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019-004

「んん……はっ、ここは!?」


「お前ん家の前だよツトリン」


 目を覚ましたツトリンに、渋い顔をしながらアウェルは告げた。既に日も暮れ、西の空が赤く染まっている。

 言うとおり、ここはシキシマル工廠の外だ。ただ、中と外を言い分ける必要があるかどうか。箱状の建物は前後の入口に扉もなく、吹き抜けと化したその内部もほとんどすっからかんだ。

 廃屋の中には廃材で組まれた小屋がしつられてある。今しがたの狂態はともかく、一見すれば少女のツトリンがあのようなところで生活しているというのか。

 風を凌げればと思った一行だったが、これでは風を凌ぐだけでも精一杯だろう。

 クオルとツトリンを回収した一行は、さすがに勝手に入るのはどうかと思い、こうしてツトリンが目覚めるまで待っていた。ただし、そのままというわけではない。


「あー……エルやん」


「何があったか覚えてるか」


「いや、そのそれは……」


 苦笑いしながら視線をそらし、そこでようやく自分がワイヤーで拘束されていることを理解する。


「……ウチ、またやってもうた?」


『またって何だまたとは!?』


 その非人間的なエフェクトのかかった声に、慌ててツトリンは顔を上げた。そこにいたのは、ゼフィルカイザーと呼ばれていた白いロボットだ。


「え? 誰か乗ってるん?」


「あー、隠すのめんどくさいから言っておくと、こいつ自分の意志があって自律してるから。

 たぶん気づいてると思うけど、こいつ魔動機じゃないし」


「や、やっぱりそうなんや……」


 顔を伏せながらも、ちらりとその姿を見やる。月明かりに照らされたトリコロールカラーの機体。表面こそ鉄錆や損傷でボロボロだが、表面上のものでしかないことをツトリンは看破していた。


「んで、いろいろ聞きたいことがあるわけだけださ。ツトリン、まず人間なのか?」


「あー、いや、それはその……」


 気まずげに眼をそらすツトリンに、頑張の傍らに立つハッスル丸、ついでゼフィルカイザーが告げる。


「人間に限らず、大体の生物は五行がある程度の偏りを持ちつつ均衡しておるものでござるがな。この娘は金気の塊でござる」


『スキャンしたが、体組成のほとんどが金属で、総重量は1トン近い。少なくとも炭素生物では絶対にないな』


「あたしでも両手じゃないと持ち上げられなかったわよ。あー疲れた」


「むしろなんで持てるんですか。

 とにかく、ツトリンさんみたいな人は見たことも聞いたこともありません。金属の甲殻を持つ魔物の話は聞いたことがありますけど……」


「あー、うん。まあ今更やしちゃんと答えるで、その……見てもらったほうが早いいうのもあるし、なんか食べるものくれん?

 せやないと我慢できなさそうで」


「ツトリンさん、道中の露天で奢るって言ったのに遠慮したじゃないですか」


「いやその、そうやなくて……エルやん、さっき吹っ飛んだ機械の残骸持ってるやろ? それ食わせて」


 え、と皆が絶句した。なお、


『む゛ーっ、む゛ーっ!!』


 勇者の聖剣は鞘入りの状態でゼフィルカイザー特製捕縛テープでぐるぐる巻きにされていた。




「ばりぼり……んぐっ、ごくっ……ぷっはー、うまい、ごっつ美味いな!? これはあれやな、銅線、それに磁石や! それが精緻極まる加工によって絶妙のハーモニーを奏でとる!

 初めて食うはずが、でもこの風味にはどこか懐かしさが……そう、確かモーターや! ねーさまが研究しとった!」


「……そりゃどうも」


 先ほどのように口を変形こそさせていないものの、金属も混じった部品を本当にうまそうに頬張るツトリン。

 パーツこそゼフィルカイザーがこさえたものだが、組み立てたのはアウェルだ。だけにアウェル、残骸とはいえこうしてそれを貪り食われて複雑そのものの表情になっている。


「それにこれは……もう、なんや、なんなんや……! この平べったい板に部品が盛られただけのもんが、この世のものとは思えん味わいを生み出しとる! 革命や……機械技術の産業革命やー!!」


(この世界、産業革命以前にしか見えんのだが……!?)


