016-006
フラムリューゲルの性能に、ゼフィルカイザーは圧倒された。真の精霊機とはこれほどのものかと。
テトラの一撃には驚愕した。あの距離からコングマーメイドを両断した一閃。ゼフィルカイザーは魔法によるウォーターカッターの類と見ているが、仮に自分が食らっても無事でいられる保証はない。
故に、あれほど巨大な的相手ならばすぐにケリがつく、そう思っていたのだ。だが現実にはテトラも朱鷺江も満身創痍で、一方の海竜王は無傷。
『くっそ、好き放題やりやがって……!!』
『キャプテン、それにテトラ殿、無事か!?』
「こうなったら行くぞゼフィルカイザー!! 粒子は!?」
『あの馬鹿でかい海蛇を下ろすには十分だろう』
一歩踏み出すゼフィルカイザー。しかし、朱鷺江の切羽詰まった声が二歩目を踏みとどまらせた。
『やめろ! そんなことをすれば海が汚染されるぞ!』
『――ッ!?』
「だから言っただろう、貴様らに勝ち目などないと」
海竜王の自信満々の宣言に、テトラから悔しげな声が漏れる。
ドラゴンの体液は強い毒性を持つ。
かつてハッスル丸と初めて会った時のことだ。海産物の毒を現在進行形で無視しているセルシアでも、気化したそれを吸い込んだだけで不備を起こした。
あの時は地べたがその毒の血潮に染まったが、後で聞けばハッスル丸が浄化措置を取っていたらしい。そうしなければ森が枯れることもあるのだとか。
それほどまでに強力、かつ持続性のある毒が、これだけの体躯に溢れているのだ。もしこの場で殺せばどうなるか。
コングマーメイドは海の魔物において二、三番目に恐れられる。他にも同様に語られる魔物は少なくない。もっとも恐れられるのは海竜と決まっているからだ。
ロボットアニメでナマモノが敵の場合は少なくない。そして、倒した際のデメリットがモリモリのものも少なくない。だが、
(これだからカイジュウって奴は……!! こんなところでまでお約束守ってんじゃねえ……!!)
「かつてもそうだった。貴様らは我らに叛逆するも、結局ろくな手傷を負わせることもできずに朽ちていった。まったく。無駄なことは初めからするなというのだ」
『待て、ならば前の海竜王はどうやって倒したというのだ!?』
『あんときは陸に引きずりあげて焼き殺したって話だぜ。あの国にはそれができる戦力があった、だが……!!』
『オイラたちでは足止めが精いっぱいでヤンス』
歯噛みする朱鷺江と、消沈したテトラの声。それを嘲笑うでもなく、淡々と海竜王は告げる。天竜王もそうだった。他のドラゴンのように嘲弄の色がない。いっそ穏やかですらある。
「して、今一度問う。苦悶の声を上げて死ぬか。苦悶の声を上げて生きるか。どちらか選べ」
単純なことだ。強者が弱者を踏みにじるのは当然という帝王学が備わっている、ただそれだけのことなのだ。
島中に響き渡る声に、心折れるものが次々と出てくる。デスクワークがその手の武器を取り落して膝をつく。歩兵たちも同じだ。そんな中――
『キャプテン。絞め殺すのは』
諦めていないものは、殺す算段を口にした。
『……やる気か?』
『当然だ』
「あれだ、トメルギアのあの吊り目野郎とエロい姉ちゃんみたいで胸糞悪い」
アウェルも敵意と不快感に操縦桿を握りしめる。
『傷つけなきゃいいってもんじゃない、腐ったら中身があふれて元の木阿弥だ。
あいつをどうにかするには毒素ごと焼き払うしかねえ。そして、テトラにはその手の能力はねえ』
「オッケー。ゼフィルカイザー、ヴォルガルーパー倒した時のアレで行くぞ」
『……!! アウェル、だがあれはお前に負担が!! パティ達にも説明されただろう』
「他に手がないし、このままじゃセルシアやパティも危ないだろ。それに飯も奢ってもらった。あとまあ」
ちらりと視線を向けた先では魔物の体液やらでべとべとになったセルシアの姿。
「いいもんも見せてもらったし」
『貴様の行動原理はそれが全てか……!?』
あきれ果てたと言うようなゼフィルカイザーの言葉にも、アウェルは気兼ねなく答えた。
「お前が一番よく知ってるだろ」
『……一撃分だ。それ以上は無理だ。それとキャプテン』
『おう、なんだ?』
