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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第十八話 勇者さまは鞘入り娘
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018-001

 砂漠。

 表記すれば二字、口に出せば三音。英語で表記すればdesert。一般には砂だらけで雨が降らない地域が思い浮かぶだろうが、岩場だらけというケースもある。

 なんにせよ日本には存在しない類の地形で、日本人は旅番組でその情景を見るくらいしか縁がないものだ。その砂漠を行く、くすんだトリコロールカラーの人影があった。

 カメラアイに映り込むのは砂地だらけの、草木もまばらな景色だ。ゼフィルカイザーのイメージとしては、砂漠というよりは荒野と言ったほうがしっくりくる。


(サハラ砂漠みたいなのかと思ったら、中南米のガンマンさすらうような感じがするなあ)


 しみじみとそんなことを考えるゼフィルカイザー。空は雲がまばらにあるのみ。湿度はまるで感じず、風が吹き付けると砂粒が当たり装甲にチクチクとした感触がある。

 そして、砂漠の代名詞でもある熱気が、装甲を焼いていた。

 この世界に降り立ったのが初春だった。ただし北半球でのことである。この大陸は南半球なので季節的にはそろそろ冬のはずで、それを示すかのように太陽の角度は北へと傾き、日照時間も短くなっていた。

 が、熱い。どのくらいかと言えば装甲を耐熱仕様に作り替え、冷却系を通常の五割増しで稼働させる必要があるレベルだ。


(地軸の傾き具合も地球と似たようなもんなんだろうか。

 しかし、冬の砂漠は昼でもそれなりに涼しいと聞いたような……いや、ここ異世界だしな。単にまだ赤道に近いせいかもしれんし)


 トメルギアでも、北に行けば行くほどリングの幅が広くなっていった。空を両断する天津橋は、ここからではまだ細く鋭い。

 ゼフィルカイザーは無言で足を進めている。砂漠と聞いて砂地に足を取られる不安があったが、足元は岩場で普段から往来があるのかそれなりに踏み固められている。なので道のりは順調だった。そう、道のりは。


「うー……暑いですー……狭いですー」


「我慢しなさいよパの字。あたしも我慢してんだから」


 コックピット後部座席でうめく、赤髪の少女と白髪の少女。二人とも汗だくで、おまけにパンツ一丁だ。そしてその前では、


「振り返るなアウェル、振り返りたくても振り返るなアウェル……!!

 振り返ったら殺される……!!」


 明らかに暑さ以外の要因で顔を真っ赤にしたアウェルがメインモニターを注視していた。無論、こちらもパンツ一丁である。


(うーむ、こういうのも色っぽいと言うか、眼福と言うか)


 野性味あふれる美少女と、白髪のしおらしい、これもまあ美少女と言えば美少女だろう、若干発育が足りないが――が汗だくでくんずほぐれつ、というのは、正直に言って絵になる。

 セルシアの最低限の脂肪しか感じさせない、率直に言ってしまえば筋張った肢体。だがしなやかな上腕二頭筋や、腹筋に走るライン、カモシカもかくやという大腿を汗が流れていく姿は芸術的とすら言えた。

 戦女神の鍛練後の艶姿と言われても信じられるだろう。

 一方のパトラネリゼも、これはこれでなかなか背徳的だ。白い髪が汗でよれよれになり、のぼせそうになっている様は可愛らしく映る。

 だが、薄く浮いたあばらとわずかに浮き出た腹、そしてほのかに膨らみを見せる胸のコントラストは、二次性徴の最中の少女特有の妖しい魅力がある。

 ゼフィルカイザーはそういう趣味ではないが、そういう趣味ではないが、そういう趣味ではないが、なるほど、これに興奮して転ぶ輩がいると言うのもわからなくない。

 そして。


「ゼフィルカイザー。約束は覚えてるだろうな……!!」


『そんなものをした覚えはない……!!』


 今にも脳の血管が切れそうな剣幕でモニターに小声で話しかけるアウェルに、今にも回路の配線が切れそうな剣幕でこちらも小声で返すゼフィルカイザー。

 背後の状況に加え、密閉空間内でいろいろなものが漂ってくる状況だ。思春期真っ盛りの男子にとっては生き地獄だろう。

 言わんとすることはまあわかる。そしてこれだけ絵になると見せてやりたい気もするのだが。


『貴様、隠し撮りを頼むとか男として恥ずかしいとは思わないのか』


 念には念を入れて、一応釘を刺しておく。が。アウェルもいろいろと成長していた。この場合は駄目な意味で。


「じゃあオレが死んでもいいんだな? よし、じゃあ男らしく凝視してやらあ」


『ちょっと待て!!』


 全力で引き留めるゼフィルカイザー。


(自分を人質にするとか手の込んだことを考えやがって……!!)


