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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第二十話 ガルデリオン、初めての変装
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 新雪に峰を染める青波山脈。その山裾と波打ち際に挟まれた古都、アーモニア。砂の大陸北東部沿岸にある都市である。

 軍事帝国として機能性のみを追求したベーレハイテン帝国にあって唯一、魔法文明時代の趣を残す風光明媚な港町。帝国時代には高官たちの保養地として栄えていた。今でも中心市街にはその趣が残っている。

 一方、帝国全盛期には文化遺産程度の価値しかなかった城壁は現在の技術で可能な限り堅牢なものが構築され、防備を固めている。この都市を治めるリ・ミレニア評議会の手によるものだ。

 帝都決戦によって帝国が実質滅亡した際、生き残った帝国軍の一部は帝都の民を連れてこの地へと落ちのびてきた。帝都からアーモニアへは山脈を大きく迂回せねばならず、その道は決して容易いものではなかった。

 少なからぬ落伍者を出し、道中に集まったそれ以上の被災者を引き連れこの地へたどり着いた帝国軍は、そのマンパワーを生かして現在における三大勢力の一角を築き上げたのだ。


「というのが、このアーモニアという地でござる。

 山脈を盾にした故か、この辺りはこうして緑も残っておるでござるしな。青波山脈の豊富な雪解け水も相まって、こうして豊かな農地が広がっておるのでござる」


『なるほどな』


 街道をゆくゼフィルカイザーのカメラアイに映るのは、海岸から山裾にかけて走る長大な防壁と、そこに設けられた関所。その向こうには、広大な農園が広がっている。


「私の地元じゃあ到底及びませんねえ」


『確かに、防壁にせよ農園にせよ、規模が一桁二桁違うだろうな』


「しっかし、ゼフ殿が真価を発揮するとこれほどまでとは。普通に歩んで来たら二十日はかかったでござるよ。それを三日とは」


「……ひょっとして、飛ばし過ぎた?」


『何を言う。この程度序の口だぞ』


 気まずげなアウェルに切り返すゼフィルカイザー。

 ハッスル丸が言うのはブースター機能のことだ。エラ・ハイテンからアーモニアまでの道中、ブースター機能をフル活用してきたのだ。その結果、ハッスル丸が驚くように本来なら有り得ない速度での到着となった。


『アウェルよ、この三日で基本は掴めただろう。ブースターは常時ふかすのではなく、細かく刻んで使用するのだ。そうすることにより、省エネで速度を維持した行動が可能になる』


「あ、ああ。それは理解した。たぶん帰りは二日で行けると思う。でも」


『どうかしたのか?』


「いや……その、お前が手に持ってるもんなんだが」


『ああこれか』


 ぼやくゼフィルカイザーが掲げた左手には、


「うう……ゼッフィーの、いけずぅー……」


 目を回しながらうめく金属人間の姿があった。




 散々の交渉の末、ゼフィルカイザーは結局折れた。

 最終的に賞品を持ち逃げすることになる可能性が高い以上、裏切る前提で雇い主を探すのはいくらなんでも気まずい。

 それ以前にフルークヘイムや冒険者の性質からすると、それは完全に"やらかした"範囲内だ。下手をすると賞金がかけられて大陸中逃げ回ることになりかねない。

 一方で銃火器が使用できるというメリットは多大だ。

 シキシマル工廠に保管されていた完成品は例のリボルバーのハンドガンのみだが、ツトリンの亡父が残した図面には、さらなるアイディアが描きとめられていたのだ。もっとも、原案は例の天才魔動技師によるものらしいのだが。


(……まあ、非魔力駆動のロボットを実現させてる奴がいる時点でお察しだが。

 やっぱり、ロボット物にありがちなマッドサイエンティストなんだろうな)


 ゼフィルカイザーはこのように断定した。というか、オーパーツを実現している時点でそう見なさざるをえない。

 今のゼフィルカイザーは、ウェザリングの上にマフラー上のマントを装着し、さらに腰には即席のガンベルトを巻いた西部劇使用だ。なお、完全に本人の趣味である。


(正義のロボットとしてはこういうフォームチェンジも醍醐味だからな……!!)