『こちらの兵器はおそらく奴を倒せるが、しかし余波が大きいし、何度も撃てない。奴を捕えることができるか』
『上等――言ったからにはやって見せろよ』
『とくと見せてやる』
【O-エンジン セミドライブ】
蒼の光と水色の光が帯を引いて駆け出した。
「魂っていうのは生命を生命たらしめているもの、と言われています」
メグメル島までの航海の間の話だ。ゼフィルカイザーはパトラネリゼとハッスル丸に請うて、アウェルと二人で魂というものについての概略を尋ねていた。
コックピット内には三者が集っている。セルシアがいると話がこじれかねないので、アウェルを避けているのはこの状況ではありがたかった。
「生命が生命としてふるまっていられるのは魂を有しているから。怒ることも笑うことも、歩いたり走ったりできるのも、そして魔力を持つことができるのも魂があるが故なんです」
『魔力は魂を元にしているのか?』
「そうです。魔法文明に魂の存在が明らかになったのもそのあたりが理由でして。
人の魔力量には個人差があり、修行すれば増やすこともできたんですが、これをもっと手っ取り早く増やすことはできないか、という試みを行ったそうで。
そしたら膨大な魔力を得る代わりに廃人となる、という事例が多発したそうです」
「拙者らの方でも同様の話が伝わってござる。
外法にて力を得ようとしたものがその報いを受けて生ける屍のごとく成り果てる、という」
その原因究明の果てに魂の存在が実証されたという。
「ですけど、わかっていることは多くありません。少々減っても回復するもので、減りすぎると精神や生命の活動に支障をきたし、やがて死に至る、くらいで。
ハッスル丸さんは魂の増減を感知してましたけど、私はそんなことできませんよ?」
「拙者の流派では天地人の陰陽五行の流れを読み取ることが出来ねばいかんでござるからな。
人にかぎらず生物、さらには植物であろうと、その体内には魔力とは異なる力が宿っておる、これを精力、気、チャクラなどと呼び生命の根本の源ととらえておるのでござるよ。
これは生物の活動そのものと相互に密接なかかわりがあり、気が乱れれば心身に支障をきたし、逆に心身が高ぶれば気も高ぶり、流れを活発化させるでござる。
さらに言えばこれは万物あらゆるものに宿っており、流れを持ち、その脈を読み取ることにより様々な役得を――」
『ハッスル丸、たぶん話がズレているぞ。それ、気脈や龍脈の話だろう』
「む、すまんでござる。しかしゼフ殿、相変わらず妙に詳しいでござるなあ」
『今はそんな話はいい。私の方の話だ。
私の時折見せる強大な出力、あれは搭乗者の魂を燃料としている可能性が高いのだ。
お前たちに聞きたいことは二つ。私のあの力は魔力によるものか? そして、魂を燃料とすることのリスクはどう思う?』
む、と二人は考え込む。先に口を開いたのはパトラネリゼだった。
「ゼフさんの、あの青い光と金色の粒を纏った姿ですよね。でも、あの姿に限らず、ゼフさんからは魔力は一切感じません。
ですけど、そうなると魂を燃料に魔力ではないまったく未知の力を生み出してるっていうことになるんですけど……ゼフさん、あなた本当に何者なんですか?」
『それは私が一番知りたい』
知識欲がそそられる話だろうに、その声色には怯えが見える。ゼフィルカイザーもそれを咎める気はない――自分のことが一番怖いのは自分自身なのだ。
そして、ハッスル丸が己の見解を述べる。
「先も言ったように、気、魂の動静と心身の働きは直結してござる。アウェル殿の感情の昂りによって力を得ていたのは、その膨れ上がった部分を力としていたのであろうと察するでござる。こちらについてはさほど問題はないでござろう。
しかし先の戦いではアウェル殿がああして倒れるほどに消耗しておったでござる。先の外法を用いたもののように」
いつも通りのどこを見ているかわからない顔だが、声にはわずかに焦燥感があった。
「かつて、拙者の里に危機が訪れたとき、やむなく外法でもって対処した御仁がおられたのでござる。一命は取り留めたものの、隠居せざるをえなくなったでござる。
