おかげでもう大儲けですよ! ぐへ、ぐへへへへへ……!」


 パトラネリゼが、知識欲が暴走して発情する様は何度か見た。正直引いたが、それですらこの様子に比べれば健全に見えてくる。


「それにしても、賭けって儲かるのね」


「やめとけよセルシア、はまるとろくなことにならんぞ。その若い身空で借金でもこさえたらどうするつもりだ」


「そんなもん、相手を殴り倒せば――あ」


 何か思い出したのか、途端にしゃがみこんで頭を抱えるセルシア。何か嫌な事でも思い出したかのようだ。理由に思い当たる節があるのか、パトラネリゼは特にいぶかしがることもなくシングの手を取った。


「まあせっかくだからどこかに入りましょうよ。せっかくなので私が奢ります。いえいえ、儲けさせていただいたお礼ですようへへへへ」




 シングが二人を連れてきたのは、フラットユニオンの仕切る通りに出ている店舗だった。


「しかし、メグメル島の店なんて出してるんですね」


「干物ばかりだがな。内陸部にも販路を作りたいということで、大会期間中、試験的にやっているらしい。

 アンテナショップというらしいな」


 そう、この店はメグメル島友の会によって経営されている。理由は今言ったとおりだ。


「てことはこのらーめんも干物で出汁取ってるのね。これはこれで美味いわ、今度アウェルも連れてこよ」


 箸が使えないらしいセルシアは、フォークで麺をかきこみながらぼやく。


「しかし、二人ともまさか博打のために試合を見に来ていたわけじゃないだろう?」


「そりゃそうですよ。ゼフさん、試合は全部記録しておかなければってうるさいですからね」


 通信機をくるくると回すパトラネリゼ。口ぶりからして、昨日と一昨日の第一、第二予選も見に来ていたのだろう。


「そのゼフィルカイザーは?」


「たぶん寝てるんじゃないですかね。試合が終わったら、『よ、よくやった、私も一眠りするから起こすな……!』と言って通信が切断されましたので」


「あいつ、機械なのに寝る必要があるのか?」


「人間ほど必要ってわけじゃないらしいですけど、それでも一週間近く不眠不休だったので相当疲れてたみたいです。

 エル兄操縦で作業しつつ、ひたすら対戦相手の想定とかをしていたみたいですし」


 シングがこの一行に着いてきた理由は、ゼフィルカイザーの正体を見定めるためだ。その類稀な戦闘能力や魔力に依存しない特異性は十分に見てきたのだが、シングが最も知りたい、「ゼフィルカイザーが古の神と関係があるのか」という点については何の手がかりも得られていない。

 なので、こうしたゼフィルカイザーの、生態とでもいうべき情報は戦闘能力よりも貴重だった。そもそも、その戦闘能力のほどはトメルギアで十分に見ている。


 ――光の精霊機? そんなもんもあった。たぶん本物だし、もうそれでいい。それ以上は知らないし知りたくもない。


「なるほどな。それでその甲斐はどうだったんだ?」


「この三日間の試合の結果をほぼすべて言い当ててます」


 すっぱりとパトラネリゼが言い切ったのに、シングは背を汗が伝うのを感じた。


「それと初日の騒動、あれもたぶん芝居だとのことです」


「初日の騒動というと、判定に文句を言って主審が精霊機を持ち出したことか?」


 この大会、魔力切れ、機体の大破以外に判定負けがある。厳密な判定ラインは主審である"暴虎"トーラー・チャンによるが、大会のルールブックには十秒間身動きできない状況に陥ったら失格、とあった。

