019-009
『アウェル? どうしたのだ?』
「あ、いや。なんでもない。それで、大会には参加しない、のか?」
『む? どうしてだ?』
「いやさ、お前嫌がってるっぽいし」
『いや……そんなことはないぞ?』
瞳のないカメラアイでよかったと思うゼフィルカイザー。でなければ盛大に目が泳いでいただろう。
『というか、お前こそどうしたのだ。ほれ、遠慮せず言ってみろ』
はぐらかしつつ、アウェルに促す。それに、アウェルは時たま見せる覚悟のこもった目で答えた。
「オレは、この大会に出たい。出て、他の奴らと戦って、オレがどれくらい強いのか知りたい」
『あの機体を見たからか?』
「ああ」
その気持ちが分からないゼフィルカイザーではなかった。
動画投稿サイトが隆盛しだしたのは、ゼフィルカイザーが大学に上がるより少し前だったか。そして、動画サイトで一番人気を集めていたのが、
(アニメの違法アップロード……!! いや、それは置いといて)
関東圏在住のゼフィルカイザーとしてはそこまで狂喜するほどのものではなかった。それに当時ロボットアニメが割とガチで氷河期だったし。
人気を集めていたジャンルの一つが、ゲームのプレイ動画だ。そして、ゼフィルカイザーがやりこんでいたロボットゲームの作品のいくつかもプレイ動画が上がっていた。アクションからシミュレーションまで。
内容は様々で、「はっ、雑魚が!」などとゼフィルカイザーが名人様をこじらせる初心者動画もあれば、それなり以上の腕を持つゼフィルカイザーをして、「何故だ!? 同じ機体で何故こうまで違う!?」などと本気でうろたえる神プレイ動画もあった。
果てには、「えっ、なんでこれでクリアできるの? なにこの変態」という非常識なものまで様々だった。
そしてそれがゼフィルカイザーに更なる研鑽をつませる起爆剤になった。
なにより――
(機道奥義を使いこなしてこその一流、ってやつか)
機道奥義は、機体性能と機道魔法、それに操縦者の技量の三位一体があって初めて実現する物。そして、アウェルは機道魔法どころか、戦闘用の魔動機をまともに動かすこともできない。
無論、アウェルの操縦技術は生半可なものではない。だが、魔動機の操縦の到達点が機道奥義だというなら、アウェルはそこには到達できないのだ。
だがあの機体の操縦者は、機道奥義どころか搭載兵器の威力と技量のみ、結果を見て言うならばほとんど技量のみで古式魔動機を倒したのだ。ゼフィルカイザーにはるかに及ばない性能の機体でだ。
それでアウェルは初めて知ったのだろう。機道奥義以外にも極みと言っていい領域があることに。そして、魔力のない己でも到達できる可能性があるということに。
(……いや、ひょっとしてこれ、俺がお払い箱とかそういう展開にならんよな?)