 通信機の基盤の欠片を板チョコかせんべいかという勢いで食われてドン引きのゼフィルカイザー。


「ああ、もう。腹ん中パンパンや……こんなに満腹になったの、オトンがおらんくなってから初めてや」


「それは、お粗末さまで……それで、あの、ツトリンさん?」


「ああ、ウチのことやな。つっても、今見た通りや。

 ウチはこうやって機械を食う生き物なんや。ま、さすがに人間ではないわな」


 余った針金で金属光沢溢れる歯をしーしーやりながら、ツトリンは己を簡潔に語った。

 先代シキシマルは普通の人間の技師だった。魔力も少なく市民権も持っていなかったのだが、いろいろあった末に帝国貴族の魔動技師のお抱えとなり、この下町の工廠の長となった。だが、現場主義であった彼は素材集めから加工まで、全てにおいて一線で働きまわっていた。


「そったら、鉱山でウチを見つけたらしくてな」


 ざっと15年前。魔物の巣窟となった坑道を掃除したところ、金属でできた子供を拾ったのだという。

 以来、彼は彼女にツトリンという名をつけ、自分の養女として育ててきた。件の魔動技師も、彼女を妹のようにかわいがっていたという。


「そーいうわけや。ウチがどーいう生き物なのかはようわからんし、同族に逢うたこともないでな。何とも言えん」


「……そこまではわかったけど、なんでゼフィルカイザーに襲い掛かったのさ」


「それはその……」


 上目遣いにゼフィルカイザーを見てくる宝石のような瞳。夜の明かりに照らされた瞳はくるくると万華鏡のように輝きを変えている。

 ゼフィルカイザーが緑のカメラアイを向けると、恥じらったようにその目をそらした。


「腹空いとったし、ごっつううまそうやったし。今はお腹いっぱいやで大丈夫や。

 ええと、ゼフィルカイザー、でいいんやな?」


『……ああ』


「ごめんな、ほんま堪忍してや」


 両手を合わせ、頭を下げて謝るその姿には邪気はない。ないはずだが、なんなのだろうか。


(この、妙な感覚というか……言っていることは納得できるんだが、なにか違和感が)


 ゼフィルカイザーがうまそうに見えたというのはまあわかる。ゼフィルカイザーの装甲にはナノマシンが含まれている。

 今しがたのリアクションからして、高度な機械ほどうまそうに見えるというのはまあありそうな話だ。


(つーか、グレムリンじゃねえか。ファンタジーじゃ――いやいや、ここ剣と魔法とロボットのファンタジー世界)


 グレムリン。21世紀時点でも歴史の浅い、機械に憑りついて悪さをする妖怪、あるいは妖精のことだ。歴史が浅いので、機械とまったく縁のない怪物として描かれることもある。

 なんにせよこの世界の人間模様を見れば、人語を解する美少女重金属グレムリンくらいは理解の範疇内だ。


(俺の天敵となりかねんということを除けばな……! とにかく注意しておかねば)