 出会ったばかりのころのセルシアであれば、この程度のことで目くじらを立てることはなかっただろう。

 だが最近の、貞操観念やら羞恥心やらと言った乙女要素が実装されつつある様子のセルシア相手では不安極まりない。

 なによりアウェルのこの興奮っぷりだ。直視したら何をするか分かったものではないし、それに対するセルシアの対処もおそらくこちらの想像の斜め上を行くだろう。


(まあ、前回の覗き依頼は協力したら連座で俺も処刑される可能性があったしな。

 それからすれば今回のことは不可抗力、そう不可抗力だ)


 自分を説得するようにぼやいて、セルシア達に聞こえないよう、モニターに文字を表示。


【撮っておく。のちのち見せてやる。今は我慢しろ】


 小さくガッツポーズをするアウェルに、こいつも男だなあ、と思ったゼフィルカイザーは早くエアコンを治そうと決意を新たにした。

 機体の致命的な不備はあらかた修復するか、ゼフィルカイザー自身が適応することができた。だが、あちらこちらに細かい不備が残っていた。

 エアコンはその筆頭だ。空気清浄機能は使えるのだが、温度調整がうまく効かない。そのため、コックピット内は蒸し風呂と化していた。


(この程度なら笑い話で済むがな。もし火山地帯で戦闘するような状況にでもなったら洒落にならんし。早く何とかせねば……)


 本当のところを言えば、もう何日かハイラエラに滞在してそのあたりの調整を行いたかった。が、それはできなかった。理由の一つが、


「グエーッ……」


 干物一歩手前の状態でノビている南氷洋原産|(推定)の海鳥。あちこちに巻かれた包帯には血がにじんでいる。そして、


『うう、こんな暗い所じゃ嫌ですの~。日の光を浴びたいんですの~』


「折るぞへっぽこ」


『ぴぃ!?』


 セルシアと、セルシアの手にする鞘に収まった剣。この残念美人二人組のせいだった。




 ザンバリン一家は全員が捕縛、所有していた機体はハイラエラのフルークヘイム支部が差し押さえた。

 これから彼らを待ち構えている未来は暗澹としているが、まあ自業自得だ。


『それで、黒幕の方は捕え損ねたと』


「いや、本当に申し訳ござらん。拙者が油断したばかりに」


『お前を出し抜ける奴がそうそういてたまるか。相手が手練れだったんだろう』


「そちらも、彼奴等が何やら怪しい武装を持ち出してきたとかで」


『以前、シンフェギメルア教の連中が使っていた魔道具を髣髴とさせるものだった。

 その黒幕、魔族ではなかったのか?』


「少なくとも拙者が相対したものは、バイドロットめのような濃い陰の気配を纏ってはおらんかったでござる。とはいえ、作り手が魔族という線は十分にありうるかと」


『こちらにも魔族の手は及んでいる、少なくとも可能性はあるということか』


 通信機越しにハッスル丸と会話するゼフィルカイザー。ハッスル丸はギルド側への事情説明を終えて、一行が逗留する宿に向かっている最中だった。

 当人は己の不手際だと言っているが、大きな被害が出ずに済んだのはハッスル丸の采配故と言っていい。

 ザンバリンが手勢を率いてアリーナに向かうと同時、オクテットを伴い根城にしている倉庫へと踏み入ったハッスル丸は、デスクワークが全て出払っていることに気付くと即座にオクテットをアリーナへと差し向けた。