 つまるところ止めを刺されるしかない状況に陥ったら失格、ということだろう。帝国での御前試合で用いられていたルールらしく、シングとしても納得がいくものだ。

 だが冒険者という枠にはまっているとはいえ、武力上等の荒くれ者たちの全員が全員、そんなものにほいほい従うほど行儀が良いわけもない。

 第一予選にて、重力系の機道魔法にフォールされ判定負けになった機体が異議を唱え、聞き入れられなかった結果暴れ出したのだ。

 そして、物わかりの悪い魔動機には、天罰と言わんばかりに真紅の雷光が降り注いだ。砂の大陸最強の精霊機、暴虎インカーリッジが判定を下したのだ。

 会場は勝利者よりも暴虎の威容に沸き立ち、当の初戦勝利者、頭部のバイザーとゴーグルが特徴的な魔動機はとぼとぼと引き下がっていった。

 トーラーはその場で改めて厳正な判定を行うことを誓った。文句があるなら自分に勝て、だそうだ。


「傭兵なんて裏かいて上等な連中だから、問答無用でルールを守らせるためのパフォーマンスを行ってくる可能性が高い、と。

 で、そうなると見せしめを用意するのが一番手っ取り早いということで、それらしいことをやるのではないか、みたいなことを言ってました。あそこまであからさまとも思ってなかったみたいですけど」


「事実その通りになったわけだが……よくそこまで読めたな」


「ゼフさん、ボ業のバックナンバーを読み漁って情報収集してましたからね。

 やらかした魔動機乗りは抹消処分候補に挙がったこともある前科持ちですが、今回商業連合所属クランに雇われてます。

 商業連合のクランが、前科に目をつぶって雇うほどの腕でもないのでいささか不自然、裏がある可能性が高い、と。

 ああして暴れたのが素か指図かまではわからないそうですけど」


 ちなみにボ業とはフルークヘイム機関誌「ボのつく自由業」のことだ。


「正義のロボットー、とか言ってる割に、謀略沙汰に敏感すぎるんですよ、あのポンコツ。こっちの大陸に来てからやたらと猜疑心にかられてますし」


「確かに、そういう感じはしているが――そもそも、由来もわからない機体なんだろ? こういう言い方はしたくないが、君らに害が及んだりは――」


「あっはっは。なんですかそれ。ないない、ないですって」


 シングの懸念を一笑に付したパトラネリゼだったが――よく見れば、目がまるで笑っていない。見かねたのか、セルシアがわざとらしく店内を見渡して首を傾げた。


「そ、それにしても、あんまりお客入ってないわね。あ、この海藻サラダメグメル島風一つ」


「はいー海藻サラダメグメル島風一丁ー!

 いえね、お客さん。こっちも頑張っていい場所取ったと思ったんですけどねえ、ほら、あのはす向かいの店のせいで苦戦してましてね」


 店員が指さした先、はす向かいには大きな人だかりができていた。この通りでは随一の盛況っぷりだ。


「はて、なんですかね、あのお店」


「メアドラって国の八百屋らしいんですけどねえ。うちの海産物が負けてるとは思えないんですけど」


「なるほどなるほど。シア姉、ちょっと見てきますんで。あとシングさん、ゼフさんはポンコツですけど悪い人じゃないですからね」


 びしっと言い放って、人だかりに突っ込んでいくパトラネリゼ。華奢なようで結構ガッツがあるからそう問題はないだろう。それを見送ったセルシアは、小声でシングに告げてきた。


「ふう。あのさ、ガルデリオン。あいつ、白いのが絡むと最近あんなんだから、下手な事言わないほうがいいわよ」


「あ、ああ……」


 シングとしてはいろいろと意外だったが。たとえば今しがたのようにセルシアが空気を読んだ対応をしたり、パトラネリゼの心中を察したりするあたりが。

 それ以上に、久々に上の名前を呼ばれたのが結構響いた。考えてみれば、この閑散とした店内で二人で席を囲んでいるというのは、


(こ、これはまさか……で、伝説の、デート……!?)


