019-002
ベーレハイテン帝国の帝都、エラ・ハイテン。
パトラネリゼによれば、魔法文明の時代は優美な放射線状都市だったらしい。だが、長年の要塞化によって都市自体が迷路じみた構造に作り替えられている。
建造物の高さも相まって、ひとたび街中に足を踏み入れると大魔動機がどこにあるのかおおよその見当しかつかない。
だが一方、帝都というだけあって活気はこれまで通ってきた村や町の比ではない。大路には露店が並び、それを覗く人々でごった返していた。そして暗黙の了解なのか、大路の真ん中の開けたスペースを魔動機が闊歩していた。
それだけの活気なので、一行もそこまで注目されるということもない。本来なら目を引かれるはずのトーラーも、今はタイガーマスクを懐に仕舞い込んでいた。
ただ、それでも一部の者はすれ違った一行に改めて振り返っていた。目を引いていたのは二つ。
砂色の町に咲いた一輪の薔薇を思わせる、薄紅色の髪の少女。
今一つは、その隣を歩く少年、の、手から伸びた紐に引かれる謎の物体だ。緑色の甲殻のところどころに棘が生えたそれはサボテンの玉を半分に切ったような形状。アウェルが牽引しているように見えるが、よく見れば物体は微速で自走していた。
通り行く人は一瞬首を傾げるが、しかしすぐに興味を失う。この世界の生態系からすれば、こんなくらいの生き物はいても珍しくないのだろう。もっとも、
「……不気味だわ」
引いた表情のセルシアが、思わず呟く。デザートエルフにあと一歩まで追いつめられたセルシアからすれば、当然の反応だろう。すると、その不気味な自走サボテンから抗議の声が上がった。
『不気味とはなんだ、不気味とは』
「そうだぞ。外装だって結構頑張ってこさえたんだし。
まあ、どうやって動いてるのか説明されたけどさっぱりだけど。パティはわかるか?」
「雷と磁石の力による駆動ですね。知識としては知ってましたけど、こうやって現物を見るのとではまた違いますねえ……うへ、うへへへへ」
「パの字ー、冷静になりなさーい」
それは物質製造機で作った各種パーツをアウェルが組み上げ、さらにデザートエルフの残骸を用いて作り上げた自走車両だ。
『その名もダニーボーイ一号……!』
「二号以降も作る気か」
『まああくまで試作機だからな。駆動系も雑だし』
動力源と操作系はカバー内のソケットに突き刺さった通信機そのものだ。
この一月で物質製造機のレパートリーもかなり充実してきた。ので、作れるもので何か作ってみようと思い立ったその成果がこれだ。
『これぞモーターライズの力……!』
とはいえ小学生の夏休みの工作レベルなのだが。ミニ四駆とどちらがマシか程度のものだ。
「ゼフ、あんまでかい声で喋るなよ。目ぇつけられるとろくなことにならない」
偉そうにのたまう物体へと釘を刺すトーラーの声には、どこか剣呑な響きがあった。それに限ったことではない。街全体の活気そのものにも、どこか剣呑な空気が混ざっている。
ゼフィルカイザーの本体は帝都から幾分離れた場所で、砂漠迷彩に模様替えしたうえでハッスル丸の土遁で埋まっている。
トーラー曰く、魔力が無くても動く機体というのはそれだけで大陸情勢を傾けかねないとのことだ。
ゼフィルカイザーもそのあたりは当然理解している。そもそも新機軸の技術で作られたロボットなど本来、第一話で強奪されてしかるべきものだからだ。主人公機は大体若干性能が下の兄弟機とかが定番だったりする。
今まで通った町でもある程度注意はしてきたが、帝都は別格だという。手練れも多く、ゼフィルカイザーが魔力無しで動くことを一見で看破されかねないらしい。なので、ゼフィルカイザーはこうして街の外で待機することを選択した。
「さっきも言ったが、このエラ・ハイテンは三大勢力が昔から取り合いしてるんだよ。なんせ帝国の象徴だからな。
リ・ミレニアは帝国再興のために帝都を抑えたい、フラットユニオンは帝国再興の芽を摘むためにミレニアには渡したくない。で、商業連合は交易路のど真ん中にある帝都は絶対に通るが、他の馬鹿どもが物資を強奪に来るから頭痛いって寸法でな」
「に、しては結構人もいますし、外から見たのに比べれば結構小奇麗に見えますけど」
「昔、それこそ帝国崩壊して、それから三大勢力の立て直しが済んできたあたりは旧帝国領のあちこちで小競り合いをやってたんだよ。