 言う間でもないが、ロボットは機械だ。機械生命体とでも言うべきものと化しているゼフィルカイザーからすれば、この用心は当然と言えた。


「そんで、こんなことになってまったけどどうする? 泊まってく?」


「つっても、この吹きさらしはどうなのさ」


「あの小屋じゃあとてもじゃないですけどこれだけの人数寝れませんしねえ」


「あー、別にあれは家っちゅーわけやなくてやな」


『私は別にかまわん。風が凌げれば御の字だからな』


 言いながら、ゼフィルカイザーは廃屋の中へと足を踏み入れた。と、同時、みしり、と地面が軋み、


『ぬ……!?』


 慌てて飛びのいた――その着地点が、いきなり崩落した。


『ホワァアアアアア!?』


「あちゃー……やっぱ脆くなっとったかー」


「やっぱって何ですかやっぱって!?」


「いやー、最近地下もちょろちょろ砂が落ちてくるようになってまってなあ」


『む゛ーっ……ぷはっ、ぜ、ゼフ様、ゼフ様……! いまクオルが参りますの……!』


 この間もずっとびちびち跳ねていたクオルはとうとう拘束テープを振りほどき、ぴょんぴょんと穴のほうへとはねていく。その柄を、本来の担い手が掴み取った。


『ぴぃ!? 邪魔しないでくださいのマスター!』


「そのナリで何するつもりなのよ」


「セルシア?」


「あたしが行ってくるから、あんたらは待ってなさい。白いののことだしどうせ大丈夫だろうけど」




『ぐぬぬ……落とし穴とは卑怯な……! と、冗談はこのくらいにして』


 上に見えている穴までの距離は20m近く。ゼフィルカイザーの身長からすれば三機分近くある。腰をはじめとしてあちこちをしたたかに打ち付けた感覚があるが、駆動に問題があるほどでもない。というのも、腰の下には、


『砂か。脆くなって侵食していたのか。助かったと言うべきだな。とにかく、状況を確認せねば』


 カメラアイを暗視モードに切り替える。こうした切り替えも、最近は意識するまでもなくできるようになった。セーフルームの光景もそうだが、ゼフィルカイザー自身が機体とより一体になってきているこを感じさせる。

 と、暗視モードの視界に、強烈な光を放つものがびたんと降り立った。強烈な光に、途端に視界がホワイトアウトする。


『うおっ、眩しっ……! く、切り替え……なんだセルシアか』


「あんたも慣れたわねー」


 いつも通り四つん這いで落ちてきたセルシア。光の元凶はその手にあるものだ。


『クオルのことを眩しいだなんて……ゼフ様ったら、お口が上手でらっしゃいますの』


「アーソウダナ眩シイナー」


「……なんかごめん。割とほんとに」


 露骨な棒読みと、それすら賛美と思ってくねる聖剣に、さすがに罪悪感の湧いてくるセルシア。


「で、おいナマクラ。そんじゃちょっとここ照らせ。暗いのよ」


『クオルは光の聖剣ソーラーレイの統御精霊ですのよ? この程度お茶の子さいさいですの。

 ちょっとクオルを振るですの、ヘボマスきゃあああああっ!?』


 我慢の限界を通り越したセルシアは、光をあふれさせたクオルを全力で投げ捨てた。その軌道上に光の粒がまき散らされ、地下を明るく照らし出した。


「うわーっ、明かりの魔法とはいえこんなに大量に……あれ、やっぱり凄い剣なんですねえ、一応」


「しっ、口が過ぎるでござるぞパティ殿。彼奴に聞かれたらどうせまた騒ぐでござる」


 部屋の一角のドアが開いて、そのような声が聞こえてくる。どうやら上にあった小屋は階段につながっていたらしい。


「うわー。すっげー」


 アウェルも感嘆の声を上げるが、フォッシルパイダーの時ほどではない。そこに広がっていたのは、ごくありふれた魔動機工房の光景だったからだ。ただ、地下にあり、これだけ広いというのは珍しくはあるのだろう。


「あいつはほんとに……で、白いの、立てる?」


『あ、ああ……しかし』


 一人、というより一機だけ、その工房に並んでいたものに、これまでにない驚愕を覚えていた。


『これは、銃、か?』


 無造作に積まれていたものの一つを取り上げる。片手に収まるサイズのそれは、


「確かに魔道銃っぽいですけど……コアはどこにあるんですか、これ?

 って、ゼフさん!? なに壊してるんですか!?」


 パトラネリゼが疑問符を上げる一方で、ゼフィルカイザーは銃を途中で真っ二つに折っていた。壊したわけではない、そういう構造だと知っていたからだ。いかに実銃に疎いゼフィルカイザーでも、このくらいはわかる。

 銃身を展開したところにあるのは、六発装填の回転弾倉。弾倉はいずれも空だ。


(どう見てもリボルバー式の拳銃……おまけに、ライフリングも切ってあるだと……!?

 チート知識無双するにしても火縄銃からだろうが、どこの転生者だ……!?)