「なに赤くなってんのよ」


「い、いやな!? そ、その……あれだ、そう……け、剣はもう馴染んだか!?」


 テンパっているとはいえもう少し話題はないのか。自分でも頭が痛くなるが、


「ふぅん……とっととケリつけたいっての? なに、そんなにあたしが欲しいの?」


「ぶふぅっ!?」


 話題のチョイスが大外れどこか大当たりだった。思わずむせ返るが、苛立ちにかえって腹が決まった。


「っ……ああ、もう。実際、いつ勝負をつけるつもりだ。君はもっと、即断即決するタイプだと思っていたが」


 あえて挑発するような物言いをしてみる。実際、セルシアを手に入れる云々はともかく、次に顔を合わせたら即斬り合いと思っていたし、その覚悟も決めていた。それがいざ再会したら肩すかしもいいところだ。

 だが、聞かれたセルシアは恥ずかしげに――気恥ずかしいとかではなく、それこそ恥じ入るような調子で返してきた。


「あたしもそう思ってたんだけどね。なんか、いろいろとわかんなくなっちゃってさ。

 あんたさ、強いってどういうことだと思う?」


 予想外と、そう呼べることが魔界を出てからどれほどあったか分からないが、この蛮族からここまで哲学的な問いがもたらされるとは、それこそ想像してなかった。

 だが、問いの内容それ自体は自分にとっては単純なものだ。


「俺の知る中で一番強かったのは、俺の母さんなんだがな」


「あー……あのウミヘビをぶっ殺したっていう?」


「そんなのは一端だよ。武においても文においても、母さんが打ち立ててきたものは数知れない。

 万事において絶大な実力と才能、それを鈍らせない研鑽を積んできた、俺の知る限りもっとも強い存在だからさ。俺の目標だ」


「……はぁ」


「いや、なんでため息をつく」


「尊敬できる母親で羨ましいなーと」


 言われて思い出す。一目見たセルシアの母とかいう生物を。

 全身筋肉の戦闘生命体だった。

 シングの知る限り、人間、魔族問わず、魔動機を用いずの最強はレフティナ・トライセルだ。だが、あの原始人から漂う獣臭はそれを凌駕しかねないものだった。

 セルシアは技でどうとでもできる範囲だったが、果たしてあの原始人に通じたかどうか。


「……ひょっとして、あたしの母親、知ってたり?」


「ひ、一目だけだが」


 セルシアが余計に落ち込んだ。あの母親を見られたのがそこまで堪えたのか。


「いや、あたしの父さん、ああはなるなって言い残してったんだけどさ。実物見てどつきあったら、いろいろ納得いったっていうか」


「まあ……わからんでもない」


 セルシアの言うことはよくわかる。

 接したのはごく短い時間だったが、確かにヘレンカならば、レフティナに並び立ちうるだろう。だが、人の価値を戦闘能力にしか見出さない女を、母と同列に並べたくない自分がいる。あの女の強さを、強さと認めたくない自分がいる。


「というかどつきあったと言うが、どうなったんだ」


「殺されかけた」


 生き別れた母娘の再会がどうしてそうなったのか。だが逆に、穏当な再会シーンがまったく思いつかないのもこの母娘らしい。


「父さんの地元でドラゴン素手でぶっ殺したとか聞いた時から思ってたけど、あのババアなにでできてんのよ。

 あんたにも負けるし、地元の村でいきがってたころが懐かしいわ」


「気持ちは、わからんでもない。

 俺だって、魔界最強の魔王軍の最強騎士の俺より強い者が、どの程度いるものか、そんな風に思ってたんだけどな。人の世界は広いよ」


 セルシアに一本取られたし、アウェルとゼフィルカイザーにも後れを取った。

 それに先日垣間見た、暴虎インカーリッジとその操縦者の力。

 ゼフィルカイザーのような異質な力でないだけに、むしろその力のほどがより確かに感じられたこともある。

 故に断言できる。トーラー・チャンとインカーリッジの力は人間の枠を大きく逸脱している。あの力は人と精霊機というよりも、魔族と災霊機――それもバイドロットのような小物ではなく、真の四天王たちに伍しうるものだ。

