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転生機ゼフィルカイザー ~チートロボで異世界転生~  作者: 九垓数
第十六話 大海原の恵める島
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016-003

「はい、そーいうわけで思わぬ客人が来たわけだ。手土産は見ての通りコングマーメイドが二匹分と豪勢なもんでな、もてなさねえのは海に住む者の仁義にもとる。

 つーわけでてめえら、飲め、食え、歌って踊れ!」


「「「オオオオオオオオオ!!!」」」


 朱鷺江の挨拶に大いに盛り上がる広場。並べられたテーブルには所狭しと近海の幸や交易路に乗ってやって来た珍味が並んでいる。

 だが今宵のメインディッシュは何と言ってもコングマーメイドだ。ゼフィルカイザーが仕留めたほうが解体されて現在進行形で調理されていっている。


「それにしても、不思議な島ですねえ。あ、これ熱いけどおいしい」


 テーブルにかけて料理をつまむパトラネリゼ。今手を付けているのは椀に入った煮込み料理だ。黄金色に透き通った汁は見ただけで濃厚なうま味成分を予感させる。端的に近い料理を上げるとすれば、


(お、ODENだと……!?)


 魚介で出汁を取って野菜や肉を煮込んだ料理である。日本人感覚で言えばおでんがもっとも近い。

 フォークでよく煮えた根菜をつまむパトラネリゼはほっこりとした顔を浮かべる。内陸育ちの自分の知らない種類の味だ。だがおいしい。

 船の食事が悪かったわけではないが、船酔いで食が細っていたパトラネリゼにはその優しい味が何とも胃に染みた。

 さらに新たな具に手を付ける。この煮込みのメイン、コングマーメイドの肉だ。口の中に入れると肉がほどけ、脂身の触感が何とも心地よい。獣の肉に近いのだが海のものだからだろう、やはり趣が違う。


「はぁ……幸せです」


(俺は幸せじゃねえ……!!)


 ほっと一息つくパトラネリゼの一言に毒づくゼフィルカイザー。魚米文化の日本人である。この船旅の最中でもかなりのメシテロを食らっていたのに、ここにきて過去最大級のメシテロが待ち構えていた。

 そこかしこに刺身やら漁師メシ的な料理が並ぶ様は旅番組の漁港の食堂を思わせる。それだけでも辛いのに祭りと言っていい規模で皆が飲み食いしている様を見れば、


(ああ……醤油、醤油が欲しい……!! もしくはポン酢!!)


 こうなるのもむべなるかな。彼はロボットアニメをおかずに白米を食っていたが、今となっては何ともったいないことをしてきたのか。

 パトラネリゼの隣では赤髪の蛮族が茹った甲殻類を貪り食っており、その向かい側ではハッスル丸が刺身盛り合わせを、アウェルが麺類をすすっていた。どちらも得物は箸だ。

 ハッスル丸があのヒレのような翼でどうやって箸を手にしているのかは考えてはいけないことだろう。


「これ、ハシだっけ? 慣れるとフォークより便利だな。それにしてもこういう料理もあるのか。世の中広いな」


「気に入っていただけたなら重畳でござるよ。しかしそれ、美味いでござるか?」


「魚の味がするスープに、たぶんこれ麦かなんかを練ったもんだと思うんだけどな。それが細長くなって入ってるんだよ。美味いぞ」


(魚介系ラーメン……!! 畜生、ちくしょおおおおお!!)


