016-001
ゼフィルカイザーはこの世界に降り立って様々なものを目にしてきたが、単一の構造体としてここまで巨大なものはかつて見たことがなかった。初めてトメルギアの公宮を見たときも驚いたが、これはそれ以上だ。
船縁には家屋らしい、箱のような構造物がいくつも違法建築めいて突き出ており、かと思えば海水に強い種類のものなのか、海から枝葉を伸ばす植物が外壁を浸食している。
さらに船体のいたるところに思い思いにカラフルな絵が描かれている様はアートめいてすらいた。海上都市というのはファンタジーにもSFにも出てくるが、この島はどう考えても後者の枠組みの臭いが強い。
(メガフロートってよりは双胴艦か? またクラシックというか)
グラエブランド号の行く手には島の側面に切れ込みのように空いた入口がある。
直立したヴォルガルーパーが悠々と入れそうなほどの空洞が、はるか先、もう一方の開口部まで続いている。グラエブランド号は二体分のコングマーメイドを曳航しながら、そこに微速で進んでいた。
こちらがメグメル島に寄港したい旨は手旗信号で伝えており、許可も得ている。
『しかし手旗信号か。魔道具で通信とかはできないのか?』
「大概はペアで通信できるとかだからな。この船にも積んであるが、公宮としか繋げねえし距離制限もある。
それからすると手旗信号は鎖国前は交易路共通で使ってたもんだからな」
「そういうことからすると、ゼフさんの通信機ってすごいんですよ」
船長とパトラネリゼの言葉になるほどと思いつつも、ゼフィルカイザーは引っかかることがあった。先ほどから船長が渋面を浮かべながらメグメル島を見ているのだ。
『どうかしたのか、船長。なにか不審な点でも?』
「この辺の海には昔、幽霊島が出るって話があってな。精強な海賊どもが巣食ってて、おまけに島が現れたり消えたりする、そんな噂があったんだよ。
つっても俺がまだ十代のころに長老に聞いた話でな、かれこれ三十年近く前の話だし、実物を見たわけじゃねえんだが」
ぼやきつつ、視線をハッスル丸を抱きすくめるカノへと向ける。ハッスル丸を撫でまわしていたカノだが、その視線に気づくとビクッとして視線を逸らした。
「嬢ちゃん。やっぱりあの島が幽霊島ってことでいいのかい?」
「さ、三十年も前の話だと私生まれてませんし、その」
「船長、カノ殿が怯えてござる。拙者もあの島の噂は耳にしてござるが、別段不穏な話はなかったでござるよ。
むしろ払い渋りがない分、ハイラエラの商工ギルドからは評判がよかったくらいでござる」
「……ま、信じておいてやる」
嘆息し、視線を前方の巨大艦へと向ける船長。いよいよ間近に迫る島の壁面には船名のごとくこう書かれていた。
「とり、るめぐめ?」
「惜しいですシア姉、あれは鳥じゃなくて島です、しま。あと、たぶん右から左に読むんでしょうね」
(それはいい。だが何故ひらがな、そしてなぜ明朝体……!?)
本来の船体の色なのだろうグレーの壁面に、一文字一文字が力強い毛筆の明朝体で「めぐめる島」と書かれていた。ルビ込みで。
しかも目測でだが、一文字がゼフィルカイザーよりはるかに大きい。ファンタジーかSFかを通り越して、途端に日本海側の漁村のような臭いが漂い出してげんなりするゼフィルカイザー。
だが、島内に踏み入るとその憂いもたちまちに消えた。
「すっ……げえ……!!」
ゼフィルカイザーの頭の横でアウェルが感嘆の声を上げる。ゼフィルカイザーも同じ気分だ。予想通り双胴の間の部分が巨大なドックになっていた。だが規模が予想以上だ。奥行きは2キロ超、横幅も1キロ近い。天井までの距離も100m近く。そしてその広大な空間に充満する潮の香りに、どこか鉄錆の臭いが混ざる。
ずらりと並ぶ埠頭と係留された船舶、荷の積み下ろしをする雑多な人々に魔動機。トメルギアの港も巨大だったが、それの外壁を人工物に置き換え、スケールを引き延ばしたような光景がそこにあった。
『作業用のものから私と同じくらいのものまでいろいろだが、初見の機体ばかりだな』
「おう! くーっ、トメルギアから出てきてよかった……!
あの機体とかなんなんだ!? ガンベルとは骨格からして違うぞ!?」
果たしてアウェルがここまで喜んでいるのを見たことがあったかどうか。しかしながらゼフィルカイザーも内心ではアウェル同様に大喜びだ。
(ヒャッハアアアアア!! ロボット様じゃ、ロボット様じゃああああ!!