 仮に戦ったとして後れを取るつもりはないが、シングは必勝を信じれるほど楽観的でも夢想家でもない。


「しかしその口ぶりだと負けたのか」


「負けたっていうか、負けにしといた。なんか、最後まで付き合ったらほんとにあれと同類で終わっちゃう気がしたんで。

 で、なんかあれで、斬り合ってケリつけるのが正しいんだか間違ってるんだかわかんなくなっちゃってさ――あー、勘違いしないでよ。約束は守るし、負けたらちゃんとあんたのもんになってやるわよ」


 顔を赤らめながらヤケクソ気味に言うセルシアはまるで思春期の少女のようだ。いや実際、思春期の少女なのだが。


「そんな意地になったように言わなくともだな……」


 本当、どうしてあんなことを言ってしまったのか。

 斬り合いでおかしなテンションになっていたこともある。

 ソーラーレイの輝きに心奪われたこともある。

 それに、一心に剣を振るうセルシアが、どうしようもなく綺麗で――


「二人そろって何赤くなってるんですか」


「「うおぁああ!?」」


 間に割って入ったパトラネリゼに、慌てて離れるシングとセルシア。むしろいつの間にか距離が詰まっていたことに驚く。


「なっ、なな、なんでもないわよ!?」


「そ、そうだぞパティ! それで、その、敵情視察はどうだったんだ」


「あー、これ見てください、凄いですよ」


 パトラネリゼが取り出したのは、青白い根菜だ。一見した分にはニンジンに近い。


「なんなのこれ?」


「魔法文明において夏場の甘味として珍重されたという野菜です。その名もアイシクルランス……!」


「なんか氷属性の魔槍のような名前だな。それでこれはどうやって調理するものなんだ?」


「あ、そのままバリバリ言っちゃってください」


「ほう――ぼりぼり――うまっ!? ていうか、甘っ!? それにヒヤッとする!?」


 躊躇なくかじりついたセルシアの感想に、シングも恐る恐る口をつけると、その通りの味がした。青臭さを感じさせない根菜の繊維質の中から、甘みと、口の中をひやりとさせる清涼感が溢れてくる。


「まるで甘い氷を食べたような感触だな。ほとんど果物だ」


「そういう野菜ですからね。他にもいろんな野菜や果物が並んでましたよ、それも新鮮なのが。一体どうやって運搬してきたんだか……あと、ハッスル丸さんがちらっと言ってたゴールデンラズベリーアッポーもあったし」


「ええと……エルフの肝くらい美味いとか言ってたやつだっけ? 実在したの?」


「そうですね。ていうか食べ物がらみだと記憶力上がりますねシア姉。とんでもない値段だったから控えておきましたけど。

 ――なんですかその目は。買ってあげませんよ。いや、本当にダメですよ? 殺気を滾らせようが絶対に駄目ですよ……!?」


 先ほどまでのしおらしさはどこへやら、食い気前回のセルシアと己の財産を守ろうとするパトラネリゼの姿に、シングは毒気を抜かれたように気を抜いた。

 果たしてアウェルやゼフィルカイザーはあの工廠で何をやっているのか。

 ケルドスに行く前はシキシマル工廠で寝泊まりさせてもらっていたのだが、ケルドスから帰って来てからは一切出入りできなくなっている。対戦相手となることも考えれば当然の措置だろう。

 大会開催一週間前からは、アウェルとツトリンなどは顔も見ていない。帝都にリ・ミレニアに限らず冒険者が溢れかえる現状、精霊機付きリビングソードが隔離されているのはまあ仕方ないとして。本当に何をやっているのか。

 アウェル達の出場するのは明日の第四予選。そこでどのような立ち回りを見せるのかを楽しみにしつつ、


「だから駄目ですっ、あっ、やだ、そんなに突っ込んじゃ嫌っ……!」


 現金を奪おうとするセルシアと、奪われまいと抵抗するパトラネリゼ。仕方あるまい。シングは男を見せようと自身の懐に手を突っ込み――




「……で、なんなんだろうな、あの……果物?」


「ハッスル丸さん曰く帝国の至宝だそうで」


 数分後、あぶく銭を奪われた少女と男気を消化された青年は打ちひしがれていた。

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