 セーフルームで一人寂しくプログラムを齧るゼフィルカイザーの心中はいかなものか。本体はドックなので匂いを味わうことすらできない、まさしく生き地獄だった。




 歓迎の宴が行われているのはメグメル島の表層部、船で言うと甲板にあたる部分だ。海面からは随分と高い位置にあるが、この大艦のことを思えばさしたる高さでもないだろう。

 移動についてはトメルギアにあったようなリフトでの昇降ができたのでさほど苦労はなかった。

 ゼフィルカイザーを驚かせたのはその甲板の様相だ。別に滑走路用の平面のみとは思っていなかったが、そこには土があり緑がありと農園のごとき風景が広がっていたのだ。

 海面からの距離のせいで潮風も届かず、陸の上となんら変わらない風景がそこにはあった。


(察するに、表層部で農作物を作って住民は艦内に暮らしているのか。ロマンがあるなあ)


 メシテロから意識をそらすために異世界情緒にひたるゼフィルカイザー。その一方でメシテロ敢行中の若者たちはその光景に首を傾げていた。


「しっかし不思議な島ねえ。下は鉄錆臭いし、かと思ったら上は普通に畑だし」


「ですねえ。どういうことなんでしょう」


「ゼフィルカイザーがなんか言ってなかったか? めがふろーとがどうのって」


『気づいていなかったのか。この島、島サイズの船だぞ』


「は? 何言うんですかこのポンコツ。こんな大きなもの人が作れるはずが」


「本当だわ。ほんのわずかだけど地面が動いてる感じが」


「え゛!?」


『はっ、このポンコツ賢者が』


 メシテロの報復とばかりに、パースの崩れた表情のパトラネリゼに失笑を浴びせるゼフィルカイザー。実に大人げない。


「流石だな。大概の奴は口で言っても信じないぜ?」


 そう言いながら一行の座るテーブルに新たに腰を下ろしたのは彩り鮮やかな少女、朱鷺江だ。

 手にしているのは狐色の衣をまとった揚げ魚と酒瓶。食いちぎった断面からはほくほくとした白身が垣間見え、食欲をそそる。


(俺は何も見ていない、俺は何も見ていない……!!)


 ここにきて揚げ物の猛攻にAIがバグりそうになるゼフィルカイザー。そんなことはつゆ知らず、朱鷺江が会話に混ざってくる。


「この島は馬鹿でかい船なんだよ。いや、島が船みたいに海を漂ってるのかもしれないけどな」


「魔法文明の遺産ということですか? これほどの巨大なものなら史書に出てきそうなものなんですが」


「魔法文明の遺産じゃないってことだ。この島は魔法文明以前から海を漂っているのさ」


 ガタッと音を立ててパトラネリゼが身を乗り出した。ぎょっとした朱鷺江だがそれも当然だろう。今の今まで首を傾げるばかりだった少女が、いきなり血走った目で息を荒げているのだから。


「ままま、まさか、先史文明の遺産なんですか!? そうなんですか!? ねえそうだって言ってくださいよ! ハァ、ハァ……!!」


「あ、うん。そうらしいぜ。って、どうしたんだお前」


「いいから続きを早く! んっ、もう我慢できません……!!」


(うわぁ……久々に見たけどやっぱり引くわー)


 こういう知識の餓鬼みたいなところだけ賢者らしいというのもどうなのか。だが、ゼフィルカイザーとしては聞き逃せないことがあった。記録データを思い返せば、パトラネリゼは初対面の時にもちらっとそんなことを言っていた気がする。


『パティ、一つ聞きたいことがあるのだが。先史文明とはなんだ? 魔法文明以前にも文明があったのか?』


「そうですよ! ごくわずかな痕跡しか残っていない古代文明! その痕跡がこんな形で……!

 というかゼフさんだってその産物かなんかじゃないんですか? 私ずっとそう思ってましたけど」


『私のメモリーには何も残されていないな。しかしどういった文明だったのだ?』


「それがさっぱりです。魔法文明のころの文献にちらほらと「そういうものがあった可能性がある」程度の記述が残ってる程度なので。師匠は確実に存在したって言ってましたけど。

 で。この島はその産物なんですね!? ああもうこうしちゃいられません! 調査、調査を!」


 くねくねと身悶えする幼女の姿に、朱鷺江も引いた表情を見せる。肌は相変わらず多色刷りなのだが、心なしか全体に青みがかっているような。


「ったく、なんなんだこいつは」


「私、トメルギアの南辺境から出てきた賢者のパトラネリゼ・紫燭院といいます。どうも」


「お、おう」


「だからほら、全部見せてくださいな! 別に怖いことじゃありません、むしろ気持ちいいことなんですよ!? ハァ、ハァ……!!」


「つっても、見せれるもんなんてなんもないぞ?」


 ぴたり、とパトラネリゼの挙動が止まる。


「それはどういう?」


「ご期待のところ悪いけど、この島にはそんな大層なもんはねえぞ?