なにあの工業製品スメル、やっべえ、あれだけでドンブリ十杯は行けるでぇぐへへへへへ)
訂正。アウェルが見たらドン引きするレベルであった。
この三か月、実物のロボットを見ては来たもののバリエーションが正直乏しかったので、今までと機軸の違うデザインのロボットを見たゼフィルカイザーの気力は限界を突破していた。
「懐かしいでござるな。ありゃデスクワークでござるよ」
「デスクワーク? あの魔動機のことか?」
カノから離れてゼフィルカイザーに上ってきたハッスル丸がアウェルの問いに答える。
「今、旧帝国にてもっとも作られておる新物魔動機でござる」
『待て、なんなのだその妙な機体名は』
「帝国時代に作られた機体なんでござるが、なんでも生産性優先で性能が当時の主流機だったヌールゼックに負けておったので武官からは見下されておったらしく。
「文官が乗り回す分にはいいんじゃねえの?」ということでデスクワークという名称になったとか」
『つまり事務と』
「そう、事務でござる」
「お前らは一体何に納得してるんだ?」
うんうんと頷き合うロボットと怪鳥に首を傾げるアウェル。言っている間に船が埠頭へと接舷した。降りるために船員たちがタラップを渡そうとしていると、
「イヤッハアアアア!!」
そんな声が、頭上から降ってきた。船に乗る一同が天井を見上げると、ロープにつかまった人影がグラエブランド号目がけて落ちてくる。
狙い澄ましたようにマストの間をすり抜けたロープから、虹色の人影が落ちてきた。
影の正体は、それこそセルシアと変わらないくらいの少女だ。背丈はいくらか低いが、セルシアが長身の部類なので少女は人並みだろう。
三角帽子に右目の眼帯、さらにはガンベルトに突き刺したピストルと絵に書いたような海賊娘だ。上ははち切れそうなビキニの上に肩に総のついた青い上着のみ。
下もパンツを隠す気がまったくないとしか思えない青いミニのスカートに、まだこちらのほうがパンツを隠すのに役に立っていそうなガンベルト、そして生足にブーツという極めて露出度の高い恰好。
しかしその姿から猥雑さよりも健康的な清涼感を感じさせるのは、少女の纏う底抜けに明るい雰囲気ゆえだろう。
ドック内の照明に照らされた少女の肌は文字通りに七色に輝いている中、緋色の髪が人工の光なぞ何するものぞと煌めいている。
少女は帽子のつばをぴん、と弾き、快活な声で言い放った。
「――ようこそオレの島、メグメル島へ。歓迎しよう、盛大にな!」
(か、カブいてやがる……!)
ゼフィルカイザーは驚嘆した。ここまで格好をつけられると賞賛せざるを得ない。
芝居がかったというには堂に入ったその立ち振る舞いに、船の皆が目を剥いている中、一人声を上げたものがいた。
「きゃ、キャプテン!?」
「お、カノじゃねーか。どうしてよそ様の船に乗ってんだ」
「遭難してたら助けられたんですよ。それよりなにやってるんですか?」
「いやぁ、外からの客なんて久々だぜ? ナメられちゃいかんからきっちりと挨拶をしとかにゃあならんと思ってな」
にっ、と笑ってみせるあたり、一から十まで素のようだ。色彩、スタイル、顔立ちととにかく人の目を引く少女だが、しかしゼフィルカイザーは別のものに目を取られていた。
(銃、だと……!?)
少女の腰に巻かれたガンベルトには一丁の銃が刺さっている。
銃と言ってもリボルバーでも自動拳銃でもない、それこそ海賊映画で見るような先込め式ピストルと思しきものだ。二十世紀なら骨董品扱いだろう。
しかしゼフィルカイザーにとって問題はそこではなかった。
ファンタジーと言っても銃が出てくる作品もある。しかしこの世界は剣と魔法に加えてロボットが存在する世界だ。
ならば、人が持つ銃が存在するのならば、ロボット用の銃火器も存在するのではないか。
トメルギアでは一切見ることが無かったので自然と武器の選択対象から外していたが、もしそんなものが存在するのならば、スクラップ同然のヴァイタルブレードの代用品を手に入れられるかもしれない。ゼフィルカイザーは新たな希望に打ち震えた。
「ぜ、ゼフさん。あの方、なにやら私の頭部ほどもある物体をぶら下げてらっしゃるんですが」
『お前は何を言っているんだ。そこまではないだろう、さすがに』
そしてそんなものに一切目もくれず、少女の胸部の大山脈に心を奪われている貧しい賢者の言葉にゼフィルカイザーはげんなりとした。
だが見渡してみれば、船員たちもその凶暴と言っても過言ではない隆起に目を奪われている者がちらほら。
しかしそうした視線に慣れているのか気にも留めず、七色肌の少女が話を切り出した。
「改めて自己紹介だ。このメグメル島のキャプテン、朱鷺江・ピュアフレンズだ。
んで、さっきコングマーメイドと戦ってた機体に乗ってたのは?」
「あ、オレだけど」
ひょいと手を挙げたアウェルにきょとんとした朱鷺江は、しかしすぐに満面の笑みでアウェルに近寄ってきた。
「へぇ、すげぇじゃん! お前いくつ?」