 コスプレとは言うまい。

 そして腰の拳銃の重さとは別に、左手にもかなりの重量がのしかかっていた。誰あろう、ツトリン・シキシマルである。


「うう……ぐわんぐわんする、もうアカン」


 帝都を出てからこちら、ずっとゼフィルカイザーの左手が定位置だったせいで、彼女の三半規管的ななにかは限界を迎えていた。

 宝石のような瞳にはぐるぐると渦が巻き、鈍色の顔もどこか青みがかっている。緑、というか、緑青ろくしょう色の髪も萎れている。

 今まで目にしてきた奇怪な形質の生物も、一応、なんとか、かろうじて炭素生命体の域は逸脱していなかったが、これは人型をしているだけで完璧に別系統の生き物だ。


(まー、今更だけどなー)


 農園でバリバリ土を耕す等身大のオケラや人型のミミズ他からすれば今更だ。


「つーか、あたしも息が詰まるし代わろうか?」


『やめるですのヘボマスター! あんなクズ鉄をゼフ様の中に入れるわけにはいきませんの!』


「そうですよ。大体あんな鉄塊座らせたらシートが壊れてゼフさんがのたうちまわりますよ」


「あんたらねえ……まいいわ。とにかく歩くわよ。ほれ、あんたらも来る」


「ちょ、シア姉!?」


『ああっ、ゼフ様とクオルを引き離すなんて、鬼、魔族、エルフ!』


「諦めろパティ。そもそもセルシアの膝の上で文句言ったお前が悪い」


 クオルを抱いたパトラネリゼの首根を掴み、そのまま機体から降りるセルシア。ゼフィルカイザーもひとまず足を止め、ツトリンを地面に降ろしてやる。


「あー、揺れとらんってありがたいわー。でもゼッフィーは身持ち硬いなぁ。ウチのことナカに入れさせてくれんなんて」


『そいつらの言ではないが、確実にシートが圧潰するから却下だ』


 見た目こそ小柄な少女だが、この金属生命体の重量は1トン手前近い。ざっとセルシア10人分だ。アウェルならば20人分近くになる。

 ……アウェルはともかくセルシアの体重も大概だ。つくづくアウェルはよくこの娘を抱きかかえたりできたものだ。

 ともあれツトリンだが、今も安全靴を髣髴とさせるブーツがあぜ道に数センチはめり込んでいるし、手に持っていても、人間のころで言うとボウリング玉を抱えているくらいの重量感があったのだ。

 そんなものをコックピットに入れたら、


(人体で言うと胃と心臓どっちに来るのかなあ。やっぱ心臓かなあ……)


 このような心配が実現すること請け合いだ。


「ええと、それで、このアーモニア、でいいんだよな? ここで何をするんだっけ?」


「資材の調達でござるよ。アーモニアはハイラエラに次ぐ港と、青波山脈の鉱脈、さらにこの農園で栄える地でござるからな。

 本来ならハイラエラでいいんでござるが、あっちは先日のバカどものせいで人が若干遠のいてござるし、ま、仕方ござらん」


 二人の話題を変えようとする善意がコックピットに染みるゼフィルカイザーだった。




 やがて、またしても防壁と関所、その向こうに立ち並ぶ街並みが見えてきた。

 そして、衛兵として魔動機が一機立っている。そのこと自体は前の関所でも見た物だ。だが、違う点もある。ほかならぬ、衛兵の魔動機だ。


「前の関所だとデスクワークが四機いたのにな。

 あの機体、フルークヘイム本部にもいたよな。なんていうんだ?」


「帝国軍の正規量産魔動機、ヌールゼック。あれはおそらく戦後に改良されたヌールゼック改でござるな」


「戦後に改良って……ちょっと待った、あれまさか新物モダンなのか!?」


 アウェルの驚きももっともだ。ポールアックスと盾で武装したヌールゼック改の重厚感はフラムフェーダーに匹敵する。


『あの完成度で量産型で、かつ今の時代の機体とは……』


「資材に関しては期待できそうだな」


 などと言いつつ門へと迫ると、ヌールゼック改がポールアックスを向けてきた。そして、張りのいい声で告げてくる。


『そこのみずぼらしい魔動機の搭乗者、機体を停めろ! 同行者もそこで止まれ! 従わない場合は拘束する!』


『なんですのあの不届き者は!? ぶった斬ってやるですの!』


「シア姉、コレの面倒自分で見てくださいよ。私じゃ押さえてられません」


「いや、何か本当にごめん。なんかさっきからカンに障るっていうか、首筋がピリピリするというか」


 言いつつ、ビチビチと鞘ごと跳ねる聖剣を受け取り、万力以上の握力で締め上げるセルシア。


『ぎゃあああっ!? クオルの、クオルの形が変わってしまうですの……!!』


「おっちゃん、なんてものを残してくれたんだ……」


 膝をついたゼフィルカイザーから降りたアウェルが、亡き師へと愚痴をこぼした。そのアウェルに、こちらも膝をついたヌールゼック改から操縦者が歩み寄ってきた。

 金髪のショートカットに切れ長の目。硬く引き結ばれた顔立ちは中性的で、背丈もセルシアよりやや低い同程度。一見して少女のようにも見えるが、先ほどの声からすると男だろう。だがそれにしてはいやに線が細い。