 ガワ以外の内装なんかはここ十年くらいで整えたもんだし、その艦体にしたって好き勝手に穴開けたりしてるからな」


 完全に静止したパトラネリゼ。だが、さほど時をおかずに再起動した。


「き、貴重な遺跡に何をやってるんですか!? 先史文明の遺産ですよ、謎に包まれた歴史の秘密の塊なんですよ!?」


「オレたちだって暮らしていかなきゃならないんだから仕方ないだろーが」


 わなないているパトラネリゼを軽く一喝する朱鷺江。パトラネリゼもそこまで物わかりが悪いわけではなく、ひとまず腰を下ろす。一方で新たにハッスル丸が疑問を放った。


「旧帝国ではこの島は魔鉱石や魔晶石の産地とみられておったんでござるが、そのあたりはどうなんでござるか?

 この島、いや船がそういった材質でできておるということなのでござるか?」


「んなことやったら島が沈むっつーの。あれはさる国から売買の仲介を頼まれてるんだよ」


「さる国、とは?」


「その辺話すとなると込み入った話もあるしな。話してやるから、そっちの船長呼んできてくれないか?」




 そもそも、これだけの人工島が魔法文明の史書に一切記述がない、というのには理由があるらしい。というのも、


「別の名前でなら出てくると思うぜ。海竜王のねどこ、ってな」


『他にも竜王がいたのか?』


「邪神が現れる以前より、天、地、海の三体の竜王こそが人にとって最大の敵だったと言われています。

 天竜王は山の大陸に住まい、地竜王は神出鬼没。海竜王はいずこともしれぬ島にねどこを構えていた、と」


「まあ、数あるねどこの一つ、別荘程度のもんだったらしいけどな。そしてこの島の人間は海竜にさらわれてきた人間の子孫たちなのさ。

 奴らはふらりと現れては生贄を要求してきた。それで島民は自分たちの島の人間を守るために――」


「よその人間をさらうようになった、ってか?」


 ジョッキ片手の船長が確認する。この島が海賊の拠点だった幽霊島だということ自体は島の副長に聞いていたらしい。だが、詳しい話はキャプテンに聞いてくれとはぐらかされたそうだ。


「そーいうこった。ま、それ以前に魚獲る以外じゃ食う術もなかったからってのが大きいけどな。

 その辺ががらっと変わったのはオレの生まれるずっと前、三十年近く前の話だ。

 当時の島長はオレのじいちゃんだったんだが、島がもう立ち行かなくなる限界にきててな。それで海竜王に戦いを挑んだんだぜ。結果は惨敗。じいちゃん筆頭に島の人間、特に男がごっそり減っちまった」


 アウェルとセルシア、それにゼフィルカイザーはかつて自分たちが対峙した相手を思い返した。

 天竜王。六翼四腕の異形の竜王。

 ゼフィルカイザーのギャザウェイブラスターで消し飛んだが、もし事前のドラゴンとの戦闘で粒子を使いすぎていたらどうなっていたか。今更にゼフィルカイザーはラジエーターが冷えた。