 サイズはゼフィルカイザーの手にちょうど収まるサイズ。つまりは通常の魔動機の使用を前提としている。

 ゼフィルカイザーの知る一般的なリボルバー拳銃に比べれば装飾などもなく、グリップの握り心地もよろしくない。まだ試作段階なのだろう。

 それらを踏まえても、この拳銃一丁に用いられている技術は今まで見てきた他の魔動機技術などとは異質に過ぎる。


「それ、気にいったん? お目が高いなー」


『ツトリン、だったな。この銃は誰がどうやって作ったのだ?』


「エルやんにも言っとったけどな、アイデア出したんはねーさまや。んで、基礎設計はおとん。加工と組み上げはウチとおとんでやった」


『その、ねーさまというのは一体どういう出自の人間だったのだ? 今はどうしている?』


 問いかけるゼフィルカイザーの剣幕は必至だ。トメルギアから感じていた、他の転生者ないし転移者の気配。これはその中でも格別だ。

 だがツトリン本人はあっけらかんと返事を返した。

「帝国の貴族で、めっちゃえらい家のお嬢で超天才やったっちゅーくらいしか覚えとらん。やって、ウチそのころ四歳かそこらやで?

 んで、ねーさまがどうなったかは、知っとるけど知らん」


「妙な言い方ですね?」


「エルやんには言っとったけど、ねーさまは魔力を使わん兵器の研究やらをやっとって、でももっとお偉いさんに潰されてもうたらしいんや。

 で、ねーさまは自分の研究の成果を証明するために、帝国をおん出て反乱軍に加担した。

 せやけど、帝都決戦の少しばか前に帰って来てな。デスクワークの完成型の図面を置いて、反乱軍と戦う言うて自分も出撃してった。

 ねーさまを見たのはそれが最後や。そうそう死ぬ人やないと思うけど、生きとるとも思えん」


 そう語るツトリンからは、懐かしさや寂しさに加えて、あるものが混ざっていた。


(……これは、憎悪、か?)


 ほんのわずかなものだし、本人も気づいてはいないだろうが。


「ま、とにかくそーいうわけや。

 そのあとまあいろいろとあってな。んで、昔のツテやらでアレコレ調達して作ったのがソレや」


『これが、か?』


「そ。ねーさまは火薬使うて弾丸を飛ばす、いうもんを研究しとったんやけどな。あれこれ試しとって、こういうもんができてな……よっと」


 ツトリンが工房の一角に置かれた箱を開け、中身を持ってくる。1リットルペットボトルほどのその物体がなにかなど、言われずとも知れている。


『それが弾丸か』


「ふむ? 火器、おそらくは石火矢の類にござるか。しかし、これはどこから種火を用いればいいのでござるか? 見たところすべて(かね)で覆われておるでござるが」


「そういや赤シャチはん、東の国の人やったな。ねーさまも、そこの武器を参考にしてアレコレ研究して、そんでこれを作ったんや。

 ゼッフィーの持っとるのは、この弾撃つための銃や。そっちは、おとんが頭絞ってこさえたもんやで」


『その呼び方は後で修正するとして、まずハッスル丸。貴様の地元に魔力を使わずに用いれる銃なんてものがあったのか』


「あるにはあるでござるが、こんな魔動機が用いるような大きさではござらん。精々、出入りのときに景気付けに鳴らす程度のものでござるよ?」


(忍者だし集団運用とかに考えが向かんのか……いやちょっとまて、戦国の鉄砲集団も忍者じゃん)


 ゼフィルカイザーの内心のセルフ突っ込みに、ハッスル丸の次の言葉が答えた。


「なにより、遠くの敵を仕留めるなら弓よりも石火矢よりも手裏剣に限るでござる」


『お前に常識を要求したのが間違いだったニンジャ』


 ともあれ。


「金がかかるって言ってたよな、ツトリン。これ、いくらくらいするんだ?」


「聞いて驚きや。なんとこれ一発で帝国金貨一枚かかる。そんで使い捨て」


「「「「はぁっ!?」」」」

 全員が絶句した。砂の大陸は環境のせいで物価が安定していないのだが、それでも帝国時代に発行されていた金貨は信用度の高い通貨として流通している。ただしある程度財力のある人間の間で。