此度の程度ならば命に影響が出るほどではないでござるが、やはり使用は極力控えるべきかと」
ハッスル丸に忠告されるまでもなく、ゼフィルカイザーは使わせるつもりはなかった。だが、当の本人は首を横に振った。
「必要な相手が出たらまた使うぞ」
「エル兄!?」
「魔力のないオレが何のデメリットもなしに機体を動かせるのも都合がよすぎるだろ」
『だがアウェル……!!』
「魔力を使い果たしたって人は死ぬ。そうだろ、パティ」
「それ、限界の限界まで絞ったらでしょう。そうそうあることじゃないですよ。
わかって言ってるでしょエル兄」
突っ込まれ、アウェルはばつが悪そうに肩をすくめた。
「別にオレがズルしてるからバランスとらなきゃいけないとかそういう話じゃない。
だけど、自分のことを棚上げにしてたらどっかでえらい目に遭う気がする。リリエラさんと戦って、そう思った」
ぐっと、拳を握りしめる。村にいた頃よりは幾分たくましくなったが、それでもセルシアには遠く及ばない。
セルシアがアウェルの何を認めてくれたのか、アウェルも正直よくわかっていない。だが、リリエラと戦って思ったのだ。認めてもらったのはゴールではなく、ようやくスタートラインに立っただけなのだと。
「オレも、もっと強くなる。セルシアやゼフィルカイザーを守れるように」
そう言うアウェルに、パトラネリゼは少しドキッとした。出会ったころはみずぼらしい浮浪児だと思っていた少年は、いつの間にかこんなにも成長していた。
「それとあのスカし野郎、次にやってきたら絶対ぶっ殺す。絶対にだ」
……こういうところは死んでも成長しないだろうなあ、と今しがたの認識を改めた。
趣の異なる二色の青が帯を引いて黒の波間に奇跡を描いていく。海竜王もその巨体からすればむしろ俊敏なほうではあるのだろうが、二機とも速度が並みのそれではない。
だが、だからと言って焦る必要などない。この海において己は無敵。もしこの場で己を縊り殺そうものなら、この海域は向こう数十年にわたって生命の住めない死の海域となる。
海竜王にとってはあるいはそれもよしだった。竜の毒は竜には効かない。そうなればそうなったで、衰えた海竜の一族は安住の地を得ることができるのだ。そして、いずれ来る主神の復活に備え力を蓄えることができる。
『とか考えてるんだろうぜあのクソ蛇……!!』
『どれだけ害獣なのだ、竜というのは!?』
『海の奴が一番タチ悪いって断言してやるよ!』
朱鷺江が通信機越しに毒づきながら、海竜王の放ったブレス相手にテトラが手振りで波の壁を作り出す。海竜王は細かなブレスを散弾のように乱射しており、二機は踊るようにそれをかわしながら海竜王へと肉薄する。
「ゼフィルカイザー、フルドライブは!?」
『まだ無理だ!! 確実に当てれる保証がない!!』
言う間に正面から尾が迫ってくる。ヴォルガルーパーの腕を髣髴とさせるそれを飛び越してどうにか避けるゼフィルカイザー。対応できないわけではないが、しかしこのレベルの駆動を行うとやはり慣性制御がわずかに遅れる。
『キャプテン、拘束は!?』
『こっちの機道奥義も使うのに時間食うんだよ、ちょっと待ってろ!!』
『機道奥義、使えるのか……!?』
あの歳で精霊機を駆り、機道奥義まで用いるという朱鷺江はやはり只者ではない。ただ継いだだけというようなことを言っていたが、七光りで務まるものではないはずだ。
(とまあ感心するはいいが、こちらを何とかしないとな……!!)
粒子量とエネルギーを細かく調整しながら海竜王の攻撃を避け続けるゼフィルカイザー。O-エンジンのセミドライブがもたらす出力のおかげで機動に余裕はある。
(このまま時間を稼げば……!! って、あ、やべ)
その時、ゼフィルカイザーは自身がド級のフラグを構築したことを瞬時に察した。海竜王が身をよじり、背びれに魔力の光が波打つ。と、背びれが突如として伸張し、一対の翼のように広がった。
「なんだありゃあ!?」
『オレも知らねえ、海竜にゃあんなもんついてねえぞ!?』
『オイラも初めて見るでヤンス!! 前の海竜王にはあんなもんは……!!』