 そしてそれとおそらく同等の相手に戦いを挑むというのは、いくら精霊機があるといっても無謀に過ぎる。


「大体相手は海竜どもだ、手元の魔動機もろくなのがないし、特攻みたいなもんだったんだけどな。

 んでメグメル島を棺桶に飢えて死ぬしかないような状況になった時、助けの手を差し伸べてくれた相手がいたんだ。それがあの魔晶石を産してる国だぜ。

 島長になった母ちゃんとその国の英雄と呼ばれていた女戦士は義姉妹の契りを結んで海竜王と戦い、見事これを討ち果たした。

 テトラはその国から信頼の証として下賜された奴でな。元は名無しだったこの島に名前をつけてくれたのもその女戦士さ。これから豊かになっていく恵みの島、だから恵める(メグメル)島ってな」


「その国の名前は?」


 船長の問いに、しかし朱鷺江は首を振った。


「言えない。場所を教えることもできない。もし人に知られれば、欲を持った者が軍勢を成して国に攻め込むかもしれないからってな。

 実際、帝国がまだあったころはこの島に攻め込もうって話もあったらしいんだ。だから言えない。

 んで船長、納得いってくれたかい?」


 朱鷺江がハーガス船長のジョッキに酒を注ぎ足すが、その顔は何とも複雑そうなものだ。


「海賊ってのは俺らからすりゃ許せねえもんだ。俺は出くわしたことはないが、俺の前の代の連中にはお前らに一杯食わされた連中が大勢いる」


(いや、中世の海軍なんて海賊の公務員版じゃ……ああ、この世界だと魔物いるし違うのか)


 己の世界の歴史に当てはめようとしたゼフィルカイザーだが、即座に考えをあらためた。

 海の魔物という実在の脅威がいる状況で私掠船に勤しめるほど、この世界は平穏でも豊かでもない。

 海賊を稼業にするのはかつてのメグメル島のようにそれしか手段がない者に限られるのだろう。


「だが、本当に海竜王を討ったっていうなら、お前たちは海に生きる全ての者にとっての大恩人ってことになる」


「つっても証拠はないぜ。首でも残ってればよかったんだろうがな」


「いいや、信じる。嬢ちゃんの目は嘘を言っているようには見えねえしな。

 それに三十年前か。そんなころから、海竜による被害の話が激減したんだ。鎖国したころにはさっぱり聞かなくなってたぜ」


「海竜王討伐の戦で、奴さんの一味も相当ぶっ殺したらしいんでな」


「こりゃあ俺たちはメグメル島に足向けて寝られねえなあ。お、杯が開いてるな、返杯するぜ」


「こいつはどうも。つってもこの島、適当に回遊してるからな、そう気にするこっちゃねえぜ」


 言ってげらげらと笑いあう海の男たち。片方は女だがニュアンス的にはその方が正しいだろう。一方でゼフィルカイザーは今一つ気になったことがあったので質問した。


『キャプテン。その大恩あるという国のことで一つ聞きたいことがあるのだが』


「あん? こればっかりは言えねえぜ?」


『そう大したことではない。その精霊機、テトラ殿は水の精霊機でいいのか?』


『そうでヤンスよ』


『ではその国とは、魔法文明の水の大公家に何かしら縁があるのか?』


「んな古い国じゃないぜ、割と新興の国だし。これ以上は喋れねーぞ」


『いいや助かった』


 ゼフィルカイザーとしては邪神がらみの手掛かり求めてのことだ。何よりヴォルガルーパーとの戦いは彼にとってトラウマと化している。

 同格の大魔動機があと二体存在する可能性があるのだ。驚異の所在を確認しておくに越したことはない。


「あ、キャプテンそこにいたんですか。ご注文の海鮮鍋ですよー。

 あらハッスル丸様も。お酌しますね?」


「おやカノ殿。これはこれは」


 安堵したゼフィルカイザーの前に新たな脅威が現れる。蓋の取られた土鍋には色とりどりの海鮮がつまっていた。

 ゼフィルカイザーは見たことのない魚介ばかりだが、日本人の本能が訴えている。その出汁の豊潤さを。


「ちょうどいいところに来たな。んじゃ、これつまみながら呑みなおすとしようぜ」


(ギャアアアアアア!? もう、もう嫌あああああああ!!)


 宴はまだまだ終わらない。

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