003
「家財道具根こそぎ無くなってるわ畑も荒らされてるわ、その上ディアハンター3号も見当たらないし。
どういうことなのか説明してもらおっか?」
口調こそにこやかではあるが、その全身から放たれている鬼気は間違いなく本気のものだ。
「お、おう、お前も無事だったかセルシア。心配して――」
「質問に答えろ。あたしの剣はどこにやった」
つ、と村長の首筋に赤い線が走る。
「ちょ、姉ちゃんマズいって」
「あたしらの家が今言ったとおりになってても?」
セルシアはもう一方の手にしていたものを放り投げる。見るも無残な残骸と成り果てているが、アウェルには見覚えがあったものだ。
「それは、オレの彫ってた人形!?」
(む、元は鎧かなにかの人形……いや、ロボットの模型か?)
残骸を注視することを意識すると自然にその部分が拡大された。
長年プラモを組み、フィギュアで遊んできたゼフィルカイザーはそれが元は人型であったことを容易く看破した。
アウェルの手製だというが、素人目に見ても随分精巧に作られている。手をわなわなとさせながら残骸を拾うアウェルの姿にゼフィルカイザーもふつふつとした怒りが滾ってきた。
ゼフィルカイザーの感覚で言えばフルスクラッチのプラモを粉砕されたに等しい。許せる道理はない。だが、村長たちは悪びれるどころか開き直って逆襲してきた。
「く……も、元はと言えばお前が悪いんだろうが!
てめえのせいでうちの息子は……!」
「あ゛? どっかのフニャチンどもが一生フニャチンになったことなら自業自得でしょうが。
村はずれまで呼び出して「援助してほしけりゃ股開けよ」だ?
んなこと言って無事で済むと思うとか……生かしといただけ感謝しろって話よ」
(うわー。こういう話って実際にあるんだなあ。村社会怖いわ。
それ以上にこの女マジ怖いわ)
眼下の争いを見守りつつそんなことを考えるゼフィルカイザー。
(ガサツ系ヒロインくらいならいいんですがね。ガチ暴力系ヒロインとかはちょっと遠慮願いたいです……って、あ、マズ)
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、眼下の形勢が逆転していた。
残骸を見下ろしていたアウェルがあっという間に他の顔役に羽交い絞めにされ、それを盾にセルシアが村長から剣を引かされていた。
「くっくっく。お前は強い。確かに強い。
だけどこうして足手まといがいるからなあ。ん?」
「っ……」
「こいつを村の連中でいたぶってやるって言ったらお前、あっさりと生贄の話も了承したもんなあ」
「そんな……姉ちゃん!」
「言うな!」
「おおっと。こいつの命が惜しかったら剣を捨てるんだな」
(なんていうか、絵に書いたような悪役だな。
しゃあない。手出すか)
村長が自分の勝ちを確信した、その時。ずん、と地響きがした。
なにかと思えば、膝をついていたゼフィルカイザーがひとりでに立ち上がり、動き出したのだ。サイズは村を訪れたドラゴンと同じくらい、二階建ての家屋よりもやや大きいくらいである。
(む。こういうのは急に動き出したら蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うもんと相場が決まってるんだが。意外と肝が据わってるなあ)
思いつつ、アウェルを捕まえている男ごとつまみ上げた。こういうとき力加減を誤ってスプラッタなことになるのもまたお約束ゆえ、ゼフィルカイザーは細心の注意を払いながら男を左の手の平に乗せた。
『貴様に用はない。すぐ降りろ』
「ひ、ひぃいいい!」
アウェルを放した男は転がるように手から飛び降り、地面に落ちて這いつくばった。ゼフィルカイザーが気を使い手を比較的下のほうにやっていたため、これといった怪我はないようで、奇声を上げながら逃げてゆく。
それを見ている間に、アウェルがコックピットに入ってきていた。
「ゼフィルカイザー! こいつらぶちのめしてやる! 力を貸してくれ!」
マイクが入ったままなのか、アウェルの言葉が村に響き渡る。途端に広場から人が逃げ惑っていく。
だが、白い機体は微動だにする様子はない。
『そのようなことには助力できない』
「な、なんでだよ! あいつらは姉ちゃんを、セルシアを脅してたんだぞ!
許せるもんか!」
『言わんとすることは理解できる』
(だからって村人虐殺とかできるか!)
このロボットオタク、この時ばかりは正義のロボットの美学以上に日本人の倫理観に基づいて判断していた。
機体のコントロールはゼフィルカイザー自身の意思がなければ譲渡されないようだ。なのでアウェルが破壊行為に及ぶことはないが、しかし一方で安心できる状況でもない。
「オレに、オレに力がなかったから姉ちゃんを大変な目に遭わせちまったんだ。
だけど、今のオレには力があるんだ! だから!」
(いやまあ、男としてはそりゃプライドが廃る状況だしな。
ここで悔しがらんなら男じゃない、が。どーにか説得しないと危険極まりない。
くそ、こうなったら注文したSEKKYOUスキルにかけるしかない……!)
『力……チカラ、か』
「そうだ、オレの力があれば――」
『その力で、お前は何を守る?』
投げかけられた言葉。その一言に、アウェルの頭の中が真っ白になる。
「まも、る? いや、でも、オレは――」
『力とは憎い相手を倒すためだけのものではない。
それにお前が村の者を殺めれば、その家族がお前を恨むだろう。
何より、同じ村の人間、そう言ったのはお前自身だ。
それを殺めてしまったら、その罪はお前を生涯苛むだろう』
「オレは――」
『私は、己が何者かよくはわかっていない。だが、確かなことが一つある。私は人々を守るために作られたのだ。
人々を脅かすものには、力を貸すことはできない』
「っ――わかった……これ以上、なにもしない」
歯噛みしながらも、小さな声でそう答えた。それを聞いてゼフィルカイザーも内心胸を撫で下ろしつつ、視界の横に並んだ文字列に内心青筋を立てていた。
文字列の一番上にはこのような言葉が出ていた。
【状況ごとの適切な台詞:説得編】
(これのどこがSEKKYOUだ……!
しかも中身、ロボアニメやロボゲの名台詞ばっかじゃねえか……!)
実際効果的ではあったのだが。どうにも自分の脳内にある言葉がそのまま出てきているようである。
今更ながら自分の注文の杜撰さを呪いつつ、眼下の人物に向き直る。
『それで村長とやら。この二人の家財を返してもらおうか』
その言葉にたじろぐ村長と、驚く二人。
「え――」
「あんた――」
『お前たちには力を貸してもらった借りがある。それを返さないほど恩知らずではない』
だが、そんなときであった。村の広場に、ゼフィルカイザーと同じような巨体の影が二機、現れた。