アウェルや朱鷺江が狼狽するが、そんなことは関係なく海竜王は翼を広げる。蝙蝠の羽から皮膜を取り払ったような、およそ飛行には適さないであろう代物。その骨の部分が魔力の光を帯び、雷撃となって降り注いだ。
『バリアだアウェル!!』
「おう!!」
読んでいたゼフィルカイザーは即座に対応し、その雷撃を防ぐ。だがその圧力は膨大だ。セミドライブだというのに、粒子残量がガリガリと減っていく。さらに、
『きゃああああああっ!?』
普段の男勝りの口調からは想像できないような悲鳴とともに、雷撃を受けたテトラが水中に没する。
「朱鷺江さん!?」
『無事を祈るしかあるまい、こっちはこっちでマズいぞ!!』
「どうしたんだ!?」
『防御に粒子を用いていては攻撃に回す分がなくなる、このままでは決め手が使えない!!』
「なら避けるけど……いいのか!?」
言葉少なではあるが、言わんとすることは既に読み取れた。アウェルは雷撃を避けることはできるが、その操縦にゼフィルカイザーがついてこれるか、と言っているのだ。
『構わん非常時だ、気にするな!! 雷撃はあの翼から撃たれている、出がかりを見切れば――ん?』
自分で言った言葉に引っかかりを覚えたその直後。ゼフィルカイザーのいた場所に雷撃が落ちた。
「――なに?」
海竜王は違和感を感じた。青い機体は水中に没した。次は白い機体をと考えたところだったのに、白い機体の動きのキレが急に増した。雷撃もブレスも尾も、すべて紙一重で避けて飛んでゆく。
それに一番驚いているのは、その駆動を成している本人だった。アウェルの全力の操作にも関わらず、機体が軋みを上げている感触はない。
「ゼフィルカイザー。不調は治ったのか?」
『どうにかな。まだ完全に慣れてはいないが――』
話す間にも眼前に迫る海竜王の腕をひらりと避ける。遠方からは光の曲線が一瞬鋭く跳ねたように見えただろう。
理屈それ自体は単純な話だ。アウェルの操作を最速で認識し、そのように慣性を制御しているだけだ。では、その操作を認識するタイミングとはどこなのか。
(人間やってたころの感覚に引っ張られ過ぎだってえの)
今までゼフィルカイザーは体が操作を受けて駆動する感覚、それにしたがって慣性制御を行っていた。
だが、考えてみれば今の自分は機械の体で、それを動かしているのはコックピットから送られてくる信号だ。
ならば、それを読み取ればいいのでは、と気づいたのが今しがた。昼にテトラの一撃を回避できたときは、システムの誤作動を警戒するあまりに操作信号を無意識に感じ取っていたのだろう。
最大の懸念は信号を読み解けるか否かだったが、それは問題なかった。そもそもそれを認識できなければ、機械の体を動かすことなどままならないはずだ。
(例のサポートOSって奴はその辺を代行してたってことなんだろうな)
足りない機能を電子の海に求めていたが、今回に関してはそうではなかった。自分自身の中に既に実装されている機能を認識することが必要だったのだ。
『操作系はおおよそ元通りだ。いくらか調整もできるが』
「注文はいろいろあるし、あとまだ関節硬いぞ」
『船上でろくに動けなかったのだ、そのくらいは勘弁してくれ』
「我を前にしてよく軽口が叩ける……!!」
海竜王の言葉に初めて感情が浮かんだ。苛立ちとともにブレスを放つが、やはり当たらない。ならば、と海竜王は鎌首をもたげ、
「なにやってんだあいつ、あさっての方向向いて――げっ!?」
『島を狙うつもりか……!!』
収束する魔力の量が今までと明らかに違う。かつて天竜王が放った必滅の一撃と伍する威力がメグメル島へと向けられ――その口蓋目がけて水の竜が突っ込んだ。
テトラの仕業かと思ったゼフィルカイザーたちだったが、その竜の大本は島の水門のすぐそばだ。そこには白黒の怪鳥が印を結んで立っている。
「ちょっと非常食、来るなら来るで早く来なさいよ」
いきなり現れたハッスル丸にセルシアが突っ込むが、ハッスル丸は印を結んだまま、突然うなだれた。
「セルシア殿。一つ聞き申すが、久々の食事を邪魔されたらお主はどう思うでござる?」
「邪魔した奴をぶっ殺す」
「然り。そういうことでござる。人の楽しみを邪魔しよって、風情を解さぬヘビもどきが……!!