「15になったばっかだけど」
「んじゃオレより3つも下であの腕前か。まさかあのタイミングで避けるとは思ってなかったからな」
ぼやきからして、島からコングマーメイドを狙撃したのはこの少女とその精霊機らしい。見れば、腰に差したピストルには青い宝玉がはまっている。
うんうんと頷いていた朱鷺江は、しかしばつの悪そうな顔になって顔の前で手を合わせ、頭を下げてきた。
「そっちで始末したと思ったらもう一匹急に出てきたんで焦ってぶっぱなしちまったんだけど、当たらずに済んでよかったわ。
いやほんとすまん」
「あ、いや。こっちこそ倒してくれて助かった」
謝る朱鷺江と照れるアウェル。背後ではセルシアがやたらと不機嫌そうな顔をしていた。
「なんなのあいつ、急に馴れ馴れしくしてきて」
「どうどう、落ち着いて落ち着いて」
パトラネリゼがそれをどうにか宥めていた、が。
「んじゃ、挨拶がわりだ。ちゅー」
「へ?」
アウェルが気の抜けた声を発した次の瞬間には、その唇が塞がれていた。アウェルのとび色の目には翠緑の瞳が映っている。
自分の唇には柔らかな感触。自分が何をされているのか、というのにアウェルが思い至ったと同時に、今度はその視界に陽光の刃が、それこそ断頭台の刃のごとく落ちてきた。
「ひっ!?」
それがセルシアの剣の刃だと気づいて腰を抜かすアウェルと、素早く飛び退いていた朱鷺江の間、剣を振り下ろしたセルシアは顔を真っ赤にして肩をわななかせていた。
「んな、な、なななななな……!!」
「7?」
「じゃない……!! あんた、いきなり何してんのよ……!!」
「いや、ちゅーだよちゅー。挨拶の。したことねーの?」
「ないわよ! ああもう、ぶっ殺」
「おすそ分けにちゅー」
朱鷺江の唇が今度はセルシアの唇をふさいでいた。剣を振り上げようとした矢先のことで、セルシアは完全に虚を突かれた形だ。殺気も何もない行動なので反応できなかった。
「……っ! ああああああああ!!」
ぶん、と剣が横薙ぎに振られるが、その時には朱鷺江は間合いを空けていた。いかに乱雑とはいえセルシアの一閃を軽やかなステップで避けるあたり、この朱鷺江という少女も只者ではない。
「もーなんだよー。ただの挨拶だってのに」
「そそそそ、そう言うもんじゃない……!」
さらに顔を赤くしながら唇を拭うセルシアの姿。そんな姿にほくそ笑む白髪の少女。
「いやあ、キスされてああも慌てふためくとか、シア姉も可愛いところあるじゃないですか」
『ああそうだな。ところでお前はキスしたこととかあるのか?』
「ないですねえ。そもそも学究の徒である私に色恋など不要ってもんですよ、ゼフさん」
『そうか。じゃあ人生最初で最後のキッスだな、よく味わっておけ』
「へ?」
「ちゅー」
とぼけた声を上げたパトラネリゼの唇がやはり塞がれる。そんな中、カノがため息をつきながら解説する。
「キャプテン、キス魔ですから。島の人間のほとんどはされてますから諦めてください」
「そう言うことは早く言え……!」
顔を真っ赤にしたままカノを睨むセルシア。アウェルも微妙に顔を赤くしながら微妙な表情をしており、パトラネリゼに至ってはへたり込んで貞操がどうのと言いながらしくしくと泣いている。
「んじゃおっさんにも」
「俺はカミさんいるからほっぺに頼むわ」
「ちぇー」
そのまま船長の頬に口づけた後、他の船員にも容赦なく口づけを見舞っていく。人相や年齢で選んでいるわけではないらしく本当に当人の習性らしい。
各々の反応を示す一行をゼフィルカイザーはカメラアイ越しに生暖かい目で見守っていた。自分は被害の対象外だろうし、つい先日までのトメルギアのもめ事を思えばこの程度はレクリエーションだ。
ついでに言えば今のゼフィルカイザーはドック内の魔動機の映像収集に必死なのでアウェル達の方にはほとんど注意を裂いていなかったりした。
(ぬふふ、眼福眼福)
鋼鉄の響きを眼福と言って美少女にキスされるというシチュエーションに欠片ほども未練を抱かないあたり、この男は男に大切な何かをどこかに捨て去っている節すらある。まあ実際、股間部の射突ブレードは前世においてきているが。
船上のあらかた被害を受け終えてそれぞれに失ったものと向き合っている中、最後の一人が表情こそ変わらないものの、どこかキザったらしい身振りで朱鷺江に告げる。
「フッ……拙者のクチバシに触れると、火傷するでござぶべらっ!?」
最後まで言い終えることなく、朱鷺江のローキックに蹴り飛ばされて転がっていくハッスル丸。
だがどこを見ているかわからないハッスル丸の目には、ゼフィルカイザーの捨て去った何かが輝いていた。
「は、ハッスル丸様!? キャプテン、何をするんですか!」
カノが抗議を訴えるが、朱鷺江は冷徹に言い放つ。
「いや、あいつからは女の敵の匂いがしたんでな」
後の話ではあるが。
この件をもって、一行の間で朱鷺江の人を見る目は確かだったと讃えられることになる。