「で、驚いてみたけどさ。それ一枚でどれくらいになるんだ、ハッスル丸?」


「そうでござるな。今日本部で見てきた相場によるとでござるが、大体、影鯱丸の腕に使われておる銀肉(ミュースリル)を根こそぎ新品に取り換えたら金貨20枚分ほどでござるか。技術費用は抜きで」


「うっわー……それでツトリンさん、これ、どれくらいの威力なんです?」


「ちゃんと命中して、帝国軍の使ってた魔道銃の七割くらいの威力」


「それは流石に……」


「一体どこにそんなに金がかかるんだ?」


「全体的に金はかかるんやけどな。一番底に使っとる、雷管っちゅーやつがアホみたいに金が食う。腕のいい錬金術師やないと錬成できんでな。

 ねーさまは自前でできたでタダ同然やったけど、ウチやとそうもいかんっちゅー話や」


 錬金術とは、物質を加工する魔法全般のことだ。そこまで魔力が必要でない代わりに、専門の知識と魔法自体の精密さが要求されるため、魔動機に関わらない系統の錬金術師はどうしても少ない。


(またなんというか、一足飛びに技術が進歩してるせいで苦労してる感じがするな)


 ゼフィルカイザーは驚きつつも呆れていた。

 たとえばこの銃弾がマスケット銃などのもっと古典的な銃火器が実績を上げた後であれば、それなりに価値が認められただろう。だが、最初から高度な技術を突っ込んで必要経費を上げてしまったために見向きもされなくなっている。


(原始人にビーム砲渡しても、エネルギー切れたらそれでおしまいだしな。

 しかし、これは本当に転生者がらみか……?)


 リボルバーをいじるゼフィルカイザーに、己の推測に対して疑念がわいてくる。

 チート技術を持ち込むにしても杜撰に過ぎる。それにツトリンの言を考えると、


(ロボット物にお約束の天才科学者とか、そういう類の人種だったのかもしれんな。上にマッドがつくような)


 なんにせよ消息不明の相手だし、今の自分にはそこまで関係ある話ではない。彼の興味は手元の鉄塊に移っていた。


『それでツトリン・シキシマル。一つ聞きたいことがあるのだが』


「なんやゼッフィー?」


『その呼び方やめんか馴れ馴れしい……!』


「そうですよ!」


『ですの!』


 何故か他からも援護が飛んでくる。


『この銃、いくらで売ってくれる? あと、他にも銃はあるのか?』


「おいおいゼフィルカイザー、オレたちも金が無いわけじゃないけど、こんなのじゃヴァイタルブレードの代わりにはならないぞ?」


『ないよりマシだ。あと、金については私にいい考えがある』


 アウェルの懸念を跳ねのけるゼフィルカイザー。その自身の根拠は単純だった。


(弾薬生成システムを駆使すれば銃弾ごとき容易く生成可能……!!)


 ゼフィルカイザーの弾薬生成システムはレールガンの弾丸の生成に用いていたものだが、別にレールガン以外の弾丸も生成は可能なのだ。口径にもよるが、この拳銃程度なら余裕だろう。

 そうしなかったのは、


(作っても砲身がなかったからな……!

 ゼロ距離マグナムとか面白いことをする趣味は俺にはない……!

 つくづく銃火器の知識も少しはかじっておくべきだったかなあ。いやまあ、大口径砲だと鉄鋼の知識もないと作れんだろうけど)


 それ以前に、そうした武器をこさえる暇がなかったというのが正直なところだ。既に現物があって買えるなら言うことはない。

 だが。


「なんでその銃が欲しいと思ったん? 金が食うのは言うたやろ?」


 あれだけ困窮していたというのに、ツトリンはゼフィルカイザーをまっすぐと見て尋ねてきた。宝石のような、というよりは実際に宝石に近い性質の眼球なのだろう。地下を照らす明かりを受けて、プリズムのように輝いている。