ゼフ殿、アウェル殿、とっとと仕留めるでござるよ!! 拙者の楽しみのためにも……!!」
「ハッスル丸か!! なんか言ってるみたいだけど聞こえるかゼフィルカイザー?」
『聞こえない、聞こえないぞハハハハー』
ロボット三原則を豪快に無視しつつ、ゼフィルカイザーは己の中のハッスル丸の評価を一段階下げた。
ブレスの妨害を受けた海竜王はもう容赦すまいと翼を大きく広げ、それが今までにない魔力の光を帯びる。だが、
『――おいでませ』
海域全体に、澄み通った声が響き渡る。
『おいでませ、水底の常世の国』
深、と膨大な魔力が海域を覆い、
『機道奥義――マグ・メル……!!』
現れた変化は唐突にして絶大だ。海竜王の周囲の空間が泡立ったと思ったら、空間自体が水のように変化したのだ。
雷撃が放たれるが拡散して威力を成さない。潜って逃れようにも、今海竜王を捕える水と海との間に隔たりがありそれも不可能。
『無駄だぜ。空間自体を流体化させるオレとテトラの奥義だ、何人たりとも逃れることはできねえ……!!』
海中から現れた海賊姿の精霊機。その機道奥義の操り手が宣告する。だが海竜王は水牢の中暴れ狂い、その戒めを破らんと必死だ。
『往生際が悪い、こうなったら……!!』
テトラのコックピット内でその眼帯に手をかける朱鷺江。だが、テトラが慌てて制止する。
『キャプテン大丈夫でヤンスよ。ご客人、豪語するだけはあったようでヤンス』
言う間に、邪悪な竜を捕える水牢をさらに金色の粒子光が覆っていく。空には満点の星空と二つの月と天津橋。そして金色の粒子光を纏う機神の姿。
『キャプテン、確認する。アレは外からの攻撃は通じるか?』
『通じるように設定して仕掛けた、問題ない……!!』
その言葉を待っていたとばかりにゼフィルカイザーはシステムを起動。その際にリミットを本来の設定よりも絞り込む。
【O-エンジン フルドライブ リミット00:30】
即座に変形したゼフィルカイザーの胸元に励起状態のフェノメナ粒子が収束していく。下手をすればこの海域全体を蒸発させかねないほどのエネルギーを抱えながら、
「ゼフィルカイザー、オレも技名叫んでいいか?」
『はっはっは。いいか、腹の底から全力で叫べ……!!』
金にも青にも緑にも見える、膨大なエネルギー塊が掲げられ、
「『ギャザウェイブラスタアアアアッ!! サァンシャァアアアアインッ!」』
投擲された粒子の塊が、夜中に金色の夜明けをもたらした。
水牢の中、海竜王が身もだえするが抵抗の甲斐も空しく光へと分解されていく。
甲殻も皮膜も血も肉も骨も残すまいというフェノメナ粒子の檻の中、身もだえする海竜王の眼球は金色の折の向こう、点のような陽の色を捕えた。
途端、朽ち行く全身に暴力的なまでの力が滾る。それは海竜王を生かすためのものではない、ただ成すべきことを成させるためだけに何者かが与えたものだ。
『な、なんでヤンスかこれ!?』
『急に気配が……!?』
機道奥義で海竜王を捕える朱鷺江が真っ先にその異変を察知した。だが、遅かった。粒子光と水牢の二重の拘束を突き破り、狂い悶えた邪龍の海王がまろび出た。肉体は粒子に焼かれるごとに再生し、生きているのが不思議な有様だ。
そして己を捉える海牢の主にも、己を焼く粒子の使い手にも目もくれず、一目散にメグメル島を目指す。
否、島で海を見据える、赤い髪の少女へと。その手にした、陽だまりの剣へと。
カメラアイが、その表情を捕えていた。その唐突さに、らしくもなく呆けたような表情のセルシア。
「セ――」
アウェルの叫びを掻き消して、視界が白に染まった。
誰もが、その光景に絶句していた。
海竜王の全身は粒子に焼かれた部分の下から唐突に肉が生えてきたように歪な有様を晒している。その全身はまっすぐに伸び、メグメル島に激突する直前で静止していた。
数多の傷口から毒の体液が染み出すが、海に落ちる前に光の粒となって分解していく。フェノメナ粒子の金色の光ではない、陽光のような柔らかな白光だ。
「あれは……精霊機、なのか?」
アウェルが目を瞬かせる。モニターには、淡い光で織られた人型が映っていた。シルエットはどことなく女性的だ。完全に実体化していないのか、半透明な体躯の中にセルシアが浮かんでいるのが見えた。
そして、その人型が手にする長大な光の剣が、海竜王を頭から尾先まで刺し貫いていた。
「貴様、は、やはり……我は、このために……!?」
海竜王が何かを悟ったように苦鳴を漏らす。それが、新たなる海竜王の最後の言葉となった。
光の機体から、セルシアのものではない女の声が響いた。
『祓え――ソーラーレイ』
光の剣がさらに伸張する。剣どころか槍の枠にも収まらない白光の柱が、海竜王をその体液の一滴も残さず消滅させていった。
「ナグラスのおっちゃん……セルシアは、何を受け継いじまったんだ? あの時、何を教えなかったんだ?」
O-エンジンの反動の疲労もどこへやら。全身に冷たい汗をかくアウェルが無き師に向かって呟くのを、ゼフィルカイザーは無言で聞いていた。