だけど三大勢力は、フラットはともかく他二つは帝都をあんまり壊したくなかったんでな。
なにより立て直したって言っても何もかも足りない状況で、砂漠化もどんどん進んでる。決め手もないし、無理したら共倒れだ。
だから、各々代表者を出して、勝ったほうが欲しい区画を手に入れる、って方式を作りあげたのさ。それを作ったのがワンコのおっさんだ」
「一つ欠けておるでござろう。その賭け試合を成立させるため、中立の裁定者としてワンコ殿が呼び出した者があったでござろう」
「って、もしかしてトラさんが?」
「まあな。それが、今この大陸のいたるところで行われているライザーズアリーナの、そしてフルークヘイムの発端だよ」
以前ハイラエラで聞いた話とも一致する。それ以来、冒険者という職業が生まれ、有象無象の無頼漢との線引きができたのだという。そして、その後ろ盾となったのが、このトーラーであり、これから会いに行くワンコルダーだという。
「あん時も一生に一度の頼みって言われたから今回も何が待ってるやら……ま、そう身構えるな。基本的にはただの守銭奴のおっさんだからな」
「遅い。貴様のせいでいくら損したかわかっとんのか。なにやっとったトラ公」
「人助け」
「んなこったろうと思ったわい。おう、悪いとおもっとんなら誠意見せろや、ああ?」
「オレが金持ってないのは知ってるだろ。あと悪いとも思ってないよ」
「かーっ、これだから金のない奴は……!
んで、そこにおるのはミルドルミの赤シャチか。なんじゃ、儲け話でも持って来たのか」
「覚えておっていただいて光栄にござる、ワンコルダー殿」
「社交辞令はいいから金か金になる話を出せ。おう、貴様から銭の匂いがするんじゃよ」
「本当に変わらんでござるな、帝国の銭の猟犬……!!」
「これ、ただの守銭奴って言わない気がするんですけど……」
パトラネリゼはドン引きしていた。金にうるさい人間を知らないわけではない。というか、一行の中では自分が一番うるさい。
しかし、ここまで金、金、金と連呼しているのを見るといっそすがすがしい。
くたびれた口ひげに垂れ下がった眉毛の初老の男。特にそうした形質はないのだが、ターバンを巻いたその容貌からは老犬を髣髴とさせる。
この男がトーラーと同格の元十二神将、フンフント・ワンコルダーだと言われてもすぐには納得がいかないだろう。
只者ではない、それは確かだ。装飾などが特に施されていない白い長衣は、よく見ればシミもよれもまるでない。それ自体がきわめて上質のものである証拠だ。
身の丈もアウェルと同程度と随分小柄だ。しかしパトラネリゼはワンコルダーから、トーラーやセルシアとまではいかないにしても、ハッスル丸やリリエラと同等以上の魔力を感じていた。
なにより、セルシアの様子だ。一見すれば商家のご隠居といった風の老人相手に、警戒して間合いを開けていた。
その上、なんとなしに手を空の背にやっては、思い出したように手を戻している。騒ぎを起こさないための処置ではあったし、素手でも十分強いセルシアではあるが、しかしいっぱしの剣士としては無手というのも不安になるのだろう。
「シア姉、やっぱり置いてこないほうがよかったんじゃ」
「いたら悪目立ちするってトラさんも言ってたし、仕方ないでしょう」
「……トラさんは一発で覚えたんですよねー。ちなみにトラさんの本名は、はい」
「えっ? ええと、と、ト、でよかったわよね。え、ええと、ト、トラ、じゃなくって? ううんと」
「はい私が悪かったです、知恵熱出すからやめましょうね」
なお、セルシアは最初は師匠と呼ぼうとしたが、トーラーが必死で辞去してきたのでトラさんと呼んでいる。
(あの人も昔はなんかあったんでしょうねえ……で、あっちは)
視線を横へ向けた先では、
「うおーっ、すげーっ!!」
感嘆の声を上げるアウェルの周りを、緑色の物体がぐるぐるとまわっていた。
大魔動機フォッシルパイダー。ヴォルガルーパーが巨大サンショウウオだったのに対し、こちらは巨大蜘蛛の外観をしている。蜘蛛と言っても、紡錘形の、厚めの凸レンズのような本体に、本体の直径を遥かに上回る長さの足がついている様は、
(某ロボットアニメの瞬殺された敵を髣髴とさせるなあ……あれ、ロボットかと思ったら人造人間って設定で当時かなり驚いたけど)