 セルシア達はともかくレナードを人質に取られたままでは厳しかったので、采配は正しかったと言える。


「なんにせよ、何事もなくてよかったでござるよ」


『はっはっは――本当に何事もなければよかったのにな』


 ゼフィルカイザーの声色には疲れ果てたような気配が漂っている。この意志持つロボットがやたら人間臭いのはいつものことだが、今日はいつもとは感じが違った。

 部屋が近づくにつれ言い争う声が大きくなってくる。これはいよいよ腹をくくらねば、とドアを開けたハッスル丸。

 そこでは、


『こんなセンスのないマスターなんて認めませんの! 交換を要求しますの!』


「折る……!! このへっぽこのナマクラ、叩き折って埋めてやる……!!」


「ちょ、落ち着いてくださいシア姉!? ていうかこの剣気持ち悪っ!」


「そうだぞ、おっちゃんの形見だろうが!!」


 パトラネリゼの手の中でびちびちと跳ねる陽光の聖剣と、それを破壊しようとする暫定勇者の子孫の姿があった。




「して、どういうことでござるか」


『それが』


「その」


「なにから話せばいいか……」


「むーむーっ!!」


 ひとまずセルシアを忍法で拘束したハッスル丸は、アウェル達に事情を尋ねた。こうしたときは流石に年長者らしい。一方の剣は部屋の床に突き立っていた。

 アウェルとパトラネリゼがお互い補完しながら、闘技場で起こったことを説明する。ハッスル丸もある程度予見はしていたようで、ふむふむと頷いていた。


「やはりセルシア殿の剣に精霊機が宿っておった、と。

 して、精霊機殿。ひとまず御名を伺わせてはもらえんでござるか」


 ハッスル丸もこの精霊機が並みのものではないと悟っていたのだろう。恭しい態度で尋ねる。が、


『なんですのこの生き物。気持ち悪いですの』


「…………クェェェ」


(あー、怒るとこういう反応するのか、こいつ)


 普段よりやや前傾姿勢で嘴を半開きにした姿からは、普段から漂わせている亜空の瘴気が普段の五割増しに感じられる。率直に言って怖い。

 アウェルやパトラネリゼも怯えており、拘束されたセルシアも怒りを忘れて固まっているあたりその奇怪さがわかるだろう。


「……と、すまんでござる。この程度で取り乱すとは拙者も修行が足らぬ。

 して精霊機殿。このやつがれにご尊名をお教え下さらんか」


『嫌ですの。クオルの名前を畜生ごときに教えてやる義理はないですの』


 ハッスル丸は無言の印さばきでセルシアの拘束を解除した。


「どうよ非常食」


「失礼したでござるセルシア殿――この駄剣、鋳潰してくれようか」




「誰かがハッスル丸を本気で怒らせてる……」


「オクテットさん、それを感じるってことは、あなたもやっぱりハッスル丸さんのものなんですね」


「しっかし、どこのどいつだい。あの食わせ物をキレさせる奴は」


 危機が去り、ごった返す客で賑わうミルドルミ直営店にて。杯を傾ける女三人が揃って一方向を向く姿にミルドルミの構成員の一人が恐る恐る尋ねた。


「姐さんがた、なんで赤シャチの兄貴のことが分かるんで?」


「「「愛」」」


「さいですか……」


 構成員はいろいろと悟った表情で酒を煽った。




(どこのどなたでしょうか、高飛車お嬢様キャラなんぞというものを作り出したのは。

 現実にいてもまるで萌えませぬ)


 アウェルとパトラネリゼがハッスル丸とセルシアをなだめる一方で、肝心の聖剣は居丈高にそそり立っている。いや、剣なのだからそそり立っていないと使い物にならないのだが。


「ち、ちなみにさ。いつから顕現器だって気づいてたんだ?」


「でかいのぶっ倒してから食料集めに行ったりしてたじゃない。その時くらいから、なんか剣が嫌がってる感じがしててね。母親相手に持ってこうとした時なんかすごーくそう言う感じがしたし。

 そんでこないだウミヘビぶっ殺したとかから、魔力をよこせって言ってる感じがしてて……笑わないでよ、ホントにそう感じたんだから」


「いや、わかるぞ。オレだって材木彫ってるときとか、たまにそういうのが聞こえる気がするしな。

 あとゼフィルカイザーも、最近何考えてるか分かるようになってきたというか」


「へー……まあ、いざ喋り出したらこんなんだったんだけどさ……!!」


「だから落ち着けって。ほらハッスル丸も」


「クェェェ……………!!」


「威嚇しないでください、超怖いんですけど!? 誰か助けてください!!」


 この有様である。やむを得ないので、ゼフィルカイザーが代わって相対する。


『クオル殿。恐らく長き眠りより目覚め戸惑っているかと思うが、落ち着いてほしい』


『その声……昼間の小汚い鉄屑ですの?』


 ゼフィルカイザーは己の思考回路がショートしかかるのを気合で堪えた。


(落ち着けゼフィルカイザー。相手はお嬢様キャラだ。この程度の回答、想定の範囲内だ……!!)


 ロボットアニメどころか媒体を問わず、タカビーお嬢様というキャラクターはベーシック極まる存在だ。故にサンプルも相当数揃えている。


『鉄屑如きがクオルの、この最強最後の精霊機の名を呼ぶとは不遜ですの』


『……失礼をした、精霊機殿。して、これだけは聞いておきたい。

 貴殿は、邪神を封じたという勇者が用いた、光の精霊機そのものでよいのか?』


『そうですの。そんなこともわからないとは、これだから鉄屑は……』


(落ち着け、be cool、be cool……!!)