「さっさと冒険者証を……お前たち、何をやっているのだ?」


「いやなんでもないから。ほら冒険者証」


 アウェルがするりと間に入り、よどみなく冒険者証を出した。が、それを見た少年が怪訝そうな顔をした。


「レベル1-? そんな魔力で動かせるとはどういうガラクタだ。

 いや、それ以前にこのような魔力で魔動機を乗り回すなど魔力欠乏で倒れる恐れがあるぞ」


 その台詞自体はアウェルも異論ないのだろう、黙って聞いていたのだが、


「その年齢ならば背伸びをしたくなるのもわかるが、無理をする物ではない。戦うのは魔力ある者の義務だ。

 魔力無きものは大人しく開拓に勤しんでいるといい――と言っても、その体格では野良仕事も難しい、か」


 これが嘲笑うような調子なら、アウェルも慣れたものとして気にしなかっただろう。

 だが少年の言葉には心の底からの憐憫が籠っていた。かわいそうに、と。だけに、アウェルも黙ってはいられなかった。


「――おい、どういう意味だ」


「どうしたもこうしたも今言ったとおりだ。体格云々は言いすぎたかもしれないが、魔力のない者が冒険者などになるものではない。

 君の魔力で動かせるのだからその機体、相当な粗悪品だろう? そんなものに乗っていたらいつか命を落とすぞ」


「あんた、黙って聞いてれば――」


『黙って聞いてればふざけたことを抜かすですの……!!』


 友を愚弄された少年の怒りは、惚れたロボットを愚弄された乙女の怒りに押し流された。セルシアの手の中で跳ね回る剣に、少年もびっくりした顔だ。


「そ、それはなんだ? 新手の魔道具……いや、もしや精霊機エレメンタライザーなのか?」


『そうですの! そのクオルの騎士様であるゼフ様を粗悪なガラクタなどと……!』


(そんなもんになった覚えはない。そして俺にその手の罵声を一番浴びせたのはお前だ……!!)


 正体を隠すために喋れないのがこれほど辛いと思ったこともなかった。

 一方、少年は最初は驚いていた表情が引き結ばれると、突如その場で跪いて礼を取った。


「これは失礼をした、精霊機殿。我が名はレルガリア・ジンガーサマー。して、その精霊機殿の使い手は、君か?」


 その作法の堂に入り様は、付け焼刃ではない、本人に沁み込んだ教養を感じさせた。あまりの態度の変わりように、セルシアもクオルも毒気を抜かれた様子でぎこちなく頷いた。

 レルガリアはそのセルシアを頭から足までじっ、と見て――


「――美しい」


「はっ?」


『えっ?』


「あ゛?」


 きょとんとしたセルシアとクオルの脇、ゼフィルカイザーにジェスチャーで抹殺を指示してくるアウェル。しかしレルガリアは歯牙にもかけず、平静を取り戻し、


「あ、いや。ようこそアーモニアへ。君、いい体をしているね。我らがカフュー騎士団に入らないか?」


「このスケベがっ!」


 取り戻していたのか取り戻し切れていなかったのかは知らないが、突如現れた馬脚に蹴り飛ばされた。

 レルガリアの顔面に蹄がめり込み吹っ飛んでいく様を横目に、セルシアは下手人を見上げた。

 逞しい四脚を備えた体躯の上には、二本の腕を備えた少女の姿があった。いわゆる半人半馬だ。

 上半身は関節部に魔物の甲殻を加工したらしい装甲を当てた防護服を着込んでいる。馬状の下半身も同様の防護服とサイドバッグ――この場合は馬具と呼ぶべきなのか――を装着していた。