ゼフィルカイザーにこのような感想を抱かせた。端的に言えば、ザトウムシに近い形状をしていた。
とはいえサイズが尋常ではない。望遠画像で見た際に検出された本体直径は200m超。尾を丸めたヴォルガルーパーがすっぽり収まるサイズだ。脚に至っては確実にキロ単位だろう。
それが帝都でいかほどに暴れたかは、帝都の至る所に残る破壊跡が指し示していた。
だが、その凶獣ならぬ凶虫も、今となっては残骸と成り果てていた。そしてがらんどうになった内部では、
「すっげーな! あれだ、メグメル島で見たのも凄かったけどこっちもすげえ!」
アウェルが驚嘆するのも無理はない。巨大なホール上の内部は、最外周にはずらりと魔動機用のハンガーが立ち並び、そこに魔動機が収まっている。その数は、村を出てから見てきた魔動機すべてよりも多い。それぞれの魔動機の周りには、関係者らしい人間が右往左往していた。
そこから一段下がったところには、ありあわせの建材で組んだような施設が数多く立ち並んでいた。
魔動機の集う場所だけあって、ジャンク部品が積まれているところもあれば、魔動機用の武器がずらりと並んでいる場所もある。
それよりさらに一段内部に行けば、立ち飲み酒場があれば、冒険者らしい者たちが掲示板と睨めっこをしている場所もある。あれは冒険者ギルドとしてのカウンターにあたる場所だろうか。
そしてさらに中央では、さらに一段掘り下げられたところで魔動機同士が殴り合いを演じていた。鉄同士がぶつかり合う音と、それをかき消すほどの観客の絶叫が入口近くまで響いてくる。
「ああ、もう、あれだ。パティじゃないけど、出てきてよかった……!!」
アウェルは頬を紅潮させながら、感極まったという表情でこの光景に見惚れていた。アウェルもやはり魔動機、ロボットは好きなのだ。この辺りは男の性と言っていい。まして、
(うへへへへへへ……!! ロボットじゃ、ロボット様じゃ……!! それにこのカメラ越しにもこみあげてくる鉄錆の臭い、狂乱の熱気、ここは帝国の内乱が産み落としたベーレハイテンのソドムの市……!!)
この男にとっては、この鋼鉄のゴモラは楽園に等しかった。
(いやいやいかん、俺は正義のロボット。だが、だがしかし、この空気は、もう、なあ!? ああもう、オイル熱くなってきた……!!)
ゼフィルカイザーが死ぬ間際において楽しんでいたロボットアニメやゲームは、こういった路線のものが多かったのだ。
今のゼフィルカイザーのような、意志を持って自律した巨大ロボット、というのは、ロボット物においてはむしろ少数派である。大体のロボット物は人が乗り込むタイプばかりだ。
この世界に降り立ってからは、今の機体に引きずられるような形で正義のロボット路線でやってきた(なお、当人としてはあまり馬脚をさらしていない気でいる)が、このような光景を目にしては、彼の戦場を駆ける名も無き傭兵としての血が騒ぐのも仕方がない。
「よし、探検だゼフィルカイザー!」
『おうよ!』
「おうよ、じゃない」
駆け出そうとしたアウェルの肩が万力を遥かに超える力で掴まれた。ぎぎぎ、と音を立てて振り返れば、そこには渋い顔のセルシアが。
「危ないからちょっと待ってなさいって」
「くっ、放してくれセルシア! オレだって弱いままじゃないんだ! セルシアも認めてくれたじゃないか!」
「そこは否定しないけどここが物騒なのも事実だから」
「ですねえ。今まで旅してきた中ではぶっちぎりで治安最悪かと」
なにせ至る所で怒号が飛び交う荒くれ者の見本市だ。リリエラの一党が担任にシメられた高校の不良レベルに見えてくる。
流石に自分の身の程をわきまえているアウェルはそれ以上抗おうとはしなかった。だが、気の緩んだ隙に手からリード線がすり抜けた。
「あっ、ズルいぞゼフィルカイザー!?」
『はっはっは、貴様の分も見てきてやるから安心しろ……!』
今、この世界に転生したロボットオタクは真の意味で自由へと駆け出した。
『七割がたはデスクワークや派生機だが……いや、むしろ最高だ。量産機はずらっと並んでいてこそ……!』
物陰を移動する自走車両からは、ずらりと並ぶハンガーとそこに収まった魔動機が見て取れる。見たことのない形式の魔動機もいる一方で、デスクワークがかなりの割合を占めていた。