「別にお前から乗り換えるとかそういう話じゃないぞ?」
(読まれてるし)
セーフルーム内、わざわざポーズをとるのも馬鹿馬鹿しいので、指でorzと綴ってその辺に投げる。
「で……いいか?」
「というか、他に手がないですしねえ」
『精霊機禁止とかいうふざけた条件が無ければクオルが焼き払ってやったですのに……! ゼフ様を傷つけたらゆるしませんですの!』
パトラネリゼとクオルはそのように返し、セルシアは、
「あたしに許可なんか求めるな。言ったでしょ。あたしはもう止めないって」
「――ああ」
言い捨てたセルシアも、頷いたアウェルも、どこか満足げだ。
(なんだろう、微妙に甘酸っぱいんだが。おかしいな、俺の味覚は前世に置いてきたはずなんだが。
……でも、おかげで他にも置いてきたもんが思い出せたよ)
前世に置いてきた後悔はたくさんある。発売が決まっていたロボットゲームやら、死亡時に放映していたロボットアニメの結末やら、来季放送予定だったロボットアニメやら。
他にも死亡時一緒に砕け散ったグッズやら、数えだしたら切りがないが――ゼフィルカイザーが思い出したのは、生きているうちに既に諦めてしまったものだ。
かつて、ロボットゲームの大会に何度か出た。ある程度のところまでは行けたが、それ以上の領域にはとうとうたどり着けなかった。オンラインのPvPでも同じだ。
ロボットオタクであってゲーマーではなかったと言えばそれまでだし、自分でも納得して諦めたはずだったが――こうして、何の因果か機会が巡ってきた。
ゼフィルカイザーの性能は抜群だ。ゲームで培ってきた戦闘勘も一応はある。だが、それを己の駆動に反映させることはまだまだできない。
だが、アウェルとならば――かつて憧れた、トップランカーたちの戦場に殴りこめるのではないか。そう考えると、必然、全身の駆動系が滾ってくる。
力と技をそれぞれ出し合い、強敵に挑む――これもまた、ロボットアニメのお約束、いいや、
(王道だ……!!)
覚悟は決まった。アウェルもそれを悟ったのだろう、何も言わず、ゼフィルカイザーに向かって頷いた。
『決まりだ。大魔動杯に出場し、コアと神剣を堂々といただくぞ。後のことはそれまでにでも考えればいい』
「よっし。じゃ、いろいろと考えないとな。こういうときはあれだ、特訓とかするのか?」
「いえいえ、まず敵情視察ですよ。敵を知り、己を知ればなんとやら」
『ゼフ様ならどんな魔動機相手でも絶対勝てますの!』
セルシアは答えず、やれやれ、といった風に首を振っていた。
そんな風に盛り上がっていたところに――
「それはわかったんだが。お前らって、どっかのクランに所属してたのか? あの大会、クラン単位での参加って言ってたじゃないか」
トーラーが、はて、といった風に尋ねてきた。
『いや、まだだが。冒険者の組織だろう? そう難しい話では――』
「や。クランに所属するって超難しいぞ。なんせ信用がいるからな」
『ハッスル丸!? クランって冒険者の寄り合い所帯じゃなかったのか!?』
「そうでござるよ。ただし、フルークヘイムの正式認可クランとなると話は別でござる。
具体的には拠点となる不動産や活動実績、経営状況や周囲との摩擦がないかなどなど……」
(クレジットカードの申請みたいな……いや、信用って意味では同じなのか)
「冒険者が寄り集まると郎党と化して悪さを働く可能性も十分あるでござるしな。正式認可クランという看板は、「こいつらはやらかさん」という信用実績そのものなんでござるよ。
ミルドルミとて、ハイラエラの地元人たちが立ち上げたのが長年の活動によって正規クランとして認めらたものでござるし。
まー、中には調子に乗ってやらかして、抹消候補に上がったりする連中もいるわけでござるが」
おそらく、ザンバリン一家のことだろう。
「そういった事情から、正式認可クランというのは閉鎖的とは言わんでござるが、新入りをほいほいと迎え入れるということはないでござる。そいつ次第でクランの信用にかかわるでござるからな。
中には子飼いの非認可クランにまず所属させ、見どころがあれば正規のほうに昇格、などということもあるでござる。
ま、言うなれば運命共同体といったところでござる。
一人がクランのために、クランは一人のために。だからこそこの荒野と砂漠の大地で生きてゆけるのでござるよ」
『嘘を言うなっ!』
つい突っ込んだ。
「嘘と言うても事実でござるし」
『いや、冒険者だろう!? 命を的に夢買う銭を追ったりする最低野郎どもじゃないのか!?
組んだ相手に、「だまして悪いが、仕事なんでな、お前には消えてもらう」とか言われて背中から撃たれたりするもんじゃないのか!?』
「かけだしの一人者ならそういうこともあるでござろうが、そのうちバレてヘイムの始末屋に殺されるのがオチでござるよ?