 心の冷却ファンが騒音を上げているが頑張って堪えるゼフィルカイザー。


『で、では。セルシアが、勇者の子孫であるというのは間違いないのか?』


『不本意ですけど、そのようですの。至大なるシルマリオン王朝の正統後継者がこのような野蛮な娘とは。マスターの面影がかけらもありませんの』


「ちょ、ちょっと待ってください」


 クオルの言葉に、パトラネリゼが振り返った。


「そのシルマリオン王朝って、どこの国のことですか? トメルギアじゃないんですか?」


『無知ですわねえ。至大にして至尊たる、世界を総べる魔導国家の正統王室の尊名すら知らないなど。

 トメルギア大公家も王室に連なる貴き血筋ですけど、シルマリオンとは比べるべくもないですの』


 びきり、とパトラネリゼの額に青筋が走るが、こちらも知識欲のためか必死で怒りを堪えている。


「つ、つまりなんですか。伝承にある邪神を倒した勇者っていうのは、魔法王国の王家の者だったということなんですか」


 ゼフィルカイザーからすればお約束すぎて何とも思わないことだ。だがパトラネリゼからすれば今まで全く未知とされていた勇者の氏素性が発覚したのだ。その興奮は如何ばかりのものか。

 その様子にクオルが首を傾げた。比喩ではない。床に突き刺さった刀身が、首を傾げるようにぐにゃりと曲がったのだ。


(インテリジェンスソードとかリビングソードとかの類だったのか。なんにせよ実際に見ると気色悪いなー)


 そんな風に思われているとは思っていない、そもそもゼフィルカイザーのことなど歯牙にもかけていないクオルは、パトラネリゼに尋ねた。


『小娘、一つ聞きますの。今は正魔導歴何年ですの? シルマリオンの直系である、おそらくこんなのでも王室の姫であろう者がどうしてこんな得体のしれない者どもと共にいますの?』


「……どう思います、ゼフさん」


『おそらくお前と同じだ。この精霊機、ずっと眠っていたせいで状況が把握できていないと見える』



『どうか我らの末妹をお頼み申す』



 紅蓮の精霊機が別れ際に託した言葉だ。ゼフィルカイザーはメグメル島の時点でそれが何を意味していたのかおおよその見当はつけていた。が。


(『ヤバい機体だけど頑張って背負ってね』とかそういう意味だと思ったら、『困った妹だけどヨロシクね、テヘペロ』とか予想できるか……!!)


 ゼフィルカイザーはセーフルーム内に飾っておいたフラムリューゲルの3Dモデルに後で痛塗装してやろうと決意した。

 一方のパトラネリゼはクオルの相手をしていた。


「あのー、クオル・オー・ウィンさんでよかったでしたっけ。

 誠に残念なお知らせなんですが、魔法文明、いえ、魔法王国は滅亡してます。

 あなたが勇者とともに邪神を倒してから、数百年の時が流れていますよ。今言われた正魔導歴っていうのもたしか魔法王国のころの暦だったと思いますけど、今では使われてませんし」


『王国が滅んだのは知っていますの。時が流れたのも、なんとなくわかりますの。

 ですけど、本当に知らないというなら……マスターは、シルマリオンを再興しませんでしたの……?

 クオルが眠っている間に、一体何があったっていうんですの?』


 それまでまくし立てていたのが嘘のように、心細そうな反応を返す陽だまりの剣。その様子に、ハッスル丸とセルシアも怒気を収める。ハッスル丸はともかく、セルシアがそうするほどに、その剣は寂しがっていたのだ。まるで人間のように。


「あー……セルシア。とりあえず、今日はここまでにしといたらどうだよ。

 みんないろいろとあって疲れてるしさ。クオルだっけ、お前もそれでいいだろ?」


 機と見たアウェルが事を収める方向に話を持っていこうとする。クオルにも同意を求めるが、クオルは無言だ。

 とりあえず鞘に収めようと、アウェルがクオルを床から引き抜こうとすると、その柄がひょい、とアウェルの手を避けた。意表を突かれたアウェルだったがなおも掴もうとするとまたしても避ける。


「お、オレはお前に危害を加えるつもりは……」


『魔力の薄い野良犬がクオルに触るんじゃありませんの』


「おいハッスル丸、この町なら魔動機工房あるだろ!?

 溶鉱炉貸してもらおうぜ!!」




 結末から言うが。

 屑鉄呼ばわりされながらもゼフィルカイザーが必死で止めた結果、クオルはギリギリのところで一命を取り留めた。

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