『それにカスタマイズもだが、各々でカラーリングしたりとか、それにエンブレムまで……! くっ、こうなったら俺にもエンブレムを』
『ゼフ様、素敵ですの!』
灼熱のテンションが一気に氷点下にまで下がった。この上ない楽しみに水を差され、舌打ちが出そうになるのを満身の気合で堪える。
元凶は、コックピット内で自立してくるくる回っている鞘入りのロングソードだ。
ゼフィルカイザーの存在は旧帝国、砂の大陸では劇物以上と言っていい。しかしクオル、というより精霊機の価値も尋常ではない。
なにせ精霊機はメンテナンスの必要がなく、古式魔動機と違い修復に時間がかかると言うこともない。損傷しても、再顕現すれば新品になっているのだ。
厳密には完全に無敵というわけではなく、霊鎧装に覆われた本体に過度のダメージを受けると、機能に支障が出るらしい。トメルギア公王機のフラムリューゲルも内戦で損壊し、かなり長い間眠りについていたという。
しかしそれでもノーコストかつメンテナンスフリーである、という究極のメリットからすれば大した欠点ではない。
(弾代や修理費がかからないとかどれだけ恵まれてるんだよ。
俺が傭兵時代、どれだけそれに悩まされたことか……!!)
無論ゲームの話だし、ノーコストかつメンテナンスフリーなのは今のゼフィルカイザーも同様なのだが。
とにかく、無法地帯で力が物を言う情勢で、力の基本単位は魔動機なのだ。そうした中で、懐を気にせず振り回せる精霊機というのは、使えるかどうかは別として、冒険者からすれば垂涎の的だという。
事実、冒険者にはトーラー以外にもごく数人の精霊機使いがおり、いずれも名を馳せているという。
そしてこの空気だ。クオルがいつものように喚いていれば一目で精霊機だと露見するし、そうなった日には血を見ることは必定だ。なので、ゼフィルカイザーのコックピットに留守番させるというのは、これも当然オブ当然のことだった。
『ゼフ様ならば、いかなる高貴な紋章を背負っても荷が勝つことはないですの。
あっ、シルマリオンの国章などどうですの? そうすればゼフ様はシルマリオンの騎士、つまりクオルの……ぽっ』
(……………………うぜぇ)
内心とは言え。果たして、転生してからこちら、彼がここまでどストレートに毒を吐いたことがあっただろうか。
ロボット鑑賞という彼にとってのライフワークを邪魔されたのだ、彼が人間であったら、今の表情はアウェル達に見せてはいけない類のものになっていただろう。
(俺の楽しみを邪魔するとか……こいつがロボットじゃなかったら虚無に返してやるのに)
『あ、あの、ゼフ様。ひょっとしてクオル、何かお気に触ることでも言ったですの?』
『そんなことはないぞ。ただ、私もいろいろと手落ちが多いのでな、敵となるかもしれん相手のことは極力知っておきたいのだ。
情報収集の間は静かにしていてくれると助かる』
即座にもっともらしい返答をするあたり、ゼフィルカイザーも手慣れてきたと言える。
それにあながち嘘でもない。武器は相変わらず足りないし、魔動機の情報も多ければ多いほどいい。だが、クオルは鞘ごとそそりかえって自慢げに言った。
『ゼフ様なら、あんな機道魔法も使えないクズ石のクズ鉄どもに後れを取ることなどありませんの』
『……まあ、そうだな』
これだけストレートに褒められるとどうにもむず痒い。それにただ頭がお花畑のお嬢というわけでもないのだ。
『しかし、これほど低質なコアは見たことがありませんの。みたところミュースリルもろくなものを使っていないというのに、それが当り前な様子。
……本当に、永き時が移ろってしまったんですのね』
こうして物哀しそうにしている様は深窓の令嬢を髣髴とさせる。ただの世間知らずの箱入りかと思えば、光の精霊機としての確かな深さを思わせる二面性に、
(……だから、俺はこんな奴に興味はないと……!!)
内心で誰彼なく言い訳するゼフィルカイザー。そうしてカメラに映る魔動機とクオルに気を取られていると、ダニーボーイ一号が何かにぶつかって止まっていたのに気付いた。
『む、しまった。ひとまずバックして――なにっ!?』
暗がりの中、二つの輝きが爛々と光り、その手でダニーボーイ一号を捕えてきた。