そして始末屋でもどうにもならんければ、晴れて賞金首でござる」
冷静にそう言いきられると、何も言えないというか。
『なんで荒野をさすらう冒険者が、健全な就労者じみてるんだ』
「だからごろつきじゃない証明が冒険者の肩書きなんでござるよ。
ともあれそう言ったわけで、クランに所属しとらんと出場できんというのが」
『くっ、ならば自分たちで立ち上げ――』
言い終わる前に気付いた。信用と活動実績、どちらも積むには時間がない。
「なあ、そんならミルドルミ水産に所属させてもらうのは?」
「うちに限らずハイラエラは大陸中央の情勢にノータッチが不文律ゆえ無理でござるな。こればかりはアウェル殿やゼフ殿の頼みと言えどお断り申す」
「そうなりますと、あとは大会に出たいけど戦力の無いクランに雇ってもらうとかですか」
「現実的にはそれでござるが、最終的に賞品を持ち逃げせねばならん可能性があることを考えると――」
「ちょっと待ったああああっ!! これ、これ見てや!?」
ハッスル丸の言葉を遮ったのは、鋼鉄の臭いがむせ返る工房内にあってなお金属臭が臭い立つ少女。ツトリン・シキシマルの手には、折れ目一つない書状があった。
「ツトリンさん、探し物はその紙だったんですか? 見たところ錬金術で造った保存紙ですが……えーと?
クラン認可状 発行元フルークヘイム
貴クラン シキシマル工廠をフルークヘイム正式認可の冒険者クランとして認める――って、ちょっと!? どういうことなんですかツトリンさん!?」
「いやー、ワンコのおっちゃんのはからいでなー。こうでもせんとここの土地をウチのもんやって言い張れんからいうてな。
一応ウチも冒険者登録自体はしとるし」
『……で、貴様、何が目的だ』
「目的はまあ、エルやんと同じ言うかな」
ツトリンはそこで表情を消した。
「あの機体を作ったんは間違いなくキティのねーさまや。トラやん、そうやろ?」
「ああ。貴賓室で会った。俺様は初めて見たけどな」
それだけで十分と頷いて、ツトリンは話を戻す。
「エルやんと同じ言うたんは、単純な事や。
ウチも、ねーさまに挑戦したい。おとんとウチが造ってきた得物が、ねーさまの作品とあのバケモンに通じるのか知りたいんや。
せやでゼッフィー、エルやん。賞品も金もいらんで、ウチの力になってえな」
「ツトリン……わか」
『で、貴様何が狙いだ』
共感して即答しようとしたアウェルの言葉を間一髪で遮ったゼフィルカイザー。そのカメラアイに映る鈍色の少女と目が合う。彼女はニィ、と笑い舌なめずりしていた。
「言わせんといてえな。惚れたオトコと一緒におりたいだけやで」
『貴様のそれは食欲だ……!?』
「なんとでもいい。ウチはあきらめんで……それともなんや? 大会開催まで、おるかもわからん雇い主を探して走り回るんか? ん?」
『ぐっ……姑息な……!!』
「そうですよ、卑怯です!」
『ぶった斬ってやるですの……!』
歯噛みするゼフィルカイザーだが、しかし内心どこかで悟っていた。
(これ、結局飲まざるを得ないんだろうなあ、お約束としては)
砂の混じった風に星が瞬いている。大魔動杯の告知もあってか、日が落ち夜の帳が降りた帝都は、いまだざわめきが絶えなかった。
機が訪れたと逸る者、情勢の変化を読もうと耳をそばだてる者、おこぼれにあずかろうとする者、ただ戸惑う者。そしてそれらを睥睨する、力ある者。
だが、その男はいずれにも属さず、城壁の上からただ帝都を眺めていた。正確には、帝都に屍を晒す鋼の蜘蛛を。
「――母さん」