 何と言ったものか。弾薬生成システムについては流石に漏らせない。

 ゼフィルカイザーは己の苦境のたびに否定しているが、ゼフィルカイザーの各種機能はどれも使い方を誤れば世界のバランスを傾けかねないものばかりなのだ。

 ある程度熟考し、


『この武器には、可能性がある』


 そう、答えを返した。


「可能性、ね。ねーさまもんなことを言うとった。

 ウチもおとんもそう思ってそいつをこさえて、でもおとんは死んでもうたんやけど?」


『それは見る目が無かっただけだろう。なによりこの成形技術、並大抵のものではない』


 撃鉄を起こすとシリンダーが回転し、引き金を引けば撃鉄が落ちる。リボルバーの基本動作だ。

 だが、この世界の技術の方向性からいえば、このような技術は完全に別方向のものだ。

 それにゼフィルカイザーの力で取り扱っても軋み一つ上げず、カメラアイからの解析でも銃身の歪みはほとんどない。無骨な鉄塊でありながら、そこに込められた技術は最早芸術の領域だ。

 ゼフィルカイザーもプラモを散々作ってきた身なので、これだけの物を形作る労苦は片鱗くらいは理解できる。

 それにアウェルも、鉄工と木工では随分違うが通じるところもあるのだろう、今のシングルアクションに感じるものがあったようだ。


「あんがとな。それ、加工はほとんどウチがやってん。おとんはほとんど動けんかったもんでな」


『そう、だったのか』


「せやけど、そんだけ言うてもらったら……うん、そやな。ゆずったるわ」


『本当か? 対価は――』


「銭はいらへん。そん代わり、交換条件や――ゼッフィー、ウチと一緒になってえな」


『……は?』


 ロボット、思考回路がスパーク。



「えっ?」


「腹減ったわね」


「ゼフ殿、やはり貴殿は……!」


「ポンコツのくせにポンコツのくせにポンコツのくせに」


『ゼフ様になんてことを、このクズ鉄……! くっ、抜けませんの!』



「せやで、ウチのオトコになって言うとるの。そしたら、まあもらうもんはもらうけど、アフターケアまで全部やったる」


『いや。いやいやいや。出会ってまだ半日も経っていないぞ!?』


「ウチは一目で惚れてもうたわ。それにあんなこと言われてもうたら、もう辛抱ならんて」


 上目遣いに舌なめずりするその表情は、どうしようもなく淫靡に感じられる。


『じ、実はだな。私には邪神を倒さねばならないという使命が……』


「大丈夫や。カラダだけの関係でもウチは一向に構わんで」


『いや、体と言ってもなにをどうしろと――はっ』


 そこで思い出した。今までいい話だったので忘れそうになっていたのだが、この女は、


「いやほんと、先っちょ、先っちょだけでもええんや。大丈夫や、天井のシミ数えとる間に終わるて」


『貴様、私の先っちょをどうするつもりだ!?』


「えっ? それは……そんなもん、言わせんといてや」


 そう言うツトリンの顎が、バキバキと鋭利さを増していく。言わないと言いながら、口が口以上に物を言っていた。


『やはり私を食うつもりなのだな、このグレムリンめ……!!』


「いいオトコがおったら食いたい思って当然やろ! ウチをオンナやと気づかせといてよう言うわ……!」


『グレムリンどころかカマキリか……!? くっ、仕方ない。銃は諦めざるを得んか』


「なんでやゼッフィー!?」


『食われたくないからだよ!!』


「そんなにウチのことが嫌なん!? ゼッフィーもウチのこと好きにしていいんやで!?」


『この体格差でなにをどうしろと……あっ、おいお前たち!?』



「寝るか」


「そうね」


「あ、拙者帝都にも知り合いがある故、ちと顔出してくるでござる」


「また刺されるなよ、ハッスル丸」


『離すですの! ゼフ様に近づく売女はこのクオルが両断してやりますの!』


「はいはいまたぐるぐる巻きになりましょうねー。

 けっ、あのポンコツ色づきやがって」



『おい、待て!? 私を、私を一人にしないでくれえええっ!?』


「一人やないでゼッフィー、ウチがおるで? さ、一発キメよか?」


『嫌だああああっ!?』



 翌朝彼らが見たのは、膝を抱えるゼフィルカイザーと、アヘ顔決めて伸びたツトリンの姿だった。

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