 髪は毛並み同様に栗色で、整った毛並みをしている。眼鏡の下、顔を赤らめた少女が、苛立ち全開で吹っ飛んだ少年を見降ろしていた。


「ぐっ……誰かと思えば貴様か、魔力無しの馬女……!」


「るっさい、この魔力以外能無しの七光りモヤシ。門前で旅人をいきなり口説くとか何やってんの」


「何を言うか、彼女は精霊機使いだ。それに、間違いなく戦士としての鍛練を積んでいる。

 これこそ魔力ある者のあるべき姿だ、見惚れるのも当然だろう」


「あんたは腕立てもろくにできないもんね、モヤシ」


「ぐぎっ!? え、ええい! 魔力もない上に女だというのに、無闇に鉄火場に突っ込むお前がどうにかしているというのだ! 少しは慎みを覚えたらどうなんだ!」


「なんですってぇ!?」


 いきり立って腕をまくる少女は、言われてみればしっかりとした体つきをしていた。

 脚にしてもそうだ。半馬のような形質だからと言って足が速いとは限らないが、彼女の引き締まった脚部のしなやかさは、明らかに鍛えこまれている。

 そのままにらみ合う二人だが、このままでは埒が明かないと介入した者があった。


「お二方、それまで、それまででござる」


「部外者は黙って……って、その白黒に色分けされた奇怪な見た目、どこを見ているか分からない異形の目つき……」


「まさか……ハイラエラ三強の一人、ミルドルミの赤シャチか? この大陸に戻ってきたという噂は事実だったのか」


 ゼフィルカイザーから降りてよちよちと歩み寄ってきたペンギンに、二人がそろって身構える。


「拙者らは此度は売り買いに来ただけにござる。して、アーモニアへは立ち入らせてもらえるでござるか?」


 相も変わらず焦点の合わない目で尋ねるハッスル丸だったが、ここにきて二人は目を合わせた。馬女が足を折り、ごそごそと相談しだす。


「入れていいと思うか、ハーレイ?」


「そのくらいあんたが決めなさいよ。あんたゼロビン様の息子でしょうが」


「いや、しかしだな……」


「待たれよ。貴殿やはりゼロビン殿のご子息でござるか?」


 会話の中に聞き捨てならない名前が紛れ込んでいたので、ハッスル丸が再度割り込んだ。

 ゼロビン・ジンガーサマー。リ・ミレニアの重鎮にして、十二神将に並ぶ実力を持つといわれる人物だ。

 トーラーとの別れ際にアーモニアに向かうと告げた際、掛け値なしに信頼できる人物だと名前を上げていた。


「うっ……ま、まあそうだが。な、七光りではないぞ!? 私は実力でこの仕事についているのだ!」


「逆言うと門番程度が関の山」


「うるさい魔力無し!」


「あー、とにかくいいでござるか? 拙者、いろいろと情報も仕入れてござる。なにせこの大陸を離れ、はるか北のトメルギアまで行ってござったのでな。

 かくいうこの一行も、トメルギアからの来訪者にござる。拙者、その水先案内人を務めてござる。

 ゼロビン殿に取り次いでいただければ、そのあたりお話することもできるでござるが、いかがか?」


「ぐっ……い、いいだろう。だがもめ事は起こすなよ赤シャチ! 貴様の噂は良く聞いているからな!」


「ほう、ちなみにどのような?」


「大陸沿岸すべての色町で出禁」


 ハーレイが間髪入れずに答えた。全方位から氷点下の視線がハッスル丸に向けられるが、当人はどこ吹く風だ。


「ふっ、拙者の魅力はやはり罪でござるな」


『汚らわしいですの、いかがわしいですの!』


「流石にあなたに同感です。つくづくこんなの膝の上に乗せてたかと思うと」


「つーか、一体何やったんだよハッスル丸」


「なに、この程度拙者の武勇伝のほんの一つに過ぎんでござる」


 自慢げに言うペンギンに、アウェルは頭を押さえた。


「では、機体を置ける場所に案内するから――」


「レリー、ちょっと待ちなさい、ほらこれ、お弁当」


 レルガリアを止めたハーレイは、いそいそとサイドバッグを漁り、包みを投げてよこした。レルガリアも慣れた様子でそれを受け取る。


「ふん、魔力の少ない者が魔力ある者に尽くすのは当然だからな。まったく、こうして家の守りだけやっていればいいものを」


「魔動機が私よか足早かったらそうするわ。んじゃ、表門にも宅配があるから」


 一行は、毒づきあってから蹄を鳴らして駆けていくハーレイを見て、次いでレルガリアに目をやって、


「な、なんだ君たち」


「いえー、ベッタベタだなあと」


「せやなー。おお、暑い暑い」


「一応真冬なんでござるが、この辺は温帯でござるしなあ」


「なっ、何を言うか!? 奴とは昔からの付き合いというだけだ、私と奴はそういうのではないのだからな!」


「……ひょっとして、存外いい奴なのか?」


 地団太を踏むレルガリアに首をかしげるアウェル。その一方で、


『ヘボマスター、さっきからどうしましたの?』


「ああ、なんでもないわよ――ちょっと、知った奴が近くにいるだけだから」


 セルシアは瞳に迷いを抱きながらも、門の向こうへと目をやった。

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