風に銀髪をなびかせながら、黒甲冑の男はふと呟いた。
それを聞きとめてか、あるいは偶然か。ふわりと舞い落ちた白い綿毛がぼん、と爆ぜた。そして、そこに褐色の美女が現れた。
「戻ったべ、ガル坊」
「――今の、ひょっとして聞いていたか?」
「さあ?」
美女、四天王が一人、マートルは笑ってぼかすが、ガルデリオンはかえって気まずそうに頭をかく。
いつものマスクはしていない。赤と紫の双眸が、闇夜に光っている。
「……お姉様のことを思い出しておったんだべ? 無理もないべさ」
「まあ、な」
ガルデリオンは忘れられない。魔界の空にヒビが走ったあの日を。自分が全てを失ったあの日を。
そして、ただ一つ残されたものを。
その全ての発端が、あの蜘蛛の遺骸だ。
存在は知っていた。だが、こうして直にエラ・ハイテンを訪れたのは初めてだ。セルシア達がいずれ訪れるであろうとこの半月待ち構えていたのだが、その間、あの鋼鉄の躯は嫌でも目についた。
平静を保とうとはしていたが、それでもガルデリオンの心中は想像以上にかき乱されていた。
「……俺が、もっと早く生まれていれば、いや、そもそも俺が――」
「ストップ」
ガルデリオンのぼやきを、マートルが止めていた。
「お姉様は、病んでもそれを悔やまなかったべ」
「そう、だな」
歯噛みするガルデリオンは、冷や水を浴びせられた思いだった。
表に出さなかっただけで、一番悔しかったのは母なのだ。それを忘れてはならない。
「――先のことを考えよう。それで何か収穫はあったか?」
「ああうん、それがね」
マートルが語るのは、アウェル達一行が話していたことだ。一体如何にしてその内容を盗み聞きしたというのか。
「勇者の聖剣は、まだ本来の力を取り戻していないというのか」
「そうみたいだべ。あと、あっちの白い機体についてはよくわからなかったべさ。
どうも、機体自体に意志があるっぽいのは確かやけんども」
「……やはり、直接接触するしかないか。それに、神剣アースティア、か」
「ああ、大会の景品の。あの剣がどうかしたべか?」
「天然の魔道具であり、すべての魔法技術の祖。そして、古き神が振るったと言われている剣だ。ベーレハイテンにあるのは知っていたが。
しかしマートル、よく気づかれなかったな?」
尋ねると、マートルは首を横に振る。それに応じて、長い耳がピコピコと揺れた。あと豊かな乳房も。
「ぜーんぜん。あっちのヘンな生き物相手は少しキツかったけど、あんたの言うコはまるで気づいた様子はなかったべ」
「あの蛮族に気取られないとは、にわかに信じがたいな。あいつの勘になにか穴でもあるのか……?
まあいい。それなら、なるべく奴らの行動を把握してほしい。こっちもいろいろと動くとする」
「了解だべ、我らが騎士。あと、アイビスにもちゃんと協力してもらうべよ。いいべ? 絶対だべ?」
マートルがいやに念押ししてくるのにため息をつきつつ、彼は腰に差したものに手を当てた。
それは鞘に納められた二本の剣。背に負ったイクリプスに比べれば、えらく小ぶりだ。
「約束だからな。次は万全――本気で行く」
資金繰りや資材集めのため、リ・ミレニアの本拠を訪れたゼフィルカイザーたち一行。
そんな一行の前に、キャプテンを伴い現れた謎の銀髪の美青年。
どこか抜けた調子の爽やかな好青年、彼の目的は、そしてその正体は……!?
次回、転生機ゼフィルカイザー
第二十話
ガルデリオン、初めての変装
(黒騎士とは。魔王軍の筆頭騎士とは。ここまで耐えねばいけないことなのか……!)
次回もおたのしみに!




